ひとりでも出来る対スケルトン講座
「はい、あーん。どうデモンちゃん? 美味しい?」
「くるしゅうない」
蹄の軍靴が打ち鳴らす行進曲を耳にしながら、馬車の荷台で過ごすのどかな午後。俺はデモンに胡坐の上を占領されつつも、どうにかこうにか昼食のブレッドを齧っていた。
一方、アーシャから給餌中の雛鳥のようにサブレを与えられているこの幼女は、自称魔王ことマグニディ=デモンシレウスである。初めこそ険悪な雰囲気を漂わせていたものだが、アーシャの持ち込んだお菓子パワーで壁を見事粉砕したらしい。よかったよかった。
……にしても、普段尊大な癖してひとつひとつの仕草は子供っぽい不思議なやつだ。こうして見てるとやっぱり魔王だなんて思えない。本当の正体は何なんだろうな。いつか明かしてくれればいいんだが。
「あら、もうおやつ無くなっちゃった。ふふ、よく食べるわねー」
「口がカピカピである」
「ん? あー、サブレの食べ過ぎで口の中の水分持ってかれちゃったのね。はいどーぞ、お茶買ってて良かったわ。ついでにお口周りも掃除しましょ」
布で口元の食べかすを拭われ、その後渡された金属の水筒を両手でしっかり受け取るデモン。挿されたストローからちうーっと水分を吸い上げていく様は表情こそ微動だにしないものの、どこかご満悦な雰囲気だ。
なんというか、召喚獣というより人間の子供を相手にしている気分だな。普通の小悪魔を召喚した召喚士もこんな感じなんだろうか?
「いやぁ~、まさかこんな安い仕事に二等級のお方が来て下さるとは思わんかったわい。それに珍しい召喚士さんまで。こりゃ儲けたなぁ。例え大悪魔がやって来ても安心じゃの。ほっほっほ」
「もちろんです、大船に乗ったつもりでお任せください!」
馬車の先頭から馭者の皺枯れ声が聞こえてきて、それに意気揚々と答えるアーシャ。前者はこの仕事の依頼主である。俺の途中参加も快く応じてくれた気前の良いご老人だ。
運輸の護衛と聞いていたから何台も馬車を連れた隊列を守るのかと思っていたが、どうやら守護対象はこの一台だったらしい。Dランクの選定理由は個人輸送だったからなんだろうと納得した。
しかしそうなると、やはり二等級のアーシャがわざわざこの仕事を受けた理由が気掛かりになってくる。
二等級ともなれば仕事なんて選び放題だし、舞い込んでくる一件一件の仕事も相当デカい。当然、報酬も俺なんぞより遥かに上だ。
けれどその分、依頼をきちんとこなせるよう装備の準備にお金がかかる。アーシャが身に着けてるクロスボウや鎧なんか素人の俺から見ても分かる高級品だ。きっとメンテナンスだけでも馬鹿にならない額になるに違いない。
そんなアーシャの身からすれば、この護衛はハッキリ言ってコスパ最悪である。受けた方が損するレベルだ。この仕事を選ぶ理由なんて見当たらない。
それでも選んだってことは、選ぶべき個人的な理由があったからなんだろう。うーん気になる。物凄く気になるが、あのはぐらし方からして追求は悪手そうなので聞くに聞けない。くそう。
「にしても穏やかねぇ。天気も良いし、野盗の気配だって無い。ここまで平和だと少し眠くなってきちゃう」
「……、」
「どうしたんだデモン、上に何かあるのか?」
「虫が気になる。鬱陶しくて午睡も出来ん」
見ると、荷台の屋根に色鮮やかな昆虫がくっついていた。確かベニボシテントウムシだっけ? さっきから黙りこくってずーっと屋根に視線を集中させているもんだから、何を見てるのかと思った。
手段の真偽はどうあれ、かつてデモンはいとも容易くケツアルカトルの胃石を持ち帰ってきたとんでもないヤツである。もし本当に捕獲してきたのだとしたら、デモンには少なくとも遥か上空で絶えず音速飛行を繰り返す怪鳥を、正確に捕捉できる驚異的な視力が備わっていることになる。
だから俺たちには見えないナニカが見えているのかと思ったが、どうやら思い過ごしだったらしい。虫嫌いなんだろうか? 今は昆虫の多い季節だから辛そうだな。
と、その時だった。
「っ! おじいちゃん、止まって!!」
「ほっ?」
突如雷に打たれたかのように声を張り上げるアーシャ。老齢の依頼主は反射的に手綱を引き、馬の進行を食い止めた。
アーシャは軽やかな身のこなしで荷台から飛び降り、脱兎の如く駆け出していく。ただならぬ雰囲気を感じた俺も慌てて飛び出した。
馬車の前へ辿り着くと、暗澹とした穴のようなものが俺たちの行く手を阻んでいた。まるで無数の真っ黒な蟲が寄り集まって出来たかのような、悍ましい闇がウゾウゾと大地で蠢いているのである。それ自体が生きているとすら錯覚させられるが、紛れもなく底無しの穴だった。
始めは大きな土鍋程度だった闇はみるみる広がり、やがて大の男一人なら余裕で収まるほどの成長を遂げていく。
「おいおい、マジかよ」
ソレは、墓場から這い出る死骸のように現れた。
骨の腕だった。橈骨と尺骨からなる軸の部分と、大小さまざまな節骨からなる滑らかな五指。ついでやって来たのは、不気味に光る白妙の球体。紛れもなく人間の頭蓋骨だ。
胸骨、骨盤と、どんどん穴から上がってくる。それも一体ではなく三体だ。瞬く間に生きた骨格標本たちが、明確な敵意を持って現れた。
本来、骨を括りつけて駆動させる筋肉や腱はどこにも見当たらない。そもそも人間が生命活動を送る為に必要な器官が一つもない。にも関わらず、糸で操られるマリオネットのように活動しているそれは、疑うまでもなく超常の怪物に他ならなかった。
そして、人間の骨格に寄生し生者を喰らおうと徘徊する魔物といえばひとつしかない。
「スケルトンか!」
「ええ、そうね。でもおかしいわ、来たときは『異界結路』が開く兆候なんて無かったのに……何が起こったの?」
本来、魔物や魔獣、精霊といったモンスターたちはこの世界の住人ではない。未だ解明されていない部分も多いが、少なくとも異界と呼ばれる別位相の世界からの来訪者だということは判明している。
そんな彼らがやってくるための通路こそが、この闇の洞穴……『異界結路』というわけだ。
しかし『異界結路』ってのはやたらめったら発生するものじゃあない。当然だ。そんなことになったら世界は魔物で氾濫してしまう。
魔力の籠った特別なスポットなんかは別だが、基本的に自然発生するのは極稀である。だというのにまさかこんな何もない農道に湧いてくるとは、流石のアーシャも驚きを隠せなかったらしい。
こいつらは早急に片づけて、厄介な奴らが出てくる前に『異界結路』を塞ぐ必要がある。
幸いなことに湧いてる魔物はスケルトンのみだ。これなら別段対処に困らない。
「丁度良かった。シヴァン、あいつらで実戦の練習したらどう? 学院の訓練と現実の戦いってやっぱり手応え違うからね。ここで経験値稼ぐと良いわ」
なのでこの通り、アーシャはスケルトンの動向を警戒しつつも優雅に余裕を保っていた。相手が六等級でも十分捌ける敵だから当然か。
「危なくなったら援護してあげるから、思う存分やっちゃいなさい」
「ああ、分かった。よーし行くぞデモン! 俺たちの初仕事だ――」
「断る」
「――なんですと?」
まさかの即答拒否に思わず背後を二度見して、眼をまん丸くしながら上擦った声を吐いてしまった。
当のデモンは荷台の屋根に登ってくつろいでいた。足をプラプラさせながら、水筒のお茶を飲んでこっちを見下ろしている。
「ちょっ、おい何やってんだ降りてこい! 仕事だぞ!?」
「断る」
「断る、じゃねーよ! 今どういう状況か分かってます!? 敵が出たんだよ、敵が! エネミー! ほら、やっとこさ巡ってきた出番だぞ。お前の力を見せてくれ!」
「くだらぬ。斯様な鼠の糞にも劣る雑魚如き、余が直接手を下す価値もない。戦うならひとりでやれ。余は寝る」
「寝るなーっ!!」
全力の訴えも虚しく、「くぁっ」と小さく欠伸をしたデモンはそのまま屋根の上で横になってしまう。ええい畜生、扱いやすいんだか難いんだか分からない奴だな!
「……仕方ねぇ。ひとりでやるか」
「うん。その。頑張ってね?」
「同情はよしてくれ。あいつとはこれからなんだから、これから!」
「まぁ相手がスケルトンで幸運だったわね。アレならアンタ一人でも魔法で十分でしょ」
「だといいが。何せ実戦は初めてだからな、訓練用の魔物と戦ったことしか無い」
召喚士は何も召喚獣に出張らせて後ろで突っ立っているだけじゃあない。後方支援を筆頭に、魔法を駆使して様々なサポートをするという大事な役割がある。
つまり、基礎的な魔法は全て習得済みってわけだ。本当は回復とか解呪とかそっちの方が得意なんだが、別に攻撃手段が無い訳じゃない。
俺はデモンとは違うもう一つの相棒をローブの懐から取り出した。それ即ち魔法使いの必須アイテム、杖である。
「じゃあまずは基本から。戦いの時は常に視野を広く保つこと。見るんじゃなくて、観るの。目の前の敵に集中するだけじゃあ駄目。音、匂い、光、風の感触、全てを把握なさい。じゃないと奇襲を赦すわよ」
「ああ、分かった!」
「それを頭に置きながら敵を観察して弱点を突く! さぁ頑張れ!」
「おう! ――『炎を』!!」
杖で空中に式を描き、呪文を唱えて力を放つ。言霊と術式により指向性と属性を付与された魔力の塊は拳大の火球と化し、砲弾の如く撃ち放たれた。
火球は焔の軌跡を残しながら一直線に空を裂き、スケルトンの肩へと着弾する。ドパァンッ!! と爆薬が盛大に弾けたかのような音波と共に、生きた骨は投げ飛ばされた玩具の如く転がった。
「よォし!」
「ナイスショット! でもそこで止めちゃ駄目、攻撃は常に一撃必殺を意識するの! スケルトンの弱点は本体が潜んでる頭よ、学院でも習ったでしょう!?」
「分かってるさ、でも思ったより頭に当てるの難しい!」
「それを当てるのが万能職よ。相手がフラフラしてて狙いにくいならどうすべき? さぁさぁ頭を使いなさい、敵の頭をブチ抜くために!」
スケルトンは全部で三体。先ずは起き上がろうとしている個体に向けて再度火球を撃ち放つ。今度は外さない。爆熱の砲弾は見事に頭骨を打ち抜いた。
本体を焼き焦がされたスケルトンは塵芥となって霧散していく。残るのは奴らの魔力が結晶化した石ころだけだ。
よし、次。まずは手前の個体の足を狙う!
「『氷結を』! 『炎を』!!」
腕の骨を鋭く変形させた骨刀を振るいながら、雄叫びを上げて迫りくるスケルトン。俺は足に向けて氷を張り巡らす魔法を放った。瞬く間に氷塊で足を縫い留められそいつの頭部へ、すかさず火球を叩き込み沈黙させる。
間髪入れずに三体目へ照準を合わせる。今度は火球で膝を狙い、体勢を崩したところでトドメを見舞った。
全てが粒子と消えたのを見届けて、最後に『異界結路』の元へと向かう。
「『灼熱を』」
火球ではなく、今度は火炎放射を展開する。魔力の炎は満遍なく『異界結路』を焼き焦がし、やがて異界へ繋がる道筋は跡形もなく消滅した。
焼け焦げた大地だけが残されたのを確認して、ホッと一息。
「終わった……あー、緊張した。やっぱり訓練と実戦は違うな」
「お疲れ。初めての実戦にしては中々の手際だったわよ」
「いや、アーシャが後ろにいてくれたお陰だ。安心だったからな。一人じゃここまで上手くはいかなかった」
「その言葉を聞いてむしろ安心したわ」
ふふっ、と満足そうに微笑むアーシャ。
「どうして」
「大抵の奴は、ここで自分の力を過信して得意気になるから。勝って当然の敵を圧倒して鼻を高くするような輩は、いずれ肥大した慢心で大きな失敗を産むものよ。でもアンタは自分を客観的に判断出来ている。その心配は必要ない」
アーシャの言葉に耳を傾けながら、消耗した魔力を補う水薬の栓を開ける。そのまま煽って一息に飲み干した。うええ、相変わらず苦い薬だ。
「経験は数をこなさなきゃ手に入らない。だから最初は駄目で当たり前。初めの頃に一番大切なのって、実力より心構えだったりするのよね。その点アンタは合格ってわけ」
「……メイクリー家の人間にそこまで言われると、ちょっと自信つくな」
「ええ、そこは自信を持ちなさい。でも調子に乗っちゃ駄目だからね」
「分かってるよ」
残留した魔石を回収した俺たちは再び荷台へと戻り、運輸の旅を再開した。
とまぁ、ほんの少しばかりハプニングに見舞われたものの、初仕事は無事達成することが出来たっつーわけだ。
始めはどうなるかと思ったが、結果的に良い経験値を得られて満足している。これも全部アーシャのお陰だ。今回は世話になりっぱなしだったし、今度飯屋で御馳走するとしよう。
……目下の目標は、デモンとの良好で円滑なコミュニケーションの構築だな。
なんでも言うことを聞いてくれる――なんて従者的な対応は欠片も求めちゃあいないが、せめて善きパートナーとしてありたいものである。
いずれ世界一の召喚士コンビになる夢を叶えられりゃあ良いんだがなぁ。