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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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41『脱出』

 ――京都ドームは、一気にパニックの様相を呈していた。


 魔術大会。見習いとはいえ、魔術師もどきが多く集まるこの場所だが、その実、観客の多くは一般人だ。

 突如として魔獣が出現、生徒が襲われた光景を目にすれば、恐慌状態に陥るのは当然。


 ――いや、違う。


 全身の痛みに歯を食いしばり、強引に体を起こした響は、周囲の状況を確認するとそう断じた。

 この恐慌は、目の前の、どギツイ色をした怪鳥だけが原因ではない。

 上空、開け放たれた天井から次々と、黒い影が飛来している。


 角のある、蛇のようにうねりながら滑空する(みずち)。冗談としか思えないほどにまで巨大化したムカデ。怪鳥と同程度の大きさの、しかし脚が四本生えた、四つん這いの獣――ガルダ。


 パッと確認できたのは魔獣の群れの一部分だけ。しかしそれでも顔を引きつらせるのには充分な数だった。


「――響、避けろッ!」


「――っ!」


 突然かけられた声に、条件反射で即応して飛びずさる。

 抱えた穂花を取り落とさぬよう注意しながら、二歩、三歩と進んだ響は、直後、先までいた位置を、焔の濁流が通り過ぎるのを認めた。


 一目でそれと分かるほど、圧倒的な熱量。

 圧すら有するその一撃は、怪鳥を飲み込み、押し流していた。


「キィイイィィィ――ッ!」


 耳をつんざく悲鳴が鳴って、たまらず怪鳥が羽ばたき空中に逃れる。だが、


「倒せない……!?」


 確かにダメージは与えていた。羽毛はところどころが焦げ、滞空する怪鳥はどこか危なっかしい。

 だが、浄化するには至らない。大猿をあっさりと討伐せしめた、陽介の炎をまともに受けて、だ。


「響、無事か!」


 珍しく切羽詰まった声に視線を落とすと、陽介が瑠璃と一緒にこちらへ駆け寄ってくるところだった。

 響は、「一応」と答えながら体の節々に目を走らせる。


 着地の衝撃であちこちが痛むが、我慢できないほどではない。致命的な怪我は何もしていないと見て安堵する。


「ただ、里見さんはこの通りだけど」


 穂香は未だに震えて離れる気配がない。もっとも、それを責める気はないが。

 紙一重の命の危機を通り過ぎたばかりで、平常心でいられるはずがない。


 穂花の様子を確認した陽介は、深刻そうに眉をひそめ、それから響へ向き直る。


「見ての通りだ。原因は分からないが、魔獣の大群が押し寄せている。あの時のように時間を稼ぐ、という選択肢を取ることもできなくはないが――」


「いや、さすがにそれは無理でしょう。あの鳥さん、全然見掛け倒しじゃないですもん。あれ見た後だと、お猿さんなんてギャグです。逃げましょう」


「僕もその案に賛成だ。さすがに、学生の出る幕ではない」


 怪鳥や、最初に確認した三体だけではなく、上空から飛来してくる魔獣に途切れる気配はない。次々とドーム内に侵入しては、目につく人間に襲いかかっている。

 フィールドのど真ん中という目立つ位置にいて、響たちが襲われずに済んでいるのは、ひとえに瑠璃の幻影(phantom)のおかげと言わざるをえない。


 ――逃げる。


 それは正しい選択だ。だが、足が重い。


 目の前で脅威に襲われてる人々を目にし、それをあっさりと断ち切ることのできる神経を響は持っていない。

 いや、響だけではない。陽介も、なまじ力がある分、逃げという選択肢は苦渋であるはずなのだ。その上で、自分の出る幕ではないと身を引く。


「くっ……!」


 躊躇う響は視線を泳がせ、バリヨンの姿を目にしてしまった。

 響と穂花が二人で放った魔術を、軽傷で防いで見せた式神。防御力という点では人間よりもはるかに上のその式神が、まるで路傍の石でも蹴飛ばすかのように。

 あっさりと、ガルダに踏み抜かれ、砕け散った。


  学生の、それも"落ちこぼれ"の出る幕ではない。

 それがまざまざと感じ取れて、響は迷いを振り切った。たぶん、身を投じたところで潰える命が一つ増えるだけだから。


「逃げよう」


 阿鼻叫喚。悲鳴と怒号と断末魔が飛び交う地獄に背を向けて、響は友人二人に宣言した。


 怪鳥は、いまだに滞空し攻撃を仕掛けてくる気配がない。そもそも、響きたちを捕捉できているのかも怪しいところだ。

 であれば、機は今しかない。


 頷き合った響たちは、瑠璃に幻影の維持を、陽介に周囲の警戒を、響には穂花を抱えるのを任せ行軍を開始した。

 着地する魔獣の横を通り抜け、どこからか放たれた魔術にヒヤリとし、もっとも近い出口――フィールドから通路へ続く連絡路へと歩を進め――。


 ――ギロリと、怪鳥の目玉が動いた。


 その眼力だけで死人が出そうな睥睨を直視し、警戒を担当していた陽介がたたらを踏む。その一瞬の停滞が生んだ時間は、怪鳥が翼を翻し、直線に滑空し始めるのに充分だった。


「伏せろ!」


 回避は間に合わない。そう判断したのか、陽介が叫び半透明の防壁を展開するのを、響は指示に従い身を屈ませながら目にした。


 バリヨンの体当たりも防ぎ、跳ね返した極厚の防壁である。響の訓練に付き合う交換条件として、奏が教えた魔術。

 学園最強直伝の防御は、およそ学生の枠に収まらない、チート級の代物だ。


 それが、怪鳥の体当たりを受けてひび割れた。


 パリンという破砕音が鳴り、瞠目した陽介が魔術陣を焼き切る勢いで魔力を込める。

 ギリギリのところで破壊されなかった防壁だが、出来てしまったひびはジリジリと魔術を蝕んでゆく。


 広がって広がって、やがて壁の端までひびが到達したのと同時に、怪鳥を支えきれなくなった防壁が砕け散る。


 ――寸前、怪鳥の巨体を雷が穿った。


 閃光。遅れて爆音。さらに遅れて衝撃が迸り、至近にいた響たちは全員足を踏ん張らなければならなかった。

 吹き荒れた砂嵐に目を覆い、徐々に小さくなっていくそれを感じて半目を開けると、認めた光景に目をむかざるを得ない。


 ――怪鳥の焼け焦げた姿がそこにあった。


 赤く派手派手しかった羽毛は黒ずんで縮れ、白目をむいて大口を開けている。先までの威容が嘘のような有様に呆然とし――パニックゆえに、そんな芸当ができる人物が、この場に三人もいたことを忘れていた自分を恥じた。


「――起き上がんな。そのまま伏せとけ」


 その結論に至ったのと同時。頭上から降ってきた声に、響は素直に従った。

 穂花を抱えたまま覆いかぶさるように伏せ――直後、四方八方から放たれる閃光に固く目を瞑った。


 爆音が連続して鳴る。

 衝撃が地面を伝わる

 獣たちの断末魔が空気を震わせる。


 直視せずとも分かる、圧倒的な破壊の嵐だ。それこそ、先の怪鳥が子供に思えるほどの、膨大な魔力の奔流。


 目を瞑り、耳を塞いでその嵐をやり過ごした響は、攻撃が止んだのを振動がなくなったことで感じた。

 恐る恐る顔を上げると、まず目に入ったのは焼け焦げた土だ。


 響の扱うそれとは格の違う雷撃(tonitrui)が焼いた地面。そこからさらに上。屈んだ自分の目線と同じ高さには、もうもうと立ち上った土煙に隠れた、巨大な影がいくつも横たわっている。

 細かくは見えないが、それが魔獣――先までドームを襲っていた群れの成れの果てだということに疑いはない。


 まさに一掃。動く個体は見当たらず、ただただ焼き尽くされた死体が転がるのみだ。

 その死体すら、時間が経てば魔力が霧散し、ほとんどが消えて無くなるだろう。


 そこからもう一つ目線を上げれば、この窮地を救った英雄――鬼灯が宙に浮いているのが分かる。

 浮遊した状態で、容赦なく雷を降らした。文字に起こせばただそれだけのことだが、結果は明らかだ。

 大魔術師の規格外さを改めて認識させられた響は、鬼灯の表情がどこか気怠そうだということに気付く。


「――ちっ、まだ来んのか……」


 雷撃(tonitrui)の爆音で馬鹿になった耳には、ごく小さな音としか取れなかったが、確かにそう呟いた鬼灯は舌打ちをしたように見えた。


 顔を上げて見れば、第二陣と思わしき魔獣の一団が再び京都ドーム目掛けて押し寄せてくる――。

 

 どすん、と。

 風を受け、ブラックスーツをはためかせるのをそのままに、鬼灯は多少荒く着地すると、地面に手を当て魔力を漲らせる。


 巨大な魔獣陣が出現し、そこから魔力が溢れてフィールド全体に行き渡ると、隆起した力が術式に従ってドーム状を描いた。

 京都ドームの天井。魔獣が飛来してくるそこに結界を張ったのだ。


 だが、


「さすがにずっとは無理だよなぁ。ったく」


 魔獣の一団は結界に阻まれ、内部に入ることができていない。その状態をキープするなら、鬼灯は半日以上の時間を稼いで見せるだろう。

 しかし、それは籠城をするのと同じこと。一般人を避難させないその選択肢は愚策だ。


 響も至った結論に、鬼灯が行き着かないはずがない。

 大魔術師は、地面に手を当て結界を維持したまま、呆然とした会場に向かって叫ぶ。


「――こちら魔獣対策局、大魔術師の鬼灯だ! 現在、魔獣の襲撃が確認され、これを討伐! だが、まだ次が来る!」


 魔術を使って拡大された声量は、会場全体に響いている。

 鬼灯の名を耳にし一瞬湧きかけた会場は、襲撃がこれで終わりではないと知ってまたもパニックに陥りかけたが、


「――次が来るが、オレがいる! 落ち着いて係員の指示に従って避難してくれ! パニックにならなけりゃぁ充分助かる!」


 絶妙なタイミングで挟み込まれた鬼灯の言葉に冷静さを取り戻す。


 大魔術師がいる。一〇年前の大災害を止めた英雄が大丈夫だと言っている。だから大丈夫なのだ。

 おそらく観客のほぼ全てが辿った思考を響もまた辿って、多大なる安心感を手に入れる。


 そう、大丈夫だ。

 あの日、あの場所で。単騎で戦った後ろ姿を、響はまだ鮮明に思い出せる。

 キマイラ。脅威度A+の化け物を相手に一歩も引かず戦って見せた英雄が、この場にいるのだ。


「オラ、お前らもさっさと避難しろ。通路にでりゃどっかと合流できんだろ」


「は、はいっ」


 ぶっきらぼうに投げかけられる声に間抜けな声で返答し、響は瑠璃、陽介の二人と顔を見合わせると立ち上がった。


「気を付けてくださいねー」


「うっせ。そりゃこっちのセリフだ」


 フィールドから去る途中、瑠璃が鬼灯に向かって語り掛け、それを大魔術師は軽くいなす。その光景に違和感を抱きつつも、今は関係ないと割り切った響は足を踏み出した。


 大魔術師の結界は、尋常ではない強度を誇っているらしい。先ほどから体当たりする魔獣たちはそれを破ることができていない。

 であるならば、障害は何もない。


 響たちは、無事フィールドから離脱した。

次は金曜です。

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