ぎゅうスキ!(15) 『暗闇の洞窟』と欲しかったスキル
修正しました。2016/11/03
そこは『光に満ちた場所』だった。
『暗闇の洞窟』と呼ばれる場所には、いくつもの強化LEDライトが付けられた柱が立ち並んでいた。その光はとても強く、通常ではわからないような入り組んだ小道や隙間に隠れられるような岩場をすべて人の目に晒させている。
小部屋の扉はすべて蹴破られ、1メートルほどの緑の小人型のモンスターが次々とクロスボウの矢の餌食になっていた。たまに緑の小人が1メートル50ほど大きさになったようなモンスターが出ても、覗き穴の付いた盾とフレイルを持った冒険者に囲まれタコ殴りにされていた。
「ポールセット!」「シュート!」「クリアー!」「スイープ!」
遠くで声が聞こえる。
紫鉄血は腕を組んでカツカツと明るい道を歩く。その隣を金髪少年が漫画を読みながら歩いていた。オッサンは少し離れて小部屋を覗いて「うわー悲惨」と言っている。壮年の男の姿は見えない。別行動だろうか。
紫鉄血の元に冒険者が次々に報告に来る。
「A1区画クリアー、引き続きA2区画の掃討にかかります」
「B2区画LEDポール設置完了。ポールが切れました。追加をお願いします」
「D1区画クリアー、C区画が遅れているのでそちらをカバーします」
・・・
紫鉄血は問題があれば修正案を指示していた。金髪少年は『牛の穴』を使い、頼まれた物資を次々購入していく。漫画は片手で持って物資購入時も読み続けている。オッサンは緑の小人を突きながら「これがゴブリン」とつぶやいていた。
ワイヤーロープに包まれた緑の小人が運ばれてくる。冒険者の一人が「実験を開始します」と言うと、懐から次々と武器を出していく。
「刺身包丁…刺す分には鉄の武器より遥かに優れていますね。強度が低いのが問題か」
冒険者はそう言いながら、包丁で小人を刺していた。小人は悲鳴を上げている。
「金属バット…軽くて使い易いが、しばらく叩くと変形してきますね」
冒険者はそう言いながら小人をバットでボコボコにしていた。小人は虫の息だ。
「特殊警棒…これは使いやすい。軽くて丈夫、伸縮も可能。ただ、少しリーチが短いですね」
冒険者が警棒で数回叩くと、小人はピクリともしなくなった。
そして再びワイヤーロープに縛られた緑の小人が運ばれてくる…
他の冒険者に会うと、彼らは呆然と立ち尽くし鉄血集団が去るのを見送っている。たまに立ち尽くしたまま武器を落として、自分の足に刺さっている冒険者の姿が見られた。
* * * *
最深部に到着する。ここまでかかった時間は3時間だった。歴代最高記録が2日だったらしいので、金のちからは恐ろしいとつくづく思う。
そしてボス部屋の扉が開かれる。
部屋には一匹の緑の小人がいた。その手には巨大な剣を持っており、その体には豪華な鎧を装備していた。牙は鋭く、その体躯は小さいがかなり手強いことが想定された。
「フォーメーション・サラウンド&アンカー」
紫鉄血が叫ぶ。
盾を持った10人ほどの冒険者が隙間なく小人を取り囲む。冒険者達が自分で持っている盾の裏側をけると杭のようなものが地面に勢い良く打たれた。
豪華な緑の小人は盾に囲まれており、手に持つ剣でそれを叩いていたがびくともしない。
いつの間にか出した小箱の上に乗った冒険者達が取り囲んでおり、槍で上方から小人を突きまくる。
豪華な小人は為す術もなく倒れた。倒れるときの最後の一声がとても悲しげで、耳に残った。
紫鉄血は腕組みしたままオッサンに話しかける。その顔は自慢げであった。
「おわりね」
オッサンは紫鉄血の方を見ようともしないで応える。
「楽勝だったね。キス魔のセイちん」
しばし沈黙が流れる。
紫鉄血の顔は少し引きつっている。頬も少し紅潮していた。
「…おわりね」
紫鉄血は腕組みしたまま同じことを言う。どうやらリテイクが入ったようだ。
オッサンは紫鉄血の方を向く。
紫鉄血は片眉を少しあげた。
オッサンは一歩、紫鉄血に近寄ると、紫鉄血の頬を叩いた。
乾いた音が明るい洞窟に響く。
紫鉄血は叩かれた姿勢のまま地面を呆然と見ている。金髪少年は漫画を落とした。冒険者達は驚きのあまり固まっている。
オッサンは紫鉄血に向かって真剣な顔で吐き捨てるように言う。
「覚悟はもう決まった。でもそれは俺が俺と俺の家族のことを考えて決めたことだ。それ以外の要素は何も影響していない。そこを勘違いするな」
じっとオッサンの顔を見つめる紫鉄血。どう受け取ったのかその瞳の色からは伺えない。
少しほんの少し辛そうな顔をして言葉を紡ぐオッサン。
「確かに俺は大人なのにお前らより冷静じゃないし、弱いし、頭も悪い。けど、お前らの倍くらい生きている大人なんだ」
オッサンは少し息をつく。そしてゆっくりと力強く自分に言い聞かせるように語る。
「良いか、覚えてろ。俺達の中で、一番殺すのも、一番傷つくのも、一番苦しむのも、それは俺だ。お前らガキどもに譲ってやらん」
いつもより少し見開かれオッサンの精一杯の強がりを写す紫鉄血の瞳。
その真剣な瞳に怖気づいたのか視線を地面に向け、早口で話すオッサン。
「だいたい俺にはセイちんとそんなに歳の変わらない娘がいるんだぞ。フランが俺と同い年くらいのオッサンとキスするとか本気で泣くぞ。今のビンタはお前の親父さんに代わってやった。文句あるか?」
滅多に見せないであろう眉の端を下げた表情で、紫鉄血が消えるような声を呟く。
「……ない」
オッサンは納得したのか、紫鉄血に背を向けて先に進む。
その後をいそいそと付いていく紫鉄血。
金髪少年の「すげぇ」という呟きが聞こえた気がした。
* * *
ボス部屋部屋の奥には石碑のようなものがあり、その前にスロットマシンが置かれていた。リールには牛の絵が4つ並んでいた。
絶句している三人に冒険者の一人がおずおずと話しかける。
「そのレバーを引くとスキルをもらえるんですよ。一人一回だけ。」
しばらくの沈黙の後、片側の頬が赤くなっている紫鉄血が金髪少年を一瞥する。金髪少年はそれを確認すると読んでいた本を閉じた。金髪少年が一歩踏み出す。
金髪少年は勢い良くレバーを引いた。
するとスロットが回りだした。
しばらくすると次々と文字が止まっていく。
『しのび足』それが金髪少年が得たスキルだった。
金髪少年は微妙な顔をしていた。
紫鉄血は顎に手を当てると思案顔をする。
金髪少年は紫鉄血の様子を伺っている。
紫鉄血は金髪少年の方を見ると、首を横に降った。
「私がいくわ。」
そう言うと紫鉄血が前に進み出る。左手は腕組の姿勢のまま右手でレバーを引いた。
紫鉄血の得たスキルは『チチデル』だった。
「「「おおおー」」」
冒険者たちが歓喜の声をあげる。
「え?父出る?…やめろ絶対使うなよ。旦那様だけは呼ばないでくれ」
金髪少年は本気で懇願しているようだ。眉の端がやや下を向いている。
紫鉄血は天を仰ぎ見て聖母マリアのような慈愛に満ちた顔をしていた。
続いてオッサンもレバーを引く。
スロットが回っている間、両手を合わせて目をつぶっていた。神に祈っているようだが特にこれまで宗教的な礼節はしてなかった気がする。
スロットが停まる。オッサンが得たスキルは『ヨメデル』だった。
しばらく沈黙が続く。
「呼ばんぞ。こんなところに絶対ヨメは呼ばんからな」
オッサンは周りの反応を伺いながら二三歩さがりそう叫ぶ。
金髪少年は「俺と交換しない?」と頼んでいた。そんなことは出来ないはずだがと思った。
「あは…あははは…あはっ…」
紫鉄血は涙を流すほど笑っていた。
その顔はとても嬉しそうだった。




