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この沿線にテーマパークがなかった頃は、

作者: 明佳 馨



声に出したらいけない、そんな言葉は日常のあちこちに転がっていた。



心の中にも転がっている。それを、わたしは足で蹴って見えないところまで追いやった。例えば?そうだなぁ。見えない将来への不安。死んだ友達の魂の行方。


心ってのは、「嘘」にはある程度の耐性があるんだなと21年生きてきて分かった。


その代わり、「本当」にはめっぽう弱かった。




わたしは、自分の「本当」から逃げることにした。





              “この沿線にテーマパークがなかった頃は、”





「あの時、もし違う選択をしていたら自分はここにはいなかった、みたいなことない?」


「でもさぁ、現実、今ここにいるじゃん。」


「あー。もしもが通じない奴。」


夏休みの電車の車内は快適なはずだった。中学生や高校生がいないから、必ず椅子にありつけるだろうって。

でも、この線の最終駅には、大学に入学した年に完成した巨大なテーマパークがあるので、そうはいかなかった。数年が経ち、ブームも落ち着いたと思ったらどんどん新しいアトラクションが増設されていき、特に今年の来場者数の波の大きさは身に染みて理解している。


夏子が地味な化粧をしているわたしに『遊び心が足りない。』と茶化し始める。


聞かないふりをして、耳はゾウだった。

無視しよう、でも、気になった。


「華の女子大生だよ。おんなっぷり上げてこうよ。」


「『おんなっぷり』って言葉が一番嫌い。」


声を低くして、言った。


まるで、中学の同級生にいた、これでもかと心の中でバカにしていた反抗期の男子のように。


「ボーイッシュな格好が好き?」


「さぁー。」


大学生になって、嫌いだった制服がなくなった。


わたしは晴れて自由の身になったのだ。何を着てもいい。どんな髪型でも、どんな物を身に付けてもいい。そう言われた気がした。これまで頑張ったね、もう無理しなくていいんだよ。スカートが嫌なら履かなくていいんだよ。


だって、アナタは嫌いなんでしょう? そう神様に言われている気がした。








気付いたら、わたしは「らしさ」というものを身に付けていた。





それは、永遠に続くものだと思った。



閉まったままの屋上の階段で一度だけ悔しくて泣いた時、この先もこの思いを忘れることはないだろうと感じた。ガチャガチャと力任せにドアを開けようとして、冷たいドアノブに手がかじかんでひたすら痛かった。


凍えてもいい。


これが、自分の最期なんだと思った。


「本当」の重さに耐えられなくて、逃げようとして、それは「生」という選択ではなかった。偶然にも開かなかったドアを後ろにして、また教室でやり過ごす日々が始まった。


誰かに分かってほしいなんて、思いもしなかった。


自分のことなのに。自分自身が一番、わからなかったから。




分かろうとも、しなかった。



「オンナノコラシク」



そんな感覚を、こんな言葉がいつも思い出させてくれるのだ。

わたしが、蹴り続けている言葉。



一車両目に乗ったおかげで、線路を進む様子がはっきりと見える。


眩しい太陽の光が確かに、行く道を照らしていた。



それは、僕にとって、いつだって眩しいものだった。



そう思った時だった。


緩いパーマをかき分けて、黙っていた夏子が小さな声で呟いた。




「そのままでいてよ。」


「えっ。」


「あたし、中学とか高校の時のトモのこと知らないから分かんないけどさ。この間飲み会で話してたじゃん?パンプス履けないって。」


「うん。」


「履きやすいものじゃないと足を痛めるぞーとかみんな言ってたけど、トモは、そういうことじゃないんだろうなぁって、なんとなくわかってた。」


「………夏子、」


「嫌な思いさせてごめん。あたし、さっきも言ったよね。」


「違う。違うんだよ。」




この沿線にテーマパークがなかった頃、いつも電車の乗客数は疎らだった。



長めに履いたスカートを引き摺るみたいにホームを歩いた。




歩きながら、視界は霞んでいった。



ベンチも車内も座ることが出来たのに、死んだように目を閉じていた。





本当の自分は、ここにいるよ。



「ありがとう。」




その手は優しく、「本当」の“僕”を掴んだ。








end.



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