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無謀な挑戦

「何故家を購入しない。あれを売れば余に相応しい豪邸のひとつやふたつ、万全を期して拵えられただろうに」

「特大のケツアルカトルの胃石なんて怪物トレジャー、そんじょそこらじゃ買い取ってはもらえねーよ……。それにまだ一度も召喚士(テイマー)として依頼を受けたことのない俺があんな代物持って行ったら絶対変に疑われちまう。却下だ却下。あれは後生大事に仕舞っておきます」

「ふん。人間とはいつの世も難儀な生き物よな。示される価値を疑い、先ず体裁を重んじる。価値あるものには潤いを、価値なきものには渇きを。それでよいではないか」

「人間社会はそんな単純じゃないんですよーっと」

 

 正午を跨ぐより前の刻。俺は魔王を名乗る凄味ガールを肩車の要領で担ぎながら、仕事を得るために集会所へと向かっていた。

 言っておくが肩車は俺の趣味じゃない。さぁ仕事行くぞーと誘ったら『余に薄汚い地へ足を下ろし、衆愚の眼下をひたすら歩む辱めを味わえというつもりか? 不敬である。貴様が余の馬車となれ』というお達しが下ってこうなった。


 さておき、俺のような召喚士(テイマー)を始めとする万能職の人間は、食い扶持を稼ぐために日々依頼をこなしていく必要がある。いわゆる登録制の何でも屋みたいなものだ。

 召喚士(テイマー)は難関職で人口も少ないが、だからと言って黙ってれば銭が懐へやってくるほど都合のいい職でもない。もしそうだったらあんなボロ屋敷に住んではいない。稼ぎは常に、自分の足で歩むところから始まるのだ。


 そして、たった今辿り着いたこの一際大きくて人が入り乱れている施設こそ、件の集会所である。

 ここには日夜ありとあらゆる依頼が舞い込んでいて、ペットの捜索から危険な魔物の討伐とそれはもう様々な仕事の受付が行われている。いわゆる万能職にとっての市場だな。


 盛大な門を潜り、猛者たちが群雄割拠する大型掲示板へと歩を進める。

 本来登録されたばかりの新米は、受付で一通り仕事の流れをレクチャーされる必要がある。だが俺は召喚士(テイマー)試験に合格して登録されるまで、小銭稼ぎのために何度か依頼をこなしたことがあるから受付手順の説明(チュートリアル)は必要ない。


「さて、記念すべき初仕事は何にしようかな。最初は簡単なものから……」


 掲示板を見て、陳列された依頼の数々を見渡していく。危険領域に行って薬草を採取してくるもの、畑を荒らす害獣を仕留めるもの、魔物の討伐に、積み荷運びの護衛なんかもあるな。

 ただ俺は六等級……つまり実績もクソもない初心者なので、受けられる依頼は限られている。まぁ最初は何事も下積みだ。今日はこの薬草摘みでも受注して――――


「シヴァン。余はこれがいい」

「ん? なんか良さそうなのあったか。どんなのだーってこれバジリスクの討伐依頼じゃねぇか! 受けられるかこんなの! 初戦でおっ死ぬわ!」

「ではなんだ。王たるこの余に茶摘みや逃げ出した畜生と追いかけっこをさせるつもりか? 不敬、あまりにも不敬である。貴様の毛根が滅ぼし尽くされても文句は言えんぞ」

「ドスの効いた声でおっそろしいこと言うのやめてくれない!? あのな、こういうのは何ごとも下積みが大事なの。そもそも六等級の俺がCランクの依頼を受けるには、最低でも一人、三等級以上のヤツと組まなきゃ――」

「あら? その顔、シヴァンじゃない」


 我儘幼女の説得を試みていると、聞きおぼえのあるソプラノボイスの横槍が、鼓膜へ突っ込んでくるように聞こえてきた。

 ギギギギッ、と声がした方向へ首を向ける。

 そこには案の定、見覚えのある金髪隻眼の女が『偶然ね』といった顔で、さも当たり前のように佇んでいた。


「げぇっ、アーシャ!」

「開口一番げぇっとは何よ失礼ね」


 眉を曲げて口を尖らせているこの端麗な少女の名は、アーデンシア・メイクリー。通称アーシャ。数々の著名な万能職を輩出しているメイクリー家の次女であり、彼女自身も、俺と同年代でありながら既に二等級(プロレベル)の階位を取得しているベテランだ。


 背丈は俺よりちょい低め。肩より少し上で切り揃えられた金糸のような短髪の、化粧要らずなくらい辨天(べんてん)な顔立ちの少女だった。痛々しい左目の眼帯さえ無ければ、さぞや引く手数多の紅裙だったことだろう。

 出で立ちは、鈍く銀に輝く胸当てと篭手。そして右腕に装着された折り畳み式のクロスボウガンだ。黒く艶がかった頑丈そうで高価そうな(いしゅみ)の存在が、彼女の職が狙撃士(スナイパー)であることを如実に物語っていた。


 アーシャとは星屑ヶ原学院にいた頃の同期である。もっとも、彼女は持ち前の優秀さから俺より先に卒業したので、事実上先輩にあたるんだけども。

 

「久しぶりシヴァン。学院以来かしら。……その首のタグ、召喚士(テイマー)試験合格したの?」


 言われて、俺は首にかけた獣の印入り登録証(タグ)を弄りながら、引き攣った笑顔で言葉を返した。


「あぁ。なんとかな」

「へぇ、やるじゃない。おめでとう。じゃあ今召喚獣いるんだ、どこにいるの?」

「ん」


 頭上を指さす。アーシャの視線が、俺の後頭部にしがみついている四白眼の怪力幼女に向かう。今になってようやく存在に気づいたらしい。そんなに馴染んでたとでも言うつもりだろうか。

 アーシャは瞼をパチパチと開閉させた後、いきなり腑抜けた親バカのようにニヘッと頬を緩ませて、


「かっ、かわいい~~~~っ!」


 瞳に星の歓喜を瞬かせながら、俺の頭からひょいとマグニディを取り上げた。

 というか、カワイイ? マジで? 視線だけで心臓ブチ抜いてきそうなこの問題児が?


「やーん、なにこの子! 小悪魔(プチデビル)? 炎の花みたいに綺麗な髪の毛ねー。おめめも星みたいだし、肌もモッチモチ! まるでお人形さんじゃない!」


 抱っこして、くるくる一緒に回って、終いには頭を撫で繰り回しだすアーシャ。対するマグニディは、絶対零度を彷彿させる顔貌を保ったまま一ミリだって動いていない。まるで永久氷塊でできた彫像のようだ。表情に変化はないものの、眼に見えてご立腹である。


「ほーら高い高ーい、おねえちゃんの名前は何かなー?」

「気安く余に触れるな、この板金鎧越しからも分かる乳袋めが。頭が高い、不敬である。額を地に擦りつけ豚の如く許しを請え。さすれば余の寛大さをもって、家畜として貴様を飼養してやる」


 場の空気が亜光速でエターナルフリーズンした。


「……………………………………シヴァン?」

「言いたいことは分かるが、俺の監督不行き届きじゃねーからな!? 昨日召喚した時からこの調子なんだよ! でもなんかゴメン! 今度飯オゴるから許して!」

「誰の許可を得て余を持ち上げたままでいる。疾く小僧(しもべ)の頭へ戻さぬか売女」

「お前も言い過ぎだおバカ! さっさと謝りなさい!」

 

 とっても怖い笑顔のまま表情筋を固定したアーシャは、ごぎぎぎぎっと年代物のゴーレムのように重厚な駆動音を立てながら、俺の肩にマグニディを返還した。

 重い沈黙が流れる。俺の胃は限界まで引き絞られ、朝食べたフレークを全部反芻してしまいそうになった。


「……しょ、紹介するよ。こいつは小悪魔(プチデビル)の」

小悪魔(プチデビル)? 万象の王たる余を、指弾き一つで消し飛ばせる脆弱な木っ端と宣うか小僧。よいか、我が名はマグニむぐっ」

「この通り色々拗らせた小悪魔(プチデビル)で、名前はデモンって言うんだ! さーお姉さんに謝ってちゃんと挨拶しなさいデモンちゃん、お利口にしなきゃメッですよ痛でででででででで指を噛むな指をッ!?」


 口から引き抜き、ふーふーと息を吹きかけながら俺は念話でマグニディへと訴えた。


『いいか、マグニディ=デモンシレウスなんて絶対に他人へ名乗るんじゃあない! あらぬ誤解を招きかねないんだからな!』

『どこが誤解だ。余は正真正銘本物のマグニディ=デモンシレウス、人類どもの不倶戴天であるぞ』

『仮にそうだとしてもだよ! とにかく面倒事になりかねないから駄目だ、今日からデモンちゃんで通しなさい!』

『知らぬ。余の崇高な御名は未来永劫不変かつ絶対的な魔の象徴である。貴様の矮小な都合一つで捻じ曲げる道理なんぞ塵芥ほども、』

『晩飯後のココア無し』

『それは駄目だ。とてもよくない。うむ、心底気に食わんが承知した。此度より余をデモンと騙る大罪を、海原の如き懐をもって寛恕(かんじょ)とする。ゆえにそなたは昨晩通りあの甘味を用意せよ。必ずだぞ、必ず』

『アーシャにも謝ったらな。いきなり抱き上げたこいつも悪いが、それでも売女だなんだ色々言い過ぎだぞ』

『む。む。む。……相分かった』


 念話でも伝わるくらい狼狽えながらしぶしぶ要求を受け入れるデモン。前から思ってたけど甘いもの大好きだよな。言葉遣いや態度は異次元なのに舌は見た目相応らしい。

 デモンは相変わらず無表情だが、少しだけ言葉の棘を引き抜いて、


「デモンだ。先の言葉を撤回しよう、アーデンシア・メイクリー」

「う、うん。私もいきなり抱っこしてごめんね。これからよろしく……って、あれ? 私自己紹介したっけ?」

「我が叡智は三千世界の果てまで届く。貴様の名程度、とうの昔から知っている」


 そうなんだー? と眉を傾けながら半笑いで相槌を打つアーシャ。やれやれ、前途多難なファーストコミュニケーションだが、どうにか収まるところへ収まってくれたらしい。

 気を取り直して、俺は咳払いをしつつ言葉を繋いだ。

 

「ところで、なんで二等級のお前が中央街じゃなくてこんな田舎町に来てるんだ?」

「あー……それは、その。仕事よ仕事。この町まで運輸の護衛を依頼されてたの」


 どこか歯切れの悪そうな言い方をするアーシャ。察するになにか事情があるらしいが、この様子だと追求はよした方が良さそうだ。面倒ごとじゃないと良いけど。

 しかし、個別に依頼されるとは流石二等級。その腕前は健在らしい。


「そういうアンタは? 仕事、今から受けるんでしょ?」

「まぁな」

「ならちょうど良かった。シヴァン、今から私と組みなさい。まだ復路分の仕事が残ってるのよ」

「は、はぁ!? いや、それ往復でひとつの仕事なんだろ? 途中参加なんて駄目だろ」

「中央街へ向かう復路の方が危険だから、場合によっては人員を足しても良いって言われてるの。もちろん報酬も出るわよ、しかもDランク分。六等級のアンタには破格でしょ?」


 ぬぐ、ぐ。まぁ確かにオイシイ話ではあるけども。


 万能職は基本的に一から六等級、受ける依頼はAからFランクの六段階に分類されている。これは俺たちの腕前や依頼の危険性・難易度を客観的に表した階級である。

 言わずもがな、依頼のランクは上がれば上がるほど報酬も比例して高くなる。しかし万能職の階位に応じた依頼しか受けられないので、当然六等級の俺がいきなりAランクの依頼を受けることは出来ない。

 

 ただ、それにも例外は存在する。


 Cランク以下に限り、その依頼に足りる万能職とパーティを組むことで飛び級受注が許可されるのだ。そしてアーシャは二等級、彼女が受けている依頼はDランク。条件は万全に整っている。

 つまり俺がアーシャの申し出を受ければ、二階級上の報酬を得られるって話なのだ。


 傍目から見れば実に美味しい話である。美味しい話ではあるのだが……。


「流石に辞めとく。まだ一度も召喚士(テイマー)として仕事したこともない俺にゃ流石に無茶だ。デモンの能力すらひとつたりとも把握してないんだぜ? 幾ら何でも無謀すぎる」

「大丈夫よ。最近は野盗も減ったし、万が一の時は私がなんとかできる。そもそも二等級一人で楽々こなせる依頼だもの。じゃなきゃ流石の私も誘ったりなんかしないわ」

「でもな」

「不安なら私が色々教えてあげるから。私からの試験合格祝いだと思って、ね?」


 強引と思えるほどにパーティ構築を促すアーシャ。

 俺は彼女のこういう所がちょっと苦手だ。変に世話を焼きたがるというか、何と言うべきか……。

 仮にアーシャが()()()()を意識して誘ってくれてるんだとしたら、もっと気が引ける。()()に関しては、むしろ俺の方こそ……――――


「シヴァン」

「っ。はいはい、なんですかデモンさま?」

「その依頼を受けろ。興が乗った」


 突如とした予想外の要求に、きょとんと一拍間が空いてしまう。


「はい……? いやお前、さっきまでみみっちい仕事は嫌だってゴネてたじゃないか」

「だから、興が乗ったのだ。喜べ小娘、貴様の申し出を受け入れてやろう」

「ほんと? 流石デモンちゃん、話が分かるぅ!」

「勝手に決めるな能天気コンビ! デモン、今日の所は我慢しなさい。言うこと聞かないと午後のおやつ抜きにするぞ」

「ほう? それは辛いな、とても悲しい。ああ胸が張り裂けそうだ。あまりにも悲しすぎて、ついつい毛根収穫祭を始めてしまいそうになる」

「て、てめえ、毛を人質に取るなんて卑劣な真似を……!」


 哀れシヴァン・ルーデンシオ。若い男にとって将来の偉大な貯蓄である髪の毛を人質にとられてしまっては、手も足も出せない従順な芋虫に成りさがるしかないのだった。

 ちくしょう、こいつと出会って初めて魔王という自称を実感させられたぜ。まったくなんて恐ろしい幼女だ。


「決まりね。それじゃあ受付行くわよっ!」

「あーもう、分かったよ。こうなりゃなるようになれだ、先輩らしくちゃんとサポートしてくれよ!」

「私を誰だと思ってんの? 大船に乗ったつもりでまっかせなさい!」


 声を張り、意気揚々と受付所へ駆けていくアーシャ。その後ろ姿はまるで、サプライズプレゼントを貰ってはしゃぐ子供のようだ。

 ……初依頼で引退、なんて展開にならなきゃいいんだがなぁ。

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