10話 無個性剣士が救ったもの
「ねぇ、アンタさ知ってる?マインドで人を殺す方法」
女が鞭を地面に叩きつけながら俺に問いかける。
小刻みに弾けるような音が教室に響き渡り、その度に生徒たちの体がビクッと震えるのが伝わってくる。
「ロストのことを言ってるのか?」
「残念、ハズレ。確かに、それもある意味正解かもしれないけど、もっと単純」
そういって女は懐から小さな小瓶を取り出した。
中には紫色の液体が満タンに詰められている。
「マインドでは人は傷つけられない。けど、マインドに付着しているのもなら?」
なるほどな。そういうことか。
「毒か…」
「ピンポーン!大正解」
女が機嫌良さそうに手を叩く。
「簡単な話だよね。マインドで殺せないならマインドに殺傷能力のあるものをつければいい。ちなみに、これは私のスペシャルブレンド。1滴で大人10人は殺せちゃうよ」
女が小瓶の液体を鞭の先端に垂らす。
こぼれた液体が地面に溢れ落ち、付着した地面が焼けたようにただれる。
一撃でも食らえばアウトだろうな。
「さ、準備完了。じゃあ、死んで!」
女の鞭が勢いよく俺へと襲いかかる。
すんでのところで大きく横に飛び攻撃をさけたが、もとの俺のいた地点には大きな傷跡が残る。
「おい、俺は生かして連れてくんじゃないのか?」
「もうそんなの知らねぇ!アンタはここで死ね!」
再び女が鞭を振るう。
鞭の動きは変則滴で読みにくく、ギリギリまで回避ができない。
防戦一方になってしまう。
回避のたびに大きく飛ぶ必要があるから、体力の消耗も大きい。
数回避けたところで、着地時に体が若干グラついてしまった。
その瞬間を相手は見逃すわけもなく、俺の元へ鞭が襲いかかる。
回避はできない。
俺はとっさにレイピアで身を守る。
まるで生き物のような鞭がレイピアを絡め取り、俺の手元から離れてしまう。
さらに鞭から弾けた液体が俺のシャツへ飛び散り、一部が溶け始める。
とっさに俺はシャツを脱ぎ捨てた。
「あはは!ダッサイ格好!よけてばっかで情けねー!」
女は腹を抱え笑い転げる。
シャツを失い、肌着だけ、しかも至る所に傷があるこの格好は確かに情けないだろうな。
このままではいつかは体力が尽きてしまう。
近接武器では防戦一方だ。
ならー
顕現
さっきも使用したザックの二丁拳銃を顕現させる。
これなら近付かずとも攻撃できる。
俺はすかさず女へ向けて銃を乱射する。
女は鞭を振るい弾丸を防ぐ。
さすがの反射神経だ。だがー
女の鞭の動きが鈍くなり始めた。
音速で迫る弾丸を何発も防ぎ続けるのは並の集中力じゃない。
こう何発も防ぐことに集中していては、必ず隙が生まれる。
「クソがぁ!」
女が声を荒げ、鞭を振るう手が明らかに弱まった。
その隙を俺は見逃さず、銃弾を女へと叩き込む。
女の体に銃弾が命中する。
傷はないが、衝撃で女の体が弾かれ、動きが止まる。
やったか?
「ってぇーな!クソが!」
しばらく動かなかった女が大きく声をあげ暴れまわる。
バカな…。俺の攻撃を受けたのにロストしないなんて…。
一撃あたりの威力が少ない銃型マインドの攻撃とはいえ、かなりの弾数だったはずだ。
それほどに女の心の力が強いってことか…。
ってか、マインドの攻撃なんだし痛くないだろ。
「もういいや。まともにやんのやーめた」
女が気だるげに鞭を振るい、俺から視線が外れる。
その視線の先には…まさか…!
鞭はまっすぐシークへと向かっていく。
さっきの連発で今は攻撃ができない。俺では間に合わない。
シークも直撃を覚悟して目を強く閉じる。
が、その攻撃は刀の一閃に防がれる。
仙だ。
さっきまではグレイタイガーのせいで動けなかった仙も今なら動ける。助かった。
「邪魔してんじゃねーよ!クソが!」
女が荒々しく鞭を振るい続けるが、それら全て仙の刀で防がれる。
「よそ見してんじゃねーよ!」
仙に集中している隙を俺が見逃すはずもなく、女の懐に潜りこみ、顕現させた仙の刀を思いっきり振り抜いた。
直前で大きく後退され直撃は避けられてしまったが、女の衣服を大きく引き裂いた。
俺もカウンターを警戒し、一度仙たちの元へ下がる。
「仙、一気に決めるぞ!」
「あぁ。アレでいく。隙を作ってくれ!」
仙が刀を鞘に収め、構えをとる。
次の攻撃で最後だ。
完全に体勢を立て直した女が再び鞭を振るう。
俺は先日コピーした、好とかいう少女のマインドを顕現させる。
さらに、第2階梯を発動。槍の鎖が女の鞭を絡め取り、動きを封じる。
「今だぁ!」
俺の合図で仙が高速で飛び出し、女の懐へ潜り込む。
「奥義ー白閃ー」
目にも止まらぬ速度の抜刀術。仙の一撃必殺の奥義だ。
俺に得物を抑えられている状態で避けられるはずもなく、女に必殺の一撃が炸裂する。
あまりの早さに切られた(マインドの攻撃なので外傷はないが)ことも気づかなかったのか、女は声をあげる間も無く、地にひれ伏した。
教室での戦いはようやく終結した。
女を殺すくらいの心算で挑んだのだが、最後は仙に助けられてしまった…。
「おい!お前ら、大丈夫か!?」
仙の一撃を受け気絶した女は後で縛るとして、とりあえず皆の無事を確認する。
仙が守ってくれていたおかげで、シークをはじめとした他の生徒は皆たいした怪我もなく無事のようだった。
よかった。
俺はシークの元へ駆け寄る。
「すまない。何も力になれなかった。守られてしまったな」
「いや、無事で何よりだ」
ようやく落ち着いたのか、シークもいつも通りの口調には戻っているが、それでも表情は暗い。
「一体、なにが起こってるんだ?」
「わからない。いきなりさっきのやつらが教室へと押し入ってきて、型無を探しているようだった」
わかってはいたが、これもこの前、力をつかってしまったせいだろう。
いつかはこうなるとは思っていたが…。
「仙。ここは任せていいか?」
「1人でいくつもりか?」
「相手の目的が俺ならこっちから出向いてやるさ」
「せめて、私も一緒にー」
「ダメだ!他がどうなっているかわからない以上、下手に動くのは危険すぎる」
「しかし!」
「頼む!…仙はここでみんなを守ってくれ」
「…」
それ以上仙は言葉を発することはなかった。
俺が教室を後にしようとした、その時、不意に教室に設置された大型モニターの電源が入る。
モニターにはマントを被った男が映っていた。
『この映像を見ているな。型無 健。今さっきお前たちが倒したその女を連れて体育館まで来い。来なければ…』
液晶を写しているであろうカメラが大きく回転させられ男の反対側が映される。
そこには縛られ倒れるザックとお姉さー学園長の姿があった。
こいつら……!
『では、後ほど会おう』
そこで映像が終了しモニターの電源が切れる。
今にも壁を思いっきり殴りたいこの気持ちを抑える。
俺は倒れている女を連れ、体育館へと足を進めた。
ー体育館ー
「おい!来てやったぞ!」
誰もいない体育館に俺の声が響き渡る。
いや、気配はしっかり感じる。
俺の声が体育館から消えかかった時、体育館の奥から数人の黒マントが出現する。
「よく来ましたね。お待ちしていました」
一際オーラのある中心の男が口を開きマントを外す。
その中から現れたのはー
「アンタは…!」
このまえ廊下ですれ違った男。
確か、この学園の副学園長の、クロード・ハリドとかいう男だ。
「なんのつもりだ!アンタはこの学園の人間のはずだろ!なぜこんなことをする!俺の何のようだ!」
「なんの用ですって?言わなくてもわかるでしょう?君の力ですよ」
男の冷たい声が響く。
やはり俺のことを知っているか…。
「なぜ、お前が俺のことを知ってるんだ!」
「ククク…おめでたい人ですね!まだ思い出しませんか!」
男の顔をよくみつめる…。あの顔はどこかで…。
記憶の奥底を掘り返す。
どこで…。
そして、俺は思い出した。
封じ込めた奥底の記憶を…。
幼い頃の壮絶な記憶を…。
あのこの世の終わりみたいな実験で、その指揮をとっていた男をー。
「お前は!あの時の!」
自分の声とは思えないほどの悍ましい声が出た。
憎しみに体が震え、怒りで頭がおかしくなりそうだ。
そうだ。この男は俺にこの力を植え付けた張本人だ。
「クァハハ!ようやく思い出しましたか!そうですね、お久しぶり。とでも言っておきましょうか?」
男の汚い笑いが響く。
前にすれ違った時なぜ気づかなかったのだろう。
俺は我を忘れ、顕現させた刀のマインドを手に男たちへ一直線へ駆け出した。
「おっと!それ以上は近づかないでくださいよ!」
クロードの掛け声で男たちが2人の人間を引き摺り出す。
学園長とザックだ。
「クッソ…健すまねぇ…」
ザックが苦しそうに声を絞り出す。
「この野郎!手こずらせやがって!」
ザックと交戦していた男だ。
ザックの腹を大きく蹴り上げ、ザックのうめき声があがる。
「やめろ!」
男が気色の悪い笑みを浮かべる。
「もうお喋りはいいでしょう。この2人と交換です。女を連れてこっちへ来なさい」
人質を取られては従うしかない。
俺は女を連れ、男たちの元へ向かう。
後数歩のところで足を止める。
「先に2人を解放しろ」
「いいでしょう」
クロードの合図で2人が解放される。
それを確認した俺は再び足を進める。
「行く…な!」
ザック…すまない…。
男たちの元へ俺はたどり着く。
「申し訳ありません。クロード様」
気を取り戻した女がクロードの元へ駆け寄る。
そして、俺はマントの男たちに両脇を抱えられ取り押さえられてしまう。
「ようやく…ようやくこの時が来ました!長かった!あれから10年。私の大いなる実験の成果!」
男が悦の表情を浮かべる。
「あなたのせいで私がどんな目にあったか…!この!」
男の正拳突きが俺の鳩尾を直撃する。
取り押さえられ身動きも取ることはできない。
「ハァハァ…まぁ、いいでしょう。身を隠すため潜入していた学園であなたを見つけた時は天にも昇る思いでしたよ。いやぁ、入学させたそこの女には感謝しかありません。平静を装うのが大変でした」
こいつは、あの事件の超重要人物だ。
あれから京和も血眼になって探していたのだが、見つからないのも無理はない。
この学園は各地域から隔離されている施設だ。各地域も不干渉を誓っている。情報が外に漏れないのも当然だろう。
事件の中心にいた人物にも関わらず、この学園に潜入できたのは謎だが。
「さぁ、では、はじめましょう。返してもらいますよ!その力を!」
男の手が鈍く輝き、俺の心臓めがけて突き出される。
どういうことだ。男の手が俺の胸に突き刺さっている。
まるで心を弄られているような。なんだこの感覚は…気持ち悪い…。
男が俺の胸から手を引き抜いた時、その手には形が定まっていないような淡い光を放った物体が握られている。
なんだこの感覚は…。なにか、心の奥が引き抜かれたような…。
「アハハハ!成功です!成功しました!これでようやく…」
クロードがその物体を飲み込んだ。
「なにを…した!」
「これは、もともとこういう能力なんですよ!なぜかあなたには変異して付与されてしまったみたいですがね。回収するつもりだった実験体が、京和の重役に近い者だったのは誤算でしたが、ようやく回収できました」
「どう…いう…ことだ!」
「元々この力はマインドをコピーする力でなく、奪う力なのですよ!私が今使ったのは失敗作で1回きりのものですが、あなたのはオリジナル…ククク…これでようやく!」
クロードはいきなり俺が連れて来た女の胸元に、さっきの俺にやったように手を突き出した。
女の表情が苦悶に歪む。
クロードはそのまま勢いよく、女から腕を引き抜き、先ほどと同じく、それを飲み込む。
女はそのまま倒れて動かなくなった。
そして、さっきのザックを襲っていた男にも同じことを行う。
そして、男も動かなくなった。
その光景を恐れた他の男たちは俺を放り出し逃げ出していった。
だが、クロードは男たちを全員抑え、全員から何かを抜き出し、それを飲み込んだ。
そして、彼らも動かなくなった。
「何をした!」
何かを引き抜かれたと思いきや全員動かなくなった。
あれはおそらく…。
「マインドですよ!マインドを引き抜いたのですよ!言ったでしょう?この力は元々奪う力だと」
そして、男の手元にザックを襲っていた男のマグナムが顕現する。俺のとは違いオリジナルと差異はない。
「素晴らしい!素晴らしいですよ!これが…この力こそが!」
クロードの銃口が学園長へと向けられる。
「やめろ!」
「これでようやく私の目的が達せられる。学園を掌握し、そして、その先のこの国を手に入れる!」
「お前、何を言ってるんだ!」
「いいでしょう。教えてあげますよ。この学園には国の中枢を担う者が多く所属している。その生徒たちを私の管理下に置き、彼らが担う存在になったとき、彼らを使い国をコントロールする!」
馬鹿げてる。そんなことできるはずもない。いや、だが、この力があれば…。
そもそもこの学園は不可侵。強大な力を持つ他地域も干渉できない。本当に可能なのかもしれない…。
「そんな…ことは…させんぞ!…クロード!」
学園長が意識を取り戻し、苦しそうに立ち上がろうとする。
その目は銃口を向けられても、しっかりと相手を見据えている。
「私の計画にあなたの存在は邪魔です。消えてください」
クロードが引き金に手をかける。
俺は力を振り絞り、体を動かし、お姉さんの前に立ちはだかる。
「なんですか?あなたに用はありません」
「やめる…んだ…君はこれ以上は…」
お姉さんの声は消え入りそうに細く苦しそうだ。
マインドを発動させようと試みるが、やはり顕現しない。
俺も引き抜かれてマインドを失ったようだ。
なぜか俺はまだ動けるようだが。
だが、力はなくともこの体で盾になるくらいはできる。
「逃げてくだい」
せめて、2人が逃げるくらいは…。
「よほど死にたいようですね。いいでしょう。一思いに廃人にしてあげますよ!」
男が引き金を引き、銃弾が発射される。
ここまでかー
だが、その銃弾は俺の元へ届くことなく急に現れた盾に防がれる。
これは…。
「なんとか…間に合った」
これは、お姉さんのマインドか…。
綺麗な盾だ。マインドは人の心。お姉さんの心がよく現れている。
いや、今は感心しているどころではないな。
「この死に損ないがぁ!」
クロードの手に大型のナイフが出現し、お姉さんに襲いかかる。
俺は力の限りクロードの手を抑えるが、振り払われてしまう。
万事休すか…。
しかし、その攻撃も、一瞬走った閃光のような輝きが弾く。
「すまない!遅くなってしまった!」
そこには純白のレイピアを携えたシークの姿があった。
そして、一緒に現れた仙が追撃をクロードに叩き込み、大きく後退させる。
「無事か!健!」
「あぁ、なんとかな…」
2人が来て助かった。
教室で待っとけって言ったのに…こいつらは…。
「2人だけじゃないアル!」
体育館の入り口の方から聞き覚えのある声が響いた。
そこには好だけじゃなく、大勢の生徒の姿があった。
『助けに来たぜ!』
『さっきは守ってくれてありがとう!』
『今度は私たちが型無君を助けるから!』
生徒たちからの声があがる。
思わず目頭が熱くなるのを感じる。
「型無。これが君が救った者だ。これが君の力がもたらしたものだ。君の力はー
ー多くの人を救える力だ!」
俺を取り囲むように生徒たちが集まる。
皆、俺のために…。
「健。ここからは私たちに任せておけ」
仙が刀を構え、俺の前に背を向ける。
「私もいるアルよ」
「好!お前まで…」
「あなたばっかりにいいカッコはさせないアル!」
クロードが体勢を立て直し、怒りの表情を浮かべる。
「あなた達は…!いいでしょう!あなた方など必要ありません!全員死になさい!」
「今度は私たちが型無を守るのだ!皆の者!行くぞ!」
ークロードと生徒達が衝突する!




