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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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26『響の晩餐②』

 ――お好み焼きは、壮馬のお墨付きなだけあって美味いものだった。


 生まれてこの方、家庭で作るようなモノしか口にしてなかった響には、特にそうだ。そもそも、家で作ると生地がねちょっとして、実のところ少し苦手だった。

 だから、この店のようにふっくらとした食感を味わったのがこれが初めてだ。


 チーズをのせたものや、シンプルに焼き上げられたものと、バラエティ豊かな響きが頼んだラインナップのどれもに舌鼓を打つ。

 正直、お好み焼きが好きというわけでもなく、期待値がそうでもなかったことも相まって、これが本物のお好み焼きだと教えられたような気分だ。大阪は隣だけど。


 そうして箸を進める響と、丁寧に食べ進める奏を、壮馬はビール片手に視界に収め満足げだった。

 あらかた食べ進めたあたりで、壮馬は「そういえば」と響に問いかける。


「モロに火魔術食らってたけど、大丈夫なのか? 相手の子、かなりレベル高かっただろ」


「ああ、はい。一応は完治してます。柳川……養護の先生には無理するなって怒られましたけど」


「完治? 早いな。二日くらい置かないと治り切らないと思ってたけど、そうでもなかったのか」


「いえ、これは酷いって散々言われたので、軽い怪我じゃなかったと思います。……痛かったですし」


 バトルロワイヤル中はアドレナリンが出ていて気づかなかったが、舞台から降り、落ち着いた響を襲ったのは激しい痛みだ。さすがに隼人にいたぶられた件とは比べるべくもなかったが、それでもあの激痛は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 あれで軽い怪我、と言うほど、響はびっくり人間ではない。


 「ほお……。じゃあ、東京学園の養護教諭は優秀なのか」


「そうなんですか?」


 美里以外の養護教諭とかかわったことがないのでいまいち基準が分からない。隣に座った奏に返答を求めると、師はちょっと待ってと手のひらを見せ、口をもぐもぐ動かしてそれを嚥下してから、


「私も詳しくは知らないけど、柳川先生って学生時代も優秀だったみたいよ? 少なくとも治癒魔術は相当だと思うし。まあ、私は治癒魔術はそんなに使えないから、断言できないけどね」


「いや、奏ちゃんの認識で合ってると思うよ。あの怪我なら、治すのに一日二日かかっててもおかしくない。いや、直接怪我の具合を見てない俺が言うのもなんだな、これは」


「そうなんですか」


 奏と大魔術師のお墨付きならばそうなのだろう。思えば一学期、隼人にいたぶられた際にも、美里はしっかりと元通りまで治療してくれた。あの負傷の度合いを鑑みれば、美里が想像以上に治癒魔術を極めた逸材であることは想像の範ちゅうだろう。

 意図しないところで、自身を何度も治療してくれている教師の実力を把握してしまい、響は頭が上がらない思いだ。


 響が一人で納得していると、壮馬は「ああごめん、話がそれた」と一言断りを入れると、再び響に向き直り、


「今日、結構危ないところまで追い詰められてたけど、大丈夫? ベスト4じゃ、戦わないかもしれないけど、だからって戦う可能性が低いわけじゃないもんな」


「…………」


 そう、案ずるように問いかけてきた。

 本日のバトルロワイヤルを勝ち進み、一学年個人戦本戦に駒を進めたのは既定の通り一六名。そのうち、東京魔術学園の生徒は響も含めて四人だった。

 陽介や、隠れることのできる瑠璃は当然にしても、まさか正々堂々という信条を掲げている穂香までもが本戦まで勝ち残るとは、意外の一言に尽きた。正々堂々と――すなわち、一対一で。流れ弾などを考慮に入れない戦い方は、早々に破たんすると考えていたのだが。分からないものである。


 個人戦本戦は、トーナメント形式で行われる。ベスト4に入るには二勝が必須条件だが、当然、トーナメントは同じ学園の生徒とは極力当たらないように組まれるため、別学園である永沢と当たる確率は、五分五分といったところまで引き上げられてしまう。

 すべては明日発表されるトーナメント次第だが、


「勝ってみせますよ」


 当たったところで負けるつもりは毛頭ない。無論、そう簡単に運ばせてくれる相手ではないことは先刻承知だが。

 言い切る響の強気な態度に、壮馬はきょとんと眼を丸くする。それからははぁと得心したように唸って、


「なるほど、気合が違うってことか。そりゃ、君の実力じゃ、気合で負けてたら話になんないもんなぁ。……あれ、俺って今、相当無神経なこと言った?」


「いえ、俺は別に気にしないですから」


「そうか? それなら別にいいけど。でも、気合が入ってるからって実力差がひっくり返るわけじゃないよな。何か策でもあんの?」


「えっと、一応は……」


 ホテルを出る前に、方向性を転換しかけたことを思い出し、響は曖昧ながらもそんな風に答える。

 永沢と同じように、勝ちにのみを主眼を置いて戦術を練る。現在の時点でそれなりに卑怯な戦法を取っている自覚のある響としては、魔術大会という舞台も手伝って、あまり進んで進みたい道ではない。

 だが、奏の夢のことを考えてしまえば、響自身の忌避感や魔術機関へのアピールなど、些事に過ぎない。


 「どんな?」と訊ねる奏に、響が正直に答えるが、最後まで聞いた師は眉をひそめて険しい表情だ。

 箸を止め、体の向きを変えて響の方へと向き直ると、まっすぐ目を見て諭すような声音が発せられる。


「響くん、確かに、昨日は無理しなくていいって言えないとは言ったけど、響くんがそういうことを考えるなら話は別よ。別に無理しなくていい。確かに頑張ってほしいし、頑張ってくれないと困るけど、それでも響くんが自分を犠牲にするようなことはないもの」


「え? いやでも……」


 奏の夢は、今年の魔術大会でなければいけないが、響に関して言えば来年以降でも構わないのだ。来年以降も魔術大会の出場権を獲得できるか定かではないが、それでもチャンスはある。優先順位なら、明らかに奏の方が上だ。

 それに響の魔術力では、アピールができているのかも分からない。


 それが分る人物がこの場に一人いるが、


「いや、さすがにそれは口外できないな。機密事項ってわけじゃないけど、モラル的に」


 教えてもらえるはずもなく、響は押し黙る。

 奏にそう言ってもらえるのは、愛されているようで弟子として光栄だが、同時にそう言わせるほど師に貧乏くじを引かせてはならないという感覚も働く。


「奏さん、俺は別に自分を犠牲にしてるわけじゃないです。ただ、今回の魔術大会で、俺がなにを優先したいのかを考えて、選んでるだけですから」


 恩返しの、何が犠牲だというのか。

 響が奏から受けた恩は多大なもので、それは響の心の大部分を占めている。

 無理をするなと言われても無理をするし、無茶だとしても突き進む。それが自分の身を削っているとも思わない。


 しかし響の言葉に奏は目を伏せ、「でも……」と言葉を紡ぐ。


「それで響くんの邪魔になるのは嫌だし……。これは私のわがままだもの」


「そんなの気にしませんって。俺が好きなようにしてるだけなんです」


 幼子が言い訳するように話す奏に、響はあくまで引く態度を見せない。奏が響に罪悪感を感じていたことは聞いたことだ。

 気にしないと何度も言っているが、こればかりは本人の気持ちの問題だった。


 睨み合うという形でこそないものの、二人の間に沈黙が流れる。響は引く気がないし、奏も奏でどうすればいいか分からない。

 だからその停滞に割り込むのは第三者だ。


「あのー、ちょっといい?」


「はい?」


「なに?」


 小さく挙手して学生に発言許可を求める大魔術師に、響と奏は揃って振り向き疑問系。

 壮馬は咳払いし、おずおずといった様子で、


「二人はあれか? 師匠と弟子って関係でいいんだよな?」


「そうですけど」


「そうだけど」


「他にはなにもない? 師弟以上の何かみたいなのって」


 壮馬の問いに、響と奏は顔を見合わせる。互いに壮馬の言っていることが分からないといった様子で、キョトンとした表情で、


「ないです」


「ていうか、師弟以上のってなに?」


「オーケー。分かった。嘘つけって言いたいけど、まったく嘘じゃないことが」


 なにやら一人で納得した壮馬が、額に手を当てて呻くように呟く。

 わけが分からず再び顔を見合わせる二人を、壮馬は暖かい眼差しで眺めて、


「まあそうだね。俺が口を挟むことじゃないだろうけど、話が進まなそうだから言うわ。奏ちゃん、弟子を信じるのも師匠の義務だよ?」


「でも心配で……」


「それでもなにも言わずに信じて待つのも、師匠だってこと。それと響」


「は、はい?」


 唐突に名前で呼ばれてどもる響。それが幸運なことなのかどうなのかという思考は、次の言葉で消え去った。


「そりゃ君が勝ちゃあ、奏ちゃんは誰の邪魔立てもなく夢に向かって進めるわけだけど。でもそれが自分の弟子を犠牲にしてのことだったら、たぶん素直には喜べないよな」


「…………」


「気持ちが間違ってなくても、方法が間違ってちゃ意味がないってこと。そこらへん、もうちょっと考えてもいいと思うぞ」


「…………」


 目から鱗、だろうか。考えたことがなかった。

 今まで響は恩返しをしたいという一心だったが、それが奏が笑えない未来につながるのならば、自重せざるを得ない。


 だが、だからと言って、より勝率の高い方策を捨てる必要があるのかという自問には答えが見つからなかった。

 思わず壮馬を見返すが、茶髪の大魔術師は「まあ、どうするかは響自身が決めることだけどな」と締めくくるだけだ。


「さて、長話しすぎた。食べようぜ。ついでに俺の仕事の愚痴も聞いてくれ」


 若干淀んだ空気を吹き飛ばすように、快活に言い放った壮馬。「そうね」と返した奏も食事を再開し、それにつられて響も止めていた箸を動かし始めた。


 愚痴を話し始めた壮馬を視界の端に、響は改めて隣の奏を盗み見る。


 ――自分はどうするべきだろうか。


 再度の自問にも、やはり答えは出なかった。




次は水曜日です。

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