ぎゅうスキ!(6) 3つのアプローチ-見学・練習・隷属-
修正しました。2016/10/22
パワポで作った適当な画像修正しました。2016/11/03
この話はちょっとわかりにくいかもしれません。9話、10話が解説のような話になっています。
場所は訓練場なのだろうか、壁で囲まれた50メートル四方程度の広さの土地だ。
赤い髪の女が剣を鞭のように振るっている。蛇腹剣というのだろうか、分断された刃がワイヤーのようなもので繋がっている。それを自在に操っていた。赤い髪の女はウェットスーツのような密着した服を着ており、その艶やかな肢体には魅せられるものがあった。歳は20前後だろうか。黄色のカチューシャで前髪をあげており、なまめかしさのある瞳の横にはほくろがあった。
女は縦横無尽に剣を振るう。大地を刃が削り、土が噴水のように舞う。
その暴れる刃の中を徐々に赤い髪の女へと近づいていく一人の男。金髪の優男だ。同じように密着するような服を着ており、顔の割にはしっかりとした体つきであることがわかる。
優男は時に盾で刃を弾き、時に騎士剣で刃の方向を変える。ゆっくりと、しかし着実に女に近づいていく。
女は不規則な軌道から、渦を描くかのような起動へと刃の動きを変える。その渦は優男を包むように大きな弧を描いていた。
今までのゆっくりとした動きとは打って変わり、素早く前方へとかける優男。
女は刃の弧を素早く小さくし優男を巻き込もうとする。あれに巻き込まれたら全身がずたずたになりそうだ。
優男は間一髪で刃の渦を抜けきる。
女は慌てて柄を持つ手を引いた。すると凄い勢いで刃は手元へと戻る。気づいたときには蛇腹剣は1本の大剣となっていた。
衝突する女の大剣と優男の騎士剣。激しい金属音が鳴る。
女は衝撃で剣を弾かれ仰け反る。
剣を飛ばされまいとその手は必死で柄を握る。
しかし、女が体勢を整える前に、その首には騎士剣を当てられていた。
「たぁ~いちょ~、手加減しなさすぎ。」
赤い髪の女が優男に少し不貞腐れた顔で言う。
「いや、すまんな。今日はお客さんがいたのでな。」
優男はそう言うと訓練場の一角にゆっくりと足をすすめる。その先には戦闘の様子を見ていた金髪少年。色っぽい女も優男に続く。
◇
「やあ。初めまして。僕はウルベリア宰相の部下でエクス・ブレーカという」
「わたしはロゼ。よろしくね」
金髪少年は訝し気に応える。
「…シュウ・キガミだ」
「しってるよ~。それよりさ~。バトルしようよ~。バトル~」
色っぽい女は異様にテンションが高い。なにとは言わないがバルンバルン揺れている。バトルハイ状態が続いているのだろうか。
「…悪いな。こちらに来たばかりなんだ。しばらくは体を休めておきたい」
金髪少年は無碍に断る。努めて冷静だ。ちゃんと性欲を持っているんだろうか……
「こらこら。ウルベリア様も言っていただろうが。ここで手の内を明かすようなバカじゃないって」
「そ~だっけ~」
色っぽい女は顎に人差し指を当てると明後日の方向を向く。ため息をつく優男。
「……で、なんのようだ?」
「いや、大した用じゃないよ。僕たちは『アカイさんを守る』ように言われているんだ。それで、『どんなことがあっても』守れることを見せておきたくてね」
「どんなことがあっても…か?」
「ああ。『どんな』相手が来ても『アカイさんを奪って城から外へ出るのは』不可能だよ」
「陽子…赤井だけなのか?」
「うん。アカイさんだけだよ。『君たちが別行動を取ったらアカイさん側に同行する』ことになるね」
金髪少年は苦い顔をして沈黙する。優男はしばらくニコニコと笑っていた。
しばらく静かな時間が流れた後、優男が言葉を告げる。
「そうだ言い忘れていた。僕は『聖騎士』のスキルを持っている。君の『剣聖』と同じくらいレアなスキルなんだよ」
「隊長ずる~い。自分だけ自慢して。わたしはね~『テイム』を持っているんだよ~。『聖騎士』よりレアなんだよ~『究極の盾』と同じくらいレアなの~」
優男と色っぽい女は、満面の笑みで自分たちのスキルの情報を伝えると去っていった。
一人取り残された金髪少年は悔しそうな顔をしていた。
◇◇◇
「アレックス・ドロリゲスです」「カイゼルです」「シュナイダーです」「カイザーです」「マイケルです」「ボブです」「モブです」「カワターニです」「ブロッコリー・クワセーロ・ホノノイ・チョチョリーナ・ガンジス33世です」「グラックです」「マーベルサンダース・エレキトリック・ボーイです」…
何が起きているのだろうか…
バスケットコート4つ分サイズの土の訓練場。
厳つい顔をした歴戦の戦士面達が列を作っている。その先には、組み立て式の長机がある。机を挟んで向かいにある椅子に座っているのは我らがオッサン。歴戦の戦士達はオッサンに自己紹介をしては再び列の後ろに戻っていく。
オッサンは頭を抱えている。そこへ現れ話しかける禿。
「進捗は如何ですかな?」
「モリモーリです」「クラックです」「クワトロ・ジバーナです」…
どうやら、禿との会話中でも自己紹介は続けるらしい。オッサンは情けない顔をしながら禿にすがりつく。
「無理です。無理ですから。なんか名前が異常に長いのとかいるし。クラックとグラックは名前どころか顔も区別がつかないし。似た人多くない?明らかに多いでしょ?無理ですよ。無理ゲー…」
「トムソンです」「ンジャメナーノです」「コンチキーノです」…
少し困り顔の禿は問いかける。オッサンは逃げたい一心でそれに即答する。
「何人のアドレスが登録できましたかな?」
「45人。あとは難易度が高すぎる。高すぎるから。」
「トリロジーです」「エコノミーです」「モタロだモウ!」
ミノタウロスがいる。歴戦の戦士達と同じく自己紹介をした。
とたんに騒ぎ立てるオッサン。
「牛キター。またキター。こいつ名前も顔もインパクトあるのに、アドレスに載らないんですよ。牛は無理なんですよ。絶対無理ですって。」
「いや…なんででしょうな…」
「シンブンシーです」「シュウカンシーです」…
禿は困り顔で貴族髭に手を当てていた。オッサンは困り顔の禿をユサユサ揺らして懇願していた。
ー冷たい空気が流れた。
オッサンの動きが止まる。歴戦の戦士達も自己紹介を止める。禿は慌てて周りを見渡す。
ー訓練場の入り口の方から誰かが歩いてくる。
…それは紫鉄血だった。威風堂々とした足取りだ。
その後ろを赤髪処女が付き従うように付いてきている。
紫鉄血は長い髪をたなびかせ毅然と歩み寄る。そして禿に向かって話しかけた。
「孤高田に用があります。切り上げなさい。今日の進捗と次回の日程を」
禿は緊張した面持ちだ。汗がとめどなく吹き出している。
「は、ハ。本日の進捗45%、次回は明日13時よりここ第三訓練場で予定しております。」
禿は何故か敬礼した。紫鉄血は「そう」と言いながら厳つい歴戦の戦士達に足を向ける。
「整列」
静かな口調だった。戦士達はすぐさま10x10の隊列を作り出す。
「第3軍第2中隊長アレックス・ドロリゲス、前へ」
「ハッ」
ちょっとイケメン風の頬にキズのある金髪の青年が、前へ小走りに出てきて敬礼する。
「第3軍第2中隊は、明日1230にここ第三訓練場に集合、訓練場を本日と同じ状態にして、整列し1300を待つこと…復唱」
「ハッ、我々第3軍第2中隊は、明日1230にここ第三訓練場に集合、訓練場を本日と同じ状態にして、整列し1300を待ちます。」
紫鉄血に敬礼したまま大声で復唱するドロリゲス。なんだろう軍の上下関係がおかしい気がする。
紫鉄血は「解散」の一言を告げると、戦士達は隊列を乱さず訓練場を後にした。
オッサンは一息つく。砕けた口調で、紫鉄血に話しかける。
「助かったよー。『クリエル』の練習とか言っちゃってさー。登録できないミノタウロスとか、異常に名前が長いやつとか、名前も顔もそっくりなやつ連れてくるんだもん。まじ最悪。」
「良いのよ。私に切り上げさせることに意味があるのだから。」
紫鉄血の言葉に禿がビクリとする。オッサンも少し驚いたようだ。
「なんで?」
オッサンの問いに紫鉄血は沈黙で応える。
オッサンは空気を読んだのか会話の流れを変える。
「…なんだよ、やけに難易度高いと思ったんだよなー」
「牛人は他の牛人の顔と区別できれば登録できるのでしょうし、名前が長いのは草に対しての練習よ。潜伏先予定の住人たちの名前がやたら長いんでしょう。似ている人を集めたのは影武者用じゃないかしら。」
紫鉄血はオッサンの問いに答えると、凍えるような冷たい目で禿を見つめる。
禿は紫鉄血に視線を合わせようとしない。
禿は下を向いたまま紫鉄血に告げる。
「う、ウルベリア様からの伝言です。……『練習が終わったら本番をします。それがあなたのサンドリヨン』だそうです。」
言葉を紡ぐと再び禿は黙る。
しばらく禿を睨みつけると紫鉄血は訓練場の出口に向かう。
そよ風が吹いているのか、紫がかった銀色の髪が再びたなびく。
赤髪処女とオッサンは紫鉄血の後を追い訓練場を後にした。
◇◇◇
部屋に入ったとたんオッサンを床に組み伏せる金髪少年。右腕をねじって背中に回して固めている。これではオッサンも身動きは取れない。
「ごめんなさい。俺が悪かった。何をやったかわからないけど。痛いの、右腕が痛いの。」
オッサンが涙目で許しを得ようとしている。
個室のようである。オッサンの部屋とよく似ているが違いが2つある。一つは、アンティーク調のテーブルに上部が開かれたダンボール箱が乗っていること。もうひとつは、部屋の隅に20個程度のダンボール箱が積み重ねられていることだ。ダンボールの隙間から本らしきものが見える。その表紙には”とある洗濯のアリエール”と書かれていた。
金髪少年は無表情でオッサンを組み伏せており、紫鉄血は腕組みしたままオッサンを見下ろしていた。赤髪処女は腕立て伏せをしている。もうちょっとでパンツが見えそうだ。
「国王と宰相の悪口を言いなさい。」
紫鉄血がオッサンにそう告げる。
「え?…悪口?…痛い痛いから。やめてー。お願いします。」
オッサンは紫鉄血の方を見て答えようとしていたが、腕が痛いためか金髪少年に向かって懇願していた。
「国王と宰相の悪口を言いなさい。」
紫鉄血が再びオッサンにそう告げる。
「でべそ。…国王のへそはでべそ。宰相は…ヤリマン。ビッチ。男ひでり!」
オッサンがそう話すと、金髪少年は紫鉄血の方を見た。紫鉄血が頷くと金髪少年はオッサンの拘束を解く。ゴホゴホ言いながら、よろよろと立ち上がるオッサン。
「酷いよ。…何なの?」
紫鉄血はソファーに腰を下ろす。オッサンの問いかけは無視だ。金髪少年は紫鉄血の背後に佇む。赤髪処女は腕立てを続けている。ちらっとパンツが見えた気がした。
どうやらオッサンに紫鉄血の向かいに座れということらしい。オッサンもそれに気づいたのか、ソファーに腰を下ろす。
「ダンボールの中を見なさい。」
紫鉄血にそう言われ、オッサンはおそるおそるテーブルに置かれたダンボールの中を見る。
そこにはゴブリンの意匠がほどこされた指輪やネックレス、腕輪、足輪、首輪、イヤリングがあった。
オッサンは指輪を取って、「悪趣味だなあ」と言いながら自分の指に嵌めようとしていたがサイズが合ってないのか指輪は入らなかった。
「気をつけた方が良いわよ。それ嵌めると奴隷になる指輪だから。」
オッサンは驚きのあまり飛び上がる。
オッサンの手を離れた指輪はダンボールの中に落ちて、チャリンと金属音がした。
「言ってよ。先に言ってよ。俺、指に嵌めようとしちゃったよ。てか、何でこんなところにあるのよ。何でこんなにあるのよ。」
オッサンは混乱しているのか、紫鉄血を指差しながらまくし立てた。
紫鉄血はいつの間にかティーカップを右手に持っており、そのカップに口をつける。
「私は見ろと言っただけよ。何でここにあるかは、彼女が色男達にプレゼントされたらしいわ。何でこんなにあるかは、彼女に送り物をする人がこれだけいたからよ。」
「え?アカイさん?」
オッサンはそう言うと赤髪処女の方をちらりと見る。赤髪処女は腕立てを続けていた。見えた!
「それは良いわ。」
紫鉄血はそう言い、もう一度カップに口をつける。
「あなたの態度がおかしいと思ったの。昨日と今朝で全く違うわ…操られている可能性もあると思った。ただそれだけ。」
「ああ……って何で悪口?」
紫鉄血は少し遠い目をして呟くように答える。
「試したの。メイドで。」
「ひどっ!本当酷い!」
オッサンは立ち上がり紫鉄血を指差し非難する。紫鉄血はオッサンの抗議を完全に無視だ。
「それは良いわ。で、なんの心境の変化?」
オッサンは笑顔で応える。
「娘と連絡が取れたんだ。『クリエル』で。それが嬉しくてさー」
「ぶはっ!」
紫鉄血が驚きのあまり飲み物を吹き出した。
吹き出された液体は絨毯に落ちシミを作る。そのシミはまるで牛のような形をしていた。
サンドリヨンはフランス語でシンデレラという言葉を表します。
ここでは魔法の切れる時間=タイムリミットを示す言葉として使いました。
オッサンの練習まるまる抜こうかとも思ったのですが、宰相が2番目にほしいスキルが『クリエル』なので、オッサンを使って時間制限を暗に示す必要があり、そのまま残しています。