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忍び寄る破滅の影

 鬱蒼と茂る森があった。年中濃霧に囲まれた、一寸先の景色も拝めない不気味な森があった。

 樹海の最深部を抜けた先には、悠久の時を経て生み出された大渓谷が大口を開けて待っている。底の見えない巨大で悍ましい自然の痕跡は、まるで地獄の入り口のようだ。


 人が住むにはあまりに厳しい大渓谷の一角には、石造りの豪奢な洋館があった。グリーンカーテンが壁面を覆う年季の入った古城である。

 建物へ向かうための道筋は無く、断崖絶壁の上に君臨している。美しい庭園に清掃の行き届いた古城の姿は、どこか浪漫を感じさせる風貌だ。歴史の遺産を観光地に転用したものと言われたら、疑いを持てなくなるほどだった。


 ただし、入り口の門には花弁の中央に血走った目玉の生えた異形の黒薔薇が纏わりついており、およそ人の住む領域ではない空気を匂わせている。

 

 そんな城の中のとある一室。禍々しくも神々しい、7対の悪魔の翼の彫刻が彫られた大きなドアの前に、二人の悪魔(デーモン)が番のように立っていた。

 

「なぁなぁ相棒。ヴァリッサ様が弱体化したって噂、本当だと思うど?」

「んなこと知らんべ。ああでも、言われてみれば確かに冷や汗ダクダクで帰って来られたべなぁ」


 片や、赤肌で肥満体型なたらこ唇の悪魔。片や、緑肌で痩身な出っ歯の悪魔。

 どちらものほほんとした顔立ちで、身体的特徴こそ悪魔のソレだが、とてもヒトの天敵と恐れられる種族には思えない雰囲気である。

 

 部屋の前で警備を務めているところから考えて、つまりそういう立ち位置の悪魔なのだろう。簡素な甲冑と槍を身に着けている二匹の悪魔(デーモン)は、妙な訛り口調でひそひそと内緒話に勤しんでいた。

 話の中心は、昨日珍しく焦燥と共に帰還した大悪魔(デーモンロード)の主か。


「いっつも薄着で、冬はとても寒そうなヴァリッサ様が厚着してたのも引っ掛かるど。厚着してたのに冷や汗はやっぱりおかしいど」

「つまり、おめーは何が言いたいんだべ相棒」

「噂は本当だってことだど」


 真に迫る表情で肥満悪魔は力説する。特に深い根拠はなさそうだが、その瞳は謎の自信に満ち溢れていた。

 痩身悪魔は眉を顰め、「はぁ?」と呆れた様に吐息を零す。普通は主の安否を心配すべきはずのところを、何故相方がこんなにも嬉しそうなのかが理解できなかったのだ。


「仮に本当だとしてもどうすんだべ。おらたちに出来ることは、こうして部屋の番するくらいだべよ」

「馬鹿だなぁ。チャンスだと思わないんだど?」

「何のだべ」

「下剋上だど。これは紛れもなく、下剋上のチャンスなんだど!」


 痩身悪魔の持っていた槍が、無情に転がる乾いた音がした。


「しょ、正気か相棒!? ヴァリッサ様に逆らうだなんておめー、命が幾つあっても足りないべ!? 恐ろしいこと口にするんじゃあないべよ!」

「はっはっは、小さいなぁ相棒。そんなんだから何時まで経っても警備止まりなんだど」

「おめーも同じだろーが!!」


 無駄に腹の立つドヤ顔を浮かべる肥満悪魔を叱責するも、馬耳東風とでも言うべきか、全く聞き耳を持たなかった。

 どころか、ぐっと力強く拳を握り締めて熱意を滾らせ始める始末。


「この機を逃す気はないど。おらはやる。ヴァリッサ様をぶっ倒して大悪魔(デーモンロード)になるんだど。小悪魔(プチデビル)から悪魔(デーモン)に昇格したおらに不可能は無いどー!」

「馬鹿! このうすのろ馬鹿!! 脳ミソまで脂肪に侵されちまったんだべか!?! 悪魔(デーモン)大悪魔(デーモンロード)じゃあ天と地ほどの実力差があるっておめーも知ってるだろう!? 指パッチンひとつで消し飛ばされちまうべ!」

「むぐぐ。う、うるせー! やってみなくちゃ分かんねーどこの出っ歯ガイコツ!」

「なんだとこの喋るラード野郎! そもそもな、例えヴァリッサ様が弱ってても、ブロブやらスケルトンみたいな雑魚狩りばっかして悪魔(デーモン)へ昇格したおらたちと、小悪魔(プチデビル)の頃からドラゴンぶっ飛ばしてたらしい天才悪魔のヴァリッサ様とじゃあ基本から雲泥の差なんだべよ! つまりおめーはただの身代わり人形(サンドバッグ)! ドア開けて喧嘩売って即死ハイ終了!! 分かったら身の程弁えて仕事するだべすっとこどっこい!」

「ぶっちーん。そこまで言われて引き下がれるほどおらは男として廃ってないど! 見てろ弱虫、大金星勝ち取ってやる!」


 兜を乱雑に脱ぎ捨て、槍も放り投げ、フンフンと鼻息を荒くしながら拳を握り込む肥満悪魔。しかし想定外なことに指の骨は鳴らなかった。

 慌てて静止しようとする痩身悪魔。だが同じ実力の悪魔(デーモン)でも、肥満悪魔の方が膂力は上だ。呆気なく振り切られた痩身悪魔は、足をもつらせてそのまま尻餅をついてしまう。


「おらは高飛車女の下っ端になって、こき使われるために異界(いなか)から飛び出してきたんじゃないど。大悪魔(デーモンロード)になって沢山美味しいもの食べるために来たんだど! こんなところで燻ってる器じゃぐぼあああああああああああああ」

「相棒ォォ――――ッ!!」


 ドアの前で闘魂注入していた肥満悪魔が、突如砲撃のような爆音と共に開け放たれたドアの衝撃でぶっ飛ばされた。

 ゴロゴロとボーリング玉のように転がる肥満悪魔。対面の壁へ派手に激突し、あっさり気を失ってしまう。

 

 ドアの中から出て来たのは、件の主こと大悪魔(デーモンロード)のヴァリッサだった。「フーッ、フーッ」と歪んだ口元から白煙のような吐息を吐き散らしながら、修羅の如き形相を浮かべている。

 どう見ても機嫌が悪い。それも痩身悪魔が今まで見てきた中で最悪のレベルだ。具体的にはブチ切れモードのお母ちゃんくらい。つまり痩身悪魔は腰を抜かした。


「ンなとこにつッ立ってんじゃないわよ邪魔くさい」

「すすすすすすみませんヴァリッサ様! こ、こいつウスノロ馬鹿なもんで、装備落っことしちまって慌てたみたいで、へ、へへへ」


 ハイハイしながら肥満悪魔が投棄した装備を回収しつつ、ノビている肥満悪魔もついでに引き摺り戻そうと試みる。しかし腰を抜かした痩身悪魔には、重すぎる肥満悪魔を引き摺れるほどのパワーは無く、ウンウン呻きながら服を引っ張る事しか出来なかった。


 一方、ヴァリッサはそんなおマヌケコンビなど眼中に無いようで、全身を覆うローブの胸元部分をぎゅっと握り締めたまま、足早にその場を後にしていく。


「た、助かったあ」


 萎びた青菜のように脱力する痩身悪魔。一生の中で一番長くて深い溜息を吐き出したような気がする。

 ……隣で『ぐへへ、もう食べれないぐへへ』と気色の悪い笑顔を浮かべている肥満悪魔に渾身のジャンピングエルボーを見舞ったが、誰も彼を咎めることは出来ないだろう。



◆◆◆



「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!! 」


 歩み続ける度に語気を荒げ、赤い絨毯の惹かれた高級な石の床を踏み抜かんばかりの勢いで地団駄を刻むヴァリッサ。

 褐色の肌は憤怒の炎で朱に染まり、美しく艶やかだった顔貌は、胸の内で荒れ狂う激情のせいかぐちゃぐちゃに崩れてしまっている。

 怒りや憎悪で歪みきった唇と吊り上がった目尻は、まさしく悪魔の名に相応しい。


「あの糞餓鬼……!! よくも、よくも、よくもこの私に、あんな真似を……!!」


 胸の中央を握る拳の圧が強くなる。気品のある群青のローブはくしゃくしゃに歪められ、悲惨な皺が刻み込まれてしまった。


 人間より遥かに長い時を生き抜き、莫大な魔力を有し、指先ひとつで町を容易く劫火の底に鎮められるという、人類に仇成す怪物の筆頭格の大悪魔(デーモンロード)

 その規格外すぎる実力のためか、意外なことに内に秘める残虐性や荒々しいサガを表に出すことは少ない。ある種、彼女たちにとっての美学のようなものなのだ。


 そんな彼女がここまで心を搔き乱されている原因は、昨日彼女を襲った未曽有の災害のせいに他ならない。


 災害。そう評せざるを得ないほど、アレは理不尽な暴力の塊だった。

 いつものように気紛れに空を舞い、たまたま気に留まった召喚獣とその召喚士(テイマー)を目にして、久しぶりに遊んでやろうと力を振るった。


 他の生物は皆玩具に等しいと考える典型的な悪魔の思想からすれば、別段珍しい行動ではない。むしろ自然界でもよくある弱肉強食の延長線に過ぎないものだ。人類に似るものの根幹から全く異なる生物である彼女たちにとっては、そこに悪意が混ざるかどうかの違いでしかない。


 そう。彼女にとってそれは普通の日常だった。力なき者が力ある者に淘汰される。ただそれだけの一部始終に過ぎないはずだった。

 あの小悪魔(プチデビル)モドキが現れるまでは。


「ぐゥうううううッ……!!」

 

 唸る。歯を剥き、威嚇を示す猛犬のように唸りを上げる。


 脳裏にはある童女の姿が焼き付いていた。

 思い出すだけで胸の奥が幻痛を訴える、悍ましい闇の四白眼を持った謎の幼女。ヴァリッサの胸を開き、肉を抉り、骨を砕き、臓腑を掻き分け、炉心を捥ぎ取るという拷問を一方的に行った小悪魔(プチデビル)


 いいや。アレは小悪魔(プチデビル)でもなければ幼子でもない。子供の皮を被ったどうしようもない怪物だ。正真正銘本物の化け物だ。

 恐ろしいことにあの怪物は手加減していた。魔法を使わず、概念異能も使わず、一度だって見たことも無い未知の能力だけを駆使して、ヴァリッサを圧倒的上位から()()()のだ。


 そこに殺意は無かった。敵意すら存在しなかった。

 ヴァリッサが底知れない瞳から垣間見たものは、ただ『鬱陶しい障害を排除する』という、至極単純な動機だけ。

 周りをブンブン飛び交う蠅を叩き落すかのような無感情だけが、あの闇の中に浮かんでいた。


「……ッ!!」


 ヴァリッサは知っている。吐き気を催すくらい知っている。

 道端を歩く虫を見るかのような冷たい眼差しを。永久凍土の氷塊よりも固く冷たい零度の瞳を。

 それはかつて、幼い自分に散々向けられていたものの再来で――――


「荒れてますね、ミズ・ヴァリッサ」

「……あんたか、ブラッド・レインウォーカー」


 廊下の壁に寄りかかっていたところを、前方から革靴の音を響かせながらやってきた独りの男に呼び止められた。


 豊かな森を流れる清水のように爽やかな笑顔を貼り付けた、眉目秀麗な青年だ。額にはヴァリッサと類似した短めの角が生えていて、彼もまた悪魔であることを匂わせる。

 だがしかし、キッチリとした朱殷(しゅあん)色の礼服(スーツ)を纏い、遺灰のような色彩の髪を丁寧に整髪している晴れやかな立ち姿は、悪魔のイメージとは対極的だ。額の角さえ無ければ、ただ奇抜な色の服を着た好青年にしか見えないだろう。


 ヴァリッサは、そんな青年悪魔を仇を視るようにジロリと睨みつけた。


「何しに来た似非執事。ここは私の城よ、さっさと出ていけ」

「まぁまぁ、そう仰らず。これでも心配して様子を見に来たのですよ。友人が大怪我をされたとあっては伺わずにはおれません」

「ハッ。どのクチがほざいてンだっつーの。お友達ごっこがしたいならまずその仮面みたいな笑顔取っ払ってからにすれば?」

「んふ、申し訳ありません。癖でして」


 肩をすくめる、ブラッド・レインウォーカーと呼ばれた青年。しかし一向に貼り付いた笑顔がほぐれる様子は無い。まるで笑顔の形をした顔の皮を被っているかのような、薄暗く気味の悪い雰囲気を醸し出している。

 うんざりと息を吐くヴァリッサ。彼女は胸元の傷を見られまいとする様に、ローブを更に深く纏って背を向ける。


「風の噂で聞きました。襲撃されたそうですね?」

「使い魔越しに見てたんでしょう。このストーカー野郎」

「いえ、僕自身はその場面を目撃しておりません。あくまで使い魔から耳にしただけです」


 チッ、とヴァリッサは舌打ちを一瞥した。

 地獄耳に定評があるとはいえ、ブラッドが既に情報を得ているということは、他の大悪魔(デーモンロード)にも知れ渡っている可能性が高いからだ。

 その事実は、弱肉強食を常とする大悪魔(デーモンロード)にあって非常に喜ばしくない事態と言えるだろう。


「で? 結局ただ私をからかいに来ただけ? だとしたらただで帰れると思うなよ。いくら炉心が無くたって、あんた程度なら今の力でも十分八つ裂きに出来る」

「うーん、相変わらず酷い嫌われようだ。僕なにかしましたっけ? 特に嫌われるようなことをした覚えは無いのですけれど」

「純粋に気に食わないのよ、その胡散臭い笑顔が。気持ち悪いったらありゃしない」

「なるほど、単に相容れないだけですか。はははは、至極残念」


 欠片も残念と思っていない口振りだった。ヴァリッサの辛辣な態度は昔からのようで、ブラッドは軽くいなしてしまう。


「さておき、僕がここに来たのは、別に貴女をからかいに来たわけではありません」

「じゃあなんなのよ」

「作戦会議です」


 あァ? と肩眉を上げるヴァリッサ。対するブラッドはニコニコとしたまま、右手の人差し指を掲げて淡々と口を動かしていく。


「認めるのは癪でしょうが、貴女は無残にも敗れ去った。それも一方的に、大悪魔(デーモンロード)の要である炉心まで奪われてしまった――ああ、そんなに怖い顔をなさらないで。ただ事実を述べただけの、あくまで前置きに過ぎませんから」

「……」

「貴女も理解しているでしょうが、これはかなりの大事です。なにせ、一等級や二等級の人間達ですら苦戦を強いられる我々大悪魔(デーモンロード)が手も足も出ずにやられたわけですから。他の『人類類似種(デミヒューマン)』へ波及する影響は決して少なくない。特に、我々の沽券に関して」


 ぎりぎりと、ヴァリッサの奥歯が悲鳴を上げる。

 自分が惨めな敗北を喫したことに対する苛立ちや怨敵に対する怒りもあるが、それ以上に、自身が崖の端まで追い込まれているという状況を改めて実感したからだ。


 何故ならば。大悪魔(デーモンロード)には、無視をするわけにはいかない()()()()が君臨しているのだから。


「しかしご安心を。貴女の恥辱を耳にした陛下は、別段お咎めの言葉を口にしてはおりませんでした。『世は広い。そういうことも偶にはあるだろう』とだけ、一笑を交えてね」


 陛下。その言葉に、ほんの少しだけ肩を震わせるヴァリッサ。

 ぎゅうっと、胸元を握り締める力が強くなっていく。けれど想像していた展開(処刑)とは違ったようで、先の心配は杞憂に終わる。

 だが、今度は別の問題がブラッドの唇から紡がれた。


「ですが、()()()()()()()()? また例の童に違う大悪魔(デーモンロード)が敗北したら? 果たして陛下は同じ言葉を繰り返されるでしょうか」

「ッ!?」

「結論から申します。ノーです。きっと陛下は、その童に対して()()()()()()()()()()()()()()

「それはッ」

「ええ。ご想像されたとおり、それは最悪の事態です。陛下の不興を買った貴女一人が処刑されるだけなら、まだ幾倍もマシだと断言できる」


 とても奇妙な会話だった。 


 ヴァリッサも、ブラッドも、陛下と呼ばれる人物の怒りを買って命を絶たれることを恐れている様子は無い。彼らが焦りを向けているのは己の保身ではなく、ましてや大悪魔(デーモンロード)の箔が落ちることでもなく、全く別の方角だった。

 

 陛下の機嫌を損ねるのではなく、陛下が敵に興味を持つという事態こそが最悪の結末だと、彼らは言っているのだ。それは奇妙すぎる内容だった。


「貴女は優秀な大悪魔(デーモンロード)だ。我々のように生まれながら実力があったわけではなく、小悪魔(プチデビル)に等しい(くらい)からのし上がって来た異端の大悪魔(デーモンロード)だ。実力は頭一つ抜けているといっても過言ではないでしょう。証拠に、僕のみならず陛下までもが貴女を高く評価している。ですが、だからこそ不味いのです。大悪魔(デーモンロード)の筆頭格だった貴女が簡単に嬲られてしまったというのは非常に不味い。それは暗に、他の大悪魔(デーモンロード)では単身歯が立たない相手だと、証明されてしまったも同然なのですから」

 

 彼の言葉に、傲慢の二文字は存在しなかった。

 慎重だった。不遜を地に行き、唯我独尊を極め、圧倒的な力を持って有無を言わせず弱者を支配する悪魔には似つかわしくないリアリストだった。


 魔力を纏っていない小悪魔(プチデビル)のような奴だとか、子供の格好だからだとか、きっとマグレの奇跡ではないかという現実逃避は、一切織り交ぜられていない。ただただ分析可能なデータを基に、現実的な思考を展開している。

 

 確かな脅威だとブラッドは言った。ヴァリッサという優秀な大悪魔(デーモンロード)を難なく撃破した謎の幼女の存在は、無視も油断も許されない相手なのだと断定した。

 だからこそ、彼はこうしてヴァリッサの元にやってきた。童がもたらすだろう今後の被害が、想像を絶する二次災害を引き起こしてしまう前に。


「貴女にとっては腸が煮えくり返るほど悔しい事実でしょう。あの童が貴女を圧倒的に上回っているという現実を直視するのは、思わず舌を噛み切りたくなるくらい度し難いはず。その心中はお察します。ですが、今は呑み込んで。事はもはや、貴女の私情だけで収まる範囲ではなくなった」

「……だからと言ってどうするつもり? 秘密裏に厳戒態勢でも布いて例の小悪魔(プチデビル)モドキに関わらないよう促すとでも?」

「言ったでしょう? だからこその作戦会議です」

 

 銀灰色の瞳が光る。笑顔を絶やさぬまま、悪魔の青年は底の知れない不敵さを放つ。


「単身ではあの童の討伐は不可能だと仮定します。ですが、複数の大悪魔(デーモンロード)との連携なら? 作戦を重ねての決行なら? 当然結果は変わってきます。仰る通り無視するのも一つの手ですが、彼女が召喚士(テイマー)の飼い犬である以上、いずれ衝突は避けられない。ならば先んじて手を打つ方が最善と言えます」


 ヴァリッサの額に青筋が浮かぶ。唇が歪み、獰猛な牙が露わになる。


「……まさか、他の大悪魔(デーモンロード)どもと力を合わせて戦えと? 群れを成す矮小十把の人間どもみたいに?」

「そのまさかです」

「冗談じゃない! 死んでも御免だわ!!」

「いいえ、貴女には死んででもやり遂げてもらわねばなりません」


 その瞬間、ブラッド・レインウォーカーから初めて笑顔が掻き消された。


「いいですかミズ・ヴァリッサ。我々は陛下に示さなくてはならないのです。『あの敵は大悪魔(デーモンロード)でどうにか出来る程度だった』と、身を挺して証明しなくてはならない」


 真摯な面持ちだった。怒髪冠を衝いたヴァリッサが押し黙るほどの気迫を秘めた眼差しだった。

 冗談など欠片も口にしていない。本気だ。各々が孤高の最強を誇る大悪魔(デーモンロード)同士で手を取りあい、背中を預け、たった一人の幼い女子を撃滅しなければならないのだと、一切の遜色なく訴えているのだ。


 それは偏に、陛下と敬う人物を心から恐れているからこそ、湧き上がる覚悟の表れで。


「死王ゾディアス――その御名の顕現が役不足となるよう我々が最善を尽くさねば、彼の王が玉座を降りることを阻止しなければ、世界はたちまち終焉を迎えてしまう。それだけは絶対に、何としてでも止めなくてはならないのです」

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