17『抗い難きモノ』
昼休みが終わり、団体戦の決勝の時間がやってきた。
決勝と言いつつも流れは準決勝までと大して変わらない。
自分が出る二つ前の試合の間に席を離れ、選手の待機スペース――フィールドの中、石畳の下へ。順番が来たら係員の指示に従い、石畳の舞台に上がる。
両学園の生徒が全員登壇すると、アナウンスが名前と序列を読み上げ、それから試合が開始となるのだ。
登壇するようにとの声がかかった響たちは、これまでと同じように互いにうなずき合い、
「急かすようになっちゃったけど、さっき言ったことは頭に入ってる?」
「まあ、一応は? ルリさん、可愛いだけじゃなく頭も結構いいので」
「馬鹿にしないで。あのくらい覚えられる」
強気でナルシストな女性陣の力強い言葉だ。
瑠璃の普段と変わらぬ軽いテンションには微妙な不安を呼び起こされそうだったが、いつもの事だと割り切った。
そして、チームリーダーであるところの陽介は、
「……ああ、もちろん。……えっと、全力を出そう」
「う、うん?」
どうにも煮え切らない――というより、明らかにおかしい陽介の様子に響たちはいぶかし気に眉をひそめる。
よく見れば、陽介の瞼は酷く重そうであり、ふらふらと危なげに揺れる頭は、細身の体を揺らして今にも倒れてしまいそうだ。端的に表現するのであればその様は――
「すごい眠そうだけど、大丈夫?」
睡魔に侵された子供といって差し支えない様子に、響を含めチームメイトが陽介を見つめる。その周囲の反応に陽介は重い頭を振って、
「すまない……。どういうわけか、形容しがたい眠気が取れなくてね……。最初は気にならなかったんだが、移動している時に、急に……」
眠気を吹き飛ばす行為も虚しく、陽介の語尾は次第に小さくなっていく。幼児が食事をしているにもかかわらず眠りこけてしまうことがあるが、まさにそんな感じだった。
響は、そんな幼子にするように陽介の肩に手を置き、遠慮せずに体を揺らす。
「陽介、ちょっと。起きてって。緊張して眠れなかったにしても程度が過ぎてる」
「……あ、ああ。すまない。どういうわけか、形容しがたい眠気が取れなくてね……」
「それはさっき聞いたから!」
ハッと気づいた陽介が、先と同じセリフを繰り返す。
明らかに尋常ならざる事態だ。とはいえ、さすがに病気と判断するには症状がなんとも言えない。場面も場面であるため、美里を呼んでいては試合にも間に合わないだろう。
だが、策のほとんどを響に任せているとはいえ、チームリーダーであり最大戦力である陽介を、まさかこのままの状態にはさせておけまい。彼は今も、夢と現実の境をさまよっている。
「ちょっと陽介ごめん。――水よ」
水温の調節まではまだできないが、突然顔面に放水されれば誰であろうとも目が覚める。
陽介もその例に漏れず、響が緊急策として用意した水を顔に受けて重そうだった瞼を開いた。
「ごめん、服濡らしちゃって」
「あ、ああ。こちらこそすまない。こんな局面で睡魔に負けるとは……。自分で自分が分からない。睡眠時間は充分取っていたはずなんだけどね」
飛び散った水滴を服を乾かすには大きずぎる上、無駄に火力の高い火魔術で乾かしながら、陽介は覚めた頭を傾げて思案する。しかし思い当たる節はなかったようで、傾げた首は元に戻らない。
響も瑠璃を目を合わせるが、彼女は面白いものを見る目をするだけで何の役にも立ちそうになかった。
完全に予想の外からきた珍事に憂いを顔色に込める陽介。指を顎に当てて思案する彼に、「フンッ」と鼻を鳴らす声はきつい言い回しで言い放つ。
「あんた、気が緩んでんじゃないの? しっかりしてもらわないと困るんだけど。せっかくアタシが譲歩してんのに」
「重ねてすまない。僕がいないと困るという君の言い分はもっともだ。数の上で不利になることは避けたい。気を緩めたつもりはないが、用心するよ」
陽介が欠けた場合、問題は単に数の利にとどまらないのだが、そこを正しく理解していない陽介の謙遜と過大評価はいつも通り。
不安は残るものの、舞台に上がらないわけにもいかない。
一年生とはいえ、決勝までくると注目度はそれなりだ。
壇上に上がった響たちを歓声が包み、その音量に負けない応援が教師陣から放たれた。そのほとんどが陽介に対する期待で、彼はあくびをかみ殺し手を振ってそれに答えた。
登壇した陽介は自身の頬を張って眠気を振り払おうと奮闘する。まだ睡魔は収まっていないらしいが、毅然と前を見据える様子を見れば、心配する気も失せるというものだ。
「念のため。もし僕が戦闘中にまた睡魔に襲われるとこがあれば、先と同じように迷わず水をかけてほしい。遠慮はいらない」
「戦闘中に寝るって、もはや図太いとかそういう問題じゃないですよねー」
「危機管理の問題だと僕も思うが、つい先ほども立ちながら意識を飛ばしかけたんだ。さすがにこれでは、次はないと言い切れるほど自身は持てないさ」
肩をすくめて答える陽介に無理をした感はない。だが、挙動の一つ一つがかすかに鈍重で、水をかけて何とかしたはずの睡魔がまだ遠ざかっていないことを感じさせた。
響とて、そんな事態にはなりえないと思っているが、可能性の一つとして頭の隅に入れておこう。
「分かった。もしそうなったら遠慮なくいかせてもらうよ。俺だけじゃなく、二人もね」
背後に陣取る二人の女子に声をかけ了承を得る。場合によらずとも、陽介の存在は勝敗を左右するのだから。
会話をするうちに真向いから京都魔術学園の生徒たちが壇上に上がる。石畳を踏み鳴らし、自信の笑みを浮かべた様子は、自分たちの勝利を一片も疑っていないようだ。
その中心。学年一位の座に座る永沢一は、猿顔の瞳に理知的……というより悪賢い色をたたえている。
永沢は、探るような目つきでこちら側をねめまわし、それから響と目が合うと口の端を釣り上げる笑みを浮かべる。
「……?」
一方的に見かけたことはあれど、面識はない。何事かと考えている間に永沢の目は響から離されてしまい真意は分からず終いだ。
しばしにらみ合うような時間が続き、生徒の氏名と序列が読み上げられていく。そうしてこの場全ての名前が読み上げられると、アナウンスはこれまでと同じ口上を放った。
『試合――開始っ!』
次は土曜日です。




