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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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30『夢を叶えさせるために②』

 通路まで退避し、手近なベンチに座るとそこに腰かけ一息ついた。


 個人戦本戦。その一回戦目を無事勝利した響は、与えられた時間を休息に使おうと、出来るだけ人の少ない場所で過ごすことに決めたのだ。


 危なげがないとは言えない戦いだった。迷いがあるのが命取りになることは重々自覚していたので、意識的に考えないようにしていたのだが。そうしたところで、心理的な部分でのしこりが、何の影響も及ぼさないということはなかった。


 例のごとく動かした足にマッサージをしながら、先の試合をそう分析した響は、では、永沢との戦いはどう動けばいいのかという、昨日から続く問いにまたも直面した。


 穂香と永沢との試合は、響の予想通り永沢の圧勝だった。

 正々堂々、真正面からの攻撃を仕掛け続ける穂香に、永沢は常に身を隠し続けることで対抗。死角を突く一撃を放ったのち、すぐさま幻影(phantom)を用いるヒットアンドアウェイの戦法で封殺した。

 響から見ても見事の一言に尽きる戦法。それと同時に、やはり勝利だけを視野に入れた戦い方に、穂香は怒り心頭といった様子だったが、それで結果が覆ることはない。


 美里に治療のため引きずられていった彼女の雪辱は響が晴らすとして、そこで立ちはだかるのはやはり方針の問題だ。

 無論、響とて一晩中ただ悩んでいたわけではない。選択肢として上っている二つの戦い方について、できる限りの考察はしてある。だから問題は、響がどちらを選ぶかという一点に集約されるが、


「そう簡単に選べるなら、悩んでない……」


 奏に恩を返す――無論、この程度で返せる程度のものではないが――そのための戦いではある。だが、勝ちにすべてをささげることは、奏に”響が自分自身をないがしろにしている”と取られてしまう。

 奏に負い目を与えてしまうのは、響の望むところではない。


 だからといって、普段通りの戦い方で勝利できると思えるほど、永沢は柔な相手ではない。

 答えの出ない葛藤は、じりじりと背後から忍び寄ってくるタイムリミットを意識するにつれ、急速に泥沼へとはまっていく。堂々巡りの思考が脳内を支配し、オーバーヒートするようだ。


 答えが出る気配を認められず、嘆息してふと視線を上げると、数メートル間隔で設置されたベンチの三つ向こう。壁沿いの一角に、ついこの間目にした姿が認められた。

 心臓がドクンと跳ね上がる。瞬間的に体が硬直して息が詰まった。


 鬼灯だ。


 魔術大会前に一度話したきり、あとは遠目からその姿を目にするだけだった存在が、すぐ近くにいる。そのことが信じられず一瞬頭が真っ白になった。

 冷静に考えれば、遠目とはいえ視認できる距離にいる以上、いつ出くわしたとしてもおかしくはない。事実、壮馬とは昨日の段階で二度目の邂逅を果たしているのだ。


 だとしても、長年の憧れの存在がこうも近くにいる事態に適応するには、かなりの労力がいった。

 数度深呼吸し、何度か瞬きをしたうえで再び目の前の状況を再確認する。

 ベンチに横になった大魔術師が一人、周囲の様子など気にかけずに眠りに陥っているように見えた。


「……?」


 スカウトマンとして来ているのならば、今はちょうど仕事中なのではないだろうか。その役目に従事できないというのは、なんとも気がかりだった。


「…………」


 ここで、声をかけてみようと決心してしまったあたり、どこか普段と違うテンションだったのは否めない。

 腰を浮かせて歩を進めた響は、「あの……」と心なしか小声で耳打ちした。


「ああ……?」


 かすれた、ドスの利いた声が返ってきて、響はビクッと身を震わせる。

 目を開け、首を巡らせた鬼灯は、それで響を視界に収めると心なしか目をむいた。


「なんだ、ボウズか。何か用か? つぅか、今は試合中なんじゃなかったのかよ?」


「ああ、はい。いえ、ついさっき一回戦が終わったところで、今は待機中です」


「そうか。ってことは勝ったんだな。おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


「おう。……で? なんか用か?」


 頭痛でもするのか、額を押さえつつ問う鬼灯は、残念ながらあまり機嫌がよさそうには見えない。

 取り繕うとしているのは伺えるが、若干気圧されてしまった。「いえ、その、具合でも悪いのかと思って……」と声を絞り出した響は、バツが悪そうに視線を逸らす鬼灯を見た。


「いや、まあな」


「風邪ですか?」


「そういうわけじゃないんだが……。つぅか、ボウズこそ、勝ったっていうのに浮かない顔じゃねぇか。どうかしたのか」


 言いたくない理由なのか言葉を濁す鬼灯は、ふと響の顔に目を向け、疑問を呈した。話を逸らす目的だったのだろうが、痛いところを突かれた響はまんまと乗ってしまう。


「その、どう戦えばいいのかって思って」


「はぁ? どうって、そんなもん自分の好きなように戦えばいいじゃねぇか。それとも、昨日までに見せたあの戦い方は嫌々やってたのか?」


「違います。違いますけど、そうじゃなくて……」


「はぁ、なんか事情があると。悪いが、今はちょっと相談に乗れそうにねぇ。ただな、さっき言った通り自分の好きなように戦えってだけは言っといてやる。――一応立場的には、助言もやめといた方がいいんだが。まあ今回は特別だ」


「……はい」


 それだけ言うと、鬼灯は本当に調子が悪いのかベンチに横になってしまう。

 恩人からの助言はありがたいが、それで問題はそれで判断できる領分を超えているというところにある。ますますどうすればいいのか分からなくなって、響は嘆息した。



 * * *



 休憩として通路まで引っ込んだはいいが、今は試合中。疲労回復を意図してか、二回戦は全学年の一回戦がすべて終了してから開始される。

 だが、それでも複数人が一度に矛を交える団体戦と違い、個人戦にかかる時間は短い。そこまでゆっくりしていられない事実をかみしめて、響は一旦待機スペースに戻ろうとベンチから腰を浮かし、


「……?」


 靴が床を踏みしめる音が聞こえたような気がして振り返った。しかし、目に入るのは魔術大会真っただ中ゆえに人の少ない通路だけで、響の背後に人影はない。

 気のせいかと判断し、前に向き直る――。


「……っ!」


 跳びかかられた衝撃に、響は咄嗟に前方へと跳躍することで対処する。前回り受け身でできる限りの衝撃を殺しながら反転し、追撃の気配に横っ飛び。遅れて響がいた位置に小さく風が湧くが、


「なんだ――!?」


 突然響を襲った襲撃者、その姿を見ることができない。そんな無茶苦茶な現象に対し、響の頭は即座に答えにたどり着いた。


幻影(phantom)――!」


 日頃から、理由もなくその魔術を乱用する友人とともにいるせいで、不可思議の現象に対する免疫はついている。慣れから得た嗅覚で不可視のトリックを看破した響は、突然一人で激しく動き始めた学生に目を丸める周囲の反応を無視。

 隼人の襲撃以来、常に持ち歩くようにしているホルダーの蓋を開けると、端的に、土元素のタロットを投擲した。


 描かれた魔術陣から放射状に砂が撒かれ土煙が巻き上げられる。それだけで、不可視だった襲撃者の居場所は丸見えだ。

 襲撃者は、土煙を見て己の不利を悟ったのか、刹那の判断で踵を返し撤退を開始するが、


「逃がさない!」


 響の妨害でかなわない。

 伊達に走り込んでいるわけではない脚部を爆発させ、一瞬のうちに最高速度まで達した響は、回れ右した襲撃者の肩に手をかけるとそのまま力任せに押し倒す。

 不意を突かれた襲撃者はロクに反応することもできずに倒れ、勢いそのままに覆いかぶさる響の下敷きになった。

 だが、襲撃者とてただでは捕まるまい。足を払って隙間をこじ開けることで脱出を図ろうとするが、


「――――」


 響の抜き放ったタロット。火球の術式が描かれたそれを眼前にすることで動きを止めた。

 突如、一人で大太刀周りを始めた響に、人が少ないとはいえ無人ではない通路は騒然となっている。いまだ幻影で姿を隠している襲撃者のこともあり、今の状況も理解不能だろう。


「とりあえず、魔術を解いて。君は誰だ」


「…………」


 突きつけたタロットを強調し、恫喝するように要求する響に、襲撃者は無言。やがて諦めたような空気が伝わり、次の瞬間には響が馬乗りになっている人物。その全容が視界に入ってきた。


 響のものとは違う訓練着だ。

 ここ数日で何度も目にしたそれが、京都学園のものだと認識した響は、視線を這わして数度見かけた猿顔を確認した。

次は木曜日です

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