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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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38『バリヨン』

 直径一〇〇メートル以上の京都ドームフィールドには、昨日までの石畳と同様に、人影も存在しなかった。

 フィールド全てを競技に利用するため、昨日まであった待機スペースが撤去された結果だ。


 砂の感触を靴の裏で感じた響は、ずいぶんと寂しくなったものだな、と奇妙な感慨を得ていた。

 「魔術的に強固でも、物理的な衝撃で破損しないとも限らない」とは、広さだけならばバトルロワイヤルの時の様に石畳を用いても充分な面積が確保できたはずだと疑問を口にした響に対する、陽介の答えだ。

 なるほど、魔獣は――特に低位であればあるほど――魔術的な攻撃手段は取らなくなってくる。代わりに物理的な攻撃に集約されるのだ。

 響が相対した大猿がそうだったし、式神も、これまでの試合経過を見る限り似たようなものだ。


 周囲を見回し、状況を確認した響は、それから不測の事態、という一文に思いを馳せる。

 これまでの試合――といっても、響たちの前に行われたうちの一つは作戦会議のために見ることができなかったのだが、起こったそれは大したものではなかった。

 途中、それまで好戦的だった式神が突然逃げ惑い、仕留めるのに苦労した、といったところ。それでも焦りはするだろうが、その脅威が自分たちに向けられていないためか、存外冷静に対処されていた。


「まあ、二体目なんてのはさすがにってことかな……」


 二年以降ならまだしも、一年の時点でそれは手に余る。

 再度認識し、ふと正面に目を向けると、ちょうど作り出された式神がフィールドに放たれるところだった。


「響、上の空のようだが、大丈夫だろうか?」


 憂慮するように眉尻を下げ、陽介が声を発する。それに「ああ、ごめん」と返事をし、響は目の前の状況に集中した。


 距離にして五〇メートルほどの場所に放たれたそれの体長は二メートルと少しだろうか。外観は酷くシンプルで、巨石としか言いようのないシルエットに、人面が張り付きしかめ面をしている。その巨体が地面を這うようにぬるりと移動した。

 大きさから見ても相当な重量があると思うのだが、それを全く感じさせない滑らかな挙動は、まさに、


「キモっ」


「気持ち悪いんですけど……」


 岩色の中年男性の顔だけが、ぬるぬる地面を移動していればそんな感想を抱きもする。

 女子二人が早々に顔をしかめ、嫌悪感をむき出しにする横で、響と陽介は、


「バリヨンの一種だろうか。石を依り代にしたのならば分かる話だが、いささか大きすぎる気もしなくはない」


「ていうか、あれ、防御力高そうだな……。攻撃が通るか不安だね」


「試しに、僕が一撃加えてみようか?」


「それ、一撃で終わっちゃうかもしれないじゃん」 


「いやいやいやいや!? ちょっとお二人とも! よくあれを見て冷静に分析できますね!?」


 出てきた式神を分析し、その種類の大別と考えられる難点を列挙する二人のセリフを耳にし、瑠璃が信じられないものを見る目で振り返る。穂香も同様の目つきで首を巡らしており、女子二人の式神に対する嫌悪感のすさまじさを知らしめた。

 確かに、響も響であの式神には嫌悪感を抱いたが、


「そうも言ってられないから。もう始まってるし」


 魔獣模擬戦では、ブザーの代わりに式神がフィールドに入った時点で開始とされる。気持ち悪い云々は一旦棚に上げて、ひとまずは戦闘に頭を集中させるべき。

 その響の弁は、次の瞬間には多大な説得力を与えることになる。


「きたよ」


 呟く陽介の言葉に瑠璃と穂香は振り返る。

 が、仰いだ正面にはすでにバリヨンの姿はなく、首をかしげる二人に響の怒声が降りかかる。


「上だ――!」


 頭上――バリヨンはその巨体を跳躍させ、まっすぐ響たちへと突っ込んでくる。

 その様子は普段から用いている岩砲弾の威力を、数倍にも跳ね上げたようで、ぶつかればひとたまりもないことは明白だ。


「散開っ!」


「いや、間に合わない。僕が防ぐ!」


 指示を飛ばす響だが、想定以上にバリヨンの速度が速い。ぐんぐん近づいてくる砲弾を前にし、陽介が咄嗟の判断。さすがの構築速度で半透明の壁を生成すると、降ってくる岩をかろうじて受け止めた。

 衝撃波が砂を巻き起こし舞わせ、風圧に目を覆いたくなるような衝撃が巻き起こる。が、


「ん?」


 バチンと、静電気が鳴るのを数倍にしたような音がした。

 バリヨンは、陽介が展開した障壁にあっさりと弾かれて数メートル跳躍。初期位置まで後退した。


「響、思っていたよりも威力はないようだ。当たり所が悪くない限り、押しつぶされても死ぬことはないと思う」


「つまり?」


「大猿よりは相当楽だ」


「なるほど」


 力を制限する術式でも組み込まれているのか、事前の説明の通り、バリヨンの攻撃力は大したことがないらしい。となれば、警戒するのは一点。


「やっぱり、防御力かな……」


「そのようだね」


「お二人とも、冷静すぎやしませんかね……」


 うへぇと、初期位置に戻ったバリヨンが、様子をうかがってじわじわ地面をスライドしていくのを眺める瑠璃が言う。猛スピードで迫って来るおっさんの顔、というのは、かなりのトラウマとなったようだ。

 だが、そんなことを言っていられる状況でもない。


「瑠璃、とりあえず陽介のそばにいて随時サポート。里見さんは、俺と攻勢に出よう。攻撃が通るかどうか確かめないと始まらない」


「あれに近づくの……?」


「そうしないと当たらないし、効いてるかどうか確かめられないから」


「そう。そうよね……」


 瑠璃だけでなく、穂香にまであの式神はトラウマとなったらしい。もしかしたら、あの式神の最も気を付けなければならないのは防御力よりも見た目なのではないだろうか。

 そんな馬鹿な考えを思い浮かべつつ、響たちは行動を起こした。


 ひとまず二手に分かれ、響たち四人はバリヨンに相対する。

 響と穂香は走り出し、弧を描くような軌道を通って距離を詰める。一定の位置まで近づき、そこで互いに視線を合わせてタイミングを合わせた二人は、同時に魔術を発動する。


「「火よ(ignis)!」」


 放たれた二つの火球は空を切り、穂香、響の順にバリヨンに着弾する。当たった瞬間弾けた火球の威力は、余すところなくバリヨンの身体へと伝えられた、はずだ。

 だが――


「効いてない、かな」


 バリヨンの身体に傷がついた様子はなく、ダメージを受けた痕跡も皆無だ。さすがは石を依り代としただけはある。それでも、大猿の時のようにどうしようもないほどの防御力ではない。それは感覚的に理解できた。


 言うなれば、石に火という相性が悪かっただけ。別の魔術であれば、充分ダメージを与えるに足るだろう。

 そう判断し、穂香に指示を出そうとするが、攻撃を受けたと知覚したバリヨンが動き出す方が早い。相変わらずのぬるりとした動作で振り返り、響たちの方に顔面が刻まれた面を向けるが、


「…………」


 その視線の先に何も捉えることができなかったのか、バリヨンは右へ左へと体を動かしてから再び陽介たちに向き直る。

 瑠璃による幻影(phantom)が働いた結果だろうが、それでも分かったことがある。

 バリヨンには、そう鋭敏な感覚が備わっているわけではない。臭いや音といった要素で、人間の位置を特定することができないのだ。ならば、瑠璃の幻影(phantom)が存分に生きる。

 加えて、


「ちょっ、きてますきてます! ヨースケさん!?」


「分かっているとも」


 再度の跳躍で頭上から襲い掛かったバリヨンの巨体が、またも陽介の防壁に阻まれて宙に浮く。

 効果がないと分かっていながら同じ攻撃を繰り返すあたり、知能も高くはない。そこにいるから攻撃する、といった程度しかできないのだろう。


「これは、思ったよりもいけそうだな……」


 事前に予測していた式神の戦闘能力は、これよりも一回りか二回りほど大きいものだった。

 確かに、あの巨体と質量をまともに受ければただでは済まないだろうが、それを考えても充分勝てる相手だ。


「よし、次は別の元素――金を試してみよう」


「分かったわよ。で、形状は?」


「刃物とか槍みたいなの。球体だとたぶん弾かれるだけだから」


 言いつつ、響も陽介の防壁に弾かれ、再び初期位置にまで戻ってきたバリヨンへ狙いを定める。

 イメージするのは剣。打撃と斬撃の中間を意識したものがいい。それを、重量と重力とに物を言わせて叩きつける一撃。


 響が想像したその攻撃は、魔術力の乏しさから半ばほどまでしか達成しない。出現した二メートルほどの大剣は、外郭だけは立派に完成したものの、中身がすっからかんで、見た目ほどの重量がない。自身の能力不足が悔やまれるが、外側すらできないよりはマシだ。


 攻撃力という点では、見かけ倒しのそれを、思い切りよく、バリヨンに向かって叩きつける。

 穂香が鉄槍を射出し、バリヨンを穿つのに数瞬遅れて、響も魔術を発射させた。


 鉄と岩とがぶつかり、破砕音を発生させる。耳障りなその音色と同時に舞った砂に隠れて見えないが、手ごたえはあった。


 ――はたして、バリヨンの身体には今度こそ傷がついていた。

次は水曜です。

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