37『魔獣模擬戦』
模擬魔獣戦では、人工的に作りだされた魔獣との戦闘を演じる。
本来魔獣とは、生物や無機物が魔力に汚染される。もしくは、汚染された魔力が瘴気となり、それが物理的干渉能力を発現、実体化し災厄となったものである。
響がショッピングモールで遭遇したのは、依り代となった物体が残らなかったことから後者であると推察できるが、模擬魔獣戦で使用される人工魔獣は、前者の特徴が濃い。つまり、無機物の依り代を持つのである。
依り代を持つ分、安定して存在することができるが、その反面、性能が依り代となった物体に影響されるため、後者よりも重大な被害は起きにくい。人工魔獣ではより危険を少なくするため、そこらの小石など、低位の物体を用いているので、その戦闘能力は、脅威度すらつかない。
端的に言えば、ショッピングモールの大猿に及ばないものとなる。
「『式神』と呼ばれる技術で、専用の魔術具を用いなければ使用できないらしい。しかも、使う魔力に対して効果が薄い……つまり燃費が悪いからね。実戦には不向きだが――こうした場に限れば、大いに役立つということだろう」
石畳の取っ払われた京都ドームの中央。有資格者と思われる係員数名が、依り代と思われる小石を囲んで、式神を作り出そうとしているのを眺めながら、陽介が呟くように言った。
「古くは安倍晴明の時代にまで遡る技術、そう記憶しているけど、今と昔では製法は全く違う。というより、名前と考え方だけを受け継いで、当時の技術は完全に衰退したと見ていいようだ。そもそも、脅威度すらつけられない魔獣を作り出したところで、当時の魔術師――陰陽師たちが鬼と呼ばれた脅威に太刀打ちできたとは思えないからね」
「詳しいな……」
同じく中央を眺める響は、うんちくを語り始めた陽介が、普段よりも饒舌なのに驚き、それから語られた内容を脳内で反芻した。
式神、という技術については知っていたものの、それ以外の、とりわけ歴史的な部分に関する知識は初耳だった。魔術史は習うものの、実践主義の代償か、そこまで細かくはやらないのが実情なのだ。
その影響をモロに受けた響の感嘆の息に、陽介は「ああ」と反応する。
「家の影響みたいなものだね。鼻についたのなら済まない」
「いや、素直に感心したんだよ」
「それならばよかった」
――魔獣模擬戦とだけあって、石畳のフィールドでは手狭なのか、今日は京都ドームのフィールドを丸々使っての戦闘となるらしい。
フィールドへと入る通路の出口付近で、とりとめもない会話をする二人。本番前のちょっとした時間つぶしの最中の背後から足音が近づき、
「わっ!」
「…………」
「瑠璃、周りの人に迷惑になる。あまりそういう行動は慎むべきだ」
「……ガチの忠告、感謝しますよ。ヒビキさんも、反応くらいしてくれたらいいじゃないですか」
「いや、足音は聞こえてたし。隠れて瑠璃が近づいてきてるっていうのは分かったから」
「だからこそ、気を遣って驚いてくれないと! 女の子はそういうところに惹かれるんですよ?」
「子供みたいなことする方にも問題はあると思うけど……」
すっかり魔術大会の空気にも慣れたのか、軽いノリを披露する瑠璃はいつにもましてフリーダムだ。そろそろ時間だというのに、もう少し落ち着きを持ってほしいものだが。
「要は、陽介の言うとおりだよね」
「いや、時間が近いから、最後の確認とかしようってことで呼びに来たんですよ。私たちの番、三番目でしょ? それまでにいろいろ詰めないとって」
「……真面目な理由で瑠璃が動いているのを見ると、珍しいと感じてしまうな」
「俺も」
「いや、ルリさんだって日々を真面目に生きてるんですよ? 真面目にっていうか、楽しくなるように」
その結果がフリーダムな行動だとすれば、もう少し節度を守ってほしい、もしくはTPOを弁えてほしい。
そんなセリフが喉元まで出かかったが、瑠璃の言うとおり、本番までそれほど時間がないのも事実。作戦会議は昨日の時点で終わらせてあるが、最後の確認はしなければならないだろう。
響と陽介は頷き合うと、瑠璃の先導によって穂香の待つ通路に向かった。
* * *
「――制限時間は一五分。それまでに式神を倒せなければ、その時点で失格。それはいい?」
団体戦決勝の直前、四人で昼食を取りながら作戦を練ったスペースで、響はまず基本情報の確認から入った。
もちろん、という風に頷く面々を見回し、全員が把握していることを確認した響は、次へと移る。
「審査の対象になるのはチームワークと、討伐にかかった時間。指示を出すのは、昨日決めた通り俺がやる。本当は陽介がやるのがいいんだろうけど……」
「僕は指示を出すタイプの人間ではないからね。それに、団体戦の時からずっと、指示だしは響に任せてきた。ここで僕がやるのは道理に合わない」
「道理を曲げてもいいと思うけど。陽介、これに関してはあまり参加できないし」
脅威度Eという、最低ランクの魔獣ではあったが、陽介はあの大猿を容易く討伐せしめている。今回の様に、式神を相手にした場合、手足を縛る必要すらなく、一瞬で焼き尽くすことができるだろう。
そして、チームワークが審査対象に入っている以上、すべて一人で完結させてしまう陽介は、あまり戦闘に加われない。
「だが、防御面でなら話は別だ。まったく参加できないわけではないし、一応とどめは僕が刺すことになっているからね。なにも文句はないとも」
「まあ、そもそもヒビキさんもルリさんも、火力面では頼りないですからねー。ホノカさんが攻撃を頑張るなら、とどめはヨースケさんにってなるのは当然です。ルリさんもそれでいいと思いますし、いいんじゃないですかねー」
だいぶテキトーな理解だが、瑠璃も異論はないようである。ただ、語尾を伸ばした口調のまま、瑠璃は視線をずらして穂香を真正面にとらえる。
「で、まあ文句がありそうなのはホノカさんなわけですけど」
「ちょ……」
いっそ清々しいまでにドストレート。超直球に穂香を名指しした瑠璃に、響は驚き声を上げかける。だが、指名された穂香が口を開く方が一瞬早い。
「別に、あたしも文句はないわよ。これまでもそうだったんだし、変える必要はないわ卑怯なことをしなければ、だけど」
「…………」
予想外に協力的、というよりも肯定的な意見が出て、穂香以外の三人が口ごもる。
数日前までであれば、指示に従いこそすれ、そこには隠そうともしない不満の色が見て取れていたはずだ。それが普通の反応だと思っていただけに、今のまったく邪気のない、納得しきったセリフは予想外だ。
キョトンとする三人に、穂香も違和感を感じたのか、首をひねって数瞬思考。気づいてハッとなり、鋭い視線で響を睨みつけた。
「あくまで変える必要はないってだけだから。言っておくけど、あんたのことは嫌いよ」
「は、はい……」
ツンデレ、などというものではなく、シンプルに威嚇するだけの視線に、響は若干気圧され口ごもりながら返事をする。
卑怯な方法が嫌いという感情に端を発する、穂香の響への悪感情はそのままのようだが、一応の納得をしてくれただけでもありがたいというものだ。
「まあそういうわけだけど、審査対象に一つ、気になる一言がある。――『想定外の事態に対する対応力』っていう一文だね」
想定外の事態。つまり、単純に式神と一戦交えればいいというわけではなく、その戦いの中で起こる何らかの不測の事態にまで対応しなければならないということだ。
「念のために聞いておくけど、響はその不測の事態がなにか想像はできるかな?」
「そうだな……。例えば、式神の急激なパワーアップ。もしくは二体目の式神の投入。それから、急激な地形の変化、とか?」
「パワーアップはまずないと見ていいだろう。単純に危険だからね。地形の変化は、必要とする魔術力が大きすぎる。響の挙げた中で一番あり得そうなのは、二体目の投入といったところか」
「えー、二体目とか出るんですか? それってどうするんです。ていうか、昨日の時点で言ってくださいよ」
「いや、出るって決まったわけじゃないし。それに、これもこれであり得るかって言われれば、難しいんじゃないかな。そもそも一年生が一五分で倒せるのかって」
「無理ですね」
「即答はしないでよ……」
とは言ったものの、響も同じ意見だ。いくら相手が式神で、この場に集まった一年の実力がトップレベルだとしても、今のレベルで二体を相手にするにはいささか不足している。
「でもまあ、話に上がったし、対策はしておこうか。まず簡単な策から言えば、陽介が一体をどうにかしてくれればいい」
「チームワークはどうなるのよ」
「そう、里見さんの言うとおり、そこが問題だ。だからこれは最後の手段ってことで」
人差し指を立てた響は、穂香の意見にうなずくと、「二つ目」という言葉とともに二本目の指を立てる。
「チームを二分割する。基本的には一丸となって対処したいんだけど、一体に構ってる間にもう一体に攻撃されたんじゃん仕方がない。だから、二手に分かれてどうにかするってパターン。で、これの問題点は……」
「倒しきれるか分からないところ、だね」
「そう、このチームって火力に不安がありすぎるから、二手にわかれたら倒せないんじゃないかって。ただ、俺はこの方針でいいと思う」
言ってのける響に、他の三人は一様に疑問の色を浮かべる。
なるほど、確かに倒しきることはできないかもしれないが、
「――動きを止めるだけならできなくはない。二手に分かれて片方を木元素で縛ってから、もう片方の対処に専念する。これが一番シンプルで分かりやすいし、失敗もしにくいと思う」
「なるほど。二人で倒す必要はないと、そういうことだね」
「そういうこと。で、動きを止める方には火力が必要になるから、里見さんは決定。陽介が出て行ったら一人で終わらせちゃうから、もう一人は俺か瑠璃のどっちかになるけど……」
「私の方が、響さんより火力ありますし、私じゃないですか?」
「いや、瑠璃には二体の魔獣が接近しないように誘導してもらいたい。幻影で引き離すように工夫してほしいんだ。だから、動きを止めるのは俺が行くよ」
火力だけを見るのであれば、瑠璃の方が適任だ。だが、この策は出現した二体の魔獣が接近していては意味を成さない。離れたところにいてこそ、拘束が生きるのだ。
であれば、幻影において一日の長がある瑠璃にこそ、その役目は相応しい。
「だから、二体出てきた時の対応は、俺と里見さんが拘束役。瑠璃が二体を引き離して、陽介がもう一体から瑠璃を守る。そんな感じかな」
「僕はそれでいいと思う。若干、僕が出すぎな気がするが」
「攻撃しなければセーフじゃないですかー? それもできなかったら、ヨースケさんただいるだけじゃないですか」
まったくもってその通り。いくら出張るとチームプレイにならなくなるとはいえ、とどめだけではいる意味が全くない。そのあたりは匙加減だろう。
「アタシも別に意義はないわ。あんたと組むのは、気が進まないけどね」
「…………」
わざわざ言わないでほしい。
ともあれ、穂香の同意も得られた。これで後顧の憂いはない。が、
「ていうか、今の作戦も使うとは思えないけど……」
計算外まで計算するのが響の戦い方とはいえ、今述べた可能性が起こる事象として相当低いことは理解している。
時間の無駄とまではいわないが、しなくともいい会議をした感覚はあり――しかしそれもいつもの事だと思い当たった。
今回はただ、考える人数が多かったに過ぎない。
「…………」
初日は酷かった。
それぞれの特性も理解せず、とりあえずはとフォーメーションを考え、苦戦した。穂香も非協力的だったし、団体戦など、多少の練習時間は会ったとはいえほとんど初めて。不安があったのを覚えている。
だが、今は。
今は、そうでもない。それぞれの特性を完全にとは言わないまでも理解し、協力的に会議を進め、響たちにできる団体戦を演じる。
不意に襲った感慨に目を細める響。その様子に気付いた瑠璃が、イタズラっぽくはにかんだ。
「なんですかヒビキさん。老眼ですか?」
「いや、そんなんじゃないよ、ただ――」
誰にも認めてもらえなかった入学後の数カ月。その時を知っているからこそ、目の前の光景は酷くまぶしく見えた。だから、
「頑張ろうって思ってさ」
キョトンとした瑠璃の顔が目に入る。
真面目腐って「そうだね」と返答する陽介が見える。
何をいまさらと、鼻を鳴らす穂香の姿が見える。
――それが、嬉しかった。
次は日曜日です。




