ぎゅうスキ!(17) 刻は満ちた ウシ・ウシ・ウシ
修正しました。2016/10/31
アメリカンなあれが腕に乗っていた。
オッサンと冒険者達が紫鉄血の方をちらちらと見る。
紫鉄血は少し頬を赤くして目をつぶり腕組みしている。その腕にアメリカンなあれが乗っている。昨日までは同じアメリカンでもグランドキャニオンだったはずだ。
「偽乳…」
オッサンは呟く。それを聞くと紫鉄血はますます顔を赤くして目を見開く。そしてオッサンに向かって早口で叫んだ。
「スキルの力なの。永続なの。つまり本物!」…本物…本物…本物…」
音が反響して本物という一言が強調された。
そこは『鏡の迷宮』と呼ばれる場所だった。床から壁、天井までもが一枚の鏡で出来ている。床と壁、壁と天井とつなぐ継ぎ目はなく緩やかなカーブを描いており、そこに映る像は歪んで見えた。直径40mほどのドーム状になっている部屋、そこに三人と冒険者達20人がいた。またドーム状の部屋からは一本の道が外まで40mほど続いており、その壁や床はドームのそれと一続きになっていた。
紫鉄血とオッサン、金髪少年はドームの入り口に立っていた。壮年の男を含む冒険者達はドームの中を探索している。鏡の床が滑りやすいのか、冒険者達は慎重に歩いていた。
「エリアA終了、エリアBに移ります。」
「エリアK終了、エリアJに移ります。」
・・・
床が歩きにくいせいか、冒険者達は作業している場所で大声をあげて紫鉄血に報告している。紫鉄血は了解とばかりに手をあげていた。
「遺伝子…DNAはどうなっている?」
オッサンが眉を寄せて呟く。紫鉄血は更に顔を赤くして応える。
「知らないわよ。私に聞かないでよ!」…聞かないでよ…聞かないでよ…」
紫鉄血の声はよく響いた。冒険者達にもジェスチャーだけでなく大声で応えればいいのにと思った。
金髪少年は我知らずという感じで、漫画の本を読んでいる。その本の表紙にはとある特戦隊が描かれていた。
「もう良いわよ。あ。ロイ君、こっち来てくれる?」…来てくれる…来てくれる…」
奥で作業をしていた一人の冒険者が声に気づき、紫鉄血の方に向かって慎重に転ばないように歩いてくる。冒険者は若く、その頭は茶色の髪でマッシュルームのように綺麗な弧を描いていた。
「ハッ、何でしょうか。」
茶色いきのこは敬礼し発言した。
紫鉄血は小声で、しかしはっきりと話す。
「あのね…『ウシ・ウシ・ウシ』」
紫鉄血がそう言うや否や、金髪少年が読んでいた本を投げ捨て、茶色いきのこに強烈なボディブローを喰らわせる。きのこは「くの字」に折れ曲がり、その足は少し宙に浮いていた。再び床に足がつくと四つん這いになり嘔吐する。
冒険者達は唖然としていた。
壮年の男だけが状況を理解したのかオッサン達の元へ走り寄る。
紫鉄血とオッサンは懐から「ぺぺ」と書かれた透明なプラスチックのケースを取り出す。その上部には不自然に切り込みが入っていた。二人は部屋の中に向かってそれを投げては、懐から再び取り出し投げる。
「ぐおっ? おおおお」
「ぺぺ」のケースを踏んで派手に転ぶ壮年の男。後頭部を手で抑えて受け身を取る。…しかし受け身のはずの手さえも滑って回転しながら顔面から床に突っ込んだ。手に持っていた巨大なハルバートは宙を舞う。…そしてそれは壮年の男のケツに突き刺さった。刺さった場所がやばい。ホールインワンだ。
「お…おっ。ぐ、ぐがあああああああ!!」ああ…」ああ…」
壮年の男の悲痛な叫びが木霊する。
三人は懐から足型のネバネバしたシートを取り出すと靴のそこに貼り付けた。
金髪少年がきのこを肩に担ぐと三人は「ぺったんぺったん」と音を立てながら出口に向かって走った。
粘性のある液体に塗れ、ケツにハルバートが突き刺さった壮年の男が叫び、大半の冒険者がそれに応える。
「おうふ、おうふ。くそがっ!! まずい逃げられる。『クリエル』だけは何としても捕まえてスキルが使えないように気絶させろ。外の連中にも合図だ。」
「「「ハッ!」」」
命令を受けた冒険者達は走って追いかけようとする。しかし「ぺぺ」の容器から漏れ出した液体を踏むと滑って頭から床に突っ込む。手を床につこうとした冒険者は更に手も滑って大変なことになっている。ローションまみれの冒険者は必死に立とうとするが転んで更に粘つき、見るも無残な姿になっていた。酷い絵面だ。
通路が残り2/3ほどに差し掛かったところで金髪少年が立ち止まる。金髪少年は振り返りウインドウを出す。
「『牛の穴』エルラド・改 購入っと…」
金髪少年の前に巨大なスピーカーが現れた。
「ポチっとな」
金髪少年はそう言いながらボタンを押すと、再び出口に向かって走り出す。
#$%&♬!&%#$
スピーカーから指向性を持った激しい音の波が冒険者達に襲いかかる。
ドーム状になっていたことも相まって、反響音が共鳴しその音は殺人的になっていた。
冒険者達はたまらず耳を塞ぎながらもがく。「ぺぺ」にまみれて糸を引きながら床をゴロゴロ悶ていた。部屋の中央あたりにいた冒険者は泡を吹きながらピクピク痙攣している。
一人の冒険者が武器を懐から取り出すと、巨大なスピーカーに向かって投げつける。それを見た冒険者が真似をして懐から武器を取り出しては投げていた。
オッサン達は走る。ぺったんぺったん走る。
オッサン達は走る。ぺったんぺったん走る。
おっさん達が出口に差し掛かる頃には金髪少年も追いついていた。
「外に5、左2、右3。右はやる。左はオッサン。」
金髪少年はそう告げる。なんのスキル持っているんだよって突っ込みたくなった。
オッサン達は外に出た。少し開けており足元は土が広がっていた。その周りは木々が生い茂っている。一本の道が木々の間を縫うように伸びていた。
冒険者風の男が5人いた。左の2人は右手に剣、左手に小型の盾を持っている。革の鎧を来ていた。右の3人は鉄の胸当てを装備しており、大型の剣を両手で持っている。
~
オッサンは金属のワイヤーで出来た網のようなものを冒険者達に放り投げる。オッサンの左手にはその網から伸びた一本のワイヤーが握られていた。冒険者達は盾を持った左手を掲げ防ごうとする。
「『温度管理』2200℃」
オッサンがそう叫ぶと金属のネットは高温の液体になり冒険者達に降り注いだ。防ごうとした盾や革鎧は金属が触れると黒い煙を出して穴が広がり、その周りは火がくすぶっている。金属が頭や顔に触れたのか冒険者達は顔を抑えながらもがき苦しんでいる。地面にもいくつも穴が出来ていた。
オッサンは振り返る。
鬼の形相で出口に向かって走ってきている壮年の男達がいた。ハルバートはケツから抜かれて手で持たれていた。先端にはわずかに血が付いている。
彼らはもう通路の半ばほどに達そうとしていた。「ぺぺ」塗れがたまに転んでいるのはご愛嬌だ。
オッサンは『鏡の迷宮』に入り口前に滑り込むと床の鏡に両手を当てて叫ぶ。
「『温度管理』1800℃」
迷宮が歪む。床も壁も天井もすべてが歪んで奈落のそこに落ちていく。壮年の男達は液状化した床に足を取られながら天井から降り注いだ液体ガラスにその身を消していった。
「ココーダァァ!!許さぬ!絶対に許さぬぞおおおおおお!!」
何故か怒りの断末魔が悲しげに聞こえる。壮年の男は最後まで見せ場がなかった。
~
一方、金髪少年はきのこをそこら辺に適当に投げると、正面の冒険者に斬馬刀で斬りかかっていた。
上段から振り下ろそうとされるそれを防ぐため、正面の冒険者は大剣を斜めにして前方に掲げる。
金髪少年は力づくで自らの振り下ろす刀を止める。踏み出した右足で後方に地面を蹴り、刀を水平に保ったまま半身の姿勢を取った。右肘を大きく引き刃を横に寝かせると、頭上に大剣を掲げている冒険者の腹部に向けて、再び右足を前に出すとともに刃を突き刺した。
金髪少年は刀を引き抜くとともに後ろに下がる。その前を横から大剣を振り下ろした別の冒険者の剣が素通りする。金髪少年は冒険者の軸足の膝を蹴る。にぶい音とともに膝は逆方向に曲がった。冒険者は苦悶の表情を浮かべそのまま前方に倒れる。金髪少年は刃を軽く振るうと、倒れた冒険者の両腿に赤い筋が走る。冒険者は悲痛な叫び声をあげる。
最後の一人は、怯えながらも頭上に上げた大剣を振り下ろそうとした。
金髪少年は大きく右足を踏み込むと、下方にあった刃を天高く逆袈裟に切り上げる。冒険者の両手と大剣が宙を舞う。冒険者は残った腕を凝視しながら膝立ちになった。金髪少年は再び刃を振り下ろした。頭と腕のない躯はその身を弛緩させながらゆっくりと倒れる。
気づくと最初に相手した冒険者も二番目に襲い掛かってきた冒険者も倒れている。
金髪少年は軽く斬馬刀を宙に振る。弧を描く赤い筋が地面に走った。
~
紫鉄血は筒状の物体をひたすら懐から出しては森に投げていた。筒からは大量の煙が出ている。
「ごほっ。くそ。催涙弾だ。」「マスクだ。マスクをしろ。」「煙が多い。前が見えん。」
遠くから声が聞こえる。
紫鉄血はひたすら地味に筒状の物体を投げ続けていた。
~
「鬼神!」
紫鉄血がそう叫ぶと、金髪少年はウインドウを広げる。
「『牛の穴』ドクターヘリ 購入っと…」
金髪少年が購入ボタンを押すと目の前にヘリコプターが現れる。
金髪少年は横開きの扉を開けると、きのこを放り込んだ。
紫鉄血が足早に乗り込む。
金髪少年は操縦席に向かう。
洞窟の入り口にいたオッサンはちょっとヘリから遠い。走る。急いで走る。
プロペラが回り出す。
紫鉄血は右手で安全バーをしっかり握ると、左手を外に伸ばす。
ヘリが少し浮く。
オッサンはその手をつかむ。
ステップに足がかかる。
紫鉄血に覆いかぶさるようにオッサンはヘリに乗り込んだ。
ヘリが空高く宙に浮く。
先程の戦場には20人以上もの冒険者風の男達が集まっていた。ヘリを見上げて呆然としている。
紫鉄血が横開きの扉を閉める。
「北東のなんとかって衛星都市だよな?」
金髪少年が紫鉄血に問う。
「いえ。西へ。状況は変わったの。かなり好転しているわ。」
紫鉄血は問いに答える。
「30分ほどで良いわ。開けた場所があったら降ろして。」
紫鉄血は続けていうと、偽乳に顔を埋めているオッサンの頭を両手で掴んで引っ張り出す。
「奥さんと離婚して」
紫鉄血はとびっきりの笑顔でオッサンにそう言った。
オッサンはドン引きしていた。




