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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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34『外道と中途半端と』

 ――上体をかがめ、障害物の陰に隠れながら進む姿は、さながら行群する兵士を想像させた。


 石畳に、一〇を超える岩壁が出現してから五分ほどが経過したが、観客が、様変わりしたフィールドの姿に慣れた様子はない。

 単純な力のぶつけ合いが大きな割合を占める魔術大会において、響や永沢のような戦い方をする人材は非常に稀有なのだ。とりわけ、舞台に手を加えてまで自分の土俵で戦おうとするなど、魔術大会史においても初かもしれない。


 岩壁から目元だけを出してその向こうの様子を注意深く観察する。どこにも人影がないと確認し、響は障害物から体を出すと、素早い動きで次の隠れ蓑へと移動した。

 その際、肩がずきりと痛んだが、声は上げず顔をしかめるにとどめておく。これでも、休憩を挟んだおかげでだいぶマシになったのだ。


 永沢の姿は今のところ見えない。最初の様に、響の消耗を狙っているのかもしれないと疑ったが、ここまでのことをしておいて、それは理にかなっていない。必ずや、どこかで響をしとめようと期をうかがっているはずだ。


 そもそも、出現した岩壁にも時間制限がある。京都学園序列一位の魔力が惜しみなく注がれているとはいえ、それはあくまで一学年の全力に過ぎないのだ。加えてこれだけの量を生成したとなると、岩壁が実体を伴って屹立していられるのは長くてあと一〇分といったところだろうか。


 それだけの時間で消耗させようとなると、いささか無理がある。

 不可能ではないだろうが、どちらにせよ、ここまでしてやることではあるまい。


 そんな推測の元、響は永沢の捜索を続けているのだが、一向に見つかる気配がない。

 そも、幻影で姿を隠してしまっていては、見つかるものも見つからないだろう。まさか、当たり構わず土煙を撒くわけにもいくまい。


「さて、どうするか……」


 響なら、この状況で隠れるとしてどう隠れるだろうか。

 幻影を使うのは前提として、その上でどこに身を置くか。しかも、こちらを探そうとする人物の動向を監視しながら。

 なるほど、それなら簡単だ。


「壁の上か……」


 呟く響は、心なしか視線を上にあげた。一〇は下らぬこの中から永沢を探すそれ自体はそう難しいことではない。ただ、気取られないようにという条件が付くのであれば別だ。

 気取られればその時点で永沢は居場所を変えるだろうし、そんな状況にあるということは、響の隙が相手方に筒抜けということだ。探すまでもなく襲ってくるだろう。

 なら、逆にそれを狙ってみるか――。


「いや――」


 警戒していたとしても、ここまで遮蔽物が多いと気づけない可能性の方が高い。賭けの要素が強い案であり、永沢相手に実行する手でないことは明白だ。


 ――心底、やりづらい。


 嘆息し、空を見上げる響。晴れ模様とは裏腹に、現状には暗雲が立ち込めている。

 唯一の救いは、永沢の性質上、意味のない手は打ってこないということか。手数が少ない分、響も余分な体力を使わずに済む。半面、打って出てきた際には、その対応にかなりの労力を使わされるのだが。


 そんな響に、ふと、思い浮かぶ案があった。



 * * *



 上体を下げ、できる限りの低姿勢で岩壁の影を徘徊する。

 いちいち顔だけを出して周囲の様子を確認し、異常がないと分かれば猫のしなやかさで素早く次の隠れ蓑へ。

 つい先ほども行っていた挙動を繰り返す響の動きは、より洗練されて無駄がなくなりつつあった。何度も繰り返せばこんなものなのだろう。


 すでに、生成された岩壁の範囲はすべて捜索し終えている。それでも発見できない永沢を補足するには、同じ道だろうと重複して捜索しなければならない。


 いったん一息ついて、壁の根元にかがんだ響は、頭をかいて首をひねる。

 それは、これだけ探して見つからないことを不思議がり、焦りを感じているように見えるだろう。

 その不安を抱いた思考が順当な道を辿れば、「もしかしたら、岩壁の範囲にはいないのではないか」という結論に行きつくのは想像に難くない。


 そうと考えれば、次の行動もおのずと絞れてくる。そう、岩壁の内部ではなく、外部へと目を向けるのだ。

 壁から半身を出した響は、先の動きで行群。やはり音一つ立てない猫の歩法でもって障害物の影を経由し、二〇秒程度で岩壁の中でもっとも外側に存在する壁。その裏側へとたどり着いた。


 壁に背を預け、一息ついた響は、それから何度もそうしたように目元だけを出して外部へと視線を走らせる。そこから先は数メートルの間を経て、石畳が広がっているだけだ。その向こうに観客席が見えるだろうが、逆に言えばそれ以外には何もない。


 響は、それに安心したのか、隠れ蓑から半身を出し、左右へと目を走らせ状況確認。それでも見つけられるものはない。やはり、無機質な石畳が広がるだけの、何の面白みもない光景が広がるだけなのだ。


 ――それでも用心深く、数度右左と視線を移動させる響の後ろ姿は、ひどく無防備だった。


 頭隠して尻隠さず、といったことわざがこれ以上ないほどに似合いそうな光景に、永沢はニヤリと口の端を釣り上げる笑みを作る。

 直後、岩壁の上にその姿をさらした永沢は、一瞬の間で魔術を完成させた。


 火元素による狙撃。


 永沢の用いる魔術の中で、最も得意なものだ。その威力は、ゼッケンの色を一撃で変色させるに足るものである。

 慎重に狙いを定めた永沢は、無防備をさらす響が気づかぬ前に、その紅蓮の塊を放った。


 風を斬って進むそれの飛行音は、魔術大会最中のこの会場ではさほど目立たない。

 一瞬で距離を踏破し、一撃必殺の攻撃が響の背に直撃する。


 突然の衝撃に、響は背中をのけぞらせ、もんどりうって体から石畳に転倒。数度転がり威力を殺そうと努力をしても、すでにゼッケンへと直撃している以上は意味のない行為。

 そして、永沢の火球の威力は、受け身で殺しきれるほど柔なものではない。転がった先には、激しい痛みにのたうち回り、変色したゼッケンをなすすべもなく見守る響の姿がある。


 ――それが、永沢が夢想した光景だった。


 だが、そうはならない。


 必殺の火球は、響の身体をすり抜け石畳に着弾し、その魔力を霧散したのだ。


 永沢が見ていた響の姿が空気に溶けたのは、刹那の後だった。



 * * *



 使われるだけで、永沢相手にはまったくと言っていいほど使用しなかった幻影(phantom)。機をうかがう永沢に使えば、試合が進まなくなるという懸念が理由だが、今この状況ならば話は別だった。


 自身は永沢と同じように岩壁の上で姿を隠し、囮として自分の映像を流していた響は、永沢が姿を現し、攻撃するのを確認してから行動を開始した。

 迅速に永沢との距離を詰め、隣り合う岩壁の上部にまで上り詰めた響は、その場で幻影を解除するとタロットを投擲する。


 ――雷撃。


 媒介がなければ、著しく威力の減退するこの魔術も、至近距離から放たれればひとたまりもない。

 呆然としていた永沢は、脅威が迫っていることに気づきもせず、至近で放たれた魔術に全身を穿たれた。


「――がっ!?」


 閃光、爆音。


 一瞬の衝撃に永沢の身体が跳ね、電流に手足が震えて力を失う。

 バランスを失った永沢は、そのまま受け身も取れずに落下した。二メートル近い高所から石畳に落下など、考えただけで痛いものだが、雷撃によって数秒は感覚がマヒしているのが救いだろう。


 響は同じく岩壁から飛び降り、落下音のした地点へ向かう。


 永沢は、その猿顔を苦痛にゆがめ、しかし身動きの取れない不自由さにさいなまれながら響を出迎えた。


「……なん、や。おれ、とは。ちゃうん、かったや……ないか」


 痺れて呂律の回らない永沢は開口一番、皮肉るように口にした。

 最後に幻影を使って勝ちを拾ったことを言っているのだろうが、


「違うよ」


 断言する響に迷いはない。


 勝ちのためならば、何をしてもいいという結論には、どうしても行きつかなかった。一時迷いはしたものの、結局落ち着いた場所は、そんな考えだ。

 響は、この戦いへと至るきっかけをくれた奏が、胸を張れる戦い方をしたい。自分が奏に、胸を張れる戦い方をしたい。


 だから、これが響の好きな戦い方だ。


 中途半端かもしれない。勝ちのために他のすべてを投げうつ覚悟がないだけかもしれない。それでも響は、永沢のようにはなれないし、なりたくないのだ。


「けど、君を否定しようとまでは思わない」


 勝った方が正義。それは変わらない。

 魔術師という世界においては、敗北は許されざる悪だ。その点では、是が非でも勝利に食らいつく永沢の方針は間違ってはいないのだから。

 ただ、響が許容しないだけだ。


 響の言葉に、永沢はしばし呆然とする。そして、諦めたように息をついた。


「とどめ……ささ、なくて、ええんか?」


「…………」


 無言で答え、響は仰向けに寝そべる永沢へと掌を向ける。狙うはゼッケン。先の雷撃で変色しなかったそれの色を変化させる。


 最大火力で着火した火元素は、目的を果たすには充分な代物だ。


 永沢は、諦めたように目を閉じて。

 ただ、その幻想的な揺らめきに身を任せていた。

次は金曜日です。

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