32『外道同士の戦い』
永沢一は、裏をかくことを得意としている。より正確に言うのなら、石橋を叩いて渡る思考を働かせた結果、裏をかく戦法に行き着いている。
もっとも、裏をかく方法が作戦の盗み聞きや、フィールド外での戦闘行為といった反則ではあるのだが。
だからといって、フィールド内での永沢が無力かというとそんなことはない。
類稀なる魔術力と、反則も躊躇わない思考が"勝利"という一点のみに集約された結果、化学反応を起こしている。徹底的に相手を裏から倒す戦法は驚異そのものだ。
はっきり言って、ベスト4入りのかかる試合で当たりたくなどなかった。
真正面から戦わないコンセプトの上では響と同じ。では、そんな相手とどう戦うべきか。
答えは単純に、裏の裏をかけ、だ。
騙し討ちに警戒し、常に幻影の可能性を考慮に入れ、すべてを封殺する。
口で言うのは簡単でも、実際には針の穴に糸を通すような作業を、戦闘中にも行わなければならない。
昨日よりも狭い石畳の上。そう結論付けた響は、内心の苦心が表に出ないようにしながら、正面の猿顔を見据えた。
永沢はなんのつもりか、最初の襲撃以来、本当に何の行動も起こしてこなかった。
それを素直にありがたいと思っていいのか、それとも何らかの罠があると気を張るべきか。
こうして、過剰なまでに警戒することすら、永沢の思惑のうちなのではという疑念が沸き起こってきて、響はかぶりを振った。
この思考は響が勝手にしたことだ。罠の可能性を危惧して集中できなくなるより、いっそ難しいことは頭の外に追いやって、目の前にのみ意識を向けた方がいい。
「――怖い顔せんで、もっと笑おうや」
方針を固めた響に、正面の永沢が肩をすくめつつ語りかける。
まさか話しかけられるとは思っておらず、わずかに目を見開いた響は次には眉を寄せた。 何かを企んでいるのではないかと、そう思ったのだ。
「いや、なんで話しかけたらそんな顔されなァあかんねん。傷つくわ」
「それだけのことをしたからね。ほとんど条件反射だよ」
「それ、余計に傷つくで。鬱になってしまうわ」
「…………」
軽快とも言える語り口で、友人と話すように声を発する永沢。
目の前のことに集中すると決めたばかりなのに、一言一句に至るまで意識を払わないではいられない。性質の悪いものである。
「まあ、よろしく頼むわ。正々堂々と、なァ」
「よく言うよ」
「なんや、嫌なんか? 俺は別に正々堂々しなくても全然ええで」
「嫌といえば嫌だよ。理由は分かってるだろうけど」
「その通りやなァ」
からからと笑う永沢は、とても反則を喜々として行う人物とは思えない。むしろ、その本質に触れたにもかかわらず、こうして話しているとすべて忘れて親しくしてしまいそうだ。
それが気に食わなくて、響は意図的に永沢から視線を外した。
――間もなく、アナウンスが流れる。
『これより、個人戦本戦の二回戦目を開始します――』
ごくり、と響は生唾を呑みくだす。
これに勝てばベスト4。負けても"落ちこぼれ"としては望外の結果だが、無論、負けるわけにはいかない。
会場に声が響く。
『試合、開始――!』
* * *
動き始めは同時。とにかく距離を詰めようと上体を下げての疾走を試みる響に、永沢はそれを上回る速度で魔術を展開。
幻影。
空気に溶け込むように消える永沢の動きは、響も予測済みだ。
「――土よ!」
掌にあらかじめ用意されていたのは土元素。砂埃として放射状に撒かれるそれの効力は、襲撃の際にも大いに役に立っている。
だが、
「……っ!」
撒いた範囲にいなければ、想定通りの展開にはならない。響の魔術は最低レベル。当然、土の生成量もたかが知れている。
響が行動を起こす前に動き始めれば、充分回避が可能なのだ。
砂煙に浮かび上がる人影はなく、知らず唇を噛む。
こうならぬように、迅速な対応を図ったのだが、ここは永沢の用心深さが勝ったというところだろう。無論、これで終わりでもないが。
「土よ!」
範囲内にいないのならば、範囲を広げればそれで済む。
非常に力技な、頭の悪い戦法であることは認めるが、もっとも有効なのがこの手立てだ。
できる限りの生成速度でもって、響を中心とした四方に土を撒く。あっという間に視界を灰色が覆い――。
「ぐ……っ!」
その向こうから火球が飛来する。
その威力は団体戦とバトルロワイヤルの時に目にした通り。元素を生成する手を止めて、回避に全力を注ぐ響は、火球が発生したと思われるあたりに目潰し用のタロットを投げつけた。
術者をあぶり出す一撃。だが巻き起こったそれは、ただ泰然と粒子を浮遊させるだけで、目的を果たせない。
「逃げられたか……」
バトルロワイヤルでも見たヒットアンドアウェイの戦法。攻撃を放ち、間を置かずに姿を隠すそれを補足するのが、かなりの難易度を誇ることは知っている。
知っているが――。
「今、なにも見えなかったよな……」
多重展開と呼ばれる、同時に二つの魔術を扱う技術は超高難易度を誇っている。鬼灯がキマイラとの戦闘中に見せたのが、響が目にした最初で最後の経験で、教師も使用できないレベルの代物だ。
あるいは奏ならば習得しているかもしれないが――少なくとも、永沢がモノにしているとは思えない。
であれば、攻撃をする際には一度、幻影を解く必要がある。
その一瞬を逃さず取り押さえることが、ヒットアンドアウェイを実行する永沢を打倒する唯一の方法なのだが。
いったい何が起こっているのかと、響が思考の海に沈みかけた時だ。
「ぅお……っ」
全く予兆なく放たれた火球が、死角から飛び込んできた。
充分な余裕を持って躱すことができなかった響の眼前を通り過ぎたそれは、次の瞬間には石畳に衝突し、威力を散らして魔力の粒子に還元される。
――だが、響がその当たり前の風景を目にすることはなかった。
火球は、響の文字どおり目と鼻の先を通過すると、石畳に向かう道すがら、唐突にフッと、その姿を消したのである。
「は――?」
あまりに常識外の光景に、一瞬響の思考が止まった。
なんの干渉もない中で、魔術が内包した魔力を消費し切る以外の理由で消滅することなどありえない。
響の火球ですら踏破可能な距離を、永沢の魔術が成しえないのは不自然だ。
そう思い当たると同時、先の火球が通り過ぎる際に感じた違和感に思い当たる。
そう、あの攻撃に、炎が肌を焼く熱は全く感じられなかった――。
「――っ!」
思い至ると同時、側方から発生した火魔術を感知。反射的に身をかがめて軌道上から体を逸らすが、次の瞬間には次射が放たれている。
響の回避行動を予測していたかのようなタイミングで形成された魔術の向こうに、やはり人影はない。ならば、
「…………」
息を詰め、体の向きを変えてゼッケンが魔術に触れないようにする。仮にこれが威力を備えていようと、できる限りの衝撃を受け流せる体勢を意識し、響は飛来する火球に身を投じた。
はたして、火球はなんの衝撃も伴わず響へと到達し、右肩に直撃すると、数度の熱すら感じさせずに通過していく。
間違いない。これではっきりした。
「――幻影」
これまで響へと放たれた魔術は、すべてが映像によるフェイントだ。当たってもなんの影響も及ばさない、視覚情報のみしか付与されていない幻だ。
問題は、なぜ永沢がこんな攻撃とも言えない攻撃をしてきているのか、ということだが。
「……っと」
顔をかすめた火球を紙一重で避け、その後に向かってくる鉄球をターンでやり過ごす。回避後の硬直を狙った岩砲弾には、大げさに身を投げ転がることで斜線上から抜け出した。
すべて響を過ぎると空気に溶けて消える幻影だ。念のためにと躱したものの、実際は全く身動きをしなくとも影響のないもの。
それをわざわざ用いるということは、牽制に他ならない。
飛んでくるのは幻影ばかりだと油断させ、その後に本物の魔術を叩き込む。
なるほど、響が使うのにも似た戦法だが、自身は全く姿を現さないところが永沢らしい。
だが、狙いが分かれば脅威にはならない。
飛来するすべてを回避し、幻影の持続時間の限界まで耐え抜く。ただそれだけだ。
側方からの蔦をステップを踏んで回避し、靴が石畳を鳴らす。
戦いはまだ、始まったばかりだった。
次は月曜です。




