表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
91/267

40『道摩法師』

「――嫌な空気だな、オイ」


 京都ドームへと足を踏み入れて、鬼灯の最初のセリフがそれだった。


 調査員が様々な情報から照らし合わせ、計算を重ねて算出した通り、魔術大会五日目。その朝から、大気中の魔力濃度は鬼灯がこれまで感じたモノと一、二位を争うほどに濃い。もはや瘴気と呼んでも差し支えないそれに顔をしかめているのは、当然のことながら鬼灯だけではない。


「あー、本当に、その通りで……」


 壮馬も壮馬で鋭敏に感じ取ったらしく、普段から低い勤労意欲に、さらにマイナス補正がかかっている。


 京都という、全国から多くの霊脈が集まる土地において、年の暮れにこうして瘴気が集まるのはよくあること。というよりも毎年起こることで、別段珍しくもない。事実、魔獣の発生件数も年の暮れから始まりにかけて増加する傾向にあるのだ。

 そして、今日が各地から集まる魔力量のピーク。そう算出されたがゆえに、壮馬と鬼灯はここにいる。


 にしても、現在のこれは限度がある。


 大気中の魔力濃度が濃すぎてほとんど瘴気と化すなど、早々考えられる事態ではない。人体への影響がほぼないのが唯一の救いだが、それ以外の影響については無視できない。


「本当、これでよく魔獣が出ませんね。いきなり目の前にドンときてもおかしくないスよこれ」


「ああ? なに寝ぼけたこと言ってんだ。今の時点で例年よりも発生件数多いらしいぞ」


「……今、朝なんですけど」


 そろそろ日が昇り切るころではあるが、時刻的には朝と呼んで差し支えない。この時点で、例年までの一日で発生した件数を超すなど、尋常ではないだろう。


 さすがの大魔術師も戦慄を禁じ得ない話に、壮馬も露骨に焦燥感をあらわにする。それに肩をすくめた鬼灯は、安心させるためなのかどうか、


「だから今日は、京都の魔術師は全員出勤だってよ。つぅか、それでも足りねぇから他所から応援が来てんだ。小車とかよ」


「"串刺し姫"も、大変スね」


「あいつよりも大変になるのがオレたちだけどな」


「…………」


 容赦のない一言に、壮馬の表情から余裕が消えた。しかも悲しいかな、これは単なる事実である。


 談笑、というにはいささか以上に重い空気で会話をし、二人は定位置でスカウトマンとしての職務を果たす。

 ドームの中央。フィールドのど真ん中で、式神を生成しようとしている係員の様子を視界に収めながら、さっさと始まり、そしてできれば何事もなく終了しますようにと、はかない願いを抱いた大魔術師は、突然のバイブ音に視線を上げた。


 それは鬼灯の胸ポケットに入れられた携帯電話。今どき珍しい二つ折りのそれから発せられている。

 いくら鬼灯が機械類に疎いといっても、仕事の関係上、私物の携帯電話は最新のタッチパネル式だ。だからこれは業務用の、対策局から借り受けているものであり、それが鳴るということは、仕事に関する用事に他ならない。


 鬱蒼とした感情を押しのけ、義務感からそれを手に取った鬼灯は、雑な動作で携帯電話を耳に当てる。


「あい、こちら鬼灯」


「こ、こちら魔獣対策局京都支部っ!」


「おう」


「連絡っ。魔獣の出現を確認。脅威度B以上と予想され、現場の魔術師での対応が困難。そのため、救援を要請します!」


「串刺し姫――小車はどうした?」


「現在、別の場所で交戦中です。そちらも脅威度Bに及ぶため、手を開けることが叶わず……」


「ああ、分かった分かった。で、場所は?」


「今から転送します!」


 切羽詰った声に普段通りのトーンで返答し、鬼灯は話を進める。

 内容はおおむね予想通り。脅威度がBを超えると、平の魔術師では討伐が困難となってしまう。不可能ではないが、かなり危険だ。そのため、出現の際は大魔術師に救援を要請する手はずとなっているのだが、


「普通は同時に二カ所でとか、あり得ねぇしな」


 魔獣の出現自体、そう頻繁に起こるわけではない。並の魔術師が対応できないクラス――B以上となればなおさらだ。

 こうして重なったのは、やはり時化(しけ)の影響が大いに関係しているのだろう。


 そんなことを考えている間に、京都支部から魔獣の出現場所が転送されてきた。

 地図を見るに、京都ドームから二キロ程度の地点。近くはないが、遠いとも言い切れない位置だ。

 礼を言ってから電話を切った鬼灯は、携帯の背を自分に向け――つまり相手側に画面を向ける形で手に持つと、壮馬に振り返る。


「脅威度B以上。夜叉だとよ。頼めるか?」


「やっぱ救援要請スか。ここに残った方が面倒そうですし、俺が行くのはいいんですけど。鬼灯さんは大丈夫ですか?」


「なにが?」


「いや、ここに一人でって」


「オメーに心配されるような腕してねぇよ。いいから行ってこい」


「了解です。――一応急いで片付けて帰ってきますんで」


 珍しくこちらを気遣うような壮馬のセリフに、鬼灯は目を丸くしてキョトンとする。


「どうしたよ、らしくもねぇ。さっきまで面倒臭がってたじゃねぇか」


「そりゃ面倒臭いですよ。働きたくないですし。でもこのタイミング、絶対なんかあるでしょ。心配くらいはしますよ」


「そりゃどうも。普段からそのくらいの気概で仕事してくれりゃぁいいんだけどな」


 部下に心配されるのがなんとなく気恥ずかしくて、鬼灯はあえて普段通りのぶっきらぼうを装って鼻を鳴らす。

 「うわ、ひっで」と苦笑する壮馬は、鬼灯から携帯を受け取り、代わりに連絡用にと自分のものを渡すと地図を確認した。その時にはすでに戦場に赴く魔術師の表情だ。


「八咫、玉藻」


 壮馬が何もない中空に向かって呼びかけると、それに応えるものがある。変化が起こったのは壮馬の頭上と側方だ。


 頭上、空気が渦巻き凝縮する。台風を小型化したかのような外観がほんの一瞬出現し、漆黒の羽がひらりと舞うのに合わせて消失した。

 代わりに姿を現したのは鴉だ。体長は一メートルほど。漆黒に塗り固められた翼を広げ滞空するそれは、目にすれば自然と背筋を伸ばしてしまうような威厳にあふれている。


 だが、その鴉のもっとも注視すべきは、大きさでも威厳でもない。――脚だ。


 三本の脚を持った鴉――八咫烏。日本神話において神武東征じんむとうせいの際、高皇産霊尊たかみむすびによって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる霊鳥だ。


 対して、側方。そちらに起きた変化は、響が目にすれば日頃よく見る、カーバンクルの出現によく似ていると感じるだろう。

 光が凝縮、粒子となって弾けたのだ。弾けた光が火の粉のような様相を呈する中、一体の霊獣が姿を現す。

 こちらは狐だ。クリーム色の外観に、頭の先から尾っぽの先までを測ればおよそ三メートルにもなる姿は、やはり八咫烏と同様に威厳が漂う。そしてまた同様に、注視すべきは別にあった。


 九本の尾っぽ。――九尾。


 言わずと知れた妖狐。本来は悪しき霊そのものと思われるが、『周書』や『太平広記』など一部の伝承では天界より遣わされた神獣であると語られ、その場合は平安な世の中を迎える吉兆であり、幸福をもたらす象徴として描かれている。


 いずれも格式の高い霊鳥霊獣。一人の魔術師が従えるには不相応な力であり――それゆえ、術者の実力では奏にも劣るかもしれないと自虐する壮馬が、大魔術師という称号を手に入れることができた理由だ。


「八咫は先行して現場に向かってくれ」


「……了解」


 滞空したまま、器用に頷いた八咫烏――八咫は、翼をひるがえし舞い上がる。そして風を受けた鴉は、一瞬で加速し見えなくなった。

 見送った壮馬は、「さて」と気合を入れ直すと、九尾へ向き直った。


「それじゃ玉藻、行くぞ」


「女の子の上に乗るのっていつも思うけど卑猥……」


「やめろ」


 狐の背にまたがる壮馬に、九尾――玉藻は頬を赤らめ口走る。頼むから空気を読んでほしい壮馬はそれをバッサリと切り捨てるが、


「なんなら、人間に化けても……」


「やめろって」


 冗談にならないことを言われて本気で焦る。問題発言だけで済めばいいのだが、やらかしかねないのがこの使い魔の怖いところだ。


 空気を読まず、なおも口を開きかける玉藻を無視し、壮馬は最後にもう一度鬼灯を振り返って、


「じゃあ、行ってきます」


「おう、行ってこい"道摩法師(どうまほうし)"」


 多くの使い魔を従えることからついた異名。未熟者が受け取るには大きすぎる敬意を感じ、壮馬は顔をしかめた。


「その呼び方、やめてもらえませんかね」


 九尾の背に乗った壮馬は、そのセリフを最後に跳躍。開け放たれているドームの天井めがけて飛んでいき、そのまま見えなくなった。


 ――京都ドームに怪鳥が襲来したのは、それから数分後の事だった。

次は火曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ