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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
1章『落ちこぼれ魔術師の戦術』
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8『一カ月』

 迫る火球を、横に飛びのいて躱した。

 キュッと訓練場の床を鳴らし、続く第二射もステップして回避。そのまま足を止めずに掌に意識を注ぐ。体内の魔力を活性化させると同時、魔術の完成形を思い描いて、魔術陣を展開。抽出した魔力を紋章に流し込み――放つよりも相手が三射目を射出する方が早い。


 正確に頭部を狙った火の玉を、身をかがめて回避する。そのまま突き出す手に、カウンターの一撃。


火よ(ignis)!」


 単純な元素の生成ではない。生成後の挙動まで制御した、まぎれもない魔術。生成された火の元素は、強打の威力を持って相手に射出される――!


 ただしそれは完成すればの話だ。


 魔術陣の、発射の術式に亀裂が走る。描いた術式が粗く、強度が低かった。

 未だに慣れない作業は、響のキャパを超えていた。


 亀裂が入った箇所を起点として、広がる亀裂は魔術陣の全体にまで及ぶ。もはや何の結果も残さない。小さなガラスが割れるような小さな音を立てて、魔術陣は飛散した。


「はっ! できもしねえことしようとするからそうなんだよ!」


 そんな致命的な隙を相手――隼人が逃すわけがない。

 四射目の火球が、響を凌駕する速度と威力、完成度でもって生成され、今まさに魔術を放たんとしていた響は避けることができない。


 みぞおちをとらえた火球は、その威力を余すとなく全て対象に伝え魔力の光を散らす。


「がっ……!?」


 空気を吐き出し、苦悶の呻きを漏らす響。まともに受けた勢いそのままに、受け身も取れずに吹っ飛んだ。


「ぐ、ぅ……」


 呻く響は腹を抑える。汗をダラダラと垂らし、何とか起きがろうともがくが手足に力が入らない。


 訓練場の床を踏みしめる音。それが一歩一歩と近づいてくる。

 すぐに起き上がって体勢を立て直さねば。そんな意思とは裏腹に、相変わらず動けない。


 足音が止まり、視界の端に自分を見下ろす隼人の姿が見えた。敵は口元を、嗤いの形に歪めると、


「"落ちこぼれ"が。身の程を弁えろよ」


 倒れる響。その無防備な顎を、五つ目の火球がとらえた。



 * * *



 睡眠からの目覚めであればともかく、強引に意識を刈り取られていた場合、目覚めのときは酷くゆっくりになる。


 泥の中から這い出るように鈍重に、意識が浮上する。思考が覚醒するまでの数瞬は、自分がどこにいるのかさえ分からない。

 最初に感じたのは独特な薬臭さだ。次に、どうやら自分が布団に横たわっているということを確認。焦点の定まり切らない瞳は、そろそろいい加減に見慣れた天井をとらえていた。


 白い天井、薬の匂い、つまりここは保健室。


 気絶する前の状況は覚えている。

 本日の授業で行われた模擬戦。その中で、隼が最後に使った魔獣の一撃。正確に顎を撃ち抜いたそれが、響の意識を刈り取ったのだろう。

 単なる怪我なら、誰にも付き添われず一人で保健室に向かうこともままあるが、気絶となればそうもいかなかったらしい。


 そうして意識のはっきりしない響が、ぼんやりと天井を見上げながら状況を確認していくと、周りから見えないよう仕切りとして使われていたカーテンが揺れた。

 セミショートの黒髪を持つ中性的な美貌が入って来て、ツカツカと歩いてから顔を覗き込み、


「君はひょっとして私のことが好きなのか?」


「…………」


 どうやら頭をやられたらしい。

 当然そんなことあるはずがない。響は否定しようと口を開きかけ、


「ちがぁっ!?」


 「違います」と言いきれず、顎に走った激痛に苦悶の声を上げた。それがまた顎を刺激し、痛みが発生。反射的に声を上げかけ、再び激痛。完全に予想外のところから激痛のスパイラルに陥った。もはや号泣ものだ。


「ふむ、まあまともに食らえばそうなるだろう。今回ばかりは、君の不注意や実力不足を責めるわけにはいかないがね」


 冷静に呟きながら、声にならない悲鳴を上げ続ける響に手をかざし、美里は詠唱。

 治癒の光が顎に染みわたり、次第にスパイラルが遠のいていく。


 響は目の端にたまった涙をぬぐい、恨めしそうに美里を見上げると、


「先生、こうなるって知ってたんなら治すか忠告してくれてもよかったじゃないですか……。というかさっきの質問、何ですか」


「寝ている間に治すと、怪我の教訓が身に沁みないだろう。それとさっきの質問についてだが、軽い冗談というのが半分。もう半分は疑惑だね」


「疑惑……?」


「なに、入学から三カ月、頻度こそ落ちたが、それでもあいかわらず保健室の住人を続ける生徒がいれば、その可能性を疑いたくもなる」


「分かってると思いますけど一応言っておきます。違いますからね」


「ふむ、そういう言質が取れれば安心だな」


「……もしここで俺が、はいそうですって言ったらどうしたんですか」


「もちろん今後の保健室の出入りを禁じたが?」


 あっさりと言ってのける白衣の麗人。何気にひどいことを言っているのだが、小さな毒はこの養護教諭において別段珍しいことではないとスルーした。


 響は上体を起こすと、訓練着をめくって顎と同じく魔術を食らったはずの腹を確認。


 奏の弟子になってから約一カ月。毎日鍛えているおかげか、最近は腹筋も割れてきた。それで防ぎきれるほど、魔術の威力は低くないが。


 腹には、特に目立った外傷はない。やけどはもちろん、痣の類も見られなかった。それに響は眉をひそめ、


「先生、こっちだけ先に治したんですか?」


「君の中で、私はどれだけ性格の悪い人間なんだ。目立った傷はなかったから、特に何もしていない。鍛えているのが幸いしたね」


「そうですか。まあ、怪我が多くて怒りを買わなくてよかったですけど」


 入学して三カ月。それなりのペースで保健室を利用する響は、怪我人が嫌いだという美里の言葉の意味が分かってきた。それは治すのが面倒なんていう理由ではもちろんなく、怪我というものが嫌いなのだ。


 怪我は確かに治せるが、そもそもしないほうがいい。とは美里の言葉である。

 その精神を理解させるために、今のようなイタズラで、怪我のトラウマを植え付けるのはやめていただきたいものだが。


 響が安堵していると、美里は肩をすくめて、


「そもそも、今回は私が君に怒ることはないよ。心配しなくていい」


「どうしてですか?」


「簡単な話さ。腹に魔術を食らった時点ですでに模擬戦の勝敗はついていたのだろう? なら、倒れて無防備な君にわざわざもう一発撃ち込む必要はない。今回に限って言えば、完全に相手側の落ち度だ」


「なるほど。過剰な攻撃ってことですか……」


 これが魔獣相手の実践ならともかく、模擬戦となれば話は別だ。

 本来ならとどめはいらず、仮にとどめを刺すにしても、魔術を打ち込む動作をするだけでよかった。それを隼人は無視して、響にいらぬ怪我を負わせたことになる。

 確かに、隼人には、美里の怒りを買うだけの充分な理由があった。


「まあ、すでに説教は済ませたのだけどね。真面目に聞いていなかったから、どこまで効果があるのかは疑問が残るが。まったく、あんな生徒はすぐにでも退学にすればいいものを」


「それは罰が重すぎません?」


「やられたのは君だぞ? 君はもう少し、相手に対して怒ることを覚えた方がいいな」


「俺だって、怒らないわけじゃないですよ」


 記憶に残っているのは奏に弟子入りをしたあの日、魔術師は諦めた方がいいと断言されたときだ。

 奏に響を馬鹿にする意図はなく、単に奏がよくやるうっかりだったわけだが、あの時はかなり怒った自覚がある。


 だが美里が言いたいのはそういうことではないらしく、ため息を一つついて、


「私は、別にカウンセラーではないんだがね。まあいい、言っておこう。君は相当クラスメイトに馬鹿にされているはずだね。”落ちこぼれ”君」


「……はい。そりゃ」


「その中の一つにでも、怒りをあらわにするほど激昂したことはあるかね?」


「それは、ない、と思いますけど……」


 自分が”落ちこぼれ”なのが悪い。それが響の考えであり、ある意味、クラスメイトが自分のことを馬鹿にするのも、”いない者”として扱われることもすんなりと受け入れている。正確には耐えることができているだけなのだが。

 もちろん不快で、悔しく、見返してやりたいと思わないでもないが、何より自分が情けない思いの方が強い。

 それの何がいけないというのか。


「それが悪いわけではないがね、しかしそれは理屈の話だ。頭で考えすぎているんだよ君は」


「どういうことですか?」


「こういう理由だから、自分は馬鹿にされても仕方がないと考えているところさ。しかも結果、自分に怒りが向いてしまうから性質が悪い。それではいつか壊れる。一カ月前にも言わなかったかね、自分の中にため込みすぎるのも体に毒だと」


「そう、ですね」


「もちろん、馬鹿にしてくるものに対して所かまわず怒っていては単なる問題児だ。そうなっても私は擁護しないし、助けようともしないよ」


「なりませんって。そんなに真に受けるほど素直じゃないです」


「そうかい? なんでも顔にすぐ出るきらいがあって、素直じゃないとはお笑い草だ」


「そんなに俺のポーカーフェイスって未熟ですか?」


 一カ月ほど前に、奏にも同じようなことを言われた記憶。

 そういえば未だに『ポーカーフェイスの心得』なる本には手を付けていない。そろそろ残りも五冊程度だし、この際すぐに読もうと心に決めた。


 響が、明日以降の読書計画を建てていると、美里は「ところで」と話を変えて壁の時計を指差す。


「もう放課後なのだけど、行かなくてもいいのかい? 確か師がついたのだろう?」


「え? あっ、しまった……ていうかどうして先生知ってるんですか!?」


 響と奏の師弟関係は、当事者二人と紋章術講師の春花しか知らないはず。ついでにキュルリンを入れても三人と一匹。

 奏曰く、もしこのことが広まれば、どういった訓練をしているのかを詮索され、初戦の突破が難しくなると釘を刺されていた。だからこそ響も、誰にも言わず(そもそも言う相手がいない)悟られないように行動していた。

 それが、思いもよらぬ情報漏えいである。いったいどこから――。


「春花に聞いた」


 響と同じく話す相手などいるはずのない講師だった。


「先生たち知り合いなんですか!?」


「何を言う。同じ学園に勤務している教師同士だぞ? 顔見知りでおかしいところなど、欠片も見当たらないが」


「いや、今”春花”って呼んでたじゃないですか」


「……まさか君に言葉尻をとらえられるとは思ってもみなかったな」


 完全に響を侮った発言。しかしそれに怒る思考回路をしていないし、なにより美里の発言の方が何倍も重要だった。


「やっぱり、知り合いなんですか?」


「いやなに、同期だよ。私も彼女も、魔術学園のOGというだけの話だ。まあ、それなりに親交もあったからね。向こうから来ることはまずないが、私から会いに行けば、無下にされることはほとんどない」


「そうなんですか……。意外です」


 二人が魔術学園出身ということよりも、かなりの厭世家で、紋章狂信者である春花に、友人がいたというのが驚きだ。多少の例外はあるようだが、会いに行けば基本は歓迎してくれるというのも信じられない話だった。響が訪ねると、未だに水が降ってくることがあるのに。


 とはいえ、そういった旧知の仲であるならば、これ以上の情報漏えいの心配はあるまい。響としても、思わぬ知的好奇心を満たすことができて満足だった。

 そんな響に、美里はため息一つ。それから白い壁に釣り下がっている時計を再び指差した。


「ところで、さっきも言ったが、時間は大丈夫なのか?」


「あっ」


 衝撃的な事実が明かされたばかりに、時間のことはすっかり忘れていた。特に細かい時間の指定があるわけではないが、放課後になってからそろそろ結構な時間が過ぎている。

 響はベッドから跳ね起きて、保健室を出ようとし、


「保健室ではもっと静かにしろ」


 美里のお叱りを受けてしまった。それに腰を折って謝罪し、回れ右して再び出口へ。

 その背中に、またも声が投げかけられる。


「言い忘れていたけど、今日は気絶していたからね。あまり無理はしないようにすることだ。今日またここを訪れることがあったら、私は今度は君を叱らなければならない」


「肝に銘じておきます」


「――それと、扉はちゃんと閉めるように」


「あ、はい」


 美里の忠告と注意を正しく受け取って、今度こそ響は保健室の外へ。言われた通りしっかりと扉を閉め、駆け足で第一訓練場に向かう。


 最後に扉の向こうから、「廊下は走るな」という注意が聞こえた気がしたが、響は気に留めなかった。

ブクマやポイントなどお待ちしております。

明日今日と同じ時間に更新します。

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