1話 無個性剣士の入学試験
中央学園。通称セントラル。
さまざまな文化が入り混じるこの国の中央に位置し、各地方の優秀な生徒を集め、次世代を担う少年、少女たちを育成する、国の最高教育機関である。
季節は春。今日はこの学園の入学試験の日だ。
「次!受験番号419番と受験番号1034番!前へ出なさい!」
約5万人を収容することができる巨大な試験会場に、試験官の声が響く。
この学園では筆記と実技の試験があり、午前中に筆記試験を受け、合格した者のみが午後よりこの体育館で実技の試験を受けることとなる。広大な会場はいくつものスペースに区切られ、そこで多くの受験生が力のぶつけ合いをしていた。
実技試験とは何を行うのか。
この世界では人は皆それぞれ己だけの固有の能力を持っている。10歳を過ぎた頃からそれは発現し、それは自身の心の力によって、刀や銃などの様々な武器として顕現する。
個性術と呼ばれるその能力をその力をいかに制御できるか、またどれほど強力な力なのかを受験生同士で実戦させて確かめるのだ。
「受験番号419番。シーク・フォン・リューズです。よろしくお願いします」
金髪に碧眼、おまけにモデル顔負けの抜群のスタイル。すれ違う人誰もが振り返るような完璧なその美少女は、まるで騎士のように礼儀正しくお辞儀をし、前へと足を進めた。
「あれがリューズ家の…」
「噂の麗騎士…」
会場では多くの在校生や、教員、試験を終えた受験生、その他大勢の一般観戦客などが観戦していた。この入学試験には多くの観戦客が訪れる。中には国の要人などもおり、国の一大イベントといっても差し支えはないだろう。
そんな大勢の観客から、一際目を引く彼女の登場で大きなざわめきが起こる。
彼女、「シーク・フォン・リューズ」は王族の親衛隊を代々務める名家に生まれ、その容姿と能力の高さから「麗騎士」と呼ばれ、広く名を知られている有名人である。
そんな彼女の出番ともなれば会場中が注目するのも当然であり、会場の視線は彼女一点に集められていた。
そして会場の喧騒は次の人物の登場でさらに激しくなる。
「受験番号1034番。白神 仙です」
単髪の白髪に凛とした表情の小柄なその少女は、先ほどのシークとは全く違った毛色ではあるが、こちらもまた、まごうことなき美少女であった。
「白狼だ…」
「東の戦姫…」
彼女の登場で先ほどまで一点に注がれていた視線が真っ二つに別れることとなった。
彼女「白神 仙」もまた、国の東側を治める白神家の娘であり、「白狼」の異名を持つことで知られる、こちらもまた有名人である。
国の有力者の娘同士の対決であり、会場中がこの1戦に注目していた。
両者が会場の中央に位置立ち、見つめ合い、一呼吸の後に試験官が口を開く。
「それでは両者マインドを発動してください」
試験官のそれを合図に両者が構える。
『顕現』
能力を発動させるその掛け声と同時に両者の手にマインドが顕現する。
当然に会場にも大きな歓声が起こる。
シークのその手には純白のレイピアが、仙の手には鞘に収まっていてもわかるほどの名刀が収まっていた。
「それでは始めてください」
試験官のその声と同時に両者の武器が激しくぶつかり合った。火花を散らし合う激しい剣戟の応酬の後に両者が距離を取る。
「さすがは東の戦姫。白狼の名は伊達ではないということか」
「そちらも麗騎士の名に違わぬ実力。噂通りですね」
再び両者がぶつかり合う。激しくも美しい両者の剣技に会場中が息をするのも忘れるほど見惚れていた。
「麗騎士と白狼。さすがといったところですね」
「うむ、彼女たちは合格で問題ないだろう」
会場の上方に設置された特等席で観戦していた審査員を務める学園の幹部たちが満場一致で合格を決めた。この実戦では学園長を始めとした学園の上層部が実際にその目で受験生たちの実力を確かめ、合否を出すこととなっている。
「それまで!」
会場に響いたその声と同時に、両者は動きを止め、互いにマインドを解除する。
会場には本日最大の歓声と拍手が鳴り響き、両者の健闘を称えた。
中央で握手を交わした両者が会場を後にする。その間に次の受験者が会場へと足を進める。
さきほどの興奮も冷めあらぬ会場に試験官の先ほどと同じ掛け声が響き、次の対戦が始まろうとしていた、その瞬間であった。
「あの〜…」
会場になんとも気の抜けた、やる気のないような声が響いた。
あまりの無気力さに会場は静まり、その少年に注目が集まる。今まさに会場を出ようとしていた二人の少女も、その少年に目を向けるのであった。
「すみません。俺、マインド使えないんですけど…」
数秒の沈黙。まるで田舎の無人駅かのような静寂の後に会場に巻き起こったのはー
会場を揺るがすほどの爆笑であった。
多少、遅い、早いの個人差はあるものの例外なく、全ての人間がこの世界では能力を発現する。そう、ありえないのだ。マインドを持たないなどの発言は、この世界において、ただの冗談でしかないのだ。
「君!冗談を言っていないで!」
「いや、ほんとに使えないんですよ」
恐ろしい剣幕の試験官とは対照的に、全くやる気のない声で彼は言う。会場中が彼を嘲笑っているが、それも全く気にもしていないかのように。むしろ感心すら覚えるレベルで。
一瞬足を止めた先の彼女たちも小さく溜息をつき、呆れた表情で会場を後にした。
会場には止むことのない笑いが巻き起こり、その少年を嘲っていた。馬鹿にするように。囃し立てるように。
「もういい!下がりなさい!」
顔を真っ赤にした試験官に退場を言い渡され、「はぁ」と小さい返事を返し、その少年は会場から姿を消した。
対戦相手になるはずだった少年も呆気にとられたまま、数秒固まった後に会場から早足で姿を消した。
「あれは、一体何のつもりなんでしょうか」
「この伝統ある試験であのような受験生が…」
審査員席でも、ある意味未曾有のこの事態に対して物議が醸し出されていた。
「あの生徒は不合格で異論ないでしょう」
満場一致で少年の不合格が決まりそうになったその時に、一人の壮麗な女性が口を開いた。
「面白いではないか。合格にしよう」
幹部たちは呆気にとられ言葉を失った。しかしすぐに我に戻り、異論を唱える。
「学園長!いくら学園長といえど、マインドを使えないなど、この伝統あるセントラルの入学試験で冗談を言うような者を!どういうおつもりですか!」
「良いではないか。この数万人の前でそのようは戯言をいうなど、その度胸はある意味賞賛に値する」
高笑いしながら話すその女性にたいして、もはや周囲の人間は何も返すことはなかった。内心に、「この人にこの学園を任せていて大丈夫なのだろうか?」そんな疑問を抱きながら。
「全く、学園長には困った者ですな」
「仕方ないでしょう。彼女に常識は通用しませんから。まぁ、そんな彼女だからこそ、この学園の長でいるのですが」
「そういうものですかな…」
次の試合が始まり、皆がそちらに目を向ける中、そんな会話が繰り広げられる。
「まぁ、彼女のことですから何か考えがあってのことなのでしょう。それにそのような者が生き残れるほど、この学園は甘くないですから」
「それもそうですな」
会話をしていた二人も、何事もなかったかのように試合へと目を戻す。試験官も会場の観客も審査員も、もう先ほどは何事もなかったかのように、次の試合へと目を向けていた。
そのうちに記憶から先のことも消え去り試合は進み、半日をかけて全試験は終了した。
その日の試験後、学園長室で書類の整理をする二人。
「しかし、よかったのですか学園長?あのような者を合格にして」
メガネをかけた老齢の男は壮麗な女性に問いかける。無論、あの無気力な少年のことである。
「なんだ?クロード。私の決定に不満があるのか?」
「いえ、申し訳ありません。失礼いたしました」
クロードと呼ばれたその男性は、軽くお辞儀をし書類を手に部屋を後にした。
「なるほどねぇ。カタナシ。使えないっていうのはそういうことか」
学園長と呼ばれたその女性は、受験者名簿を手にしながら不敵な笑みを浮かべた。
それから一週間かけて同じ試験が繰り返され、総受験者数は2万人を超え、合格者はたったの100名であった。
「あ〜…仕方なく受験したのはよかったんだけど、まぁ、あれでは不合格だよな〜」
いつも通りの無気力。気の抜けた声の少年。どこにでもいるような黒髪に死んだ魚のような目。
漫画の主人公のような要素を何一つ持たないその少年はいつも通りの生活を送っていた。
セントラル以前に試験を受けていた一般の学校からは合格通知が届いており、その学校に通うのだと少年は思い込んでいた。
「あ、なんか来てるわ」
朝の日課であるランニングを終え、帰宅した少年はポストからはみ出したその封筒を手に取り、そのまま家へと入る。差出人は中央学園。まぁ、不合格通知だろう。少年は当然そう思っていた。
「不合格通知にしては無駄に豪華な封筒。さすがセントラル」
気だるげに封筒を開封し、なかの書類を取り出し目を通す。
「え〜、なになに。・・・あ〜合格ね。なるほど・・・え?」
珍しく少しだけ目を大きく開いた。だが一瞬開いたその目もいつも通りの死んだ魚に戻っており、何事もなかったかのように少年は朝食の準備をする。
何事にも無気力で目立った個性もないように見えるこの少年。「型無 健」
これでも、この物語の主人公である。
ー1ヶ月後ー
合格した彼らはセントラルの門をくぐり、新しい生活が幕を開けるのであった。