22『バトルロワイヤル①』
一夜明けた魔術大会三日目。
天気は快晴。屋根のない京都ドームには、頭上からさんさんと太陽が降り注いで入るものの、残念ながら年明け間近という季節の影響で、見た目ほどの気温は得られずにいた。
とはいえ屋根の代わりに頭上に張られた無色透明の結界のおかげで、外に比べればだいぶマシだ。
そんなフィールド、昨日までの団体戦と同じ素材でできた舞台の上で、響は周囲を見渡した。
八〇人が敷き詰められる都合上、五〇メートル四方の石畳では足りなかったらしい。九〇メートル四方に拡張された空間には、それぞれ一〇メートルほどの距離を取って、正方形に配置されている。
九〇メートルもの空間となれば、ダメージを受けた生徒がすぐに退避できないのは自明のこと。
それゆえ、ルールで、ゼッケンの変色した選手への攻撃の禁止。さらに、フィールドの外には倒れた生徒を安全に場外へ連れ出す係員。医務員が待機している。
だから、響は居合に集中できる。
フィールドのどの位置から試合が始まるかは抽選であらかじめ決められていた。
指定された場所まで移動した響は、周囲を見回して嘆息した。
「……極端だなぁ」
響きが配置されたのは隅っこも隅っこ、四角形の頂点の一つだ。
確率にして二〇分の一。五パーセントのくじを引き当てたことに対する喜びは特にない。もとより、どこにいても有利不利に大きな差はないのだ。角ともなれば、単純に端を引くよりも不利な感はぬぐえないが、やはり関係はあるまい。どうせ、バトルロワイヤルが始まれば乱戦になる。
開始のブザーが鳴るまで、しばしの静寂が流れる。その間に屈伸、震脚をして体をほぐしていく。
試合前は緊張しない性質の響はリラックスした様子だが、周囲の生徒の様子は文字通り十人十色だ。
深呼吸を繰り返す者、祈るように手を握る者、周囲を注意深く見渡す者……。さすがの響もこれら全員の情報を把握しているわけではない。せいぜい、要注意人物をマークする程度だ。
そのマークも、たったの二日で完全なものになるはずもなく、未だ不安要素は多い。響の戦い方としては致命的とも取れる事態だが、
「仕方ないものは仕方がない。やるしかないんだから全力で」
その少ない情報も、これほど人がいればどこまで機能するか知れたものではない。であるならば、最初から価値を持つかも分からない情報に無理に意識は割かず、基本方針だけを建てて臨機応変にすべきことをするのみ。
団体戦一日目と似通った考え方で、響はこのバトルロワイヤルという、魔境に臨む。
『試合開始、三〇秒前です』
アナウンスが鳴り響き、心なしか空気が緊張をはらむ。身構える周囲と同時に、響もまた腰のホルダーに手を添え、体勢を低くする構えで牽制する。
ジリジリと、じれったくなるほどにゆっくりと時間が流れ、大人数が集まっているとは思えないほどの沈黙が場を支配する。
そして、その張りつめた空気を弾けるブザーが、破った。
『試合――開始!』
「「「――――っ!!」」」
アナウンスの叫びに食い気味に、約八〇人に及ぶ詠唱が湧いた。
束ねられて暴力と化した音圧に、しかし予想していた響は一瞬も取り乱すことはなく自分の行動を開始する。
ブザーと同時に疾走。直後、響めがけて放たれた火球が石畳を穿った。
問答無用。先手必勝。そんな考えが透けて見える一撃だ。
それが間違っているとは言わないが、全員が全員同じことを考えるであろうこの状況では手放しに肯定できる策でもない。
事実、響に攻撃を仕掛けた生徒は、背後から飛来した別の生徒の魔術によって吹き飛ばされていた。
一撃で変色するほど耐久力の低いゼッケンではないが、それでも術者自身のダメージは別だ。顔をしかめて即座に立ち上がっていたものの、撃たれた背中は相当痛むことだろう。
見渡せば同じような状況に陥っている生徒が数人見かけられる。響にとっては都合がいい。
一気に乱戦。流れ弾の飛び交う危険地帯と化す石畳を、響は身を低くしで表面積を小さくすることで直撃を避けつつ通過する。
響の基本方針。それはまさに現在の挙動に他ならない。
一対一の戦いと思ったが最後、敗北が確定する状況。常に多対一と考えなければ到底生き残ることができないバトルロワイヤルにおいて、響が選んだのは多対一すらしないことだった。
端的な言い方をすれば、ひたすら逃げるのだ。
戦闘をせず、あとは流れ弾にさえ気を付ければ勝手に数は減っていく。既定の八人とまではいかずとも、状況を正しく把握することが出来るだけの人数には絞り込めるのではないか。
そんな考えにのっとった、単純な方針だが、
「――さすがにそれだけじゃね」
ただ勝利にだけを主眼を置くのであれば、この方針に何の不備もない。だが、各魔術的機関が観戦している魔術大会は、言ってしまえば自分の力を売り込む場でもある。逃げ回るだけでは、前者は果たせても後者は果たせない。
魔術師を目指している響にとって、それは間違いなく痛手だ。
そもそも、鬼灯が見ている。
「だからといって、みんなみたいに戦えるわけじゃない」
一番いいのは、陽介の様に圧倒的火力でもって周囲の生徒を同時に焼き払うような、そんな活躍だろう。
誰が見てもはっきりとそれと分かる才能を、これでもかと誇示する戦い方は、売り込みという目的をこれ以上ないほどに果たしている。
だが、響にそんな戦い方ができないのは自明のこと。魔術力で他よりも圧倒的に劣る響は、売り込むにしてもこざかしい戦い方に傾かずにはいられない。
「水よ」
詠唱。体内魔力を明確な形を与えることで実体化。それを、生徒に当たらないようにという配慮だけを胸に、具体的な標的も定めずに放水する。
アーチを描く水の軌跡は、今まさに戦闘の真っ最中の生徒たち。その背後に着地して小さく水しぶきを上げた。
控えめな魔術行使に、戦闘に神経を割く他の生徒たちは気づかない。
「上出来」
ほくそえみながら、響はそのまま疾走を続ける。空間を縫い、時々飛来する流れ弾は躱すか魔術で軌道を逸らすことで対処し、余裕ができれば先と同じ要領で放水する。
一見何がしたいのか理解に苦しむ光景だろう。あるいは、勘のいいものであれば、先日までの響の試合を思い出して即座に対策を建てたかもしれない。
だが、それも圧倒的少数。乱戦真っただ中のこの状況で、そんな冷静に状況を俯瞰できるものがどれだけいるだろうか。よしんばいたとしても、戦闘の真っ最中に他ごとにまで対応できるものがどれだけいるだろうか。
そも、響の撒く水元素に気付いた者はあまりいない。
なかなかの広範囲に、途中から隙間を埋めるようにして撒かれた水元素は、巨大な水たまりとなっている。
気取られていない現在。ならば仕掛けるなら今だ。
「――雷撃!」
頼れる魔術の筆頭、雷撃。
巻き添えを食らわないように充分な距離を取って放たれたそれは、水たまりの淵に着水した瞬間、無差別の猛威となって駆け抜ける。
響の撒いた水元素を不幸にも踏みつけていた者を襲う電気ショックに、戦闘真っただ中だった生徒たちは挙動を狂わせる。ビクッと肩を震わせ、動きを止めたのだ。
追撃の絶好のチャンスだが、
「は――ッ。うわ……。きつ……」
予想以上に絞られた魔力を感じ、響もまた動けない。
破格の威力を持つ雷撃だが、もちろん弱点は存在する。それはその会得難易度が他の元素と比べても高いことの他にも約二つ。
一つは、消費魔力の大きさだ。一人を相手に使うだけでも、基礎元素を生成するときの数倍の魔力が要求される上に、空気中に放出したのでは威力は著しく減退する。
響が雷撃の発動時に必ず水を撒くのは、水を介することで威力の減退を抑えるためだ。
そしてもう一つは、雷撃の威力は、標的の数に反比例するという点だ。
無差別攻撃としてこれ以上ないほどの性能を誇るこの魔術だが、それもあまりに範囲が広ければ効力を失う。
響が今攻撃したのはざっと一〇人程度だが、一人であれば麻痺して動けなくなるところを、目の前の生徒たちは多少の痺れは感じているものの、動けないといったほどではないようだ。
この人数。本来ならば、その痺れすらもほとんど感じない威力になり下がるところだが、必要以上の魔力を流し込むことで、強引に、力技でその威力をで押し上げた。もっとも、効果は薄かったようだが。
代わりに、力技の結果、響には予想以上の魔力消費がかかってしまった。
一瞬の脱力感から抜け出した響は、敵意をもってこちらを睨みつける生徒たちを見る。
なるほど、場をひっかきまわされて、腸が煮える思いだろう。それは重々理解できるし、響とて、同じことをやられればいい気はしない。
だが、今はバトルロワイヤルだ。
「――っ!」
背後から飛来した岩砲弾を、咄嗟に身をかがめることで回避する。
それを皮切りに、響によって動きを止められた彼らを狙った攻撃が、四方八方から襲い掛かった。
響に気を取られていた生徒たちは、それを避けることができない。かろうじて防御できたとしても、軽い痺れを手足に抱えた状態で火ぶたが切って落とされた戦闘は、相当に不利なものとなるだろう。
まさに、一網打尽だ。
目的は果たしたが、代償もある。逃げ回っていた響も、ついに敵に捕捉された。――背後から岩砲弾を放った下手人だ。
やり過ごすことができるのであればやり過ごしたいが、
「そうもいかない、か」
またも飛来した岩砲弾を身をひるがえすことで躱しひとりごちる。
向こうは完全に響をマークしている。この状態でやり過ごそうとしても無理がある。
しかし、姿を隠す幻影はあまり使いたくない。
下手人を視界に収めようと振り向くが、乱戦の様相を呈している石畳にそれらしき人影はない。そこから導き出される結論はただ一つ。姿を隠しているのだ。
そして、この状況下でそんなことをする人物として思い浮かぶのはただ一人。
「永沢、かな」
昨日の反則問答に関係なく、響はこの京都学園の生徒のことを高く評価していた。より正確に言うのであれば、警戒していた。
昨日の陽介の魔力切れが永沢の仕業でないにせよ、響が建てた策を団体戦において破ったことは事実なのだから。
団体戦という、これまで響が戦ってきたフィールドとは違うステージで、本領を発揮できていたとは言い難いのは事実だ。それでも、まるで知られていたかのように看破されたことは、自信のない身でもそれなりに屈辱だった。
出来ることなら本戦で当たりたい相手ではない。だが、隠れている永沢を探し、返り討ちに遭うということも視野に入れれば、捜索が一概に頭の言い選択とも言い難かった。
まさかバトルロワイヤルの段階で脱落などという醜態をさらすわけにもいくまい。
「となれば、逃げる一択」
隠れた下手人の捜索をしたい気持ちもなくはないが、リスクを考えれば方針を変えないほうが賢明だ。
数瞬のうちにそう判断した響は、岩砲弾の発射地点とは逆方向に向かって走り出す。
先の攻防と、攻防が繰り広げられていた時間で、八〇人いた生徒は数を減らして、パッと見では半分近くなっている。想像以上の進行具合だ。
先と同じように、生徒たちに気付かれないような地点を駆け抜け、流れ弾に回避を重ねていく。
火球が目と鼻の先を過ぎていき、鉄球が脚を潰しそうになるのをかすらせるにとどめる。岩砲弾が目と鼻の先を通過していき、いくらなんでも体をかすめていく攻撃の数が多いことに気づいた。
明らかに流れ弾ではない数。明確な意思をもって放たれた攻撃だと感じ、響は一度走る挙動を止め、周囲に目を凝らす。すると、途端に魔術が飛んでこなくなり、周囲の喧騒だけがうるさいほどに聞こえてきた。
「……狙われてる? 俺が?」
常に走り続け、真正面から戦う気配のない響を狙うなど、無駄な労力に他ならない。周囲は乱戦で、逃げる者を追うことほど隙をさらす愚行もないのだから。
にもかかわらず、執拗に響を追い続ける。立ち止まれば捕捉されるリスクを考え、攻撃をやめる用心深さを持つ敵が、だ。
先日までの団体戦で、響の序列は嫌というほど放送された。魔術大会参加権の与えられる最底辺の三二位。
しかも、その魔術力が脅威に値しないこともこれまでの試合で看破されていたとしても不思議ではない。いや、そうでなくとも、執拗に響だけを狙う理由などないのだ。
首をひねりつつ、しかしずっと止まり続けているわけにもいかない。
響は一旦疑問を先送りにして走る挙動を再開し、
「ぅ、おっ!」
直後に放たれた火球が鼻先を通過してたたらを踏んだ。そうして動きが止まった刹那の瞬間を見逃さず、第二第三の火球が響を襲う。
「くっ!」
歯噛みをしつつ、響は腰のホルダーを解放。引っ掴んだタロットをばら撒いた。
発動したのは水元素。即座に張った水膜が防御壁となり、完全に威力を散らすことは叶わないが、減退させることには成功する。
威力さえ減らせれば、全力で身を傾けて回避ができる。髪を焦がす熱が至近距離にあり、その火球の威力の高さに舌を巻く。
食らえばひとたまりもない。奏と陽介を除けば、最高威力に届くかもしれない熱量には身に覚えがあった。
「やっぱり、永沢――!」
つい昨日、突如陣形内に出現し、穂香を脱落させたあの火魔術だ。どうやら、粘着質な下手人は、逃げる響をリスク度外視で仕留めようとしていたらしい。
まったく、どういうつもりなのか分からない。
回避した後も、魔術の嵐は収まらない。次から次へと、一撃で敗退するほどの威力が襲ってきて響の挙動を乱す。
だが、響とてこの程度で手玉に取られるほど、研鑽を怠ったつもりはない。
「し――っ!」
地面を蹴り、体を思い切りよく前へと射出させる。
強引に魔術の校歌範囲外から外れた響は、そのまま全速力を維持して攻撃の発射地点。永沢のいる場所を特定、距離を詰める――。
「……!」
響の接近を認めるが否や、猿顔の下手人はサッと身をひるがえすと、空気に溶け込むように姿を隠した。
幻影。魔術大会の特性上、響がこのバトルロワイヤルでは封印している魔術。それをあっさりと用いたことも驚きだが、それよりも注視すべきは判断の速さだ。
目算だが、響と永沢との距離はまだ一〇メートル以上あった。
迎え撃つのに最適ともいえる距離。今までの相手ならば、響の挙動に眉をひそめこそすれ、意図を考えずに迎撃をしていたであろう状況だ。
優れた状況判断力に感心しつつ、しかしそれは「接近されるとまずい」ことの裏返しでもある。
無論、これでもう攻撃してこないのであれば、響とて無理に追う必要はないが、
「それは考えにくいかな」
狙い撃ちにする必要のない響を執拗に攻撃してきていたのだ。一度仕切り直しになった程度でやめるとは思えない。
であるならば、響が取る方策はただ一つ。
――迎撃だ。
次は火曜です。




