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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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29『夢を叶えさせるために①』

 ――運命の日が始まった。


 個人戦の本戦は、計一六名からなるトーナメント戦だ。ベスト4という条件を満たすには、二勝すればいい。


 数字だけを見れば、序列戦の経験も手伝って、さしたる難易度とは思えない。だが、ここは魔術大会。

 全国の魔術師見習いの中から、選りすぐりの猛者が集められ、さらに個人戦本戦ともなれば、バトルロワイヤルという魔窟を切り抜けた実力者の舞台だ。


 二勝どころか一勝すら危うい条件下。

 しかも響は、いまだ答えの出ない葛藤を抱えている。


 昨夜、ただ勝利のみに主眼を置き、それ以外の一切を切り捨てる決心をしかけた響に、奏は待ったをかけた。

 それだけならば、響はあくまで何も顧みず、勝ちだけを狙う戦法を実行していただろう。


 だが、壮馬の言葉があったればこそ、響は考えてしまう。

 自分は、これまで通り戦うべきか、それとも昨日決めかけた通り、勝ちだけを見つめるべきか。


 大事な試合を控えている身分で抱えていい類の懊悩でないことは確かだ。だが、なんとか頭を振って考えを外に追いやろうとするも、なかなか思う通りにならない。


 こんな時に永沢と相対したとして、果たして渡り合うことができるのだろうか。

 否、自分の戦い方にすら迷う者が、あの魔術師見習いに及ぶはずがない。


 本戦はトーナメント方式。できることなら当たりたくないと考えてもしまうが、こういう時は往々にして最悪の結果を招いてしまう。


「……二回戦、ね」


 京都ドーム。東京魔術学園の待機スペースでトーナメント表を受け取った響は、妙な感慨を感じた。


 運命力とでも言おうか。響が何かを成し遂げようとする時、そこには必ず何かしらの障害が立ちはだかる。

 序列戦の一回戦では隼人がそうだし、陽介もまた当てはまる。何か力が働いているのではないかと勘ぐりたくもなるが、人生とはそういう風にできているのだろう。


 そう、例えば自分の無才のように。


 自嘲に口元を緩めた響は、ふと背後に人の気配を感じて振り向いた。

 そこには見慣れた美丈夫がいるが、その表情に微量の疲労が含まれているように感じる。

 さすがの陽介も、連日の戦闘ともなれば疲れもするかと勝手に納得し、片手を上げて挨拶をする彼に頷くことで返した。


「トーナメントを見て知ったけど、僕は響と三回戦目に当たるようだ。楽しみにしてるよ」


「そこまで俺が残れるか怪しいと思うんだけど……」


「なに、響なら大丈夫さ。里見さんとも当たるみたいだけど、そこも勝てると信じているよ」


「里見さんも、一勝する前提なんだね……」


 何の因果か、穂香と響は互いが勝ち進むことさえできれば二回戦で当たる位置に配置されている。それはつまり、一回戦で穂香と永沢が当たるということだ。

 陽介はいつもの過大評価で、自分の学校贔屓な感想を述べているが、響としては、穂香が二回戦に勝ち上がってくることはまずないだろうと思っている。


 正々堂々。真正面から尋常なる戦いを好む……というより、真正面からしか戦うことのできない穂香だ。それゆえにからめ手にはとことん弱く、響が勝ちを確信できる数少ない人物でもある。

 まして、永沢は響よりも”勝利”の二文字に固執した戦い方をする。永沢本人の印象は好感触であっても、そこはこれまでの試合から読み取れる事実だ。穂香が勝てる相手だとは思えない。


 とはいえ、そんな説明をしたところでどうなるわけでもない。自分の事すら決められない響が、他人に苦言を呈すなど馬鹿げている。なにより、そこまでの余裕もなかった。


「ともあれ、響との試合は楽しみにしているよ」


「うん……。ていうか、訓練でよく試合してたじゃん」


「あれはあくまで訓練だったからね。序列戦や魔術大会のように、互いに引くことのできない条件下で勝負してみたいという、僕のわがままだよ。正真正銘の全力を受けてみたい、といったところかな」


「訓練だって全力だよ」


 手を抜いて回避できるほど、陽介の攻撃は甘くない。相対するときは常に全力、そうでなければ早々に食われてしまう。

 もっとも、全力を出そうと食われることの方が圧倒的に多いのだが。


 そのあたり、やはり過大評価が過ぎる陽介だったが、残念ながら本人にその自覚はない。

 何度も言ってこれなのだから、響もいい加減諦めた。

 ため息をひとつつき、それから周囲を見回す。昨日のバトルロワイヤルでほとんどが脱落したことで、待機場所に集まった生徒の数は少ない。その誰もが、一様に緊張を顔ににじませているか、入念に準備運動をしている。


 個人戦の本戦は、個々人の技量をアピールする最大の舞台だ。陽介の様に落ち着き払っている方がむしろ異常で、本来は少しでも集中しようと躍起になるはず。

 そう思考し、もう一人、緊張とは無縁の存在がいたことに思い当たる。常に一緒にいるわけではないが、この人の少ないのに絡んでこないのは珍しい。


「そういえば、瑠璃は?」


「え?」


 ひょうきんな笑顔が特徴の友人の行方を尋ねると、陽介は彼にしては珍しく視線を逸らして言いよどむ。

 不審に眉を寄せ、その理由に思いをはせようとするが、陽介が再び響に向き直り、肩をすくめる方が早い。


「ああ、瑠璃のことだね。知り合いがいたから話してくると、そう言っていたよ。試合開始前には戻るそうだから、何も問題ないとも」


「う、うん? そう」


 なんとなく頑ななニュアンスを感じ、やはりどこか様子がおかしいと確信する。だが、次の瞬間には陽介の煮え切らない態度もあっさりと消失し、不審な態度は姿を隠してしまった。

 首をひねらざるを得ないが、響も響とて今現在が余裕に満ちているというわけではない。友人のことながら、そう気を割いている場合ではないのだ。


「――どうやら、そろそろ始まるようだ」


「そうだね」


 ざわざわと、人数相応な喧噪が繰り広げられていた京都ドーム。その騒がしさが、徐々に自粛されて沈静化していく。荒波が時間の経過とともに凪へと変わっていくように、静けさへと飲まれていく――。


『これより、個人戦本戦、一学年の部、一回戦を開始します』


 静寂を割る声が響き渡り、ピリッと空気が引き締まる。


 ――個人戦本戦が、始まった。



 * * *



「大丈夫スか? 調子悪そうですけど」


 ガンガンと鳴り響く頭痛に鬼灯が顔をしかめると、壮馬が不思議そうに首を傾げた。

 心配しているというよりも、何をしているのかといった様子だ。


 だが、絶賛不快感の最中にいる鬼灯としては、そんな薄情な反応にいちいち腹も立てていられない。

 手すりに寄りかかり、ほとんどすべての体重を預けた上で頭を抱えて、「ああ……」と返事をするのが精一杯だ。


「そんなに飲んだつもりはねぇんだがな。俺も歳なのか」


「そりゃそろそろ四〇でしょ? 若くはないですよ。――ていうか、本当に辛そうスね。昨夜はそんなに飲んだんですか?」


「いや、ビールをジョッキで四杯ってとこだ」


「……それ、普通に飲みすぎですよ。まあ鬼灯さんにしては少ない方ですけど」


 普段は六杯飲んでも、まだ飲み足りないということもあるのだ。あくまで鬼灯基準に照らし合わせれば、抑えた方と言えなくもない。

 とはいえ、翌日も仕事が控えているのに飲んでいい量でないのも事実だ。


「そこんとこ、どうかしたんですか。なんか嫌なことでも……」


「若造のお守りがな……」


「それ、俺のことスよね?」


 心配して気を使ったというのにこの仕打ち。

 唇を尖らせる壮馬に、鬼灯はいたずらが成功したと肩を震わせ、その挙動が頭痛を刺激してしまったのか再び頭を押さえた。


 本当はこの魔術大会で起こるであろう危機。その対処に思いを馳せ、暗い気持ちになってしまったことから走った暴挙だった。

 瑠璃に諌められてストップがかかったわけだが、そうでなければ今頃どうなっていたか。

 もっとも、普段は二日酔いもしないので、あのまま飲んだくれていたところで影響はなかっただろうが。


 鬼灯が、めったにかからない二日酔いの症状に耐えていると、気を紛らわせようという気遣いか、壮馬が「そういえば」と話を切り出す。


「あの子なんなんスか? 知り合いにしてはやけに親しげでしたけど」


 壮馬が口にしたのはつい先ほど、個人戦開始の直前だというのに、鬼灯の様子を確認しに来た瑠璃のことだ。

 なるほど、事情を全く知らなければ、ひどく奇妙に映ることだろう。

 昨日の陽介も、冷静を装いながら、終始訝しむ色が耐えなかったことを思い出した鬼灯は、頭痛の波が引くのを待ってから肩をすくめた。


「別に、普通に知り合いだよ。親しげなのは向こうだけで、オレはそうでもなかったろ」


「いや、二日酔いなんですから、フレンドリーに話せるはずもないと思いますけど。それに、鬼灯さん、なんだかんだ言いながら嫌がってはなかったじゃないですか」


「そりゃ気のせいだ。あんなん、鬱陶しいに決まってんだろ」


「どうなんスかね」


 否定する声に壮馬は胡乱げだ。

 それに視線を逸らすことで答え――頭を動かす挙動で再び頭が痛み始めた。


「なあ、薊」


「なんですか」


「午前中は任せていいか」


「何か起こっても俺一人でどうにかできる気がしないんですけど。ていうかいつもは俺に仕事しろって言うくせに、こういう時だけ……」


「緊急事態だ。なんとかしてくれ」


「いや、だから俺だけだと不安ですって!」


 裏に引っ込み、手近なベンチで休息を取ろうとする鬼灯に、必死に己の能力不足を説明する大魔術師。いっそ滑稽ですらある構図だ。

 思わず声を荒げて制止する壮馬だが、それがいけない。

 ガンと響く衝撃で脳が揺さぶられたような錯覚がして、鬼灯の頭痛がより強まってしまったのだ。


「ああ、何とかなりそうだったのによ。これじゃもう無理だ。休む」


「いや、ちょっと……」


「今度なんか奢るから、それで手ぇ打て」


 難色を示す壮馬に、鬼灯は強引に言ってその場を後にする。壮馬も壮馬で、こんな状態では何の役にも立たないと理解したのか、微妙な表情ながら黙って鬼灯の背中を見送ってくれた。

次は火曜日です。

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