43『雷帝』
すみません、投稿するの忘れてました。
決して手を抜いたわけではなかったが、これが脅威度Bの魔獣ということなのだろう。
「響くん……」
弟子の名を呟き、憂慮露わにフィールドに視線を移す。
正直言って、ガルダと今戦う意味は薄い。できることなら今すぐ離脱して、助けに行きたい。
だが魔獣はそれを許さないだろうし、そもそも、先ほどから響たちの姿が見当たらない。もしかしたら、とっくに避難し終えたのか。
そう思考した瞬間、今までずっと滞空していた怪鳥が動いた。翼を振り風を受け、一気に滑空する。
「なっ――」
その先に響たちの存在を認めた直後、奏の体は勝手に動き出していた。
正面のガルダの存在など頭から消え、強引な魔術行使で、反動など気にせず宙を移動する奏。
「キュル!!」
当然のごとく、ガルダは動いた。制止しようと翼を叩きつけたのだ。
紙一重で間に合ったキュルリンの防壁ごと吹き飛ばされた奏は、何度もやったように体勢を立て直すと――、
「どいて!」
容赦のない鉄針をぶち込んだ。
しかしそれ一本で仕留められる相手でないのはすでに確かめた通り。首から肩にかけて鉄針が突き刺さり、痛々しい様子のガルダだが、いささか怯んだだけで臆することなく奏を威嚇する。
だがそんなことはどうでもいい。
「響くん――ッ!」
叫びフィールドに目をやる。
怪鳥の突進を受け止めている陽介。自分が教えた防壁が役に立っている。しかし足りない。
ひび割れ、広がり、次第にその防御力を奪われていく。
そして、砕けた。
背筋を冷たいものが走る。
サッと血の気が引いて、顔が引きつるのが分かった。
直後には、怪鳥の身体は弟子を轢き潰すだろう。その未来が明確に予想でき、恐怖が腹の底から湧き上がるが。
「――――!」
その声は遠くて、なんと言っていたのかまでは判然としない。
ただ分かったのは、怪鳥が閃光を受けて吹っ飛んだということで。
それがこの場に来ている大魔術師――鬼灯の仕業だと理解すると同時、力が抜けた。
鬼灯は奏と同じように宙に浮いたまま、何かを叫ぶと魔術陣を展開。次々と雷撃を放ち、四方八方に散らばった魔獣たちを射抜いて行く。
その閃光の裁きは、奏のすぐそばに陣取るガルダにまで及んだ。
一撃目、へし折れた翼を完全に叩き割る。
二撃目、脚を貫き行動を奪う。
三撃目、嘴を粉砕し攻撃能力を封じる。
四撃目、胴体を直撃した雷撃が、ガルダを絶命させた。
奏をして、無茶苦茶と断じざるを得ない魔術力。
大気中に放てば、対象までの距離があればあるほど加速度的に衰える雷撃が、その制約を全く意識させずに次々と魔獣を葬る。
鬼灯進。魔獣大災害の功労者。
そしてその魔力量の高さから繰り出される雷撃に敬意を払い、いつしかこう呼ばれるようになった。
――”雷帝”と。
気づけば襲来した魔獣は残らず駆逐され、脅威は全て排除された。
あれだけのパニックだった観客たちも、雷撃音を聞き立ち止まり、それが怪物を駆逐していく様をありありと目撃した。
呆然とした感情は伝播し、怒号と悲鳴が行き交っていた地獄はわずかな余韻を残しただけで、なりを潜めている。
「終わった……?」
「キュルゥ」
「キュルリン?」
人知れず呟いた奏は、釘をさすように放たれる使い魔の声に顔を上げる。
上空、魔獣の軍団。その第二陣が迫ってきていた。
「なっ……!?」
ガルダのような個体が発生するだけでも異常事態。群れをなして襲ってくるのも類を見ない状況。
にもかかわらず、それがもう一度来る。
無茶苦茶だ。
頭を覆いたい衝動に駆られた奏は、鬼灯の声を聞いた。
「――こちら魔獣対策局、大魔術師の鬼灯だ! 現在、魔獣の襲撃が確認され、これを討伐! だが、まだ次が来る!」
魔術によって拡大された声は、呆然となる会場に響き渡った。
にわかに沸き立つ会場は、しかし第二陣が来るという言葉に色めきだった。
まただ。またパニックになる。そう感じた奏の予想は即座に裏切られた。
「――次が来るが、オレがいる! 落ち着いて係員の指示に従って避難してくれ! パニックにならなけりゃぁ充分助かる!」
決して言葉数が多かったわけではない。だが、大魔術師が発した”助かる”という断言の威力は絶大だ。
先までは、魔獣が来たというだけで色めき立ち、阿鼻叫喚の画を描いていた群衆が、冷えた頭で避難を開始した。
魔術大会の運営委員が誘導する声があちらこちらから聞こえ、できる限り迅速に避難が行われているのが分かる。
あくまで”学園”最強にすぎない自分と、鬼灯との格の違いがまざまざと主張してくる。そんな光景だった。
もっとも、違う場所を目指す奏は落ち込みはしない。
遠目に、響たちも避難し、無事出口までたどり着いたのを確認。これでもう危険はないと判断し、そうとなれば奏の取る行動は一つだ。
一階席から飛び降り、重力を操作して安全に着地。それから魔獣を防ぐ結界を維持する鬼灯に近づいた奏は、違和感を感じて首を傾げた。
「あれ、ソーサンは……?」
「おう、嬢ちゃん。……そーさん?」
「えっと、壮馬くんのことで」
「ああ、あいつは今、別の現場だ。一応サボってるわけじゃねぇ。――で、嬢ちゃんは何しに来たんだ?」
あれだけ仕事が嫌だ嫌だと騒いでいた壮馬の顔が即座に思い起こされ、浮上した可能性は早々に叩き潰される。
代わりに投げかけられた問いには、端的な答えを返した。
「私も手伝います」
「キュルッ」
奏の意気込みに使い魔も戦意マックスで同調する。
先の戦闘で、自分の実力でも脅威度Bを相手取ることができる。だけでなく、充分余裕を持って勝利することが可能だと踏んだからの判断だった。
少なくとも邪魔になることはない。むしろ、ないとは思うが、鬼灯が撃ち漏らした魔獣にまで注意を払える分、プラスとなるはずだ。
そして、それはそのまま響の、ひいては観客全員が避難するまでの時間を稼ぐことにつながる。
そんな、奏の申し出を、
「悪りぃがな嬢ちゃん。遠慮しとく」
鬼灯はあっさりと切り捨てた。
想定外の反応――例えば壮馬なら、一も二もなく共闘を受け入れたかもしれない――に、奏は目を見開き「どうして?」と問い返す。
「いや、学生を魔獣盗伐に関わらせるなんて、やばいだろ。常識的に考えて」
「でも、今回のこれは常識外の出来事で……」
「そうだがな、聞き入れてくれや。いろいろ大人の事情もあんだよ。――それに」
食い下がる奏に、鬼灯は地面に手をついた姿勢のまま、器用に肩をすくめ、
「オレが使う魔術は知ってんだろ。それから考えると、嬢ちゃんの実力関係なしにあぶねぇ。流れ弾がな」
「…………」
雷撃。現存する魔術中でも、威力においては相当なレベルに位置する魔術。
鬼灯のそれは、ただでさえ馬鹿にならない威力のそれを、膨大な貯蔵魔力によりさらに引き上げ兵器と見まがうレベルにまで修練したものである。
鬼灯ほどともなれば、魔術の制御はお手の物で、本来粗が多く、下手すれば暴走する雷撃を完全に制御下に置くのも苦ではない。
だが、流れ弾に関して言えば制御下云々は関係ない。
奏の実力であれば足手まといにならない――むしろ充分背中を守れるにしろ、実戦をほとんど知らない学生である以上、どこまで役に立つのか分からない。
学園最強。歴代最強。天才。
そうした呼び名や称号をほしいままにしてきた奏だからこそ、それが即座に理解できてしまい――自分が残った方がやりにくい。その事実をはっきりと認識できてしまった。
「分かりました」
救いだったのは、奏が目指すのが魔術師ではなく、教師であったことか。
一定の自信は持っていたとはいえ、大魔術師と自分との間に境を設けることで納得した奏は、頷くと踵を返して避難の列に加わる。
その直前、一度止まって振り返ると、
「気を付けてくださいね」
「キュルー」
「それ、言われたの二回目なんだが」
辟易とした表情をのぞかせる鬼灯に、奏は苦笑を返して背を向ける。
そうして、奏はフィールドから去った。
次は木曜です。




