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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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45『避難中』

 フィールドから出、通路へと飛び込んだ響たちは、鬼灯に避難指示を出され、係員に追従する形で列をなす観客の群れと遭遇した。

 ショッピングモールの時とは比べ物にならないほど冷静に行群する様子は、背中を大魔術師が守ってくれているという安心感のためか。つくづく鬼灯の規格外さを実感するとともに、その列の中に見知った顔を見つけ出した響は渋面を作った。


 永沢――準々決勝で響が相対した相手であり、勝つためならばどんな手段でも喜んで講じる猿だ。


 あまり会いたくなく、話したくもない。永沢と響との関係は、あの試合きりだ。

 そう判断し列に加わろうとした響に、向こうも気づいた。


「おおっ、菖蒲クンやないか。無事やったんやなァ」


 どういうつもりか普通に――それどころか親し気に話しかけてくる永沢に、響は目を丸くし沈黙する。


「なんや、びっくりした顔して。俺の顔に何かついとんのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 さすがに響もどう反応すればいいのか分からない。仮に話したとしてももっと険悪なムードになるものと思い込んでいただけに、永沢の態度は完全に想像の埒外だ。

 悪びれていないのか、それとも嫌な記憶は忘れる都合のいい頭をしているのか。

 そんな響の予想はどちらも裏切られる。


「つまりあれか。俺と話すんが嫌なんやろ。分かるで。序列戦で俺と戦った奴はみんなそうやったからなァ。今はもう全員トモダチやけど」


「は?」


 疑問が氷解すると思いきや、聞き捨てならない発言でより理解ができなくなった。

 確かに、何度かすれ違った永沢が一人でいたためしはなく、いつも傍らには友人と見られる学生の姿があったが。


「不思議そうな顔しとるなァ。無理もないんやろけど。まあ、単純な話や。謝って謝り倒して水に流してもらった。そんだけ」


「無茶な……」


 響ですら許されるか危ういのに、明確にルールを侵害する永沢が許される道理はどこにもない。むしろ、次に会ったら殴り倒されそうな勢いだ。


 なおも懐疑的な響に、永沢は背後を振り向き「なァ?」と呼びかける。頷くのは後続の三人。いずれも団体戦の決勝で矛を交えた、永沢のチームメイトだ。

 話を振られた三人は、それぞれ肩をすくめたり、後頭部をかいたりと三者三様の反応をする。


「まあ、人柄が人柄やし」


「毒気が抜かれたゆうか」


「まあ、いいかって気になってん」


「…………」


 無茶な。と思う響だったが、三人の反応を見る限り嘘を言っているわけではないらしい。反則をされながらも許してしまうのはさすがにどうなのかと胡乱気な瞳を向ける響に対し、永沢はちょちょいと指を伸ばしてまげて響を招く。

 不信感もあらわに近づくと、永沢は耳打ちで、


「本当はなァ、この三人、俺が反則したことまでは知らんねん。えぐい戦いかたしただけなら、わりかし謝れば許してもらえるもんやで」


「……人としてどうなの」


「アホか、そんなこと気にしとったら、あんなこと出来るはずないやろ」


「…………」


 もっともな永沢の言い分に響は沈黙。よっぽどバラしてやりたくなったが、状況が状況だ。避難が優先とあらば、無用な混乱を招くのは気が引ける。

 この思考まで、永沢の思い通りな気がしてならないが。


 キシシと笑う永沢は、チームメンバーに「先行っといてええで」と促す。軽く頷いたチームメイト三人は、速度を落として響たちと本格的に合流する永沢から離れて行った。

 わざわざ合流し、人払いまでするその行動に眉をひそめる響に、永沢は「ところで」と話題を変えて響の腕の中を指差した。


「それ、なんや」


 怪鳥に襲われてからというもの、フィールドを脱出する間にまでしがみついて離れない穂香は、今も響に抱えられている。顔を覆うようにしているためその表情までは見えないのだが、おそらくまだ死にかけたショックが抜けきらないのだろう。


「里見さんだよ。今はそっとしておいて」


「あー、あの『卑怯者には負けない』とかさんざん言っとった奴か。なんや、結局負けたけどなァ。どういう気持ちだったんや? ん?」


「ちょっ、やめろって」


 Sっ気を発揮して、穂香を煽り始める永沢に制止の呼びかけ。ただでさえ精神的にダメージを受けているのに、それを後押しするような言動はいかがなものか。

 そんな、永沢らしい発言は、しかし響が危惧したのとは別の方向に働いた。


 顔を覆っていた穂花が、発言に反応してピクリと動く。目の辺りだけから手を離し、隙間から覗いた瞳は永沢をとらえた。

 瞬間、暴れだした。


「――っ、卑怯者! あんた絶対に許さないから!」


「ぅおっ!?」


 掴みかからんばかりの勢いで跳ね起きた穂花に、食ってかかられた永沢よりも響の方が驚いた。

 取り落とさないようなんとか強めに抱え直し、暴力沙汰を避ける意味でも抑えつけるが、


「あれやな。抱えてた魚が暴れだした感じに見える」


「殺す!」


「ちょっ……!?」


 なおも煽る永沢に穂花がブチ切れた。

 さすがの響も、抱えていた人間が暴れだしたとなればいつまでも捕まえていることはできない。


 案の定、身を回した穂花が響の拘束から逃れ通路に落下。その衝撃をものともせずに跳ね起き、まっすぐ永沢に掴みかかろうとするが、


「いたっ」


 地に着いた足に力が入っていなかったようで、体を支えられず勢いそのままにすっ転ぶ。

 なるほど、腰が抜けていたからさっきまでしがみついたままだったのかと、どこか冷静に考える響をよそに、永沢は腹を抱えた。


「ぶっ、なんや。どないしたん? 殺すんちゃうんか? 俺はそっちやないで? こっちやこっち」


 煽ることを止めない永沢に、穂花は羞恥と怒りを合わせて顔を真っ赤にする。

 避難していた観客も、通り過ぎる中で呆れた表情だ。


「いい加減やめろよ」


 さすがに傍観しているわけにもいかず口を挟む響。

 応える永沢は特に悪びれた様子もなく、


「いやー、笑ったわ。オモロイもの見せてもらったで」


「お前な……」


「――それはさすがに、彼女への配慮が足りなさすぎるのではないだろうか」


 発言に食ってかかろうとする響に先んじて、弾劾する声が上がる。声は響の背後から、いくらかの義憤を含んでいた。

 陽介は一歩前に進み出ると、永沢の猿顔と真正面から対峙した。


「状況が状況だし、出来る限り穏便に済ませようとしていたが、さすがに度が過ぎている。君が何をしたのかまでを僕は知らない。ただ、間近で魔獣に襲われた彼女の心境を少しも考慮しない発言は撤回してもらおう」


「あー、悪かった悪かった。俺が余計なこと言ったせいで、腰が抜けてたのバラしてもうて」


「この……っ!」


「里見さん、落ち着いて」


 陽介の言葉に、永沢は表面上真摯に謝りつつも言葉の上では皮肉を忘れない。

 気が立った穂花はそれに過剰に反応するが、助け起こす響が必死になだめて押しとどめる。


 だが、穂花はそれで良しとは思わない。


「あんたは、団体戦で倉橋に何か飲ませたでしょ! そのせいでこっちは負けて――」


「はァ? なに言うとんねんジブン。証拠があるんかいな」


「だって、それで得をするのはあんたたちで……」


「それだけやったら証拠不充分ってもんやで。変な言いがかりつけるんはやめてほしいなァ」


 勢いだけで、推論にも及ばない暴論を――実際には的を射た事実であると、響だけが知っているが――ぶつける穂花。

 響に問い詰められた時と同様、飄々とそれを躱してみせる永沢。

 抜け目ないというよりも食えない態度に、穂香はより青筋を立てるが、食って掛かるよりも陽介が首をかしげる方が早い。


「響、今の話は……?」


「あ、陽介はあの時寝てたんだっけ」


 憶測が飛び交った医務室での会話。あの場に陽介はいたものの、絶対安静として睡眠を強制されていた。知らないのも無理はない。


「ほら、団体戦の決勝で、陽介が魔力切れを起こしたでしょ? その魔力切れが、誰かに何か盛られたせいなんじゃないかって話があって、それが」


「なるほど、彼なのではないかと、そういう話か」


 合点がいったと頷く陽介は、探るような視線を永沢に向けた。


「あれは、僕の体調管理がなっていなかったのだと考えていたが……」


「何度も言わすなや。俺にはなんのことか分からん」


「その言葉が事実であることを祈るよ。――ともあれ、彼女、里見さんにはしっかりと謝ってほしい」


「さっき謝ったやん」


「すまないが、誠意が感じられなかった。それに、さっきは僕の方を向いていただろう?」


「……ちゃんと目ェ見て謝れゆうことか。それは別にかまへんけど、そいつもうちょっと静かにしてくれへんか?」


 永沢が指をさすのは、響が手を貸して途中まで起き上がった穂花だ。睨みつけ、飛びかかる隙を今か今かと待ち続けているような風情は、獲物を前にした肉食獣を想起させる。なるほど確かに安心できるものではない。

 だが、響や陽介がどうにかできる事でもないのも事実。

 助けを求めるように振り返る陽介に肩をすくめ、響は先に聞いたセリフを思い返し、


「真摯に謝れば許してくれるんじゃなかったの?」


「それ言われるときついなァ」


 困ったように頭をかいた永沢は、仕方がなさそうに進み出る。それから穂香の視線に合わせるように腰をかがめて頭を下げた。


「まあ、なんや、悪かったなァ。けどジブンもあかんで? ちょっとからかい甲斐がありすぎや」


「知らないわよ!」


「それや、そういうとこ」


 ガルルルと、唸り声が聞こえてきそうなほど牙をむき永沢を睨み返す穂香。しかし響の制止もあってか、殴りかかるようなことはない。

 なるほど、こういうことかとなんとなく納得する響だが、それで穂香の怒りが完全に収まることはない。

 なおも永沢を睨みつける穂香に困り果てていた時だ。


「――何をしている」


 一二月の空気にあってもなお冷たい、絶対零度の温度の声が放たれ、この場にいた学生が一瞬硬直する。

 恐る恐る首を巡らし声の方を向けば、見慣れた白衣が目に入った。ただし、その相貌は細められ、今まで見たことのないレベルでの怒りを孕んでいるのが見て取れる。


「今がどんな状況なのか理解していないわけではないだろう。通路で立ち止まってうだうだと、何をしているんだと聞いている」


「…………」


 美里の剣幕に押されて、誰も質問に答えられない。その沈黙が気に入らなかったらしく、冷たい表情をピクリと動かした美里は皮肉気な笑みを浮かべ、


「今この場で、行わなければならないほど重要で重大なことなのだろう? それはつまり、命よりも重いということだ。なにも恥じらうことはない。さっさと言ったらどうだ」


 先まで、響たちは魔獣と相対していた。

 だが、美里から発せられる圧はそれと比しても、引けを取らない――あるいは超えていそうなほどのもので。


「すんませんした」


 素早く頭を下げた永沢に、全員が追従した。

次は水曜日です。

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