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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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35『落ちこぼれの恩返し』

「響くんっ……!」


「キュルーッ!」


 無事に響が勝利を掴み取り、ベスト4入りを果たして試合を終えた後。

 疲労に、半ば足を引きずるようにして舞台を降りると、聞きなれた声が響を歓迎した。

 声は駆ける速度を落とすことなく、紺色の毛玉と一緒にそのままのまっすぐに響へと飛び込んでくる。


 避けられたら、そのままバランスを崩してひっくり返りそうな挙動に、とっさに身構えた響は受け止める以外の選択肢が取れない。

 結果、毛玉には顔面に、奏には体にと抱きつかれ、わずかにバランスを崩したものの、転倒するには至らなかった。

 むしろ、想像よりもはるかに軽い衝撃に驚いたほどだ。


「ちょっ、奏さん……。ここ往来……。ていうか肩が!」


「よかった……。よかった……!」


「キュルーッ!」


 感極まってそれだけを繰り返す奏。慌ててその体を引き離そうとした響は、その声がうっすらと湿っていることに気づいてやめた。

 今の奏の表情を見るのは、なんだか悪い気がしたのだ。


 顔面に張り付いたカーバンクルだけが空気を読んで空中へと離れる中、奏を引き剥がすのは諦めた。しかし場所が場所で状況が状況だ。

 すでに響と奏が師弟というのを隠す段は抜けているが、だからといってここは舞台を降りてすぐそこの位置。周囲に大勢の人がいる場で抱きつかれるのは、いささか以上に恥ずかしい。


 ひとまずこの場から離脱をしようか。しかしそれには奏を一旦引き剥がさなければならず、それは先にも考えた通りやりたくはない。

 どうしようかと動揺し、奇異の視線を浴びせられていることを想像して周囲に目を走らせた響は、そのあまりの静けさに呆然とした。


 この静けさは、そう、普通に試合を終えて戻ってきた時と同じだ。

 困惑に眉をひそめ、もう一度周りに目を走らせる響。そしてその中に見慣れた二人を発見した。


「ひとつ貸しですよ?」


 いたずらっぽく微笑み、口の動きだけでそう言った瑠璃に、隣に立つ陽介が苦笑する。

 どうやら、お得意の幻影(phantom)で、不自然のない映像を流してくれているらしい。


 同じように「ありがとう」と口パクした響は、次に奏へと向き直るとその肩を軽く叩く。


「奏さん、とりあえず、邪魔になりますから場所を変えましょう」


 奏は小さく首肯した。



 * * *



 なんとか通路まで退避し、手近なベンチに二人して腰掛ける。


 奏の顔を見ないように意識する響は、魔術大会中に裏の通路で暇を持て余すような、奇特な人物の少ないのを確認。一息つくのと、「響くん」と呼びかけられたのはほとんど同時だった。


「ごめんね、迷惑かけて。嬉しくって、何が何だか分からなくなっちゃって」


「いえ……」


 申し訳なさそうに微笑む奏は、目尻に浮かんだ涙をぬぐいつつそう言った。

 仕方ないなぁ、という風に、キュルリンがその様子を見上げているが、君も抱き着いた中の一匹だと言いたい。


「ていうか、泣かないでくださいよ」


「キュルゥ」


 目尻を拭う奏の動きが止まる気配がなく、いい加減困った響は苦言を呈す。それにキュルリンがもっともだと追従するが、当の奏は首を横に振った。


「うれし泣きだからいいの」


「なんでですか……」


「なんでも」


 小さく頬を膨らませる奏。子供っぽい仕草に、思わず響は言葉を詰まらせた。

 普段は冷たい印象すら与える美貌が、そうして年相応な――稀に年よりも幼い仕草によって中和され、非常に魅力的になるのは知っていた。

 だが、不意を突かれればそこそこの長い時間を過ごした弟子としても、顕著に反応するしかない。


 突然黙り込んだ響に、奏はキョトンと首をかしげる。キュルリンはニヤニヤとこちらを見ているが、主の方は分かっていない様子だ。自覚を持ってほしい。


「でも、そうね。泣いてばかりじゃ響くんに悪いものね」


 苦笑を浮かべ、また一度目尻を拭ってから、奏は向き直った。真剣な空気を感じ、響も照れるのはやめにして居住まいを正す。


「本当はね、すごく心配してたの。昨日、私が変なこと言っちゃったせいで、響くんの邪魔になったみたいだったから。弟子の邪魔をしちゃうなんて、駄目な師匠だなって自己嫌悪して、キュルリンにしっかりしろって怒られたり」


「…………」


「気にしないでって言おうとも思ったんだけど、余計混乱させちゃうと思ってやめたりね。それに、勝ってほしいのもそうだけど、無理してほしくないのも本当の気持ちだから。無責任なことは言えなかった」


 余裕がなくて気づかなかったが、確かに、あの過保護な奏が、響が悩んでいるにもかかわらず声をかけてこないというのはいささか不自然だった。

 師も師で、葛藤を抱いていたのだと知り、その原因たる響は頭が上がらない。


「なんか、すみません。不出来な弟子で」


 響がもっと強ければ、自分の戦い方に迷ったりなどせず、ひいては奏に迷惑をかけることもなかった。

 そんな思いからの謝罪だったが、奏は驚き眉をひそめて反論する。


「ううん、だから、悪いのは私で……」


「いえ、原因は俺にありますから……」


「キュル……」


 互いに自分が悪いと主張する、いつだかにも経験した光景に、キュルリンが早め早めにと待ったをかけた。

 二人同時に使い魔へ視線を移し、すぐに自覚へと至る。


「なんか、成長しないね。お互い」


「そうですね……」


 自分が悪いとドツボにはまるのは、序列戦で響が陽介に敗北した時以来だが、その時を見事に踏襲するようなやり取りだった。どちらも、響に原因があるところまでそっくりだ。


 互いに顔を見合わせ、軽く笑い合った二人は、それからまた話を戻す。


「えっと、私からはそんな感じかな。悩ませちゃってごめん。――無理はしない戦い方を、選んだんだよね?」


 恐る恐る確認するように、問いかける奏。


 大いに迷った。時間にすれば一日にも満たない長さではあったけれど、悩んでなどいられないはずの状況で、悩みすぎるほどに悩んで。そして、すでに答えは出た。出た答えの通りに動いて、こうして勝利をもぎ取ってきたのだ。


 頷く響に、奏はホッとしたように肩の力を抜いた。


 この人に胸を張っていてほしい。自分のような弟子を持ってよかったと思ってほしい。そう在るために、永沢のような戦い方ではどうしても望む結果を得られそうになかった。

 だから、響はただ勝利のみをつかみ取ろうとする、その戦い方を避けたのだ。


「中途半端かもしれないですけど」


「そんなことはない……ことはないのかもしれないかな。勝てる戦い方って考え方からは、逸れちゃってると思うけど。でも、どう戦うかは、最終的には響くんが決めることだもの。私は、道を強制することはできないから」


「そう、ですね……。奏さんは、いつもそうでした」


 最初こそ、強制的にでも教えようとする気概に満ち溢れていた。だが、いざ修業が始まりさえすれば、奏は選択肢や手札を増やす手助けはしても、どう戦うかまでは口を出さなかった。

 それを無責任とは思わない。ただ、響の望む通りにさせようと配慮していただけなのだと理解している。


 そうして受けた恩の、一部だけでも、返すことができただろうか。


「――奏さん」


「うん」


「勝ちました」


「――うん」


 魔術大会個人戦、ベスト4入り。奏の父――現魔術局局長が、奏が教師になるという夢を目指す条件として提示したもの。

 不可能としか思えなかった、正真正銘の無理難題。


 響はそれを、達成した。


 満足げに頷く奏は、またもうれし泣きか、目尻にうっすらと涙を浮かばせた。


「――響くん、ありがとう」


 ――その笑顔は、”落ちこぼれ”たる自分が受け取るには分不相応に過ぎるものだと、そう思った。

次は月曜日です。

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