27『陽介の晩餐①』
――まさかこんなことになるとは思わなかった。
「あー、飲んでますねー。それもだいぶ。いいんですか? 仕事があるでしょうに」
「うるせぇ、飲まねぇでやってられっか」
「二日酔いで明日に響きますよ? なんならこの心優しくて可愛いルリさんが付き合いましょうか?」
「未成年だろうが」
「あははーっ」
陽介は、目の前で繰り広げられている光景が信じられなかった。
すでに三杯目に突入したビールジョッキを、一度傾けただけで三分の一ほども飲み干す中年男の飲みっぷりもそうだし、その酒豪っぷりをからかう友人の姿もそうだ。
中年をいたいけな女子高生が誘惑している。そんな風にも見える光景だが、おそらくそんな傍から見た印象よりも、男の肩書を知った後の方がより強い驚きを感じることができるだろう。
確かに陽介は、瑠璃がいささか以上に風変りであることを知っていた。それはほとんど毎日話していれば嫌でも分かることだ。
――だが、まさか偶然鉢合わせた大魔術師と。それも英雄とまで謳われる鬼灯進と、ここまでフランクに接するとは、さすがに想像の埒外だった。
「あ、お酌しましょうか? 萌え萌えキュンキュンとかします?」
「すんな。つぅか、酌するようなもんなんてねぇ」
「あははーっ」
普段と変わらないテンションの瑠璃を見、陽介は自分でもよく分からない感情に嘆息した。
* * *
――時は一時間ほど前まで遡る。
本日の夕食は各自好きなところで取るようにとは、無論魔術大会のためにここ京都にやってくる前に聞かされていた。
昨日の魔力切れから快復し、バトルロワイヤルを危なげなくクリアした陽介は、当然、三日目の夕飯も普段の面子で取ることになるだろうと予測していた。普段の面子――響、瑠璃に陽介を含めた三人である。
一度部屋に戻り訓練着から着替えた陽介は、それから響と瑠璃にメールを送った。内容はシンプルに、今日の夕飯は一緒にどうかといった内容だ。
瑠璃からは即答でオーケーが。しかし、しばらく待ってから届いた響の返信には、先約があるので断る旨が書かれていた。
なるほど、奏かと納得した陽介は、自分も一緒にいいかと聞くような真似はしなかった。瑠璃から何かと言われているが、その程度に分別は弁えていたと言える。
そういった理由によって、陽介と瑠璃は二人で夜の街に繰り出したのだ。夕食を取りに。
向かったのはホテルからほど近い繁華街。ほとんどの魔術学園生が集まる中で、二人はさてどこにしようかと話し合った。
もっとも相談相手が瑠璃では、円滑にいかないことは明白だったが。
「別にルリさん、ファミレスでもファストフードでもいいんですけどねー」
「それはいくらなんでも、寂しいというものだよ。せっかくだし、何か本場のものを食べたいというのは、僕のわがままかな?」
「さあ、だいたいの人はそう思うんじゃないですかねー。私が興味ないってだけですしお寿司」
「さすがに寿司には手が出ないと思う」
「今のは提案じゃないです。ノリです」
そんな、いつも通りの不毛な会話で時間を浪費しつつ、さすがに腹の虫もうるさくなってきた段になって、ようやく瑠璃も真面目に考え始めた。
「あそこなんていいんじゃないですか?」
「あれは居酒屋だと思うな。僕たちが入れる店ではないよ」
「お酒さえ飲まなければセーフでしょう」
「入ったらアウトだと思う」
「それじゃあそこ。トンカツとか」
「京都とはなんの関係もないと思うが……」
「めんどくさっ」
むしろ決めるのに手間取る原因は陽介にあるのではないかと思えなくもなかったが、二人はそれから数分間、提案と却下を繰り返す。
あそこはどうだ。いや、京都らしさがない。ではここは。今日は魚の気分なんだ。
普段の不毛さを数倍したようなやり取りが繰り広げられ、結局二人が行き着いた結論は定食屋だった。
なるほど、ここならば幅広い系統のメニューがあり、陽介の意向にも沿うだろう。
実際は陽介も、このままでは決まらないなと妥協した結果ではあったのだが。
そうして二人は店内に入り――なんとなく見覚えのある、中年の男がビールをかっくらっているのに出くわしたのだ。
――陽介の家は、魔術が現代のように体系化され、学術分野として確立する以前から――すなわち、まだ魔術が、陰陽術と言われていた時代から続く旧家だ。
現代においても倉橋家は魔術界に影響があり、大魔術師たる鬼灯が出入りしたこともある。
陽介が鬼灯に見覚えがあったのはそれが理由だが、そのことを即座に思い出せるほど、個人的なつながりはない。
だからこそ、知り合いかもしれないという疑念は持ちながらも、干渉はせずにスルーしようとしたのだが、
「あれ? あららー、こんなとこで奇遇ですね」
傍らに立つ瑠璃が、遠慮もなにもなく近寄り、背後からその男の顔を覗き込んだことで事情が変わった。
というより、友人の唐突な行動に、二人の関係性がうかがえず、硬直したと言った方が正しい。
瑠璃はそんな陽介の様子に気づくことはなく、相変わらずのマイペースで、面倒臭そうに顔をしかめる中年男に語りかける。
「どうしたんですか? こんなとこで一人で。ぼっちですか、友達いないんですか」
「…………お前ほどじゃねぇよ」
「やだなー、私だって友達くらいいますよ。ねー、ヨースケさん?」
「……そうだね。その言葉に否定する要素はない。……ところで瑠璃。その人は?」
話を振られてようやく発言できた陽介は、機会を逸してしまわないために先んじて問いを発した。
それに瑠璃は、いつも通りの軽いノリで、
「私のパパです」
「違ぇよ」
先はやたらと溜めてから返答した男が、今度は食い気味に否定した。
傍目にも、男が顔をしかめたのが分かったが、当の瑠璃は「あははーっ」と笑うだけで意に介した様子はない。
彼女は冗談ですとでも言うように肩をすくめ、それからとびきりのいたずらを仕掛けるような調子で、
「まあまあ、そう怒らないでください。ちゃんと言いますから。ヨースケさんも、びっくりして腰とか抜かさないでくださいよ?」
「それだけのことが、その人物の正体にあるのかい?」
「ちょっと大げさに言っただけです。――聞いて驚け。なんとこのぼっちさんは……」
「――大魔術師の鬼灯だ。一応知ってんだろ」
「あーっ!? ちょっと言わないでくださいよ。せっかくルリさんがもったいぶろうとしたのに!」
「だから言ったんだよ」
途中で割り込んだ男――鬼灯が、ルリの思惑を外から崩した。
抗議の声を上げる瑠璃を、しかし鬼灯は取り合わない。だが、そんなこと陽介にはどうでもいい。
顔を見たことはあれど、その名前までを把握していなかった陽介は、彼にしては珍しく頭を真っ白にした。
そして瞠目し、まじまじと鬼灯を眺めた後、驚き硬直する喉元をなんとか震わせ、
「え……?」
そんな声を絞り出すのがやっとだった。
次は金曜日です。




