20『団体戦決勝リザルト』
「――貯蔵魔力の浪費による衰弱。端的に言うなら、魔力切れだ」
診断結果を告げる美里の視線は、ベッドに身体を横たわらせた陽介に向けられていた。
かすかに血色が悪い美丈夫は、相貌を閉じて静かな息遣いを立てている。――眠っているのだ。
魔力切れによる急激な体力の消耗で、美里に休息が必要と宣言されての事だった。
美里は、患者に向けられていた視線を上げて、そのチームメイトであるところの響たちを睨みつけると、
「おかしいと思ったのならば、すぐに私を呼ぶべきだっただろう」
と、至極真っ当な説教を始めた。
――団体戦の決勝は、響たちの敗北で終わった。
雷撃による一網打尽が失敗した瞬間、降り注ぐ魔術の嵐に撃たれた響は当然のことながら退場。残り二人となったうえでも足掻いた瑠璃と陽介だったが、魔力切れのために陽介はほとんど役立たず。実質的に残り一人となった瑠璃が戦闘を続行するはずもない。
怪我人二名、魔力切れ一名というのが受けた被害。各学園ごとに与えられた医務室で陽介を寝かしつけ、怪我人の治療が済んだところというのが目下の状況だった。
「――大事な大会だということは私とて充分承知している。だが、それとこれとは話が別だ。確かに魔力切れ自体は万人に起こりうる事象で、そう危険な症状ではない。しかし、原因が小さなことだとしても、その結果どんな災難が降りかかるか分かったものではないだろう。調子が悪いのに無理をするなど言語道断だ。以後、気を付けるように」
「はい」
「はーい」
「……はい」
素直に頭を下げた響に対して、瑠璃は軽いノリで、穂香は普段通り不満げに返事をする。
説教に対するものとは思えない返事に、美里の眉が寄ったが、追及はせずに顔を逸らした。
「――にしても、だ。信じがたい話だな。菖蒲響ならばともかく、倉橋陽介が魔力切れを起こすとは」
「そうですね……」
おそらく無意識に響をDisりながら、状況の不可解さを呟く美里に、響は同意した。
魔力量は生まれ持った部分も大きいが、鍛錬の量次第で一定のレベルまでは増やすことができる。要はスタミナと同じようなもので、魔術的センスとは別に才能の影響を極端に受ける部分ではないのだ。
とはいっても、響の魔力量は魔術の威力からも察せられる通り平均以下。使う魔術の規模が違うとはいえ、馬鹿にならない魔力をその身に宿している陽介が、ガス欠を起こすなど考えられないことだった。
「君たちは、なにか心当たりがないのか?」
「心当たりっていっても……」
言うまでもなく響にそんなものはない。瑠璃と穂香にも視線で確認するが、二人とも首を横に振るだけだ。
「ヨースケさんには結構負担かけてましたけど、それでバテるような人じゃないですもんねー」
「うん。もしそうなら、俺が先にガス欠を起こしてる」
肩をすくめる瑠璃に同意。それから美里に向き直り、
「むしろ、俺たちがそれを知りたいくらいで。先生は何か分かりませんでしたか?」
「何も。私は別に万能というわけではない。もう少し詳しく検査をすればその限りではないがね、ここで採血をするわけにもいかないだろう? したとして、検査する機器もない。――だが、君たちに心当たりがないというのならば、考えられる要因はある」
「要因……?」
「ああ。といっても、そう珍しいものではない。君たちも名前くらいは聞いたことがあるだろう。――ゲンカソウの実だ」
「げんかそー?」
首をひねったのは瑠璃だ。いっそ清々しいまでの知りませんアピールに、美里が面倒臭そうに視線を逸らす。瑠璃の疑問に答えたのは沈黙していた穂香だ。
「ゲンカソウ。漢字は減力草。その実を摂取すると、体内の魔力を毛穴から少しずつ体外に排出させる効果を持つ植物よ。実は特に美味しいというわけでもないし、口に入れさえしなければ害もないものだから、数あるうちの雑草ってところね」
「その通りだ。一部では、魔獣盗伐の際に使用できないかと研究が行われていた。紋章術を差し置いてと、春花が愚痴をこぼしていたな。もっとも、結果の方は芳しくなかったようだが」
「…………」
文句を言う春花を容易く想像できてしまい、響は苦い顔。
それに気づかず、瑠璃は合点がいったとでもいう風に手を叩き、
「それじゃないですか! 誰かがヨースケさんにげんかそー? を食べさせたってことでしょう」
「……永沢は幻影も使えたから、充分可能だって?」
「さすがヒビキさん。そういうことです!」
確かに、今の話だけを聞けばそういった印象を受けもするだろう。口に入れただけで魔力を搾り取れるのならば、例え魔獣に通用しなくとも、魔術犯罪者に対してなどは非常に有効に機能するのだから。だが、
「問題は、その実一つが持つ効力が非常に弱い点にある」
「弱い? 弱いって、どれくらいですか?」
「そうだな……。具体的な指標は示しづらいが、例えばその実を一〇個、菖蒲響が口にしたとしよう。それでも魔力切れを起こすには全く足りない」
首をかしげる瑠璃に、美里は懇切丁寧に響を引き合いに出して説明する。
魔力量が平均以下の響ですらこれだ。仮にゲンカソウの実で陽介にガス欠を起こさせようとすれば、一〇〇を超える実を用意したとしてもまだ足りない。
ゲンカソウ自体は探せば道端にも生えているので、集めることはさして難易度の高いものではないだろうが、それを陽介に気付かせないように摂取させるとなると、もはや夢物語の域だった。
ゲンカソウの、その低すぎる効果を知り、瑠璃はあからさまに肩を落として首を振り、
「うわぁ、使えないですね。絶対無理じゃないですか。これで不正を暴ければ、私たちの勝ちってことになってたかもしれないのにー」
「不正?」
「不正です」
当惑の色を滲ませる穂香に、瑠璃はリピートすることで答える。傍から見れば滑稽な場面に、しかし美里は相貌を見開き、響は思案気に指を顎に当てると、
「えっと、つまり、瑠璃は陽介の魔力切れは京都チームの仕業だって思ってるの?」
「はい、そうですけど。だってそうでしょう? 私たちが負けて得をするのって、京都学園の人たちくらいしかいないじゃないですか。私的に、あのお猿さんみたいな顔した人が怪しいです」
永沢の事か。
瑠璃の発言を受けて、響は目を伏せる。
なるほど、考えてみれば――考えなくとも、陽介のガス欠の原因が誰かが仕掛けたものと仮定するならば、京都学園。もっと言えば決勝で戦ったあのチームであるというのが最も納得のいく筋書きだ。
そう思うと同時、試合中にも感じた違和感が首をもたげた。それは数度、目まぐるしく状況の変わる団体戦において、不自然に感じるほど適切に対応した永沢チームの挙動だ。
相手の読み勝ちと言えばそこまでだが、響きにはあれが行動を読めれていただけだと簡単に断定することができない。
少なくとも陽介の炎は、傍から見るのとじかに相対するのとではまったく印象が異なる。あそこまでの広範囲攻撃。加えて食らえばただでは済まない威力を前にして、冷静な判断など望めるはずもないのだ。
そして、試合中に永沢の幻影を目にしたからこそ、試合前の作戦会議において、唐突に感じたあの気配が、姿を隠して接近していた永沢のものだったのではないかと考えてしまう。
ゲンカソウでなくとも、なんらかの魔力切れを起こす物質を混入させるには、昼食をとっていたあの場面は絶好のチャンスであったはずだ。
「だから一概に考えすぎだとも言えないのか……? でも……」
いくらなんでも、という感情が沸き起こる。隼人のような例はそれこそ極端なもので、ここまでして相手を蹴落とすことに愉悦を感じるなどということがあるのかと、そう思ってしまうのだ。
そもそも、全国にテレビ放送される魔術大会で、そんな不正を働くのは非常にリスキーなのだ。不正が白日の下にさらされれば、少なからず叩かれる上に、各魔術機関からの心象も悪くなるのだから。
そんな、現代日本人特有の、推定無罪の原則が発動した思考が響の頭で沸き起こる。事実、考えすぎという線も、まだ充分すぎるほどに残っているのだから。
そうして邪推を押しとどめる響とは対照的に、瑠璃の話を聞いて怒りを奮い立たせる人物がこの場にいる。
「なによ、それ……」
震える声を漏らしたのは穂香だ。彼女は怒りに肩を震わせ、怒りを孕んだ瞳で瑠璃を睨みつけると、
「じゃあなに? アタシたちは、そんな卑怯なことをする連中に負けたの? あいつらは正々堂々全力を出したこっちの気持ちなんか考えないで、自分が甘い蜜を吸うためだけに、他人を蹴落として高笑いしてるってこと!?」
「いや、なにもルリさんそこまで言ってないですし……」
いささか妄想過多な発言で義憤を露わにする穂香に、瑠璃は困り顔で助けを求めるように響を見つめる。だが穂香の剣幕は、響もどうにもできない。
「そんな奴ら認められない! 認めない! 卑怯なことしといて、平気な顔してるなんて信じられない!」
「…………」
「ちょっと、抗議してくるわ……!」
「――まあ待ちたまえ」
回れ右して医務室の扉を開けた穂香に、ともすれば冷たく聞こえる制止が投げかけられる。耳にした穂香は動きを止め、不満げな瞳で美里を視界に収めた。
「なんでですか」
「なに、簡単なことだ。確たる証拠がないだろう? 私は状況のすべてを把握しているわけではないが、それでも従前たる根拠がないということは分かったぞ。それに、そもそもの話としてまだ不正があったと決まったわけではない」
「倉橋くんがああなってる以上、状況証拠としては充分でしょう!」
「それは無茶な理屈だ」
拡大解釈と勝手な推論で先走る穂香に、美里は落ち着いた大人の返答。冷たく見えるその反応に、穂香は怒りの矛先をわずかばかり変更した。
「先生はどうでもいいでしょうけど、私たち生徒にとってはこの大会は大切なものなんですよ? それを、正々堂々とした戦い方じゃない、卑怯で恥知らずな行いで無下にされてるかもしれないんです。無茶でもなんでも……!」
「確かに、私にとって君たちのこの大会での勝敗はどうでもいいものだ。私が願っているのはただ一つ。怪我をしないでほしいという、ただ一点のみに集約されているのだからね」
「……っ! 先生は、反則を見逃すっていうんですか……?」
「それが、怪我を誘発させるようなものでなければ」
「……!」
無慈悲ともとられかねない発言に、穂香が顔を赤くして美里に向ける憤りを怒りに昇華する。
まさに爆発寸前の爆薬といった様子に、さすがの響も割って入ることができない。立ち去ることもできずに、助けを求めて視線をさまよわせた先には瑠璃がいるが、その表情は完全に傍観を決め込んでいる。心なしか楽しそうともなれば、何も期待できないのは明白だった。
だが、その響の空しい努力は徒労で終わる。
穂香の怒りが爆発する寸前、ほんの一瞬シンと静まった医務室に、美里の冷たい声音が響いたからだ。
「――勘違いしないでほしいがね、怪我を誘発させる反則であれば許しはしない。今回の件とて、私は原因を作った者に何らかの制裁を与えなければ気がすまない」
生徒の手前、抑え込んでいた怒りが、穂香との問答によって一瞬だけ漏れ出してしまった。そんな感じだった。
だがそれでも、爆発寸前だった穂香の頭を冷却するだけの力を含んでいる。教師がほんの少しだけ片りんをのぞかせた怒りに飲まれ、場は一気に静まり返る。
その硬直も長くは続かない。
自省しきれなかった自分を恥じるように、美里は小さく肩をすくめて顔を背けると、先の底冷えするような声音とは打って変わって、冗談めかした調子になる。
「とはいえ、ついさっきも言った通り証拠は何一つない。探せば見つかるだろうし、倉橋陽介を精密検査にでもかければ分かるだろうが、さすがに学生の大会でそこまではできないだろう」
「…………」
「そういうわけだから、根拠の乏しい訴えは逆効果だ。勢いに任せて抗議するというのは控えておいた方が賢明だろう」
言い切った美里は、それから一度横たわる陽介に――心なしか、先ほどよりも血色がよくなっている――目を向けてから、時計を確認した。
「そろそろ、私もフィールドの方へ戻る。君たちは……まあ、好きにするといい。短慮さえ起こさなければな」
それだけ告げると、白衣をひるがえしてわき目も降らずにドアを開けて、通路へと出てしまう。
美里がいなくなると、誰も身じろぎしない、なんとなく居心地の悪い空間が残された。
時計の秒針がやけに大きく聞こえる中、響はどうするべきかすぐに答えが出ずに立ち往生。だから、この何とも言えない空気を一発でぶち壊す、瑠璃の軽いノリが今はありがたかった。
「さて、とりあえず、ヨースケさんに大事はないみたいなので、私たちも戻ります? なんか途中シリアスな空間になってて、ルリさん居心地が悪かったのでさっさと退散したいんですがー」
「楽しそうにしてたじゃん……」
「バレました?」
悪びれない瑠璃に響は嘆息。
妙な疲れがドッと沸いてきて、すぐそこにあるベッドに横になりたい衝動にかられるが、試合で負った怪我は美里によって治療済み。怪我人でも病人でもない身でそんなことをすれば、美里の怒りに触れることは想像に難くない。
怒られるのはまっぴら御免だし、まだ二、三年の団体戦決勝も済んでいない。観戦しなければ。
「そういうわけだから、里見さんも、とりあえず医務室は出ようか」
「……ええ」
存外に素直な返事に多少の驚きを感じる響。そんな”落ちこぼれ”の反応には興味がないのか、穂香はうつむけた顔を上げずに、
「あんたは、どう思うの」
「え?」
「今回みたいなこと。卑怯な真似のこと」
「…………」
前に、今の戦い方を確立する前に、響もこうした戦い方を考えたことはあった。フィールドの中で勝てないのであれば、外で相手を妨害すればいい、と。
もちろんすぐに馬鹿な考えだと忘れたし、当然実行もしなかった。だが、ただ勝利だけを目的とするのであれば、そうした明らかに反則な行いはひどく有効だ。
「けど、やっちゃいけないラインはあると思うな」
「まあ、私はなんでもありだと思ってますけどねー。実際に私がやるかやらないかは別として」
なんでそんなことを聞くのかと、話を逸らせない空気だったので答えたら、空気を読まない生き物であるところの瑠璃はマイペースに発言した。
昨日のように、またもや議論に発展することを恐れて、響は一瞬身構えるが、穂香が瑠璃に噛みつく様子はない。
「そう」
とだけ言って、さっさと医務室を後にしてしまった。
「なんなんですかね」
「俺としては、瑠璃の方がなんなんだろうって感じだよ」
「なにがですか。こんなに可愛いルリさんに向かって」
見れば目に入るのは、両手の人差し指を頬に当てて小首をかしげるぶりっ子。あざといことこの上ないが、それを見ているとなんとなく憎めなくなってしまうから不思議だ。
ひょうきんな笑顔を相手にしつつ、響の頭に小さく残っていたのは、ここから立ち去る寸前の穂香の表情だ。
俯かせていたせいではっきりとは目にできなかったが、それでもほんの一瞬、視界に入った。
扉を開けて通路へと出る寸前、穂香は――怒りをかみ殺し、悔しさに唇を嚙む、余裕のない顔をしていた。
次は金曜です




