ぎゅうスキ!(4) 誓い
修正しました。2017/02/06
既に夜の帳が降りている。
14畳程度の部屋だろうか。天井のシャンデリアは沈黙している。壁には火の灯ってない暖炉。足元には幾何学的な文様の絨毯。その上には向かい合う布張りの3人がけ用ソファーとアンティーク調のテーブルが佇んでいる。クイーンサイズと言うのだろうか大きめのベッドがあり、その脇には小さなサイドテーブル。金属のようなものが乗っている。
部屋の明かりはアンティーク調のテーブルの上にある簡易照明のみのようだ。
ソファーの周り以外は闇が一段深くなっている。
虫の声が聞こえる。
金髪の少年がソファーに座り、簡易照明の光で本を読んでいる。その本は"ドラとら"と書かれていた。早く8巻が出てくれないものか。
「ん……」
ベッドの方から声がした。
少年は本を閉じ懐にしまう。腰を上げるとベッドの人物に向かい話しかける。
「大丈夫か? 覚えているか?」
ベッドの人物、そうオッサンは少年の質問に答えになっていない応えを返す。
「ここは……夢じゃないのか……」
「ああ……夢じゃない」
オッサンのつぶやきに少年が応える。
しばらく沈黙が続く。オッサンは悲しげな表情で下を向いている。
少年が悪戯を思いついたような顔をして話しかける。
「オッサンの好きな漫画は何だ?」
オッサンは呆けた顔をして少年の方を向く。
「漫画?」
「そう。漫画。何でも良いぜ」
オッサンは考えているようだ。
「"りゅうたま"かな」
苦笑いの表情で少年に応える。少年は満面の笑みを浮かべ、スキルを起動する。
「『牛の穴』オープン」
少年がスキルを発動すると、半透明のウインドウが少年の前に現れた。オッサンは驚きのあまり飛び起きて正座した。しかしスキル発動の掛け声が酷すぎる。
半透明のウインドウには、様々な漫画、小説がずらりと表示されていた。
「ええと、りゅうたま…りゅうたま…とあった。購入っと」
少年が購入と言った途端、ダンボールがテーブルの上に出現した。
「『牛の穴』クローズ……っと便利だろ。日本の漫画がいつでも手に入るんだぜ」
少年は歯を見せ、ニカッと笑う。酷いスキル終了の掛け声だ。
「じゃあ、俺は自分の部屋に戻る。あと、姫……じゃない。白銀からの伝言だ。えーと……紫っぽい髪の色をしたあいつからだ。明日の朝にこの部屋に3人で来る。城の人間とは話をするな。もし話をしたいと言ってきたら、俺たちを待て」
オッサンは少し考えてから頷いた。正座はしたままだ。
それにしても姫って何だ? たしかに禿の説明のときは紫髪の少女は偉そうにしていたが。そんな風に呼ばせているのか?
「あー細かいことは忘れたけど、オッサンのスキル『クリエル』だっけかな? それがかなりレアらしい。連中の言いなりになる前に客観的な説明するとかなんとか。あーあとメシ。ベッドの横のテーブルにメシがある。美味いぞ。俺も同じの食った。じゃな」
少年はサイドテーブルを指差して説明した後、部屋を出ていった。オッサンはメシを一瞥すると、下を向き暗い顔をする。声にならない声が漏れる。
「何が異世界だ……何がスキルだ……」
悲愴な面持ちだ。強く閉じられた目からは涙が流れる。
―――ピローン
静かな空間に音が鳴る。
オッサンの目の前に小さな赤いウインドウのようなものが浮かんでいた。
ウインドウにはこう書かれていた『courriel』と。
「コーリエル?……カーリエル?……ああ、さっきの……たしか『クリエル』?」
オッサンの発言に反応し、「ヴゥン」という機械音を伴い半透明のウインドウが開く。
そこには「新規の受信メールがあります」と書かれていた。
オッサンがその文字に指を触れるとメールが開く。
表題:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田フランソワーズ
本文:Toくそ親父。
行方不明らしいじゃん。
どこいるのよ。ママ泣いてるよ。
「え。あ……フラン? メール?」
オッサンはなんかワタワタ戸惑っていた。頭が追いついていないのだろう。
しばらくした後に、意を決して返信内容を綴る。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田フランソワーズ
本文:Toフラン
どこって…異世界?
◇◇◇
長方形の8畳程度の広さの部屋。天井にはシーリングライトが煌々と輝いている。四方を囲む真っ白な壁。二人がけのソファーの向いにはローボード、その上には20インチの液晶テレビが置かれている。おしゃれなシェルフには小分けできるような布製の引き出し。女子力は高そうだ。部屋の隅にはシングルサイズのベッドとPCデスク、その専用チェア。
少女が一人、チェアに座ってノートPCを操作している。
少女の前髪はぱっつんで、セミロングの金髪は毛先が内側に軽く弧を描いている。目は碧眼。おしゃれをした異国の中学生という感じだろうか。ピンクの下地に白の牛がプリントされたパジャマを着ている。
少女はノートPCを掴んで、一つのウインドウを凝視していた。
そのウインドウは、彼女の父からの受信メールだった。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:Toフラン
どこって…異世界?
「はぁ?」
少女は頭を掻きながら呟いた。更に「んー」と言いながら、腕を組んでチェアに深く腰をかける。
暫く考えると、少女はカタカタと返信メールを入力しだした。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:女か?
すぐに返信がきた。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:ばか。そんなわけ無いだろ。
俺はお前とママと香菜を愛しているよ
(((* ̄3 ̄)
少女の顔が引きつる。確かにこれはキモいわ。
少女は再びカタカタとメールを入力しだす。その後はしばらくメールのやり取りが続いた。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:ずいぶん余裕のある異世界だな。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:余裕ないよ。(´・ω・`)
スキルとか、チートとか
言われても知らんがな。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:どんなスキル?
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:メール送るスキル
だからこのメール送れてる。
(o'ω`)σ[\メール/]
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:今朝事故あったみたいなんだけど。
トラック事故。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:おーパパリンあれに巻き込まれたねん。
(´・ω・`)
少女が驚いた顔で拳を握りしめ立ち上がる。大きく一呼吸するともう一度チェアに座り、再びメールを書き込む。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:トラックに跳ねられたの?死んだの?
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:避けた。華麗にな
ヽ(ヽ(`ヽ(`ω´ヽ(`ω´三
ヒラリ
少女がホッとした表情を浮かべる。パジャマの袖で額の汗を拭いている。再び書き込み始めた。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:じゃあ、何で異世界行ったの?
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:魔法陣が現れたねん。
(´・ω・`)つ―*'``*:.。. .。.:*
で、異世界の城っぽいところに、
高校生3人と一緒に来た。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:親父と高校生3人が行方不明って
ニュースになってる。
男1人と女2人でしょ?
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:そそそそ
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:勇者なの?魔王を倒すの?
レベルは?ジョブは?チートは?
魔法は?強奪系は?創造系は?
まさかハーレムなんかないでしょうね?
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:待って、明日、明日説明を
聞くことになっているから
ε”ε”ε”(ノ´・д・)ノ
「何で顔文字が逃げるなのよ。てか、顔文字使うな。キモい!」
少女が小声で呟く。まったくそのとおりだ。
再びメールを書き込むが、少女は送信ボタンを押そうか迷っているようだ。PCデスクにおいてある30cmサイズの牛のぬいぐるみをぐりぐりしながら迷っている。
―――決意したのか、少女は真剣な顔でボタンを押した。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
宛先:孤高田武
本文:帰ってこれるの?
返信はすぐにきた。
表題:RE:どこをほっつき歩いている
差出人:孤高田武
本文:必ず帰る
窓から見える月は明るく輝いていた。
クリエルはフランス語でメールという言葉を表します。
スキル『メール』だとあまりに響きがしょぼいのでフランス語にしただけです。