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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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15『雷撃』

 ――こめた魔力が制御下を離れ、柔い魔術陣を破壊して暴走する。


 純粋な力となった破壊が、見境なく吹き荒れることで放つ暴威。

 その真っただ中にいた響は、その奔流の影響をまともに受けて吹き飛ばされる。

 一瞬、天と地が入れ替わったような気がして、よく分からない回転を体に加えられながら、床に叩きつけられる。ギリギリで受け身が間に合ったのは、日ごろの訓練の賜物だろう。


「ぐぇっ!」


 喉を突かれたような声を上げながら着地した響は、少し向こうから走り寄って来る奏を見た。


「響くん、大丈夫? どーんって、結構派手に言ったように見えたけど……」


「なんとか。腕は痛いですし背中も足も痛いですけど、何とか助かってます」


「だ、大丈夫なの? それ」


 眉尻を下げた奏が、結構本気で心配していた。


 ――新魔術の鍛錬だ。

 響の序列戦が終わってから一週間。魔術大会へ向けての実力アップが急務となる中。この過酷な訓練は通るべき道ではあるが、


「――失敗のたびに吹き飛ばされてるんじゃ、安心して見られないよ……」


 怪我というほどではないダメージを奏が作り出してくれた氷で冷やしていると、師は響以上にハラハラした様子で嘆息した。


「確かに、習得するのが難しいのは知ってたんだけど、失敗するとああなるなんて。普通はもっと静かなものなのに」


「そこは俺補正みたいなものですね」


 なまじ、実力が足りていない分、身の程を超えた部分へ手を伸ばそうとするとより大きな壁が立ちはだかるのは道理。失敗のダメージが大きいのも想定内と言えば想定内だ。


「でもだからって、この魔術を覚えるには魔術大会までの時間を全部使うことになると思うわよ? もっと他の魔術を覚えてもいいと思うんだけど。それなら二つとか使えるようになると思うし」


「それは、そうですね」


 響が手を出した新魔術は、五元素からさらに派生した属性を操るものだ。会得難易度は馬鹿にはならない。

 他の、もっと習得が容易な魔術を覚えて手札を増やすことも考えたと言えば考えたが、


「でも、俺の戦い方で、威力は急務ですから」


 それが、一見非効率な手段に打って出た響の理由だ。

 才能のなさによりどうしても魔術の威力が低くなる響。それゆえ、一つも食らわずに一撃食らわせるのが基本戦法となるのだが、それにしたって限度がある。陽介のような例がいるのだ。

 であれば、対抗できないまでもある程度の威力を持った魔術を覚えたがるのはほとんど自明だ。

 それに――


「使えるようになれば、なかなか応用が利くと思うんです」


 奏は、諦めたように肩をすくめていた。


 * * *


「――そこを叩かれるのは当たり前、だよね」


 若干の申し訳なさを感じつつ、口にした響。その姿を視界に収めた瞬間、目の前の一八位――清永は愕然とした表情になった。

 袋叩きに合うと思っていたのに、その実現れたのが響一人、というのが納得いかないのだろう。とりわけ最低序列だからこそ、その疑問も大きいと見える。


 驚愕する清永を一旦思考の外へ追い出した響は、手早く状況確認を済ませる。

 炎で三分の二を分断された舞台。響と清永がいる場の幅は約一八メートル程度で、普段から走り回っている訓練場よりも一回り狭い。が、何とかならないほどではなかった。


 問題はない。判断し、何をされても対処できるように一〇メートルの距離を開けて戦闘態勢に。

 手をかざし、あとは魔術を発動するだけの構えで硬直する清永の挙動を、見逃さないように気を張った。

 しばしの硬直。手は下ろさないまま、一度大きく息を吸って吐いた清永は正面の響を見据えて、


「なんで、君なんだ?」


「――まあ、適材適所ってやつだよ。他の三人よりも、俺が行くのが一番都合がよかっただけ」


 五〇メートル四方のフィールドは、素早く移動するには少しばかり広すぎる。

 全員で、分断した片方を叩き、即座にもう一方に引き返すという方法を取らなかったのはこのためだ。 足止めもなしにそんなことをすれば、結局四対四の戦いになる恐れがある。

 そうでなくとも、多対一の状況を作り出すのは、穂花に受けが良くなかった。


 この策とて、三対三と一対一の戦いを演出するものである以上、確実性に欠けると言えなくもないが、


「もし俺が負けても、さすがに陽介の方が負けることはないでしょ」


 向こうには瑠璃も付いている。穂香も、二人と比べればこれといって突出した何かがあるわけではないが、それでも序列に恥じない実力があるのだ。

 反骨心を抱いている対象たる響がいない状況下であれば、チームワークに大きな不安はない。


 響が負けたとしても、あちらが勝利すれば結局数の有利は揺るがない。

 つまり、響がこの場ですべきことは、究極的には陽介たちが決着をつける時間を稼ぐことである。無理に勝ちに行く必要はないが――。


「見てる人が見てる人だからね。無理はしないけど、勝ちにはいかせてもらうよ」


「…………」


 鬼灯が観客席にいることは、先までの待機時間で確認済み。無様をさらすつもりはないし、むしろいいところを見せる気満々である。

 響の、挑発とも受け取れる発言に、清永は動じない。これは特別彼に挑発の耐性があるわけではなく、単純に”落ちこぼれ”の噂までは学園をまたいでいないということだろう。

 そのまったく偏見のない態度を嬉しいと思いつつ、しかし、だからこそ気は緩めない。


 両者構えて、挙動一つで戦闘が開始される一触即発の空気。

 それを破ったのは響の方だ――否、破らせた。


 極限まで空気が硬直した瞬間を見計らい、腕を跳ね上げるように動かすことで緊張の糸を断ち切る。

 即座に動いた清永が魔術を展開。火球が放たれ響に迫り、それが当たることはない。

 火球は腕を振り上げたと同時、斜め横へと足を踏み出した響の体を、掠めることすらなく飛んでいった。


 そして魔術を打ったことによるクールタイム。清永のわずかなスタンを縫うように、あらかじめ準備していた魔術を放つ。


水よ(aqua)!」


 放出の術式にのっとった放水が、清永の顔面めがけて飛ぶ。目を見開く清永は、ギリギリの体さばきで直撃を避けカウンター狙い。もちろん響がそれを許すつもりはない。

 ホルダーを解放し、二枚のタロットを引っ掴んで投擲する。昨日の時点ですでに数度見せていた挙動は、それが攻撃だと判明していることによって意味を持つ。


「く……っ!」


 よろめく清永はタロットの射程圏内から逃れようようと身をよじる。石造りの舞台を蹴り、数瞬前、水元素が着弾した地点に足を踏み入れると、滑りやすくなっている地面に足を取られた。

 当たれば目つぶし、外しても悪い足場を作るという二段構えの攻撃。ふらつきながら回避行動をとった清永は、転倒を避けられない。


木よ(wood)!」


 倒れる寸前、叫ぶ勢いでなされた詠唱は、とどめの魔術を準備していた響を正確に狙っていた。

 狙いは足。縛りつけ転ばすことでの時間稼ぎ、もしくは形勢逆転が狙いだろうが、あいにくその類の動きも読んでいる。


 大きく横っ飛びの回避で蔦の射程から逃れ、火魔術で追撃を防ぐ。魔力量では劣っていようとも、相性の問題で蔦を焦がして成長を止めることに成功。ちりちりと音を立てる蔦の終焉を最後まで見届けず、すぐさまとどめを刺そうと視線を移すが、


「ぅお……っ!」


 想像以上に清永が体勢を立て直すのが早い。立て続けに火球が放たれて、響の行動を阻害する。

 相手も相当焦っていたのだろう。ロクに狙いも付けられていない攻撃は、しかし弾幕が張られているも同然で直撃せずとも充分な脅威だ。

 未だ防御魔術に心得がない……というより、出力の影響で躱した方が早いと割り切っている身では、回避以外に選択肢が存在しない。


 地面を蹴って、体を前へと押し出すと、そのままいつもの挙動へ。普段よりも狭いフィールドは反復することで誤魔化し、石畳みを魔術が直撃する音を背中に聞きながら回避し続ける。そして、


水よ(aqua)!」


 合間合間に水元素を生成、射出。当たっても決定打にはなりえないその攻撃に、清永は鬱陶しそうに眉をひそめる。それでも構わず、響は牽制をし続ける。

 相手の手が止まる瞬間、弾幕が薄くなった瞬間を狙って、少しずつ。足場の水たまりを広げていくのだ。


 いよいよもって清永も、響の攻撃に違和感を覚えたようだ。

 攻撃にしても牽制にしても中途半端な魔術。出力の低い水元素など、その程度のものでしかない。響のものなど、正しく水を撒いているだけとも言える。むしろ、何かあると疑わないほうが難しいというものだ。


「――もう遅いけどね」


 呟く声は、おそらく清永には聞こえなかったことだろう。

 響は先までと同様にタロットへと手を伸ばし、投擲。弧を描く魔術陣に清永が対処しようと片腕を上げ、一瞬弾幕が薄くなった。


 魔術を放つには、充分な隙。


 狙うのは水たまり。今までの攻防でできた、清永を中心とした円形の範囲だ。

 体内の魔力が活性化する。心なしか熱が沸き起こっていく気がし、それが右手に集中。術式という管を通って形を与えられ、詠唱によって体外へと放出される――!


「――雷撃(tonitrui)!」


 雷光が、走った。


 掌の魔術陣から枝分かれし走った雷光は、水たまりの端に命中。そのまま伝導体たる水の上をすべるように広がっていき、刹那の後には清永へと到達する。


「が――ッ!?」


 突如全身を襲った衝撃に、息を詰まらす清永は全身を痺れさせる。痙攣するように体を震わせる様は、いっそ哀れで罪悪感を掻き立てた。もっとも響の魔術なので、これでも威力は出ていない方である。

 やがて魔術の電流が止まり、全身を弛緩させた清永はひざを折って倒れこんだ。意識を失ったわけではないようだが、痺れた体ではどうすることもできまい。


 日本の魔術のベースは陰陽術、つまり五行説に寄っている。

 五行は互いに「生かす」相性と「殺す」相性があるという考え方に基づいている。雷が落ちて火災が発生することから、この雷撃(tonitrui)は木元素に分類されている。


 この魔術の特徴は高い威力。そして当たれば、麻痺して動けなくなるという性質だ。

 もちろん万能なものではなく、麻痺など各上相手にはまるで効かないし、そもそもの会得難易度の高さは無視できるものではない。

 今のようになんらかの物質を介するか、至近で放つかしなければ、著しく威力が減退するのも問題だ。

 響はこれを使えるようになるまで三カ月近くかかった。


 だが、効果を見てみればそれだけの苦労をした甲斐があったというもの。一撃でここまでの効果を発揮する魔術は、響が欲していたモノでもある。


 倒れる清永に歩み寄り、いまだ完全には変色していないゼッケンへと手を伸ばす。人体のみに直接働きかける魔術なだけに、電気を通さないゼッケンにはそこまでダメージが回らなかったらしい。


火よ(ignis)


 火球ではなく、元素を生成するだけの魔術。勝利条件を満たすためだけの魔術行使だ。わざわざ射出していたぶる趣味はない。

 清永は無反応。ただ自分のゼッケンがあぶられていくのを待つだけで。


 一人、福岡学園の生徒が脱落した。



 * * *



 ――襲ってきた無数の弾丸を、半透明の防壁で完膚なきまでに防ぐ。


 弾丸は終始陽介を狙っており、戦略に疎い陽介でも相手の狙いが透けて見えるようだ。自分さえどうにかできれば、あとはどうとでもなると、そう思われているのだろう。


「まったく、過大評価だ」


 分断が成功してから数分。響を抜いたチームは、充分に稼働していた。

 さすがに一から十まで頼りっぱなしでは悪いという思いが働いたのか、大したミスもない。


 それとも、先から続く一貫した陽介狙いが理由だろうか。

 自分が狙われることで、その分仲間へ向かう攻撃が減っている。減るのではなく、完全になくなってくれればいいのだが、さすがにそうはいかないだろう。


「里見さん、右横からきてるっ」


 石畳の舞台の三分の二を使用する三人。奥に瑠璃を配置し、二人で前衛を担っている現在、陽介が二人を、穂香が残り一人を相手にするよう立ち回っている。七位も、この段階になれば仕方がないと、腹をくくって前線に出張ってきていた。

 その陽介が相手をしていたうちの一人――一五位がいったん戦線を離脱し、穂香の方へと走り出したのだ。陽介とて、一度にできることは一つまで。自身には劣ろうとも、全国でも名うての実力者相手に気を抜くような真似はできず、援護まで手が回らない。


 結果、戦線を離脱した一五位が穂香の元までたどり着き、二人がかりになることで一気に形成が逆転するが、


「ルリさんの出番ですねー」


 背後から、援護に全神経を費やす瑠璃の介入してくることで押し切られない。

 使う魔術は当然のごとく幻影(phantom)。脇から数発の火球が迫るイメージで相手をギョッとさせ、穂香に向かう攻撃の手を止めさせる。その隙に、穂香は手をかざして詠唱。


火よ(ignis)


 カウンターの火球は、魔術大会に出場するだけの力を秘めている。陽介との戦線を離脱して参戦した一五位のみぞおちにクリーンヒットした一撃は、彼を悶絶させるに足る威力。

 ひざを折りそうになる一五位だが、しかしゼッケンの色に変化はない。


「ちっ」


「舌打ちなんて女の子がするモノじゃないですよー。常に笑顔が一番です。そして時には嘲笑も。フッ」


「あんた、何言ってんの?」


「テキトーなこと言っただけです。そんな大真面目に返されてもルリさん困るんですが」


 言いつつ、それなりに真剣な表情をした瑠璃は手を緩める様子はない。今も幻影は維持されて、福岡学園の生徒を翻弄している。


 その様子を横目で確認して安堵した陽介は正面に向き直った。

 二対一で即座に穂香をしとめるという敵の思惑は外れた。そして援護に向かった一五位は瑠璃の奮闘で戻ってこられず、現在、陽介を引き留めるのは七位ただ一人だけ。


 当然、七位も陽介と真正面から事を構えるつもりはどこにもない様子である。失敗したと見るや、即座に仲間と合流しようと動くが、


「させないよ」


 紅蓮の波が押し寄せ進行方向を一瞬ふさぐ。最初に分断する際に用いたものとは違い、その場に残り続けるわけではないが、たたらを踏ませるには充分だ。

 七位が歯噛みするのが見えるが、陽介に容赦するつもりはない。


木よ(wood)


 石畳の舞台からうねる大樹が出現。樹齢という概念を根本から覆さんばかりの勢いで育ったそれは、真正面から七位を襲いにかかる。

 ただの木元素であるはずなのに、その異常な太さに瞠目した七位は即座の判断。突破は不可能と諦めて時間を稼ぐ構えだ。

 蔦に火元素を浴びせつつ全力で逃走し、陽介からも充分に距離を取った地点に位置取る。そして自分からは何もせずに、ただ陽介の出方だけに注視し始めた。それは、訓練の際もよく響が取る構えと似通っていて、だからこそ、対処法も掴んでいる。


火よ(ignis)


 詠唱。

 魔力の奔流が流れ出て、石畳を加熱しながらまっすぐ七位に迫る。

 攻撃の隙を見て仲間と合流など、している余裕はないだろう。七位は炎の壁を見るや、回り込むように全力疾走。見事にやり過ごしたが、仲間との距離はさらに開いた。


 炎を躱されれば、今度は木元素の嵐が待ち受けている。陽介の膨大な魔力と類い稀なる構築速度が、そのまま繰り出される蔦の鞭と捕縛の脅威だ。


 その包囲網は、響ならば必死になることでギリギリ回避可能だったろう。

 だが、普段から魔術を回避する訓練をしていない七位にとっては、完全に追い込まれたのと同じことだ。

 響とは違い、回避を諦め遠く及ばない魔術力――火魔術を放出することで乗り切ろうとするが、それでどうにかなる代物ではない。蔦の強度は、低位の魔獣も逃れられないほどなのだから。


 ――時間稼ぎをする相手には、手っ取り早く捕獲してしまうに限る。


 他ならぬ響自身に言われた言葉だ。なるほど、捕まえてしまえば時間稼ぎも何もない。

 もっとも、これで終わるとも思っていなかったが。


 保有魔力量のゴリ押しだからできる戦法ながら、効果のほどは繰り広げられた光景の通りだ。火魔術での迎撃は叶わず、表面をわずかに焦がしただけの蔦は、七位の手足を拘束し地面に縫い付けている。


「縛った上で攻撃をするつもりはない。降参してくれはしないだろうか?」


「…………」


 陽介の勧告に七位は渋い表情だ。曲がりなりにも序列一〇位以内に入った猛者。プライドというものは他よりも強いと見ていいだろう。

 であれば仕方がない。


「降参をしないというのなら、多少乱雑な方法になってしまう。できる限り衝撃は小さくするよう善処するから、それで手を打ってほしい」


 言うと陽介は七位を捕まえている蔦を操作。拘束を緩めることなく緩慢に動かしていき、一〇メートル近くも遠い、舞台の外へと伸びてゆく。


「……! くっ」


 それに気づいた七位が、手足をばたつかせ身をよじらせて逃れようと必死になる。終いには、手足を縛られてコントロールもままならない中、自爆覚悟で火魔術を発動する始末。

 だが、その程度で対処できるのなら最初から捕まることなどなかったろう。


 七位はあっけなく、場外へと連れ出された。


 ――残りの二人も、これでは勝機がないと判断したのだろう。


 降参するという選択は、残った戦力差を見れば至極まっとうなものだ。

 二日目の団体戦、その一試合目は、初日から大きく成長した戦法をとった響たちが勝利した。

次は火曜日です。

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