第9話 戦闘シーンって難しい・Part2
しばらく歩けばフォレストウルフはすぐに見つかった。本当によくいるみたいだ。
しかし今回は一頭ではなく三頭いる。どうするのかと思ってガイさんを見上げると、待機の合図。
まずガイさんが飛び出して引きつける。その後で私が狼の背後から奇襲をかけろと。私が一頭に斬りかかれば、残りの二頭はガイさんが相手をしてくれるらしい。
ガイさんならお荷物を抱えての対多数戦闘も難なく熟せるのだろう。頼もしい限りだ。
ガイさんが離れて行くのと同時に、私も背負っていた籠を下ろしてガイさんの向かい側へと動きだす。
そっと息を詰めて移動していると、ガイさんから合図があった。
作戦開始だ。
「はあー!!!」
大きな声を上げてガイさんが飛び出し斬りつける。攻撃を受けた一頭が体勢を整える内に残りの二頭がガイさんへと牙を剥く。
彼は二頭の攻撃を危なげなく捌きながら、後退した狼も引きつけようとしている。
私も慌てて狼達の背後へと回り込む。アタフタとナイフを構えて息を吐く。
ガイさんは一頭を沈め、見事に残りも引き付けている。二頭とも背後にいる私に気づいた様子はない。
速くなる鼓動を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。ナイフを持つ右手が震えているのがわかる。
「リカ!今だ!」
その頼もしい声が聞こえた瞬間、私は全力で駆け出した。
ガイさんとは違う荒い足音を立てて近くにいた狼に斬りかかる。向こうも気が付いたみたいだが奇襲をかけたこちらの方が速かった。
狼の腹にナイフが突き刺さるが、浅い。私の非力さでは一撃の重さに期待はできない。
だから手数を増やす。
ガッという音と共に、私が左手に持っていたもう一つのナイフができたばかりの腹の傷を抉る。これには堪らなかったのかギャウッと声を上げて狼は私へと向き直る。自らにとって囮役をしているガイさんより私の方が脅威だと捉えたのだろう。
私もすぐにナイフを構え直して対峙する。
「はあ、はあ」
自分の呼吸がうるさくて、振り切るように一歩足を出す。それを合図にしたかのように狼が飛びかかってくる。予想以上に動きが速い。
その鋭い牙を突き立てようとしてくるのを横に躱し、すれ違いざまに前足を切りつける。すぐに再び襲いかかってくる狼をさらに横に飛んで躱す。
なるべく向かい合うのを避けて。少しずつでもいい、敵の攻撃を受けずに相手の体力を削る。一撃でダメージを与えられない私にはヒットアンドアウェイが合うのだ。
狼の足を狙って傷つけ続け5回目、少しスピードが遅くなった気がする。これならいける、そう思った時。
動きが鈍ってきていたはずの狼が一足で飛び込んで来た。咄嗟に避けようとするが、間に合わなかった。
「ゔあっっ」
胸に体当たりを受け、一瞬息が止まる。
体当たりを受けた勢いで地面を転がるが、ここで動きを止めれば人生終了と共に連載終了のお知らせだ。
必死に立ち上がり敵の姿を探す。しかしその姿を目に捉えた時にはもう牙が目前に迫っていた。
やられる、
ザシュッ!!
狼の体が血を流して吹き飛ぶ。
斬る、というより横から叩きつけたのだろう。いつのまにかもう一頭の狼を倒したガイさんが剣を振り抜いた格好で立っていた。
「……ガイさん」
「大丈夫か?」
吹っ飛んで動かなくなった狼にとどめを刺して私に問いかけてくる。無言で頷くと頭を撫でられた。
「初めての魔物はどうだった?」
「対峙したら…思ったより、速くて…」
「見るのとは違うだろう?」
「はい。それに、途中までは上手くいってると思ってたんです。それで気を抜いてしまって…」
「そうだな。」
「…助けてくれてありがとうございます」
差し出された手を握って立ち上がる。
力強い手は安心感を与えてくれる。
「素材だけ集めたら帰ろう。傷の手当てもしなければな」
「…はい」
「反省会をするのはその後だ」
「はい」
手早くフォレストウルフ達を解体して素材だけ回収。今日は私が怪我をしていることで素材を入れた籠はガイさんが背負ってその場を後にする。
私の初めての魔物との戦闘は、失敗に終わった。
「ただいま」
「ただいまです」
おかえりー!とダリルくんが元気に迎えてくれるが、私の顔を見て察したのか、すぐに手当の道具を取りに行ってしまった。
「ほら、姉ちゃんこれ。飯の準備はできてるから、さっさと手当しちまいなよ」
「ありがとう」
道具を受け取り部屋に入る。
するとユリがピスピスと鼻を鳴らしながら近寄って来た。怪我してるのを心配してくれているのかと嬉しく思って撫でようとした指を齧られた。これは単純にお腹が空いているだけだ。
「この食いしん坊め」
今日は少しとは言えどいつもより帰りが遅いから、必然的に夕飯の時間も遅くなっているのだ。仕方ないか。
「ごめんね、すぐ終わらせるから」
食いしん坊に癒されながら、この一月で慣れてしまった手当を終わらせる。体当たりされた胸元にはすでに痣ができていて、他にも転がった時の細かい傷がいくつもあった。
この世界の薬は何故か地球よりも効きが良くて、かすり傷くらいなら一日で治ってしまう。この痣も二、三日で消えるだろう。
「よしっと。ユリ、ご飯食べに行くよ」
ご飯という言葉に弱いこのうさぎはすぐさま扉へと向かって行く。ちゃんと言葉を理解してるようで、食いしん坊だがとても賢いのだ。普通のうさぎが人の言葉を理解するのかは知らないが、ちゃんと指示を聞いてくれるので助かっている。
居間に戻るとガイさんもダリルくんも食事の準備を終えて待っていた。
「お待たせしました」
ユリのご飯である野菜の切れ端も用意されていて、一目散に駆け寄って私が席に着く時にはすでに齧り始めていた。
「ユリは元気だな」
「食いしん坊なだけだよ」
揃って食事を始める。
私は未だにいただきますと言う癖が抜けない。初めは二人に不思議がられたが、今ではそういうものだと理解してくれている。
「それで、姉ちゃんの魔物退治はダメだったのか?」
食べ始めてすぐ、ダリルくんがそう切り出した。
「う、うん…ダメでした」
「そっか。まあ元気出せよ。命があるんだから、次また頑張ればいいだろ?」
すごい、私今ショタに慰められてる…。このショタかっこいいなぁ。
「リカ、何が悪かったのかはわかってるな?」
「はい。途中で気を抜いてしまったことです」
「ああ、そうだ。それにフォレストウルフの特性について知っていたのだから、最初の奇襲の時の狙うべきは腹ではなく脚だった。機動を削いでから対峙するべき相手だったはずだ」
「うっ…はい…」
「だが、教えた型はしっかりできていたし、基礎はちゃんと身に付いている。焦らずとも力は付いているのだから、ゆっくり進んでいけばいいんだ」
何回でもチャレンジして、いつか成功できるようになればそれでいい。大切なのは生きていくことなのだから。
そっか。今回で成功させて強くなったんだって証明しなきゃいけないと思ってた。でも違ったんだ。たしかにガイさんはいつだって完璧にやれとは言わなかった。
そもそも私は魔物を倒すために強くなろうとしてるんじゃない。この世界で死なずに生きていくために強くなろうとしてるんだ。
気がつけば目的と過程が逆になっていた。
「ほら、姉ちゃん、考え込んでないでさっさと飯食っちまえよ。明日もやるんだろ?早く寝ないと動けなくなるぜ」
「うん、ありがとう。ガイさん、明日も頑張るのでよろしくお願いします!」
「どーいたしまして!」
「ああ、よろしく」
明日への気合いを入れてご飯を掻き込んだ。
めちゃくちゃ咽せた。
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