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魔王幼女

「シヴァン、リンゴジュースはまだか。喉が渇いた。果汁100%を所望する」

「はい! ただいま!!」

「シヴァン、腹が減った。ふれーくを疾く用意せよ。甘いミルクを浸したシナシナのやつ」

「はい! こちらに!!」

「シヴァン、退屈だ。なにか余興をして楽しませよ」

「はい! べろべろばー!!」

「雑巾のように絞られたいか貴様」


 召喚に成功してからはや一日。召喚士(テイマー)として無事デビューを果たしたはずの俺だが、どういう訳か凄まじい眼力を伴った幼女の子守をさせられていた。


 ほんと何がどうしてこうなった? 途中まで完璧だったし何のミスも無かったのに、なにゆえ俺が召喚獣に顎で……召喚獣? 本当に召喚獣なのかこいつは? 

 とにかく、なんでいきなり現れた幼女に顎で使われてる状況になってんだ!? 逆でしょ普通! 俺、れっきとした召喚士(テイマー)なんですけど!?


 ……昨晩この旨を伝えたら『貴様は幼気なおなごを隷属させて悦に浸る下衆か? 随分と捻じ曲がった性癖の持ち主なのだな。勅命である、頭から肥溜めに突っ込んで悔い改めるがよい』って怒られて、ぐぬぬそれもそうだな言われてみれば確かに絵面ヤバいもんねって納得したからこうなったんだけど、


「やっぱりどう考えてもおかしい!!」

「五月蠅い。いきなり大声を出すな、耳がキーンとなる」

「こっちは召喚士(テイマー)なんだぜ!? だからって君を隷属させる気なんてサラサラないけど、少なくとも対等であるべきじゃん! なのにこのコキ使い様、絶対おかしいだろ!」

「なんだ召喚士(テイマー)だったのか。世話が上手いから子を扱う職だと思ってたぞ」

「保育士じゃねーよ!!」


 というかな!? と俺は不遜な幼女と相対し、


「そもそも誰!? 名前と種族は!? 一日経っても判明してないんですけど! いい加減そろそろ自己紹介プリーズ!」

「む。そうか、名乗らねばならないのだったな」


 コトン、と両手で抱えていたジュースのコップを下ろして、幼女は椅子の上に立ち上がった。

 何故か床に正座しろとジェスチャーされる。抵抗したが、どんどん眼力が強まってきて怖くなったから従った。

 だって真っ黒な白目に浮かんでる紅色の瞳がなんかビームでも出しそうだったんだもん。もうやだこの凄味ロリ。


「余の言の葉を賜る栄誉を許す。魂の奥底まで、偉大なる血銘を刻み付けるがよい」


 そんな人殺しアイを持つ幼女は、胸に手を当てて下民の俺にこう宣った。


「我が名はマグニディ。マグニディ=デモンシレウス。万物万象の王にして、人類の不倶戴天である」

「は?」

「ふぐたいてん、である」


 ふんす、と言い直しながら腰に手を当て、胸を張る自称マグニディ=デモンシレウスさん。

 

 いやいや。いやいやいや。いやいやいやいや。

 マグニディ=デモンシレウスって、あれじゃん。魔王の名前じゃん。

 千年前に勇者一行に討たれたって御伽噺の、誰もが知ってる大悪党。子供が悪戯したら『悪い事するとマグニディが蘇ってお前を連れ去るよ』なんて母親諸氏が戒めるくらい、一般にも浸透している世界一のビッグネームだぞ。


 ははーん、さてはアレだな? この子ちょっと拗らせた小悪魔(プチデビル)なんだ。実際召喚した後の手続きをしてくれたスタッフさんも彼女を小悪魔(プチデビル)の変異種って同定してたからな。

 

 大方、憧れのマグニディを名乗って遊んでるんだろう。うんうん分かるぞ、俺も子供の頃は偉大な召喚士(テイマー)に成りきってごっこ遊びに興じたもんだ。

 となるとつまり、この子の眼差しや雰囲気がめっちゃ怖くてこいつ明らかに別次元の存在じゃね? って感じても恐れる必要は微塵も無いってことだな!

 

 何を隠そう、小悪魔(プチデビル)とは大人の男なら簡単に退治できちゃうくらいか弱い最下級の魔物なのである。別に退治とかそんな酷いことしないけど、というか俺の召喚獣なんだけど。これを機に召喚士(テイマー)らしく堂々と振舞ってやろう!

 

 ……でもちょっと大人げない気もしてくる。むしろこういった子供の冗談に付き合ってあげるのが真のオトナの対応かもしれない。

 そうと決まれば、よし。

 

「へ、へへーっ、おみそれしましたマグニディさま! あなたさまの召喚士(テイマー)として選ばれたこの栄誉、まっこと幸福の至りと存じますううう」

「爪の垢ほども信じてないな。まぁ、今の余は故あって幼子の身。到底信じられぬのも無理はない」

「とんでもございやせん信じてますともマグニディさま! あっ、ジュースまだ少し残ってるんだけどいります? おいぴーですよ」

「黙れ。ならば論より証拠、貴様の度肝を抜いて証明してやろう。あとおかわりはいる、残しておけ」


 と言って、自称マグニディちゃんは椅子から降りるとトテトテ足音を立てながら部屋を出ていってしまった。

 俺の家は寂れたワンルームの借家なので、部屋を出たらすぐ外である。まぁ四等級の駆け出し召喚士(テイマー)なんてそんなもんだ。


 待つこと数分。チクタク刻まれる時計の針が変な緊張感を生んでくる頃合い。


 帰ってこないな。もしかして迷子か? 探しにいった方が良いんだろうか。というか何でチビッ子一人で街へ行かせたんだ俺! 

 待てよ、そういえば召喚士(テイマー)の特権として召喚獣とは遠隔念話が出来るんだったな。取り敢えず帰ってくるよう言ってみるか。


『余だ。ぴーと鳴ったらメッセージを寄越すがよい。ぴー』


 なんで留守番設定にしてンだよ!? というかそんなの出来るのか初耳だわ!


「帰ったぞ」


 憤慨していると、マグニディちゃんがタイミングよく帰って来た。

 右手に何かを引っ提げている。袋だ。結構厳ついタイプのズタ袋。中に重たいものでも入っているのか、ズッシリとした重量感が漂っていた。

 

 マグニディちゃんはそいつを無造作に机へと放る。ゴドンッ! と石の塊同士が激突したような重厚な音が響いた。

 外から見た感じでは拳サイズの球体だが、何を持って帰って来たんだこれ? もしかしてアレか。子供が宝物と称するその場で拾って来た綺麗な石ころシリーズか。なんだ、可愛いとこあるじゃん。


「開けてみろ」

「ははーっ」

「その気色の悪い猿芝居を即刻辞めよ。次はもぎ取るぞ」


 何をでござるか……?

 さておき、言われた通りに袋の紐を開いていく。どれどれ、どんな石を拾ってきたのかな? 

 虹で出来た炎みたいにメラメラ七色に輝くバカでかい宝石でした。


「な、なんっ、なんじゃあこりゃあッ!?」

「ケツアルカトルの胃石だ。本棚にこれだけ魔獣や魔物の文献を掻き集めている貴様なら、虹を食う鳥の体内で生じる魔鉱石くらい知っているだろう?」


 サラッと、それはもうサラッと、『今日はいい天気ですね』くらいの軽いノリで言ってのけたマグニディ。

 反して彼女が持ってきたこいつはとんでもない代物だ。最上級の魔獣ケツアルカトルからしか採れない超絶希少なレアアイテムだぞ。

 ここまでの大きさだと俺たちが住んでるボロアパートを百回リフォームしたってお釣りが来るどころか、金貨のプールを開園できるくらいの値打ちになる。あかんゲロ吐きそう。


「どどどどっ、どゥふッ、どこから持って来たんだこんなの!? さては盗んだな!? 盗んだんだな!? やべぇよ早く返さないと物理的に首が飛んじまう!」

「首の心配は無用だぞ小心者め。それは余が今しがた採ってきた天然モノだ」

「は?」

「こう、きゅっとして吐かせてな。安心しろ、殺してはおらん」


 ぎゅーっ、と手で布を絞るようなジェスチャーをするマグニディちゃん。俺は頭蓋が引き絞られて脳ミソ弾け飛びそうな気分だった。


「嘘つけ絶対盗んだだろ! 成層圏に生息してる音速の怪鳥をどうやって数分で捕まえた挙句石を吐かせられるってんだ冗談も大概にしやがれ! 大事になる前に一緒に謝りに行くぞ、まだ許してもらえるかもしれない!」

「たわけが、冷静に考えろ。仮に盗んだとして、こんな辺境の町のどこにそんな石を扱っている店がある? わざわざ規格外の品を用意した余の意図を察さぬか、この愚か者めが」


 言われて、少しだけ熱くなっていた血が冷えた。


 確かに一理ある。この町はド田舎ってわけじゃあないが、しかし都と言えるほど栄えている町でもない。よくある一地方の中央都市くらいの規模であり、そこそこ充実してはいるものの、こんな国宝に匹敵する化け物ジュエリーアイテムを取り扱っているような店なんて存在しないのだ。


 住んでる富豪だって小金持ちクラスのもので、駆け出し貧乏召喚士(テイマー)の俺が言えた口じゃあないけど大したことはない。あくまでこの石の価値と比較した場合だけどな!


 しかしそうなると、本当にこいつが採ってきたってことになるんだろうか。それも生身で? 何の装備もなく?

 思い返せば、彼女が外へ出た瞬間大砲みたいな音がしてたような気がする。ちょっと家が揺れた気もした。でも気のせいだと思ってた。というより俺の理性が認識するのを拒んでいた。


 ドアを開けて、恐る恐る外を覗いてみる。

 傍の石の道路がおもっくそ凹んで、子供サイズの足跡が一足分残っていた。

 これもしかしてジャンプの跡だったりします? 嘘だと言ってくれよおてんとさま。


「そいつを売った金で家を買え」


 背後でズゴゴゴーッと音を立てながら最後の一滴までジュースを堪能しているマグニディが言った。


「この家は余に相応しくない。狭いし、貧相だし、何より少し臭い。特にこのベッド、貴様いつから掃除しておらんのだ?」


 ……もしかして、マジでこの子ホンモノの魔王様? いやしかし、幾らなんでも説明がつかないような。

 ええい、これが夢だとしたら早く覚める事をお勧めするぞ、俺!


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