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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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28『陽介の晩餐②』

 ――そして現在に至る。


 当然のような流れで相席することになり、瑠璃はテンションフルスロットルで鬼灯をからかい倒し。

 さすがの陽介も鬱陶しいと思うレベルだったが、当の鬼灯は一貫してそっけない態度を貫いている。これが普段の距離感なのだと認識した陽介は、正面に座った二人を視界に収めてまたも嘆息した。


 本当に、なんという偶然だろうか。

 鬼灯は、一〇年前の魔獣災害において、その元凶たるキマイラを単騎にて討伐した英雄だ。

 事件がすっかり風化した現在では、名前ばかりが先行し、顔の方はいまいち広まっていない。

 一応、魔術史の教科書に写真があるものの、これは当時のモノだ。これといって強烈な特徴のない目鼻だちも相まって、記憶の片隅にしか残らない程度になっている。


 そうはいっても、一時期はヒーローだ英雄だと騒がれ、いく度にわたるインタビューを受けた人物。大魔術師という肩書きも相まって、鬼灯は陽介にとって、こんな街中で出くわすとは到底想像も及ばない天上人だった。


 そんな人物が目の前にいる。

 普通ならば興奮し、黄色い悲鳴をあげても不自然ではないだろうが、さすがに陽介は冷静だ。胸の高揚を自覚しながら、それをあからさまに表には出さない。

 瑠璃がからかうのがひと段落ついたのを見計らって、陽介は鬼灯に向き直った。


「初めまして、鬼灯大魔術師。ご存知ないかもしれませんが、僕は東京魔獣学園の一学年で序列一位の……」


「倉橋だろ。知ってる知ってる。あの家の長男だろ。何回かガキの頃を見たが……随分でかくなったな」


「……はい。覚えて頂いていて光栄です。いえ、なにぶん幼少の頃ですから、実を言うと僕の方の記憶は曖昧で。一目見たときは分かりませんでした」


「あー、よせよせ。その堅っ苦しい喋り。オレはそんなに改るような相手じゃねぇよ」


「ですが……」


「ですがも春日もねぇよ。むず痒いからやめてほしいってこった。こいつが礼儀も礼節も立場も弁えないでズケズケ大人をからかってんの、見てたろ?」


 言いながら、鬼灯は瑠璃の頭をポンと叩く。

 それが、口調とは裏腹に存外優しい仕草であることに、陽介には二人の関係がますます分からなくなった。


 そんな陽介の心中を察しない瑠璃は、鬼灯からの突然の指名にひょうきんな笑みを浮かべる。


「なんですか。もしかしてルリさん、褒められてます?」


「お前はもっと倉橋を見習え」


「いたっ、痛いですっ。ごめんなさい調子に乗りすぎました以後気をつけます!」


「それ、前にも聞いたぞ……」


 ルリの軽口に、ギリギリと頭に乗せた手を引き絞っていく鬼灯。早々に根をあげた瑠璃は、まったく心のこもっていない謝罪を反省を口にし、それに鬼灯は嘆息した。


「まあつぅわけだ。そんな改まった口調は勘弁だが、こいつみたいに舐め腐るのも却下だ。さじ加減を気をつけろ」


「は、はい」


 そう言われたところで、現魔術師最強ともいわれる男相手に委縮しないでいられるわけがない。瑠璃のようなのは完全に特殊事例。神経を疑うレベルだ。

 ずいぶんと軽く言う鬼灯に、彼にしては珍しくどもるような形で返事をすると、大魔術師は頷きビールジョッキに手を伸ばした。

 おっさん臭い仕草でそれを煽り一息ついた鬼灯は、それから陽介に向き直ると、


「まあなんにせよ、本戦出場おめでとうってとこか。二人とも、な」


「見ていただけたのですね。光栄です」


「そうですねー。もっと褒めてもいいんですよ?」


「オメーは端っこでずっと隠れてただけだろ。なんもしてねぇだろが」


「何もしないで勝てたんですから最高の勝利じゃないですか」


「何もしてないってところを否定しろよ」


 図々しくもさらなる祝辞を要求する瑠璃にツッコむ鬼灯。

 なんとも置いてけぼり感がすさまじかったが、一介の魔術師見習いが、プロの中でも最高位に居座る者と相対しているだけでイレギュラーだ。おいて行かれるのは当然と割り切るが、鬼灯は陽介を放っておくつもりはないらしい。


「オレは今回、選定員……つまりスカウトマンとして来てるんだ。だから試合は全部見てるんだけどな、さすがは倉橋家の長男ってとこだな。佐倉の嬢ちゃんがいるせいで霞んじまってるが、上級生にも引けを取ってねぇ。むしろ超えてる」


「それは……過ぎた評価です。さすがに同級生よりも自分の魔術力が優れているとは思いますが、自分よりも長い間魔術の修練に勤しんだ上級生をも超えるなんて」


「いや、別にそうでもねぇぞ。倉橋、お前の魔力は、天才のそれだ。一年であの出力は冗談じゃねぇ。まあ、そのぶん力に振り回されて、全体的に術が雑になってるのが珠に傷だけどな」


「重々承知しています。治そうと努力はしているつもりなのですが、なかなかうまくいかなくて」


「ああ、オレも経験があるな。なまじ、地力がけた外れだと、雑でもそれなり以上に戦えるからな。それに慣れ切ると、あとから直そうとしてもなかなか思う通りにはいかねぇ。こればっかりは練習量だ」


「はい。努力します」


 疲労の色が見え隠れする中年からアドバイスをされ、その意味を噛みしめた陽介は偶然が呼び寄せた望外の幸福に感謝した。

 光栄極まる話だ。誰かに話せば嫉妬されるに違いない。特に、響には。


 感極まっている陽介を尻目に、鬼灯はいつの間に頼んだのか、四杯目になるビールに手を伸ばしていた。

 だいぶ顔も赤くなっちる鬼灯は、しかし酔った様子はなく、あくまでこの店に最初に入った時と同じ表情だ。目の焦点もあっているし、呂律も回っている。

 だが、もう一杯注文するか検討しているのを見た瑠璃は、さすがに傍観できなくなったようだ。心なしか諫めるような声音で、


「ちょっとー、さすがに飲み過ぎじゃないですか? 明日もお仕事あるんでしょう? このくらいでやめといたほうがいいと思いますけど」


「うっせぇ。飲まずにやってられるか」


「それ、さっきも聞いたんですけどー。酔いが回ってるってことじゃないですか」


「オレはもう、だいぶ前から酔わねぇよ」


「酔わなくてもダメです。これ以上は即アウトです」


 いつになく頑なな瑠璃の表情は陽介も見たことのないものだ。あまりにしつこい制止に、鬼灯が鬱陶し気に眉をひそめ、露骨に面倒臭がっているのが見えたが、それでも瑠璃はやめることがない。

 ほとんど水掛け論の様相を呈しているその光景を眺めながら、陽介は奇妙な感慨を抱いていた。

 二人の関係性には、何ら色っぽいところが見当たらない。だが、それは単なる知り合いで片づけていいものではなく、意識の深いところで何かがつながっている。そう、その関係をあえて言葉で表すとすれば、、


「なんというか、本当に親子みたいですね」


 瑠璃の冗談らしいが、最初に鬼灯を紹介した時のセリフを思い出した陽介は、あながち根拠のない冗談ではないとそう言った。だが、その言葉に対する反応は顕著だ。


 ――わずかに顔を傾けた鬼灯の瞳から、形容しがたい威圧感が飛んできた。


 それは、幾たびの戦いを潜り抜け、何度も死線を制してきた者にしか出すことのできない、濃密な敵意――殺気とでも呼ばれるようなものだ。

 それだけで人すら殺すことができそうな、学生が受けるには過剰に過ぎる圧。

 ひやりと冷たいものが陽介の背中を滑り落ち、息が止まるのも一瞬。フッと、投げかけられた圧が唐突に解かれるのを肌で感じた。


 呼吸を再開し、脂汗を欠きながら、予想外の反応を返した鬼灯に目を移すと、大魔術師は極まりが悪そうに頭をかいているところだった。


「ああ、悪い。つい反射的にな。……どうやら、本当に酔ってきてるらしい」


「だから言ったでしょう。今日はこのくらいにして、早く戻って休んだらどうです?」


「分かったよ。そうする。……あー、本当に悪いな倉橋。ここは俺のおごりってことでいいからよ。さっきのは忘れてくれ」


「……は、はい」


 精一杯自制し、なんとか平常通りを装う鬼灯に、陽介もまた努めて冷静に返そうとするも失敗する。

 鬼灯は再び極まりが悪そうに後頭部をかき、財布から万札を出すとテーブルの上に置いた。


「釣りは小遣いにでも取っとけ」


「えっ! いいんですか!?」


「お前じゃねぇよ。倉橋に言ってんだ」


 瑠璃の軽口に応じてから、もう一度陽介に視線を移すと、鬼灯はジョッキに残ったビールを残して店を出て行った。

 その背中が、妙に疲れているように見えたのは気のせいだろうか。


「ヨースケさん、ヨースケさん。お釣り、山分けにしませんか?」


 軽口を叩く瑠璃が、そうすることで重くなりかけた空気をほぐそうとしてくれている。そんな気がした。



 * * *



「ずいぶんと親し気というか、僕の印象はさっきの通りだけど、鬼灯大魔術師との関係は?」


 定食屋での食事を終え、ホテルへの帰路についた陽介が最初に口にしたのはそんな質問だった。

 店の中からずっと気になっていたことではあったが、場の空気に流されるあまり最後まで聞くことができなかった問いだ。


 口にすると、瑠璃は一瞬キョトンとしたのもつかの間、すぐに悪戯っぽい笑みを作る。


「なんですか? ヨースケさん、ひょっとして気になるんですか? 私と男の人との関係が」


「まあね。友人が有名人とああも親し気……というより無遠慮に会話ができるとあれば、それなり以上の興味はある」


「わー、からかえないー」


 軽口で躱すつもりなのか、普段通りのテンションの琉璃の態度を、今は余裕をもって受け応えることができない。意図とは別に眉が潜まるのを感じた陽介は、かすかに開いた瑠璃の口が「まあ、色々あったんですよ」と答えるのを聞いた。


「色々、とは?」


「あまり言いたくないことも、時としてあるんですよ。まあ、ヨースケさんはお友達なのでもうちょっと話しますけど。――昔、ちょっと……。いえ、かなーり大変なことがありまして。その時にだいぶお世話になったんです」


「…………」


「それからちょくちょく気にかけてくれたりして。まあ、パパみたいな、そうじゃないみたいな。ですから、私が最初にホーズキさんのことをパパだって言ったの、あながち冗談じゃないんですよ?」


 「向こうは嫌がってますけどね」と付け足した瑠璃の表情からは、普段うかがえるひょうきんさが感じられない、素のものだった。

 瑠璃のあまり話したくない、奥底の部分を聞いてしまったと気づいた陽介は、しかしもう一つのことも確かめずにはいられなかった。


「その、僕がああ言った時、鬼灯大魔術師はどうしてあんな……?」


「それは私の口からは言えませんね」


 断固といった口ぶりで、二つ目の問いは却下される。目だけで理由を問うと、瑠璃は小さく嘆息し、


「いえ、私も詳しく知ってるわけじゃないです。概要を知ってるだけで。その概要も、ホーズキさんの許可がないのに話すのはなーと。これでもルリさん、そこそこ口は堅いので」


 大真面目に言い切った瑠璃。その表情を見れば、どうあっても話してくれないのだと理解できた。


「野暮なことを聞いてしまったみたいだね。すまない」


「いえいえー。気になるのも当然ですから。ヨースケさんは悪くないですし。ただ、もし次ホーズキさんに会うことがあれば、さっきのことは気にしないでほしいです」


「肝に銘じておくよ」


 真面目腐って頷く陽介に、瑠璃は満足そうに一息つく。

 気になるには気になる。だが、そんな興味本位で聞いていいことばかりでないと、陽介も理解している。

 瑠璃の頼みは守るのが難しそうだが、できる限り善処しよう。


 大魔術師との夕食は、そんな形で幕を閉じた。

次は日曜日です。

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