31『夢を叶えさせるために③』
「永沢……」
「なんや、そこまで驚いてへんやんけ。予想でもしとったんかァ?」
「……予想、なんてものじゃないよ」
陽介の魔力切れから始まった、疑念にすら満たないしこり。戦い方を評価し、その人柄に触れていながら、響の胸中に驚愕と呼べるものはなかった。
それは、永沢がそんな手を使っていると予測していたわけでも、ましてや知っていたからでもない。単に、「そうなのか」と納得できてしまった。腑に落ちてしまっただけのこと。
可視となった永沢を確認し、驚く通行人は意識の外に。響は永沢の腹にタロットを押し付け、
「なんで、こんなことを?」
と、当たり前の質問をした。
返す永沢は、うつ伏せの体勢で器用に肩をすくめる。
「なんでって、そんなん勝つために決まっとる。怪我のため棄権っちゅうことになれば、勝ち進むんは俺の方。それだけや」
「……こんなことをしなくても、君は充分強いだろ」
陽介には及ばないまでも、永沢の魔術力は感嘆の一言だ。構築速度、威力、効率。どれを取っても、学年一位の名に恥じないレベルの高水準。
そして戦い方にこだわらない、容赦のない戦法は、陽介を相手にしてもそこそこ以上に渡り合えると確信できるものだった。
それだけに、フィールドの外で明らかに反則な手段を講じることに、納得がいかない。
「俺はなァ、危ない橋とか渡りたないねん。強かろうが弱かろうが、負けたら負けなんやから」
「…………」
「その点、アンタはあかんな。そない弱いのに、危ない橋の匂いしかせェへん。せやから早め早めに潰しとこうと思ったんやけど、バトルロワイヤルではなかなか攻撃が当たらんかったからなァ。勝てそうやと思ったら終わってしまうし」
「…………」
「そしたらもう闇討ちしかないやん? 事故に見せかけるとかいろいろあったやろうけど、これが一番手っ取り早いと思うた。いくらなんでも休憩中なら余裕やって。このざまやけどな」
観念したのか、言い逃れもせずに自白する永沢。肩透かしを食らった気分だが、しかし油断するわけにもいかない。
響はタロットを当てたまま問いを紡ぐ。
「陽介の魔力切れも君が? 姿を隠して何かを入れてたなら、作戦の内容も聞いてたよね」
「なんや、ジブン、聞けばなんでも答えてもらえる思うてるんか? なんで俺が一から十まで、全部説明せなならんねん」
とぼけたような口ぶりに響の眉が寄る。思わずタロットを持つ手に力が入るが、
「やめときィ。反則負けになりたなかったらやけど」
「……。俺のセリフだよ。君こそ反則負けになる」
「なんでや?」
「なんでって……こんなことをして――」
「何のことか分からんなァ」
口の端を吊り上げた猿顔が、たった今白状したばかりのことを、同じ口で否定してみせる。
その言い振りが信じられなくて、目を丸くする響は「どういうことだよ?」と問いかけた。
「襲ってきた現場を押さえてるんだ。今さら白々しいにも……」
「馬乗りになっとるのはジブンで、そのけったいな紙切れを突きつけてるのもジブン。実力的には俺の方が上や。まさか返り討ちに遭うなんて、誰も思わへん」
「…………」
「はたから見たら、ジブンが勝手に動き出して、俺を組み伏せたようにしか見えへんよなァ」
なるほど、言われてみればその通り。数少ない通行人に、姿を隠した永沢を視認する手段はない。現状を見れば、次の試合を勝てないと見た"落ちこぼれ"が、不意をついて永沢を脅していると、そういった解釈もできてしまう。
「けど、それなら君が隠れてたのはおかしいだろ。無理がある」
「別に? いくらでも言い逃れはできるやろ。練習してたとか、危険を感じて身を隠してたとか」
「卑怯な……!」
「言うたやろ。危ない橋は渡らんて」
転んでもただでは起きないどころか、被害者と加害者を丸々入れ替えるように仕組まれた状況に嫌悪感を抱く。
なるほど、失敗して致命的になる策など弄さない。石橋を叩いて渡る考え方は大いに賛同できる。
だが、これはなんだ。
自分の戦い方を卑怯と自覚する響も嫌悪感を禁じ得ない、禁じ手中の禁じ手。勝ち”だけ”に執着するあまり、それ以外のことを些事と切り捨てて恥じ入らない厚顔無恥。
勝利するという一点においては間違いのない道だとしても、そも人としての道を外れた時点でそれは道ですらない。
「なんで、そんなに勝ちにこだわるんだ」
その問いは、自然に発せられたものだった。
受け入れる受け入れない以前の問題だが、そんな愚行を行動に移す原因が知りたかった。
問いに、猿顔は何を自明のことを聞くのかと、そう声が聞こえてきそうな表情を作った。
「そら、勝ちたいやろ。特にこういうとこって、負けた奴がいい顔しよるし。さっきの東京の女子もなァ。卑怯だなんだって言っとったけど、勝った方が偉いに決まっとるやん」
「…………」
その理屈には同意するも、理屈を用いる方法が異なっている。
永沢一は、菖蒲響と似通った戦い方をする。
強くなるのではなく、勝つ方法を突きつめる。勝利の一点を目指し研鑽し、戦略を練ることで実力の差に縛られない戦いを繰り広げる。
それなのに、近いところにいるからこそ、違いが浮き彫りになってまざまざと主張する。
自分のことを卑怯だと思っていた。相手が不快感を抱いているかもしれないと思いながらも、それしかとりうる方法がないから、それにすがってひたすら努力を続けてきた。
だが永沢のそれは、不快感を与える前提で、常道も外道も関係なく、ただ効率のみを求めた結果だ。
否定はできない。間違っていると、そう思うのに、実戦が主な魔術師という職業においては、手段を選ばないその在り方は、決して悪ではない。
だからこれはただ、響が納得できないだけだ。許容できないという理由だけで、響は永沢に嫌悪感を抱いてしまっている。
「――続きはフィールドで。それでいいね」
「……なんや、思っとったよりあっさり見逃すんやな。もうちょい渋ると思っとったけど」
「君の言う通りに、全部が俺のせいになるとはいかないまでも、それが俺に不利益になるのは間違いがないから」
「ほな、解放された途端、俺がジブンをぶち殺しにかかるかもしれんでェ?」
「そんなことを言うのは、俺に油断させるためかな? わざわざ言うくらいだから、何もしてこないって。もしくは俺が気疲れするのを期待してるのか」
「――やっぱジブン、やりにくいわ。ホンマに、予選で落とせなかったのが痛いわ」
うへぇと、状況からは考えられないほど軽い表情でうんざりしてみせる永沢。そこに嘘が感じられないことに安心し、響はゆっくり手を放した。
馬乗りになっていた体を起き上がらし、注意だけはしながら永沢を注視する。
無理な体勢から解放された永沢は、肩をすくめつつ起き上がると一つ伸びをする余裕の反応。それから響に向かって邪気のない微笑を向けた。
「ほな、あとでな」
去っていく後姿を眺めながら、響は永沢という少年を理解できずにいた。
”勝ち”にこだわり、敗者の表情が嗜好だと白状した顔。怪我をした響をおぶり、たった今も邪気のない笑みを向けた顔。どちらが本当の永沢なのか、それが全く分からない。
そうして答えの出ない問いに思考を割くのは。ここ十数時間で慣れたものだ。そして、これまで考えていたことには試合直前になって、ようやく答えが出た。
響は、永沢の戦い方を許容できない。どうしても気に入らない。
――鬼灯は、自分の好きなように戦えと言った。
ならば、響は響の戦い方を貫き通すだけだ。
”勝利”の二文字にのみこだわるのではない。勝利も、響自身のことも投げ出さない。
それは”落ちこぼれ”の響にとっては無茶とも言えることだけれど。
「――やれるやれないじゃなく、やるんだ」
そう、決意した。
次は土曜日です。




