第8話 戦闘シーンって難しい・Part1
スキルは採用しないと言ったな。あれは嘘だ。
「ナイフよし、防具よし、準備体操よし…と」
最終確認はいつも以上に念入りに行う。
午前で狩りが終わって、さっそく午後から魔物を探して森の奥へと入ることになったのだ。
ところでお前防具なんてしてたっけ?って思った方、もちろんしてませんでした。
私が付けている何かの革製の籠手と胸当て。これは魔物相手の訓練も始めるってことで、昨夜ガイさんが貸してくれたのだ。ガイさんの奥さんが昔冒険者をしていた頃に使っていた物らしい。私にはどこがとは言わないが大きかったので、かなり絞って着用している。
おそらく奥さんは亡くなっているのだろうと思うのだが、相変わらず深いことは聞けないままだ。
「準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
あまり緊張するなよ、と軽く肩を叩かれる。それで自分の肩に力が入っていたことに気が付いた。無意識に力んでいたらしい。
「ありがとうございます」
「誰しも初めは緊張するものだ。だがリカはこの一月しっかり訓練したんだ。そうすぐに遅れを取ることはないだろう」
「そう、だと良いんですけど…」
「自惚れは良くないが、自信を持つことも時には必要だぞ」
「……はい」
自信、なんて持ちようがないよ。だってここからは本当に未知の世界なんだよ。普通の動物より強くて、速くて、空を飛んだり地面に潜ったり、さらに魔法まで使うなんて勝てると思う方が間違ってる。
いざという時のために戦い方は身につけておかないといけないし、冒険者になったら相手にしてお金を稼がないといけない。でもできるならば、戦わずに逃げる方が良いと思う。
「行くぞ、周囲に気を配りながら付いてこい」
「はい!」
ガイさんは慎重に、しかしサクサクと前へと進んでいく。私も見よう見まねで、できているかはわからないが警戒しながら付いていく。
一カ月の狩猟生活で少しは動物の気配がわかるようになった、と思っている。でも動物と魔物では違うし、やっかいなことに魔物には気配遮断というスキルが使える奴もいるらしい。
スキルと言えば、私の現在のステータスはこんな感じになっている。
レベル:1
HP:55/55
MP:30/30
スキル:ナイフ1
称号:普通の権化
この世界のレベルは仕組みは分からないが魔物を倒して初めて上がるものらしい。だから普通の動物をいくら相手にしてもレベルはまだ1のまま。
そしてナイフを振り続けたおかげかスキルとして出てくるようになった。こっちもよく分からないが、ガイさんが言うには身につけた技術をスキルがサポートしてくれるらしい。
衝撃だったのがHP。レベルが上がればHPもMPも自動的に上がっていくものなのだが、私はまだレベル1のまま。なのにHPが5上がっている。推測するに、一ヶ月運動をし続けてこの身体の体力そのものが上がったことがステータスにも反映されたのではないだろうか。
常識ではレベルが上がらないと変わらないものだとされていたのだからこれはすごい発見じゃないのか。それに気が付いた時にはちょっとテンションが上がったんだけど、よく考えれば自力で上げられる体力なんてたかが知れている。努力したところで大して変わらないからこの世界の人も重要視していないだけなのかもしれない。
でもそう考えると、レベルアップで上がるHPやMPは何なのか気になってしまう。レベルが高くなってHPが上がったら筋肉が付いたりして見た目も変わるのかと言ったらそうではないようなのだ。じゃあその体力どっから来てるんだよって思ってしまうのは私がこの世界の人間じゃないからなのかな。
閑話休題。
ガイさんが腕を上げた。止まれの合図だ。
彼が指指す方をよく見ると、何かの影が動くのがわかった。私には小さくて影にしか見えないが、ガイさんには相手の姿がしっかり見えているのだろう。相変わらず目が良い。
気配を殺してさらに近づき、やっと私にも姿が確認できたところで待てと指示される。
あれは犬、いや狼…?だろうか。1mを優に超える体長で、その毛の色は周囲に溶け込む深緑だ。小さな動物を咥えているから相手も狩りの最中といったところか。
どうやら最初の時と同じくお手本を見せてくれるようで、ガイさんはそのまま戦闘態勢に入る。
ゆっくりと剣を抜き、両手に構えたガイさんは移動を始める。狼の死角へ回るためだろう。少し迂回しながら素早く、しかし音を立てることなく距離を詰めていく。
狼まであと5m程の位置で一瞬止まる。
次の瞬間、今までの静けさが嘘のように全力で走り飛びかかった。
「はあーー!!!」
その気合いに圧されたのか、狼は咄嗟に動けず一太刀で切り裂かれる。しかし魔物だからなのか、鹿や熊を一撃で倒せる剣を受けても狼は生きていた。
距離を取り体勢を立て直そうとする狼にガイさんは追撃する。ガイさんの戦い方はなるべく相手の攻撃を受けないようするためのものだ。
人間は脆い。一度の怪我で致命傷になることもあるのだから攻撃は受けない方がいいのだと、狩りの最中に教わった。私もその方が良いと思っている。なにより痛いのは嫌だ。
ガイさんは狼が立ち上がる隙を与えず足を狙って動けなくする。そうして、首を深く切り裂いた一閃がトドメとなり狼は崩れ落ちた。
ドサッという重い音が木々の間に響く。
慎重に狼が事切れたことを確認したガイさんに呼ばれる。
「もう来ていいぞ!」
「はい!」
私が慌てて駆け寄ると、ガイさんが魔物の解体を始める。
「基本的に動物と解体の仕方は変わらない。だが魔物の肉は高く売れないから、余程手が空いてる時にしか持って帰る奴はいない」
そう言って肉の状態を気にすることなくサクサクと解体していく。
「重要なのは、魔物には核となる魔石があることだ。これは高値で取引されるし、討伐証明にもなる。なるべく傷つけないようにするんだ」
大きいものはわかりやすいけど小さいと間違って傷つけてしまうことがよくあるそうだ。魔物の種類によって魔石のある場所は大体同じらしく、それを覚えておけば簡単に見つけられるようになるとか。
もしかして冒険者ってすごく記憶力が良い人ばかりなんじゃないだろうか。たくさんのことを覚えておかないと満足に仕事も出来ないなんて。
魔物の種族ごとの特徴や有効な戦闘方法、狩場の地形や魔法の呪文とか、全世代のポケモンの攻略本を丸覚えするようなものじゃないだろうか。そう思えば尊敬しかない。
「この狼型の魔物はフォレストウルフといって、その名の通り森に生息している。個体数も多く、そこまで強くないからギルドではDランクの恒常依頼になっている」
「恒常ということは、いつでも受け付けてくれるってことですか?」
「そういうことだ。どこにでもいるから偶然遭遇して狩って来るやつが多くて、依頼の取り合いなんかにならないようになってる」
「なるほど、この世界のギルドは本当に良く考えられてますね」
「なんでも創設者がルールとか規則にかなりこだわりがあったらしい」
「へえ〜」
なんか新しいワードが出てきたぞ…?
物語だと定番の前の転生者とか転移者ってやつだろうか?でもとっくの昔に死んでるだろう人について調べたところで意味はないし、前の人が頑張ってくれたおかげで今私が楽できると思って感謝だけしとこ。
ありがとう前か前の前かその前か知らないけど、ポンコツ神様に巻き込まれてしまった人!あなたのおかげで快適なギルド生活が送れそうです!!
「さて、こんなものか。いらない肉は燃やすか穴を掘って埋めておくように」
「わかりました」
取り出した小さな魔石と皮、牙や爪だけを残して全て埋める。大きな狼だったのに、売れる部分を残すとほんの少しだ。こんな物のためだけに殺される狼を思うと込み上げるものがあるけれど、お互い生きていく為なのだから感謝して頂こうと思う。
「まだ時間はある。次もこのフォレストウルフを狙うから、リカも一緒に戦うぞ」
「は、はい!」
ガイさんと一緒とは言え、次に狼を見つけたら魔物との初戦闘になるんだ…。
大丈夫、やればできる。必至に自分に言い聞かせて、先を歩き出すガイさんの背中を追った。