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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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39『理不尽』

 響が叩きつけた大剣によるものと思われる、岩の表面が剥げた跡。穂香の鉄槍が穿った、目を凝らしてようやく見えるほどのひび割れ。

 成果は小さなようだが、一撃加えただけにしては充分以上だ。


「なによ、大したことないじゃない。あの式神。あんたの攻撃でも傷がつくなんて」


「……それは俺も驚いたよ。防御が高そうって考察しておいて、恥ずかしくなる」


 言ってしまえば拍子抜け。手ごたえのまったくない敵に、これでは同学年の人間と戦っている時の方がよほど厳しいと感想を抱く。

 もしくは、これが不測の事態なのではないかと、ありえない妄想も飛び出すが、そんな思考は次の瞬間には吹き飛ばされた。


 響たちの眼前。今まで表情一つすら動かさなかったバリヨンが、自身に刻まれた傷を目にし、目をカッと見開いた。眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、激昂する様子は、先ほどまでの気の抜けた様子とは一変している。

 まるで、すべてを破壊しつくしてしまおうというような、狂気に陥ったようで。


 ――その顔が、響たちへと向いた。


「っ……!」


「きゃ――!?」


 大きく跳躍し、そのまま全身を使って体当たりをしてくるのは今まで通り。スピード、威力、ともに上昇しているが、極端な変化ではない。

 咄嗟に身構え、躊躇なく駆けだした響と穂香は、着弾の衝撃で巻き起こった砂煙を背中に浴びたが、余裕をもって回避することができた。


 ただ、


「どういうことよ! 急激なパワーアップはないはずじゃないの!?」


 走りバリヨンから距離を取りつつ、穂香が叫んで不満を漏らす。対する響は冷静に、今のバリヨンの体当たりを回想し、


「いや、パワーアップはしたけど、そんなに急激じゃない。あの感じは、どっちかっていうと気合が入ったとか、そんな感じだったと思う」


 無論、気合を入れただけでパワーアップをするのであればバリヨンも苦労はしまい。だが、気合を入れたことによって元から持っていた実力のすべてを出し切ることができるのであれば話は別だ。それならば、パワーアップの種も理解できるのだ。


「じゃあ、あたしたちが攻撃されたのは!? 幻影(phantom)がかかってなかったの!?」


「かかってたとは思うよ。単純に、バリヨンが見境なく行動してるだけで」


 走りながら器用に指差し、穂香に荒れ狂うバリヨンの方を向かせる。

 式神は、響たちへと直行したのち、追撃するようなことはなく、今は次々と何もない場所へ向かって体当たりを繰り返している。響たちを攻撃したのは、ほとんど偶然によるものだったらしい。


「けど、姿を見せれば攻撃してくることに変わりはない。今俺たちが逃げられてるのは、瑠璃の幻影(phantom)のおかげ、でしょ?」


「そうですよー。もっと感謝してください」


 逃走し、陽介たちの元へと戻ってきた響たちを歓迎したのは、瑠璃のそんなふざけた一言だった。

 普段のノリは結構だが、そこに物申したいのは人情。なにより、


「おそらく、これが不測の事態だ。柔軟に対応しなければ評価点が下がると、そういうわけだろう?」


「一応分かってますけどねー。思ってたのと違います」


「それはその通りだ」


 なにせ、二体目が出現するのではと予測し、対応策まで練ったのだ。それが、怒り狂ったとてそう大した脅威でもないバリヨンの討伐ともなれば、陽介も不満を隠しえないのだろう。


「けど、倒すのが難しくはなった」


「どういうことですか、ヒビキさん?」


「見なよ。休む間もなく、ひたすら体当たりしてる」


 激昂したバリヨンは、跳躍、着弾、再跳躍のループから抜け出す様子がない。次々に場所を変え、移動し続ける敵に攻撃を命中させるのがどれほどの困難かは、響の戦い方からよく分かる。


 当たりさえすればダメージは通る。しかし、当たらなければどうということはない。


 単純明快な理論。まさか意識してやっているとは思えないが、倒すのが面倒になったという意味では同じことだ。


「だから、どうやって攻撃を当てるかって話になるけど」


「ルリさんの幻影(phantom)で誘導しましょうか?」


「いや、むしろ幻影(phantom)を解いて、向かってきたバリヨンを陽介が防ぐ。そうやって空中で止まってる間に攻撃するのがいいかな。攻撃する代わりに木元素で縛ってもいいし」


 仮に幻影(phantom)で誘導したとしても、そこに響たちがいないと分かれば、バリヨンはすぐに再跳躍をするだろう。動きを止めることはできなければ、ほとんど意味がない。


 いわば自分たちを囮とする作戦だが、陽介の防御力に対する信頼度ゆえか、否の声は出ない。

 拘束する方面で話がまとまり、一体きりで見えない敵を相手に奮闘するバリヨンに向き直った響たち四人は身構える。


「では、幻影(phantom)を解きま――」


 ――それは、突然だった。


 ざわりと、背筋を撫でる緊張感に、響はポーカーフェイスを取り繕う暇もなく表情を凍らせる。見れば、セリフを途中で止めた瑠璃や、陽介までもが同様の反応をして硬直していた。


「なに、どうしたのよ?」


 ただ一人、穂香だけは、何が起こったのか理解できずに、一斉に固まった響たちを訝しむ。しかし、それに構っていられる余裕はない。


 バリヨンとは反対側の上空。青空を背景に浮かぶそれは、悠然と高度を下げつつある。


 鳥、鳥だ。何の変哲もない鳥。――否、その体長は、響の記憶する鳥のそれとは大きな乖離が存在した。

 優に三メートル。翼をせいいっぱい広げれば四メートルにも及ぶだろう。遠くてよく分からないが、脚の太さは響の胴ほどもあるかもしれないい。


 赤とオレンジ、黄色のコントラストで構築された怪鳥は、ぎろりとした瞳で会場を睥睨し、それから滑空。着地する寸前巻き起こった風圧にさらされた響は、天地がひっくり返ったような錯覚を味わった。


 鳴き声一つ上げない怪鳥。いたずらに自己を誇示するまでもないと理解しているのか、ただそこにいる怪物は、先ほどまで相対していたバリヨンなど霞んで余りある。だが――


「なによ。こんなのまで倒せっていうの? 馬鹿じゃないの」


 穂香は、その威容に気圧されこそすれ、たじろがない。悪態をつきつつ「作戦通りでしょ?」と確認とも言えない確認をすると、


「ほら、行くわよ」


 響を急かし、走り出す。

 駆けつつ魔術を構築し、それをためらいなく、たたずむ怪鳥向かって放ち――、


「違っ……! 待って! それは――」


 遅れて目の前の光景を理解した響が制止するも、もう遅い。放たれた蔦は、怪鳥の翼の根元へと絡まり、地面へと縫い付けた。

 そうしてとらえたのがバリヨンであれば、その木元素は充分拘束具としての役割を果たしただろう。バリヨンであれば。


 煩わしそうに翼を持ち上げる。

 ただそれだけの動作で穂香の蔦が引きちぎられた。


 そして、敵対の意思を見せた穂香を、怪鳥は看過しない。首を動かし、自身と比すれば極小極まりない敵対者を視界に入れた怪鳥は、そのまま容赦なく嘴を叩きつける――!


「ぅ、ぐ――っ!」


「――――ッッッ!!」


 耳元で悲鳴が上がるのを聞きながら、かろうじて飛び込んだ響は、怪鳥の攻撃が生んだ衝撃波に身を取られ派手に舞い上がっていた。

 上下左右の感覚が分からなくなる回転運動の中、腕の中にギリギリで抱え込んだ感触だけは手放さないよう意識して。


 ――衝撃。


 まともな受け身も取れず、地面の固さを体全体で味わった響は、内臓が揺れる嫌な感覚とともに平衡感覚を取り戻す。

 怪鳥の側面数メートル。射程圏内から逃れられたのは僥倖だが、体中が痛い。

 腕に抱えた穂香は響にしがみついた状態で、意識は失っていないようだが、


「――な、なに。なんなの。なんなの……っ!」


 平静を失っているのは見ての通り。あと一歩で命が潰えていた恐怖に震え、涙を浮かべながら突如襲い掛かってきた不条理を理解できないでいる。


 響とて、理解できない。全くもって意味不明。

 なぜこんなところに、突然。


 そう、あれは――。


「――きゃぁぁああぁぁっ!?」


 どこかで悲鳴が上がる。

 観客がざわつき、魔術大会の会場は一瞬でパニックの地獄となった。





 そう、あの怪鳥は――本物だ。





次は土曜日です。

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