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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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24『バトルロワイヤル③』

「がふ――っ!?」


 空中でバランスを崩した響は、吹き飛ばされた勢いそのままに宙を舞い、石畳へと激突する。苦悶に息が吐き出されるが、それだけにとどまらず、響の身体は石畳の上を二転三転と転がった。

 かろうじて受け身を取ったが、打ち据えた背中や尻、腕がジンジンと鈍い痛みを訴えてくる。

 炎をもろに食らった半身に関して言えば、訓練着がある程度の威力を削減してくれているものの、見ずともはっきりそれと分かるほどの火傷の感触が感覚を狂わせていた。


 代わりに、ゼッケンはかすめる程度にとどまっている。あの威力を受けておきながら、変色した様子もする様子もないことを、幸福と取っていいものかどうか。

 転がったおかげで、距離はそれなりに離れたが、追撃を警戒せずにいられるほどではない。

 痛みを押してすぐさま立ち上がろうと苦心するが、脚にまで被害が及んだせいで、上手く立ち上がることができない。

 

 そうしている間にも永沢は、とどめを刺すべく、これまで徹底的に避けてきた接近を開始し、しかし中途半端な距離で足を止めた。

 接近した瞬間を狙った不意打ちの可能性を意図的に潰した距離に、響は歯噛みする。不用意に近づいてくれさえすれば、目つぶしなりで時間を稼ぎ、戦術を練る暇も得られただろうに。


 どうすればこの場を切り抜けられるのか。白熱する思考の中、必死に模索する響は、持ち上げられる永沢の手を見た。

 かざされたそこに魔力が集中し、術式が組み上げられてとどめが放たれる。

 まさか、防御するだけの出力が響にあるはずもなし。であるならば回避だが、数瞬しか稼げない挙動でどうすればいいというのだろうか。


 ――だが、負けられない。


 数瞬だろうと、敗北までの時間を稼げるのであれば実行しない理由はない。

 この場での響の勝敗は、そのまま奏の人生にかかってくるのだ。すでに一つ、チャンスを潰した身。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。


 放たれた火球を、全身を振って強引に地面を転がることでやり過ごす。先ほど炎を食らった箇所が地面に触れると激しい痛みが走るがそれをいったん意識の外に追いやった。

 起き上がり、無事な方の腕でタロット引っ掴む。術式を確認している余裕はない。

 滅茶苦茶にばら撒き、そのうち、魔力が注ぎ込まれていたものだけが発動。永沢の追撃の手を遅らせる。


「ぐ、ぉ……!」


 それを確認する暇もなく、炎に焼かれた片足を引きずって全速力で駆ける。当然全快時ほどの速度は出ず、足を踏み出すたびに起こる激痛に苦悶の声が漏れた。だが、今の速さではいささか以上に足りない。

 足りない速さを補うべく、響は片っ端からタロットを投げて投げて投げ続ける――。


 そんな悪あがきは、数秒しか持たなかった。


 半身がほとんど使い物にならない現在、どう戦術を練ろうと時間稼ぎ以上の効果は得られない。


 ――どうする。どうする。


 目まぐるしく思考を回転させ、なんとか策を捻り出そうと画策する。だが、それよりも這い這いの体で逃亡を図る響めがけて、追撃の火球が直撃する方が早い。


「ぎ……っ!?」


 ゼッケンを狙ったというよりも、響の動きを止めることに主眼を置いた狙撃は、無事な方の足をもえぐってすくい上げる。

 苦悶に歯を食いしばった響は、もはやバランスを取ることも叶わず、ひっくり返ると仰向けの大勢で仰臥した。


 ――まずい。


 胸をかける焦燥感に命ぜられるがままに、その体勢のまま追撃をけん制しようとするが、ろくに狙いも付けられていない攻撃が永沢を都合よくとらえる道理はない。

 まったく見当はずれの方向に飛んで行った魔術の向こう側。こちらに身体を向ける永沢は、その猿顔にぬるっとした笑みを浮かべて、響に手をかざし――。


『――そこまでっ!』


 不意に鳴り響いたアナウンスに、バトルロイヤルのフィールドが即座に緊張したのが分かった。

 皆、今の制止の理由を確認しようと、戦闘の手を止めて頭上を見上げる中、その意思を受けたからというわけではないだろうが、アナウンスは続く言葉を述べた。


『――規定人数になりました。これにて個人戦予選。一学年、Aグループのバトルロワイヤルは終了です。現在生存している生徒は、戦闘をやめ、フィールドから退場してください』


 その言葉に響は上体を起こし、左右を見回し確かめる。

 なるほど、見る限り現在の生き残りは響も含めて八人。東京の生徒は響の他に見当たらず、しかし見たことのある面子だ。事前にマークしていた生徒が大多数を占めているということだろう。

 なんにせよ八人は、ちょうど個人戦本戦に進むことができる人数で。

 ということはつまり――


「助かった……?」


 その言葉が自覚へと変わった瞬間、安堵のため息が漏れた。

 危なかった。一撃をもらった瞬間は、確かに敗北したという感触があったほどだ。最後の最後で逃亡を決行しなければ、響は本戦に進むこと叶わず魔術大会を終了していただろう。


 息を切らして肩で呼吸をし、ふと、執拗に響を狙い、最後には始末する寸前までいった猿顔の少年の姿を探した。

 永沢は、先ほどと変わらぬ位置で響を見つめていた。マイナスの感情を含んだその瞳は、しかし憎悪や怒りといったものとは本質的に異なるものだった。

 そう、言うなれば、面倒なことになったとでもいうかのような、諦めと嘆息が混じったもので。


 その意味を探り切らぬうちに、永沢は普段の表情に戻り、なぜか響の座る地点まで悠々と歩きだした。きょとんと呆ける響は、歩みを進める永沢を視界に収めることしかできない。


「大丈夫ゥ……やないな。手ェ貸そか?」


 ついに真正面まで来た永沢が声を発した時、響はそれがまさか自分にむけられたものだと思わず背後を顧みる。が、そこには誰もおらず、ただ生徒のすっかり消えたバトルロワイヤルフィールドがあるだけだ。


「いや、ジブンやジブン。その怪我、俺のせいやし、手ェ貸そかと思うてな。いらん世話やったか?」


「え? ああ……」


 関西弁の語り口。猿顔と相まって、濃すぎるくらいに漂ううん臭さに戸惑いつつ、有難い申し出だと響は返事をした。

 実際、今の響の負傷で退場するには少々荷が勝ちすぎていた。


 肩を貸してもらって起き上がり、ほとんど負ぶってもらう形で石畳を後にする。


「なんや、悪かったなァ。ジブンしぶといから、手加減できひんかったわァ」


「いや、俺こそ。まったく攻撃当てられなかったし」


「そら、用心してたからなァ」


「それに、運んでもらっちゃって……」


「それは気にせんと、しっかりつかまっときィ」


 お言葉に甘えて、としっかり肩を掴ませてもらう。

 なんというか、響が想像していた永沢という人物像が、完全に書き換えられた気分だ。無論、明確に思い描いていたわけではないが、意識下に抱いていたイメージが間違いであったと思い知らされる。


 堅実で堅牢、かつ素早い判断の戦闘スタイル。その落ち着いたイメージとは違い、まったく普通の男子高校生といった印象を受けたのだ。

 これが、昨日、陽介に何らかの危害を加えたのではないかと、そう疑われた人物なのか。

 セリフの端々に含まれる気遣いや、実際に響に手を貸している現状も含めて、疑っていた自分が馬鹿らしいとさえ思ってしまう。


 要素として近いものを持つのは陽介だろうか。人と触れ合う場面において、発する空気感だけで緊張を解いてしまうような、そんな雰囲気が永沢にはあった。

 なるほど、団体戦であそこまでの統率力を発揮したのも納得だ。


「ほな、俺はここでなァ。あとはジブンとこの先生に診てもらいィ」


「うん、ありがとう」


 片手を上げて、東京学園の待機スペースまで響を運んだ永沢は去っていった。石畳から下りた際、ここでいいという響を、強引に連れてきたのである。おせっかいなのか、どうなのか。助かったことには助かったが。


 そんな、悪印象を抱くのが難しい相手に毒気を抜かれ、ついさっき負けかけた記憶が薄まってしまうのが何とも恐ろしい。


 危うかった。その記憶をもう一度思い起こし、人柄と試合結果は別だと自分に言い聞かせる。

 条件であるベスト4を達成するには、高確率で永沢と当たる。記憶を薄めている場合ではない。怪我を治したら、早々に反省と対策を建てなければ。


 ――美里が到着し、響の治療を始めたのはその五分後である。

次は土曜日です

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