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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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36『個人戦結果』

「おお……。本当に勝っちゃいましたよ」


「……おう、そうだな」


 目を丸くして感嘆の息を漏らす壮馬に、鬼灯は怠そうに返答した。

 舞台上ではちょうど、永沢のゼッケンが変色しきり、アナウンスが響の勝利を会場に告げた瞬間だ。


 永沢が岩壁を相次いで出現させた時には、”落ちこぼれ”とは思えないほどの活躍をしてみせた響も、ついに終わりかと思ったものだが、最後までやってみなければ分からないものだ。

 というよりも、大魔術師の目で、勝てる要素のない状態から勝利を掴んでしまうあたり、響もなかなかに常識外れである。


「まあ、奏ちゃんが師匠なら当然ですよ。それで勝てないほうがおかしいですから」


「それは普通の話だろ。あのボウズ、普通以上にできないぞ」


「それは、そうですけどね」


 肩をすくめて答える壮馬に、鬼灯は嘆息する。

 なんとテキトーな評価なのか。一応スカウトの名目で来ているというのに、こいつはちゃんと見る気があるのだろうか。


 そんな疑念を抱いた鬼灯は、壮馬の視線が先ほどから観客席の女性客に注がれていることに気付いてその頭をはたいた。


「痛っ! ちょっと、何するんですか鬼灯さん!?」


「仕事しろ。女の尻ばかり追いかけてるんじゃねぇ」


「それは否定しませんけど、そのセリフ、鬼灯さんにも返します。ついさっきまで二日酔いで寝てたじゃないですか」


「否定しろよ。それに、オレの場合は仕方がねぇ。体調が悪かったんだからな」


「その理由が二日酔いっていうのが問題なんスよ」


 頭が痛いと、ほとんど一方的に仕事を押し付けたのはどこのどいつだと糾弾する壮馬に、鬼灯は渋面を作って答える。


「一時間くらいだろ」


「時間の問題じゃないでしょ。ていうか、シレッと戻ってきましたけど、もう大丈夫なんですか?」


「ああ。まあ、だいぶ良くなった感じだ」


 鬼灯が戻ってきたのは数分前。ちょうど、舞台上に岩壁が出現したあたりでのことだ。試合に視線を落とす壮馬の背後から近づいたため、ついさっきまでその存在自体に気付かれなかった。


「まあ、それならいいんですけど。代わりに、今度は俺が休んできてもいいですよね」


「はぁ? オメー、さっきまで女の尻追ってたろ」


「否定はしないスけど、ちゃんと仕事もしてました!」


「だからしろって、否定」


 なぜいちいち、女性に視線を向けていることについては潔く認めるのか。その潔さを、上司の言うことを素直に聞くというところまで広げてほしいのだが。


「それに、休んでる暇なんてねぇんだぞ。いつ来るか分かんねぇんだから」


 こればかりはどうあっても外せない案件を口にし、鬼灯は壮馬を引き止める。

 大魔術師が二人も派遣された真の理由。待機中に満ちる魔力濃度の異常な濃さに端を発する事案に、壮馬は渋面を作った。


「でも、それって本命は明日でしょうが。それに、ちょっとくらい休憩時間がほしいです。こんなに女子高生がいっぱいいるのに、ナンパのひとつも出来ないとか、最悪ですよ」


「すんな」


 ナンパをすると宣言しておいて、本当に休憩がもらえると思っているのだろうか。


「とにかく、行くな」


「嫌です。行きます」


「いや問題になったら怒られんのオレなんだが」


「知らねっスよ! 一人だけ休憩しようとした罰でしょ」


 ――これが、この国トップの実力者である、大魔術師同士の会話なのか。


 休憩をさせる、させないで争う二人を目にした者がいたとすれば、間違いなく抱く感想がそれだろう。


 というか、何人かにはバッチリ見られてしまっていた。


 大会中とはいえ、二人がいるのは観客席の後ろ側。多少騒がしくすれば、注目を集めてしまうのは自明の理。


 複数人に見られているとは知らず、大魔術師同士の争いは、それから数分以上続いた。



  * * *



 ――結局は、ベスト4止まりだった。


 ”落ちこぼれ”であろうとなかろうと、上々の結果だ。奏が課せられた条件も無事――というには語弊があるが達成し、思い残すことなど何もない。

 だから、若干の不満を抱えているのはもっぱら響以外となる。


「できれば、全快の君と戦いたかったのだがね」


 疲労の中に、憂う色を含んで呟くのは陽介だ。永沢との戦いの後――準決勝での試合で当たったわけだが、響の体力が万全とは程遠かったことが不服らしい。

 実際、永沢との試合でスタミナを削る戦法を取られた響の体力は普段の底なしには及ばない。むしろ、準決勝時点では相手が陽介だったのも相まって、足りないにもほどがあった。


「それに、万全でも勝てたとは思えないんだけど」


 響が、肉体的なスタミナがずば抜けているのであれば、陽介は魔術的なスタミナがケタ違いだ。二試合程度をこなしたところで、その魔術行使に何ら影響がないのは言うまでもない。

 対して響は、いくらスタミナがあると言ってもあくまで人間のレベルだ。一日のうちに全力を出して戦闘をすれば、あとの試合になるにつれ、疲労に足を取られるのは自明の理。つまるところ、


「買いかぶりすぎだって。これが順当な結果」


「そうだろうか。最後の一撃は、響なら躱せると思ったが」


「それはやってみないと分からないけど、無理じゃないかな」


 最後の一撃――四方を炎に囲まれた中、陽介が放った炎熱の濁流のことだ。

 一応、躱すための隙間があるにはあったが、どうにかできたかは神のみぞ知る、だ。


 肩をすくめてその不確実性を説く響だが、体を動かした瞬間走った痛みに表情。曇らせる。


「今は治療中だ。完治していないのだから、痛むのは当たり前だろうに」


 嘆息し、勝手にダメージを受けた響を諫める声は冷たい。焼けた肌に癒しの光を当て、次々と元の状態へと戻していく美里が、呆れていることがうかがえた。


 個人戦のすべてが終了した現在、東京魔術学園に医務室代わりにあてがわれている一室で、響は横たわり美里の治療を受けている最中だった。

 すでに陽介の決勝は終了。現在は二年の決勝――つまり奏の試合が舞台上では行われているはずだ。陽介と入れ替わりになるように部屋を後にした彼女は、「すぐに終わらせて戻ってくるから!」と意気込んでいた。

 そのやる気が、いつものうっかりを誘発させなければいいのだが。


 とはいえ、そこまで試合が進んでいて、まだ響の治療が済んでいないのは、怪我の程度がひどすぎるのか。それとも、陽介が試合を終わらせるのが早すぎたのか。

 決勝を圧勝したその腕前は、仮に永沢と当たっていても危なげなく勝利を勝ち取っていそうで、軽い嫉妬の念を覚える。


 今となっては、その陽介の魔力を枯渇させた手段も聞けずじまいだが。


 そんな響の思考とは別に、陽介と美里は会話をしている。


「まったく、君は手加減というものができないのか」


「そのあたり、僕は力の調節が苦手でして。これでもだいぶ改善したはずなんですが。お恥ずかしい限りです」


「まったくだ。訓練着を着ていなければ、炎をまともに浴びて最悪死んでいたぞ。――そんな炎を訓練着越しに浴びて、意識を失わなかった菖蒲響のタフネスも異常だが」


「それは僕も大いに驚きましたよ。気を失っていた方が、痛みを感じずに済んだのではないかと思いますけど」


「一応、受ける時に水の膜張ったからね……」


 突然自分の名前を出されて驚く響は、なんとか会話の流れを掴んで相槌を打つ。

 むしろ響としては自分のタフネスよりも、水の膜を通してもいささかも減退した気配のない陽介の炎の方が異常だと思う。


 その点、美里も意見は同じようで、


「それだけで意識を失わずに済むのならば、誰もが炎をくぐって戦うようになるだろうな」


「む……」


 なにかと炎にのまれがちな響を皮肉る言葉に、唇を尖らせて拗ねてみせる。

 響とて別に好きで飲まれているわけではないのだ。たまたま、それが勝利に必要な手であったり、相手の得意元素であったりするだけのことである。

 にしても、美里の世話になる案件のほぼすべてが火傷関係というのは笑えないか。


 そうして雑談に興じている間にも響の治療は進む。

 その治療速度は相変わらずで、みるみるうちに火傷が完治していく様は、何度目にしていても舌を巻くものがある。


 そういえば、美里の腕は一学園の養護教諭として見るにはいささか秀ですぎているのだったか。

 ずいぶん昔の話だったような気がすると回想した響は、それが昨晩の夕食の席で壮馬が口にした言葉だと思い当たった。

 なるほど、意識してみれば、このレベルの怪我がすぐに治るはずもない。

 そう考えると同時、響の中には疑問が沸き起こっていた。


「そういえば、どうして先生は病院とかに勤務しなかったんですか?」


「――どうして、とは?」


 眉間にしわを寄せ、ともすれば不機嫌ととらえられかねない表情で問い返す美里。それに若干気圧されつつも、疑問を口に出してしまった響は後には引けない。


「い、いえ。先生の技術は、養護教諭のレベルじゃないって、ある人に聞いたので」


「ああ、それは確かに僕もそう思っていました。こうして響の怪我の治療を間近にするまで医務室に来たことはありませんでしたから、気づくのが遅れましたが。それでも、ただの学生に振るわれるには分不相応な力だと」


 「ある人?」と首をひねる美里に先んじて、陽介が響の疑問を補強する。

 二人の生徒から疑問を呈され、美里は似合わぬ困り顔を披露すると、一つため息をついた。


「別に、その職業を選ぶのにさしたる理由があるわけでもないだろう。成り行きでなっていたなんてこともあるはずだし、ただなりたいからなったということもある。私の場合は後者だがね」


「…………」


「佐倉奏と同じだ。その能力は、もっと別の場所で花開くものだとしても、その場よりも魅力のある場があるのであれば、そこで振るおうと思う。私にとってはそれが、学園であっただけのことだ」


「なる、ほど……」


 確かに、能力に応じたところを選ぶのであれば、奏は一も二もなく魔術師になるべきである。だが、彼女は教師になりたいという夢を持ち、魔術師という道には背を向けている。

 納得する響。思えば響自身も、自身の才能の足りない道を行こうと苦心しているのだ。そうまでするのは、ただ自分が望んでいるからに他ならない。


 思い至ると同時、ならば美里が養護教諭という立場を目指した理由は何なのかかという疑問に行きつく。響がそうであるように、己の才の示すのとは別の方向へ進むのであれば、そこには何らかの理由があるはずだ。


「あの……」


「さて、治療はこれで終わりだ。とりあえず立って、気になるところはないか確かめてくれたまえ」


「あ、はい」


 口にしかけた質問は、響の火傷が完治したことを告げる美里にかき消されてしまう。

 気づけば体中のヒリヒリとした痛みはなりを潜めており、代わりに気だるさと虚脱感が立ち上ってくる。急激に怪我を治したことによる代償だが、響にとってはそれなりに慣れ親しんだ感覚だ。


 言われた通りにベッドから立ち上がり、首を回し、肩を回し、軽く足を動かし、行動に違和感のないことを確かめる。今回も今回とて、美里の治療は完璧ということだろう。


「大丈夫そうです」


「そうか、ならばよかった。一日は安静にしろと忠告しておくが、どうせ無駄なのだろう?」


「明日も魔術大会はありますからね」


 五日目。魔術大会最終日である明日は、一日を使って魔獣模擬戦が執り行われる。

 内容はその名の通り、魔術で作り出した魔獣のダミーとの戦闘である。

 内容も内容なだけに、魔獣対策局に対するアピールにはこれが一番有効だ。響にとって、逃すことのできないチャンスといえよう。


「さすがにスカウトとかはなくても、目を付けてもらうくらいにはなるかなと思って」


「戦い方が特殊な時点で、すでに目は付けられているものと、そう私は思うがね」


「それは興味本位みたいなものでしょう」


 もっとも、スカウトマンの二人と顔見知りとなっている時点で、それ以上の感情は抱かれているだろうが、それとてプライベートなものだ。魔獣対策局としての所感ではない。


「だから、強いインパクトを与えるにはこれしかないかと」


「いや、柳川先生の言うとおりだ。響はもう少し自信を持っていい。京都学園の序列一位に勝利したんだ。興味本位とは別の意味で注目されていると思うよ」


「そうならいいけどね。だからといって、明日手を抜く理由にはならない」


「それは同感だ。僕も全力でサポートする。安心してくれていい」


「陽介の場合、サポートじゃなくて主火力なんだよなぁ」


 明日の魔獣模擬戦は、団体戦の際のメンバーで行われる。確かに陽介が味方というのは心強いが、炎の濁流のどこが後方支援なのか。

 一人で完結してしまう戦力ゆえに正直チーム向きではないというのが響の見立てだ。

 団体戦でどうにかなったのは、相手の練度不足などが重なった結果だと思う。


 嘆息する響に、陽介はいまいちわかっていない顔。もう少し自信を持った方がいいのはどっちなのか。

 そうして、自覚のない陽介にどう説明しようかと悩んでいると、美里が「ともかく」と話を切り出す。


「安静にが不可能なら、無理はしないように。少なくとも炎はもうくぐるな」


「必要があればくぐりますよ」


「……そうならないことを祈ろう。それと菖蒲響。迎えが来たぞ」


「迎え?」


 医務室のドアを指差し示す美里に従い、響は振り返って扉を視界に入れた。直後、そのドアが横に勢いよくスライドして、


「響くんの調子は!?」


 そこそこ切羽詰った様子の奏が顔を出した。うっすらと頬が上気しているあたり、試合が終わってから走ってここまで来たようだが――。


「大げさですって、奏さん……」


 まるで響が死ぬか生きるかの手術を受けているかのようなテンションの奏は、確実に浮いていた。

次は木曜日です。

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