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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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48『戦線』

火よ(ignis)


 ――陽介の大質量の炎が、塊となって通路を抜ける。


 まともに受けたゴーレムは、持ち前の腕力で踏ん張り耐えようとするが、


「――――!」


 それだけで耐えきれるほど、陽介の攻撃は甘くない。ジリジリと後退したゴーレムは、後続――後を追ってドーム内に侵入してきた魔獣の群れに衝突してようやく止まった。


 戦うしかないと判断してから約一分。

 恐慌状態だった一般人はその全てが立ち去り、出入り口付近の通路には魔獣と、それに相対する魔術師見習いとしかいない。


 背後に美里、瑠璃に穂香。

 前衛に陽介、響。

 そして後ろとも前ともつかない、曖昧な部分に陣取るのは永沢だ。


 今は、ただでさえ余裕のなかった戦闘前、ろくな策も立てることができず、ひとまず押し寄せてきた魔獣を押し返さねば意味がないと、陽介が全力の魔術を放ったところだ。

 今まで見てきた中でも上位に位置する威力は、ゴーレムを含め、続いて来た魔獣――スケルトンやゴブリンなど――をまとめて押し流したが、


「倒すには至らない、か。己の未熟さが嫌になるよ」


 ゴーレムはともかく、ゲームなどでも最低位の戦闘能力しか持ち得ないゴブリンは馬鹿にならない被害を受けているようだったが、陽介はあくまで謙虚だ。

 そしてこの場合、それが正しい。一撃で倒せないとなると、いよいよもって魔獣をこの場に足止めし、対策局を待つのが難しくなってくる。


 現状、相対する魔獣に最も有効的なのが陽介な以上、力不足であっては困るのだが。


「――それは俺が言うことじゃない、か」


 次々とタロットを投擲し、牽制の役目を果たすかどうかも怪しい攻撃を繰り返す響は自嘲する。


 大猿にすら防がれたのだ。それを超える、脅威度にしてD、Cレベルの魔獣に、響の攻撃が通用するはずがない。

 それは他の面子にしても同じで、唯一ダメージを与えられるのは、


土よ(solum)


 押し流された衝撃から回復し、再び突撃しようとしたゴーレムの眼前に岩壁を屹立させた永沢だけだ。

 たたらを踏んで一瞬止まるゴーレムを見た永沢は、その壁をそのままゴーレムに向かって倒して攻撃に転用する。


 砕ける音とともに、脳天を直撃されたゴーレムはバランスを崩し、衝撃に膝をつく。そこに、


火よ(ignis)


 陽介の火炎が襲いかかった。

 炎の奔流は先と同じように魔獣に向かって殺到し、直撃。

 今度は踏ん張って耐えることもできずに、スケルトンやゴブリンと一緒になって熱を浴びたゴーレムは、流されるままに吹っ飛んでいく。


 最後には壁に叩きつけられ、結界が軋むのを味わいながら、炎の圧と板挟みになり――、


「――――」


 ズルッと、陽介の炎が止んだ途端に脱力し、なんの抵抗もなく地面に落下したゴーレムはもうピクリとも動かない。

 岩肌は傷つき、ところどころが砕けているのを見るに、討伐できたということだろう。

 無論、ゴーレムに耐えきれない攻撃に、他の魔獣たちが耐えられる道理などどこにもない。

 バラバラな位置で横たわる魔獣は、確かにその命を散らしていた。


「なんや、思っとったよりどうにかなりそうやんか。ジブンやっぱり強すぎやろ」


「そうでもない。君の助力があったからだとも」


「照れるやん」


「事実を口にしただけだよ」


「お二人とも、悠長に話してる場合じゃないですから!」


 微妙な空気で褒め合う美丈夫と猿顔に、瑠璃の警告が飛ぶ。

 魔獣は今ので終わりではない。いわば拙攻だった奴らを討伐したところで、余裕があるわけではないのだ。

 幸福にも、ゴーレムが破壊した穴は小さく、考えていたよりも侵入してくる魔獣は少ないが、それでも楽観はできない。

 ドームを囲まれている今、倒しても倒しても魔獣は湧いてくる。それが一撃で仕留めきれない現状を、より過酷にしている条件だ。


 次に突入してきたのは魚だ。鮫とも鯨ともつかない体は、岩を想起させるうろこに覆われていて堅牢さが想像できる。二メートルにも及ぶ体を地面に這わせてやってきたそれは、人間も丸呑みできる巨大な口を開けて、


「ギアァァァア――ッ!」


 騒音としか形容できない、そんな声を発した。

 耳に直接降りかかる暴力に、反射的に耳を覆う魔術師見習いのメンバーは、次の瞬間奇怪なものを見た。


 ――巨大な魚の魔獣の咆哮に応えるように、地面からいくぶん小ぶりな魚が出現したのだ。


 小ぶりといっても、呼び出した魔獣と同じ形状をした体は一メートル弱もある。それが二〇体ほど、完全に統率された動きで一気に殺到する光景に、一瞬頬が引きつるが、


火よ(ignis)!」


 三度、放たれた陽介の炎が迎え撃つ。


 岩肌のような胸ビレを回す動作で地面を捉え、刃のような牙が並ぶ大口を開けて突っ込んでくる稚魚たち。地上のピラニアと形容したくなる光景は、紅蓮に塗りつぶされた。


 馬鹿正直かつシンプルな暴力だ。

 ガラガラとした、耳障りな悲鳴が炎の中から反響し、ひとつまたひとつと消えていく。

 数に物を言わせた狩りの仕方をする分、一個体の耐久力は、先のゴーレムなどには及んでいないらしい。


 稚魚をけしかけた親の方がどうなったかは炎の向こう側の事情なので確認できないが、これだけの濁流。巻き込まれずに済んだとは思えない。

 であれば、次に来るであろう攻撃の備えて……。


 ――刹那、火炎の中から巨大な影が躍り出た。


 あの魚影は、親だ。

 炎を受けながらもそれを突破した魔獣は、真っ先にこの場における最大の戦力――陽介に牙をむく。


「――っ!」


 息を詰めた陽介が停滞したのも一瞬。反射的に後ずさりしつつ、すぐさま防壁を張って防ごうとするが、まだ魔術を放ったばかりだ。

 さしもの陽介といえど、間に合わない――。


「陽介――!」


 硬直しかけた響は、すんでのところで行動を再開する。

 ホルダーを開け、本能的に手にしたのは雷撃(tonitrui)のタロット。響の持つ中で最高威力を誇るそれを、陽介を巻き込む可能性も考えずに叩きつけるように放った。


 ――直撃。


 魔獣の横面を捉えたタロットは、術式として記された通りの魔術を実行する。

 閃光、破裂音。

 弾ける音が過不足なく魔術が発動したことを知らせ、まともに食らった魔獣は突然襲った衝撃に身を震わせる。


 ビクッと体を跳ねさせた怪魚の口から力が抜け、いくぶん閉まり、


 ――その口には、陽介が咥えられていた。

次は金曜日です。

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