10『魔術大会、その一日目』
「おはよう響、昨晩はよく眠れたかい? ……いや、どうやら愚問だったようだ」
朝食の場。東京魔術学園の生徒の全員が集まるそこで響に声をかけた陽介は、その顔色を確認すると苦笑して肩をすくめた。
横長のテーブルに腰かける響は、陽介の指摘にいささか緩慢に反応し、
「……そうかな?」
「ああ、顔に疲れが滲んでいる。先の問いの答えは『眠れなかった』だと語っているよ。緊張したのかい?」
「うん、たぶん、そうなんじゃないかな……」
「……?」
陽介の気遣いに対する響の返答は、どこかズレている。それは、単に響が緊張していたわけではないからだ。
昨夜、瑠璃と分かれた響は、就寝時刻までの自由時間を使って提示した陣形に致命的な弱点はないか考察していた。
同じ一学年が相手ならば問題はないと結論付け、そろそろ寝る時間という段になったころ、ケータイに電話がかかってきたのだ――奏から。
魔術大会が始まれば、朝にも夜にも時間は取れなくなる。多忙になってしまう都合上、恒例の過保護な忠告はない、と踏んでいたのだが甘かった。
電話という可能性を無視していたのは、就寝時間があるからだったのだが、そんなことも奏にとっては不安と比べれば些事だったのだろう。
かかってきたものを切ることができるはずもなく、雑談から始まって延々と注意事項を述べる奏につき合わされ、気づいたときには睡眠時間が一時間ほど削られていた。
寝不足というほどの時間ではなかったが、慣れない土地での訓練は、自覚以上に疲労がたまっていたらしい。
結果、覚めきらない頭を引きずっているのだが、
「大丈夫だよ。戦闘に支障はないはず。迷惑はかけないから」
「別に迷惑をかけられること自体は構わない。あまり無理をしないように……といっても、響は聞かないだろうけどね」
「無理すれば勝てるならね」
美里相手にもしたようなやり取りに既視感を覚えつつ困ったように笑う。
魔術大会当日の朝はこうして訪れた。
* * *
東京、京都、札幌、名古屋、福岡の魔術学園から、ひと学年につき三二人。計四〇〇人を超える学生に加え、運営、魔術関係者などが列席してなお、京都ドームにはかなりの余裕がある。
昨年の優勝校である京都から魔術大会の開催宣言が発せられ、それぞれの学園の校歌が歌われた。
それから注意事項、簡単なルールやスケジュールが述べられる間、響がフィールドを囲む形で設置されている観客席を見回したところ、テレビカメラのようなものが数台。各機関からのスカウトマンのようないでたちの人物もちらほらと見られた。
当然、壮馬と鬼灯の姿も確認できた。
大魔術師が二人もそろい踏みしてることで、周囲の魔術関係者は開会式よりも、その異常さに関心を向けていた。各魔術学園の生徒も似たようなもので、先ほどから正面の運営委員会の話などそっちのけで、視線はそちらに向けられている。
今年は魔術大会そのものよりも、大魔術師を二人もスカウトマンとして派遣する異例の決定に注目が向きそうだった。
――開会式が終わると、すぐに競技に移る。
初日は団体戦。
序列戦のような、決闘方式――どちらかが負けを認めるか、明らかにとどめを刺されたと認識できなければ勝敗がつかないモノとは違い、魔術大会での勝敗決定条件は穏当だ。
それはテレビで放送されるという事情が最大限にくみ取られているが故なのだろう。魔術大会では、生徒一人一人がゼッケンを身に着ける。これには紋章が描かれており、一定以上の魔力に反応して変色するようになっているのだ。
ゆえに魔術大会での勝利条件は、このゼッケンの色を変えること、もしくは、相手をフィールド内に設置された舞台。通常の学園の体育館よりも一回り大きい石畳の外に出した場合となる。
ゼッケンは、響には術式の意味が多少理解できたが、そこまで高度な術式ではない。紋章術の性質上、攻性魔術に対して自動で防御をすることができない。
訓練場や京都ドームにしても、霊脈から直接魔力を組み上げることによって常設結界を作動させているのだ。フィールドと観客席を分かつようにして常設されている結界も、その例に漏れない。
たかだかゼッケンにそんな術式が組み込まれているわけもなく、変色させるのが限界だったということだろう。
一学年から始まった団体戦は、順調にそのスケジュールを消化していった。
「やはり、侮っていい相手は一人も見られないね。粗いが粒ぞろい、といったところだろうか。なかなかどうして、勝てるかどうか不安になる」
「一番の大粒が何か言ってますねー」
観客席に作られた関係者スペース。目の前で繰り広げられている戦いを視界に入れながら、感嘆の息を漏らす陽介。その憂い顔に茶々を入れたのは瑠璃だ。
陽介はキョトンとし、傍らの瑠璃を見やると、
「僕は一番ではないだろう? 佐倉先輩がいるのだから」
その奏は現在、団体戦のチームメイトとみられる生徒と話している。会話の内容までは測りかねるが、雑談というよりも作戦会議といった風情が強かった。
それを視界の端に映しながら、瑠璃は首をひねって、
「うーん、あの人はもはや粒じゃないですからね。岩です。隕石レベルの」
「……すまない、例えがよく分からない。隕石のほとんどは、地上に落ちる前に燃え尽きてしまうはずなんだけど」
「ニュアンスをくみ取ってくださいよ。ニュアンス大事ですよニュアンス」
いまいち、ニュアンスの意味が分かっているのか微妙な言い方だがそれはそれ。響は隣の会話に参加する暇がない。
一人黙っている友人が気になったのか、談笑していた陽介と瑠璃は会話を止めた。
「響、さっきから何をしているんだい?」
「……録画とか、いろいろ」
問いにそっけなく答えて、手に持ったビデオカメラの向きを修正する。
情報不足も甚だしい中、目の前で行われている試合は響にとって相当の価値を持つ。
試合を記録し、分析し、そこから傾向と対策、警戒する魔術を絞り込む響からすれば、会話をしている場合などではないのである。一心不乱に録画をし、同時に自分の目にも焼き付ける。それが今響がすべき最優先事項だった。
「なるほど、それは無粋な真似をした。悪かったね」
「本当に精が出ますねー。ルリさんだったら数秒で飽きます」
「瑠璃。君はもう少し忍耐力というものを養った方がいい」
「無理です☆」
「…………」
軽口を叩き合う友人二人。それなりの騒がしさをスルーして、響は自分の成すべきことに没頭する。
ここで入手した情報は、団体戦だけでなく個人戦の役にも立つ。三カ月前に起こした失敗を二度としないため、響はただ無心に研究をした。
* * *
最初の感想は、”ずいぶんたくさんの人に見られているなぁ”といったものだった。
ドームは円形。文字通り全方位を観客で囲まれている。ローマのコロッセオを彷彿とさせる間取りで、舞台上に上がれば一瞬で注目の的。
一つ一つの視線の意味を考えるのも馬鹿らしくなるほどの、気の遠くなるような人数が注目しているのを目にし、自分が今いる状況をどこか夢物語の様に感じた。
「なかなかどうして、実際にここに上がるといささか以上に緊張するものがあるな」
「ヨースケさん、ものすごく落ち着いてるように見えるんですけど」
「そう見えるのならば、虚勢をうまく張れているということだ。瑠璃こそ、まったく緊張していないように見えるが?」
「ルリさん、緊張とかしませんから。いつだって自然体で可愛いでしょう?」
「否定はしない、とだけ言っておくよ」
「それはどうもー」
――時間は流れて、団体戦の順番が響のいるチームまで回ってきた。
東京魔術学園の勝率は、今のところ七割五分といったところだ。決して悪い滑り出しではないが、総合優勝を目標に掲げる教師たちにとっては、いささか雲行きが怪しくもある。
もっとも、響に限って言えば、総合優勝を目指しているわけではないが。
ただ目前の勝負に対して全力を傾けようと考えるだけ。そうして、定位置まで歩を進めるうち、気づく。
「あれ? この舞台って大理石なんだね」
「正確には違うと思う。先までの戦闘でも崩れないことから、魔術による生成物のようだ。この規模を形にするなんて、かなりの使い手なんじゃないかな」
「まさか一回でこの広さは作れないでしょ」
舞台の広さはざっと五〇メートル四方。高さは五〇センチほどで、さすがに大魔術師といえど一度の魔術行使でこの大きさは作れない。
「それでも、そもそもの質が段違いだ。僕も、傷をつけることすら難しい」
「ヨースケさんの魔術だと、むしろ焼いたり溶かしたりですもんね」
「解かせるほどの火力はないよ。焦げ目は付けられないほどではない、と思うけど」
「焦げ目はつくんだ……」
本番前とは思えないような内容の会話をしながら、響は靴で足場を踏み鳴らす。それからかがんで直接手で触れ、感触も確かめた。
「なにしてるんですか、ヒビキさん」
「ちょっと確認を」
「自分にもできるかなって、ですか? やめておきましょう。死にたくなるだけですから」
「俺、そんなに自分を卑下してないからね!?」
できないことは先刻承知。というかやろうと思っていない。
ふざける瑠璃に突っ込みを入れつつ、三〇メートルほど先――舞台を挟んで対照の位置を見る。
響たちのつける赤とは違う白のゼッケン――札幌魔術学園の生徒たちだ。
男女の比率は響たちと同じく半々。右から男子男子、女子女子という風に並んでいる。序列は、読み上げたアナウンスによると、同じく右から序列三位、五位、一九位、二〇位ということだ。
いずれも陽介より魔術力で劣るのはもちろん、序列の上だけで見れば瑠璃よりも低いのが二名いる。もっとも、こちらはこちらで三二位を一人抱えているわけだが。
「それじゃ、そっち側はよろしくね、里見さん」
「…………」
左側に陣取る響の反対――これまで一言も発していない穂香に声をかけると、相変わらずの無視を決め込まれた。チームワークに不安が残る塩対応だが、ここまできたらやるしかない。
陽介も瑠璃も、事前に打ち合わせしておいた通りの陣形を取るのを確認すると同時、放送が響く。
『赤ゼッケン、東京魔術学園。学内序列は――』
観客へ向けて選手の紹介を始めるアナウンス。次々と名前と序列が呼ばれていく。会場の熱が高まっていくのが感じられる。
アナウンスが札幌の生徒までを読み上げると、前座は終了だ。ここからは、響たちが主役の舞台。
『それでは、試合――開始っ!』
ブザーが鳴り響き、開始の合図が告げられた。
次は土曜日です。




