ぎゅうスキ!(3) 高速の説明者、奴の名はシュバルツ
修正しました。2017/02/05
「ようこそ勇者様方」
頭の禿げた鼻の大きい貴族髭を蓄えた脂ぎった面をした太った男の声だった。あまりにも属性が多すぎるだろ。
そこは大きな広間だった。綺麗な白壁はところどころ綺羅びやかな装飾が施されている。同じく真っ白な大きな柱が等間隔に並んでいる。足元には長く赤いロングカーペット。白いラインが赤いカーペットの中央と両端に引かれていた。頭上には巨大なシャンデリア。淡い橙の光がその空間を照らしている。
赤いカーペットは広間の先の通路まで続いており、その先にあるのは数段高い床。その中央に金色の様々な意匠が施された椅子がある。
重そうな鎧で武装した槍を持った兵士が等間隔にカーペットの両端に並んでいる。兵士達は少し緊張した面持ちだ。奥の意匠が施された椅子には老人が腰掛けている。老人は豪華な衣装を身にまとっており、その眼光は鋭い。できる男って感じだ。老人の横にはメガネをかけたスラリとした体型の女性が立っていた。女性は黄色のショートヘア、メガネとの組み合わせで女教師度アップだ。
部屋の中央では、先程のオッサンと高校生達3人がきょとんとした顔で床にへたり込んでいる。
そこに先程の属性の多い禿が近づいてくる。
「ここは異世界です。帰るには魔王を倒さないといけません。」
そう言うと禿は大きく息を吸った。
「ステータスはありません。レベルもありません。魔法は魔族しか唱えられません。転移チートはレアスキルと万能言語です。スキルはスキルです。アイテムボックスはあります。鑑定はありません。風呂はあります。火薬はあります。肥料はあります……」
オッサン達が狼狽を顔に漂わせている中、禿は息つく暇もなく話し続ける。覚えてきたものをそのまま話しているのだろうか。また、一部は説明になってなかった気がする。
「チート?」
金髪の少年が面くらってぽかんとして呟く。
禿は少年に視線を投げると、何故か少し胸を張る。
「チートとは……」「待って!」
禿が説明しようとしたのを紫髪の少女が止める。
少女はいつの間にか立ち上がって腕組している。その眼光は静かで鋭い。
「先程の続きを」
紫髪の少女は先程の棒読みの説明の続きを聞きたいようだ。金髪の少年はあぐらをかき両手を膝に当てた状態で複雑な顔をしている。どうやら少女の意見が採用されたようだ。
「お、オホン。ではー」
禿は一呼吸おくと、再びダムが決壊したかのような勢いで話し続ける。
「風呂はあります。火薬はあります。肥料はあります。戸籍はありません。魔物は食べられません。香辛料は足りてます。奴隷はありません。メガネはあります。ケモナーはほぼ獣だから気をつけるようにだそうです。冒険者ギルドはあります。ギルドのランクはありませんがポイント制度で順位は付けられています。本は高価です。紙は繊維を加工しています…」
赤髪の少女は立ち上がり背伸びをする。その後ストレッチをしだした。全く禿の話を聞いていない。金髪の少年はあぐらをかいたまま「んー」と唸っている。話を理解しようとしているのだろうか。紫髪の少女は先程と同じ姿勢のまま話を聞いている。
―――突然、オッサンが立ち上がり禿に走り寄る。
3人の兵士が戸惑いながらも禿を守ろうと2人の間に体を滑り込ませた。
「ふざけるな。帰せ、家へ帰らせろ!」
オッサンは泣きながら拳を振り上げ、兵士の鎧をがんがん叩く。兵士たちは顔こそ複雑な感情を現しているが、油断なくオッサンから禿を守っている。禿は兵士の後ろで尻もちをついていた。オッサンに気圧されたのだろうか。
* * *
しばらく叩き続けたらオッサンは膝を地面に落とした。無駄なことを理解したのだろう。その顔には色々な液体が溢れている。静かな空間だからか、オッサンの嗚咽が広間に響く。
「話を続けて」
紫髪の少女が禿に促す。兵士も禿もこれには驚いたようだ。赤髪の少女と金髪の少年は、手を額に当てて渋い顔をしている。オッサンは気づいていないのか、ずっと汚い顔で泣いている。
「……で、では」
禿は立ち上がりズボンに付いたホコリを払った。一呼吸おいて続きを話す。
「前回の異世界召喚は5年前で、召喚されたのは4頭の牛でした。人間が召喚されるのは稀で、前回は100年前になります。そのとき魔王を倒して帰還したと記されています。こちらの世界の人間との間に子供は作れます。できた子供は異世界人の特性が出たことはありません。では、これから皆様のスキルを調べます」
禿はまくし立てた後、懐からバーコードリーダーのようなものを取り出した。
◇◇◇
金髪の少年はバーコードリーダー (仮)を一瞥すると、紫髪の少女に顔を向ける。
「進めて良いのかよ」
赤髪の少女もストレッチをやめて紫髪の少女を見つめている。判断を待っているようだ。紫髪の少女は腕組をやめ、右手を自分の顎にそえる。
しばらく思案した後、禿に問いかけた。
「質疑応答は後であるのよね」
禿は当惑の眉をひそませると通路の奥を振り返る。黄色の髪のメガネをかけた女性が頷く。禿は微笑を浮かべ、まごつきながら答えた。
「はい、もちろんです」
紫髪の少女は金髪の少年と赤髪の少女に視線を飛ばすと2人は軽く頷いた。赤髪の少女がトコトコと禿の前まで歩いていく。あぐらをかいていた金髪の少年は、その様子を見ながら渋い顔をすると、立ち上がり紫髪の少女の前に移動した。
「じゃあ私から」
赤髪の少女はそう淡々と言った。
禿は「ハイハイ」と口にすると、バーコードリーダーを赤髪の少女の目に向かって掲げる。
ピ
地球のバーコードリーダーと同じ音がした。
禿は目を細めてバーコードリーダーの持ち手を見つめている。老眼だろうか。
「名前はヨーコ・アカイ。スキルは……おおお、『究極の盾』!」
禿は叫ぶ。ガタっと音がしたのでそちらを見てみると、豪華な椅子に座った男がガッツポーズを取っていた。赤髪の少女は自慢げな表情を浮かべて金髪の少年を見る。金髪の少年は呆れた顔をしたあと、禿を指指した。赤髪の少女が振り返ると、禿が目を細めたままバーコードリーダーを見ていた。
「もうひとつある……『絶対処女』?」
「ぐプッ」
金髪の少年が吹き出した。赤髪の少女は真っ赤な顔を隠すためか両手で顔を覆い、しゃがみこんでしまう。豪華な椅子に座った男は隣に佇む黄色の髪の女性の方を向いており、女性は顔を横に振っていた。
「次は俺だな」
ひとしきり笑った後、金髪の少年が進み出る。赤髪の少女は金髪の少年にあっかんべーをすると足早に移動する、紫髪の少女のもとに。
禿が再びバーコードをかざしスキルを読み取る。
「シュウ・キガミ……スキルは……3つ!」
金髪の少年がドヤ顔で振り返り赤髪の少女を見る。赤髪の少女は親指を立て下を向けていた。
「『剣聖』!……『八方美人』!………ん?……『牛の穴』?」
「プ、くく、クククッ。ぶわーははあh」
赤髪の少女は大爆笑である。顔が引きつったまま固まる金髪の少年。紫髪の少女は表情こそ崩れてないが両拳を握りしめて震えている。笑いをこらえているのだろうか。豪華な椅子に座った男は黄色の髪の女性の方を向いており、女性は身振り手振りで男に何かを伝えようとしている。
「どいて」
紫髪の少女は昂然と歩み出て金髪の少年に告げる。金髪の少年は表情が固まったまま赤髪の少女の元までトボトボ歩いてくる。笑いながら金髪の少年の肩をバンバン叩く赤髪の少女。金髪の少年は無反応だ。その目はどこを見ているのだろう。
禿は緊張した面持ちで、バーコードリーダーをかざす。
「セイ・シロガネ……スキルは『鉄血宰相』!」
ウンウンと赤髪の少女は頷いている。ご納得のようだ。豪華な椅子に座った男も、黄色の髪の女性もウンウンと頷いている。禿も兵士も頷いている。
―――ガン!
和やかな空気の中、突如何かが倒れた音がした。
……皆の視線の先には、ぶっ倒れた人間がいた。
それはさっきまで顔中のありとあらゆる汁を出して泣いていたオッサンだった。