ぎゅうスキ!(5) 涙の理由
修正しました。2017/02/08
小窓から陽の光が射す。室内の照明がないとまだ薄暗い時間のようだ。
ベッドの横にある小さなテーブルには食器が重ねられている。部屋の隅には一つのダンボール箱。その上には漫画"りゅうたま"の1巻が乗せられていた。ザンバラ髪の少年が棒を持って雲に乗っている。
部屋のほぼ中央にある向かい合うソファーに4人の人間が座っている。
一方にはオッサンと金髪少年、もう一方には『鉄血宰相』の紫髪の少女と『絶対処女』の赤い髪の少女だ。
それぞれ紫鉄血と赤髪処女とあだ名を名付けよう。うん、イメージとぴったりだ。
「昨日説明を受けたことをざっと話すわ」
紫髪の少女改め、紫鉄血は淡々と話し出す。オッサンは膝をつき合わせて緊張した面持ちで座っている。金髪少年は真剣な顔で漫画を読んでおり、赤髪処女はつまらなそうに髪をいじっている。
「私たちはこの世界に召喚された。召喚したのはこの国・技国の召喚装置を稼働させた神官らしいわ。国の命令でやっているから個人の説明は必要ないわね。帰還するためには魔国にある送還装置を稼働させないといけないの。また、この技国は魔国と一触即発の状態みたい。だから、この国がやりたがっている戦争に加担する。または、個人でなんとかして魔国に侵入して送還装置にたどり着く必要性があるわ。」
「戦争…魔王を倒せば良いんじゃないの?」
オッサンは眉を顰める。
「魔王は魔国の王様のことよ。魔国は魔法を使える魔人と呼ばれる人の国だけど、魔法を使えると言うだけで私達と同じ人間よ。トラブルはゴメンだから、この城の中では魔人のことは魔族と言うようにね。」
「え?……まじか……」
「マ・ジよ」
紫鉄血は言葉を区切り強調して応える。唇の動きが少しエロい。
「私達はもちろん帰りたいのだけど、この世界の知識がない。そこで、この技国でしばらく訓練をしながら歴史、文化を学んだ後、個人で魔国に渡るつもりよ。まあ、それが許されるかはわからないのだけど。……あなたはどうする?」
「……同行させてもらえますか」
オッサンは苦笑しつつ答える。他に回答の選択肢がないだろ、この質問。
「もちろんよ。じゃあ、自己紹介を始めるわね……」
まだ自己紹介もしてなかったらしい……
その後は、地、通っている大学、会社。それらについての簡単な情報交換が行われた。
「世界、スキル、注意点、これからの行動の順番で説明するわね」
どうやら、これからが説明の本番のようだ。
◇◇◇
金髪少年がテーブルの上に地図を広げる。
地図の中央には、正六角形に近い形の大陸が書かれている。大陸には牛の絵が、海にはクジラの絵が描かれている。チャーミングだ。
「技国、魔国、機国、霊国、獣国、闇の領域、この6つで世界は構成されているわ。技国にはスキルが使える人が、魔国には魔法が使える人が、機国には機械化された人が、霊国には半霊化した人が、獣国には獣人が住んでいる。闇の領域は後回し、良いわね?」
オッサンはコクコクと何度も頷く。赤髪処女はクジラの絵を見てニコニコ笑っている。たまに絵を指でツンツン突いている。鯨が好きなのだろうか。金髪少年は漫画を読み終わったらしく、次の巻を懐から取り出した。
「一番大きいのは技国、ここよ」
紫鉄血は大陸の南東を指指す。
話が長かったので、概要だけまとめておこう。
◆各国の位置関係
大陸の南東に技国。技国の西に隣接している国が魔国。北に隣接している国が獣国。大陸の西部に機国、北西部に霊国がある。ただし大陸の中央部を闇の領域が占めているため、各国が隣接しているのは各2国のみとなる。
◆闇の領域とモンスター
闇の領域以外はモンスターは発生しないが、闇の領域では小物から大物まで様々なモンスターが自然発生する。闇の領域は大陸中央部以外にもあちこちにあり、たまにその領域が動く。各地のダンジョンも闇の領域に該当する。つまりモンスターが発生する。
◆7つの月と神
この世界には7つの月がありそれぞれに神が宿ると言われている。月に依存するスキルや魔法、機械、属性といったものがある。月の満ち欠けは七日周期で起きる。そのため日によって強いスキルや、七日に一度発動という制約があるスキルがある。
* * *
「じゃあ、技国内のこの2箇所の町を経由して南西の国境に向かうんだね?」
「そうなるわね。」
世界についての説明がやっと終わった。金髪少年の読む本は第6巻になっており、赤髪処女は室内でシャドーボクシングをしている。
新たな暇人?としてメイドさんが加わっている。食事の準備ができたと伝えに来たら、紫鉄血が「今説明中だからそこで待ってなさい」と命令したからだ。彼女はドアのそばでずっと立っている。その少し涙ぐんでいるのが悲しげだ。
「では、2つ目の説明、スキルの説明に移るわね」
紫鉄血がそう言うと、メイドさんは一瞬眉を寄せたまま目を見開く。その後、何もかもを諦めたような顔になった。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。金髪少年と赤髪処女は無反応だ。紫鉄血はいつもこうなのかもしれない。
◇◇◇
「この技国にはスキルというものがあります。さっき説明した他の国、魔国には魔法、獣国には獣化、霊国には召喚、機国には機構というものがあるらしいわ。」
そう言いながら紫鉄血はホワイトボードに説明を書き出した。懐から出した青いペンを使ってキュッキュと音を出しながら文字を書く。
「更にそこから3つに分けられるみたいなの。ベース、コモン、レアの3つにね。スキルの場合はそのままベーススキル、コモンスキル、レアスキルと言うらしいわ。魔法の場合は、ベース魔法、コモン魔法、レア魔法という具合ね」
「ベーススキルはこの国に生まれた人は誰でも使えるの。それがアイテムボックス。魔国のベースに該当する魔法は『魔力の泉』って名前で、技国のベーススキルと同じように魔国に生まれた人は誰でも使えるみたい。その国に生まれた人のそれぞれの特権みたいなものと考えて。生まれる他に召喚される場合も該当するみたい。技国に召喚された人、つまり私達もベーススキルであるアイテムボックスを使えるようになるみたいなの」
赤と青のペンも使い分け、わかりやすいように説明する紫鉄血。
「……え? 俺も?」
オッサンは驚いている。スキル確認のときには心ここにあらずの状態だったから何も覚えていないのだろうか。対岸の火事が広がってきて焦ってる様子が伺える。
「ほらよ。『アイテムボックス』って言葉を思い浮かべながら、これを胸に持っていってみろよ」
金髪少年はそう言いながら一冊の漫画の本をオッサンに渡した。
言われたとおり漫画の本を自分の胸に持っていくオッサン。
すると、漫画の本が消えた。
驚くオッサン。その様子を笑いながら見ている金髪少年。少し呆れ顔の紫鉄血。赤髪処女は地図を持って部屋の隅に行ってしまった。鯨がそんなに気に入ったのだろうか?
「今度は『アイテムボックス』って思い浮かべながら、胸に手を置いてみろよ」
「うおっ。今度は何か一覧みたいなものが出てきた。一覧の一番上に漫画”ドラとら”第1巻って書いてある。」
過剰に驚くオッサン。金髪少年はそのリアクションが面白いのか爆笑している。
「……こほん。話を元に戻すわね。ベースに該当するのは技国の『アイテムボックス』と魔国の『魔力の泉』、機国の『自己修復』、霊国の『物理無効』、獣国の『合獣化』よ。これらはどれもかなり強力な効果があるわ。まさに”いしずえ”って感じね。」
紫鉄血は腕を組んで、自慢げに胸を張る。ない胸を。
「両親が魔国出身の人でもこの国で生まれれば『アイテムボックス』を会得するらしいわ。ベースの詳細は後に回すわね。先にコモン、レアを説明するわ」
紫鉄血はそう言って飲み物に口をつける。長々と話し続けているから喉も乾いたんだろう。俺も説明ばかりで聞き疲れた。
「コモンとレアは単純に確率が低いか高いかだけよ。レアは強力な効果のものが多いけど、全てのレアスキルが優れたものかと言われるとNoよ」
紫鉄血はちらりと赤髪処女を見る。たしかに『絶対処女』はあんまり嬉しくないよな……
「コモンスキルとレアスキルの習得は、この国に生まれたときと、ダンジョンをクリアした特典よ。それと召喚される場合ね。召喚される場合はレアスキルのみを会得するみたい。コモンは無し。数はランダムらしいわ。
私は1つ。あなたと赤井は2つ。鬼神は3つよ」
「え? 俺2つもあるの?」
「ええ。『クリエル』と『温度管理』の2つよ」
「『温度管理』?……弱そうだなぁ」
渋い顔のオッサン。オッサンの呟きに無言で応える紫鉄血。
「魔国の人が技国のダンジョンをクリアした場合でも、スキルを1つ取得するわ。私達が魔国のダンジョンをクリアした場合は魔法が使えるようになるってことよ。」
「おおー。ファンタジーっぽくなってきた。」
魔法の説明を聞いて、オッサンはテンションが上がってきたようだ。
「あと前提として伝えておくことは……レアスキルは使ってみるまで効果がわからないことが多いみたいね。私達のスキルを中心にいくつかの例を昨日聞いたから、それを簡単に共有するわ」
紫鉄血はそう前置きをおいて細かい説明をしだした。
こちらも長いので、簡単にまとめておく。
◆レアスキルの例
『究極の盾』攻撃を完全に防げる透明な盾が出せる。大きいと具現化できる時間が短くなる。数百メートルくらいなら10分間具現化できる。魔法ももちろん防げる。
『絶対処女』物質を入れることができなくなる。
『剣聖』剣を手に持つと強くなる。どれだけ努力しても至れない強さ。
『鉄血宰相』軍の指揮アップ、命令無視がなくなる。
『クリエル』メールが送れる。アドレスの取得は、相手の顔を直に見ること、名前を知っていることが必須条件。返信は受信後30分以内。
『温度管理』手が触れているものの温度を自在に操れる。複数の部品で組まれているようなものは、その手に触れている部品のみが対象となる。
◆レアスキルで効果が不明だったものの例
『ジャングル』『トムソンガゼル』『リーダー』『夢の島』『SKニッケル』『手から汚物』
◆コモンスキルの例
『パンデル』パンがでる。
『ヨメデル』嫁がでる。
『スシデル』寿司がでる。
『ウシデル』牛がでる。
『隠蔽』公的な文書を偽造できる。
『隠密』忍者の格好に変わる。
『忍び足』足だけ忍者の格好に変わる。
◆各国の能力概要(レアは下記説明に該当しないことがある)
スキル・・・使用回数制限なし。物体が出るデル系が主になる。
魔法・・・使用回数制限あり。液体が出るシル系が主になる。
機構・・・使用回数制限なし。体にギミックが仕込まれる。
召喚・・・使用回数制限あり。生物を呼び出すことができる。
獣化・・・使用回数制限あり。獣になる。
◆ベース
『アイテムボックス』・・・アイテムを異空間に保管できる。時間経過なし。
『魔力の泉』・・・魔法や召喚、獣化の使用回数制限が取っ払われる。
『自己修復』・・・時間経過とともに傷が治る。
『物理無効』・・・物理攻撃が一切効かない。
『合獣化』・・・会得した獣化を全て同時に使うことができる。
* * *
「『アイテムボックス』はその容量はおおよそ地球の電話ボックス一つ分よ。腹から胸にかけての部分に異次元へのゲートが開くという解釈らしいわ。もちろん時間の経過もない」
「おおー」
オッサンと紫鉄血のスキルトークが盛り上がっているところで、呼びに来たメイドが3人目になった。
紫鉄血はメイドを睨みつけていたが、一息吐くと「食事にするわよ」と皆に告げた。