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ぎゅうスキ! TWIST  作者: 神戸 ビーフマン
牛、檻をやぶる
18/29

ぎゅうスキ!(18) 月に願いを

修正しました。2016/10/31

 「赤井を助けます。そのために孤高田武と孤高田エリーゼの離婚届けを偽造しなさい。」


 紫鉄血は茶色いきのこに向かってそう言った。



 そこは名もない異世界の高原。藍色の幕のような深い空には7つの月や数多の星々が輝いていた。



 「何ですか、それ?」

 「ちょ。バカ、まじやめろ。俺嫁さんラブ。痛い。痛いです。」


 きのこは離婚届を知らないようだった。

 オッサンは金髪少年に腕ひしぎ十字固めを極められていた。



 「私達の世界においての結婚の破棄にあたります。」

 「大体なんで、アカイさんを助けるのに。痛い。痛いから。」


 紫鉄血はきのこに説明している。

 オッサンは金髪少年にくずれ袈裟固めを極められていた。



 「『隠蔽』孤高田武と孤高田エリーゼの離婚届け」


 きのこは紫鉄血とオッサンを交互に見た後にスキルを発動した。どちらが強者か良くわかっている。


 一枚の書類が現れる。白地に緑の枠がいくつも書かれている。PCで入力したかのような画一的な黒い文字が細かく書かれていた。書類の左上には離婚届と書いてある。その書類は10秒ほどきのこの手元にあったが、徐々に透明になっていき完全に消えた。



 「はい。これで大丈夫ですよ。」

 「全然大丈夫じゃな。痛い。痛いです。ごめんなさい。」


 笑顔で告げる茶色いきのこ。横四方固めを極められており、涙目で抗議するオッサン。

 健闘?虚しくオッサンの離婚届は無事受理されたようだった。



 「孤高田武と赤井陽子の婚姻届を偽造しなさい。」

 「え?アカイさん?」

 「え?」


 紫鉄血はきのこに再び偽造を依頼する。今度は婚姻届けだ。

 オッサンは驚いている。何故か金髪少年も驚いて極め技でオッサンを苦しめることをすっかり忘れている。


 「はい。『隠蔽』孤高田武と赤井陽子の婚姻届け」


 きのこが迷いなくスキルを発動すると、再び一枚の紙切れが現れる。


 今度の書類はファンシーな牛の絵が描かれていた。白地に赤の枠があり、先ほどと同様に機械で書かれたような黒い文字で埋められている。書類の左上には婚姻届と書いてある。その書類は10秒ほどで徐々に透明になっていき完全に消えていった。



 「はい。これで大丈夫ですよ。」

 「だからお前は何で人の人生を。痛い。痛いです。死ぬから。死ぬからー」


 紫鉄血に笑顔で答えるきのこ。完全に飼い犬状態だ。本袈裟固めを極められて苦しんでいるオッサン。金髪少年の容赦がないのかオッサンはもう完全に泣いている。

 オッサンの婚姻届は再び無事受理されたようだ。



 紫鉄血はオッサンに命令する。


 「『ヨメデル』を使いなさい」


 「「「え?」」」


 皆が呆然と紫鉄血を見つめていた。




 * * *


 「『ヨメデル』」


 オッサンがスキルを発動すると、目の前に光り輝く輪ができる。


 その輪の中に光が集まり、人の形となった。


 赤髪処女だった。


 赤髪処女はぐったりとしていた。その目には深いクマが出来ており、軽やかだった髪の毛は頭皮にべったりとくっついている。左手には30cmサイズの糸がほつれたクジラのぬいぐるみを、右手には血まみれのサバイバルナイフを握っていた。喉には無数の切り傷ができており、左手と両腿には赤黒いシミが広がった包帯が巻かれている。


 赤髪処女の上体がゆっくりと倒れかかる。


 赤髪処女に急いで駆け寄る紫鉄血。


 抱きかかえられる赤髪処女。


 赤髪処女は虚ろな目で紫鉄血の顔を見る。


 …そして、優しげな笑顔で口を動かす。



 「…国王のばーか…宰相のばーか。」





 藍色の幕のような深い空に浮かぶ7つの月は牡牛座のヒルアデス星団のようにV字に並んで輝いていた。




◇◇◇


 虫の鳴き声が聞こえる。陽光を7つの月が反射し創られる明るい月夜は地球ではありえない光景で、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 ログハウスのそば、ヘリコプターに背をもたれかけ、オッサンが座っている。

 赤いウインドウがオッサンの目の前に出ている。『クリエル』で連絡しているようだ。

 新しいウインドウを見るたびに笑顔になったり、眉を寄せたりと百面相を作っている。気持ち悪い。



 何者かの足音が聞こえる。

 オッサンも足音に気づいた。


 足音の主がオッサンの視界に入る。


 それは紫鉄血だった。


 オッサンは『クリエル』のウインドウを消して話しかける。


 「アカイさんの容態はどう?」


 紫鉄血が渋い顔で答える。


 「一日は安静が必要ね。明朝ヘリで魔国に移動して適当な場所にログハウスを購入して一日休養を取ります」


 オッサンの顔は対称的に明るくなる。


 「一日で大丈夫なんだ。良かったよ」



 オッサンの無邪気な感想にため息をつく紫鉄血。



 「どしたん? セイちん」


 「その呼び方をやめなさい」


 オッサンの紫鉄血に対する呼び方がいつの間にか「セイちん」になってる。紫鉄血はそれが嫌なようだ。


 「じゃあ、何て呼べばいいの?」

 

 「…姫」


 問答のあと、しばし沈黙が訪れる。紫鉄血の頬がほんのり赤くなっている。



 「ぶっ…あははははは…」


 笑い出すオッサン。



 「だって、誘拐とか色々あるから本名で呼び合うなってお父様が」


 言い訳をしだす紫鉄血。耳まで真っ赤になっている。



 「ははははははは…」「もうー」



 オッサンの笑い声と紫鉄血の叫び声が静かな夜を彩る。



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