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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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9『もう一人じゃない』

 大浴場で入浴を済ませ、ホテルの廊下へ。

 ほとんどの生徒は部屋に備えられたバスタブで済ますようだが、せっかくなんだしという神経が働いた響はわざわざ一階まで下りたのだ。

 もっとも、温泉宿ではないため、大浴場だろうとなんだろうと出てくるのは普通のお湯だが。


 それでも訓練でかいた汗をおとすことができれば、温泉でなかろうと関係ない。さっぱりだ。だが、気分の方までさっぱりするかというと、そうはいかなかった。


 ”落ちこぼれ”として軽んじられるのはこれが初めてではない。むしろ、軽んじられることの方が多かったほどだ。

 だから先ほどの件が、精神的に堪えたということはない。ノーダメージとまではいかないが、笑って受け入れられる程度には慣れてしまっている。

 気分を重くしているのは、団体戦における連携についてだ。


 作戦会議内においてアンチ響でいられることについてはまだいい。だが、それがもし競技中にまで及ぶようであれば見過ごせなくなってくる。最悪、穂香の行動一つでチームが敗北することもあり得るのだ。


「まあ、話して分からない人じゃないみたいだから大丈夫だとは思うけど」


 今は亡き隼人とは違い、理屈抜きで”落ちこぼれ”を否定し、嫌悪し、害を与えようとしてくるわけではない。穂香は、態度こそ棘があるものの、否定の理由は分かりやすい。

 バスの中では、卑怯な戦い方をする響を認めないと面と向かって言われ、先の件は陽介が仕切るべきだという意見だった。


 隼人と比べればだいぶマシ。というより、隼人のような例は希少で、穂香のような例が一般的であると考えるべきだろう。それなら、まだ救いはある。


「……俺の戦い方は変えられないけどね」


 卑怯と罵られた戦闘しかできない以上、どうあっても相いれないのではないだろうか。

 そんなチーム内での軋轢といえないような小さな隔たりは、いざというときに大きな溝となってしまうかもしれない。

 解消しようにも、先述の通りこれはほぼ不可能。


「何事もなければいいんだけど」


 明らかにフラグじみたことを口走った。言ってしまうと、ますますそうとしか思えなくなって、だんだんと気持ちが沈んでいくのが分かる。


「ヒービキさんっ」


 そんな、心なしか平時よりも落ちた肩が叩かれて、響は陰鬱とした気分のまま振り返り――ブスッと、頬に指が刺さった。


「……何してんの」


「いえー? 暗い顔をしてたので、イジメたくなっちゃいまして」


「これはイジメっていうよりもイタズラだよね」


「どっちも似たような物ですしおすし」


 あっけらかんと言い放つ瑠璃。肩に置かれていた指が離れ、同時に頬を圧迫していた感覚から解放される。そうしてようやくしっかりと振り向くことができ、瑠璃の全身を視界に収めた。


 響と同じく、入浴を済ませた直後らしい。トレードマークのサイドポニーは解かれてしっとりと濡れている。火照った頬が、整った容姿と相まってなんとも艶めかしく、反射的に視線を逸らして視界に入れたのは部屋に備え付けてあった浴衣だ。

 着替える際にそちらを選んだのだろう。慣れているとは言えない着こなしで、襟のあたりがやや無防備に見える。首から鎖骨のラインと、かすかに覗いた胸元が湯上りの影響で薄桃色に上気していて――見てはいけないものを見てしまった気になった。即座に視界をシャットアウト。中空にチャンネルを切り変えた。


 決して躊躇しない、即座の視点変更だったはずだが、見られた本人であるところの瑠璃はどこを視認されたのか分かったらしい。ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべ、調子に乗った声音で、


「あれ、どうしたんですかヒビキさん。興奮しちゃいました? ムラムラっとしちゃいました?」


「どっちかっていうと見て悪いような気がしたよ。ていうか、そういうことを堂々と言うのは女の子としてどうなの」


 普通は恥ずかしがったり、「なに見てんのよこの変態!」とリアクションするなりするモノではないのだろうか。


「さあ? ルリさん普通じゃないですから。普通の女の子がこんなに可愛いわけないじゃないですか」


「ああ、そう……」


 確かに、湯上りの瑠璃は普段の二割増しで魅力的に見える。が、だったら奏はどうなのだろうと考えてしまうあたり、すでに弟子として完成されてしまっていた。

 そんな響の微妙なリアクションに、瑠璃は不満顔。ムーっと頬を膨らませるあざとい仕草で抗議を訴える。


「ヒビキさんはもっと気を遣って、その服似合ってるねみたいなことを言った方がいいと思いますよ。ヨースケさんを見習ってください」


「陽介は陽介って生き物だから、俺には真似できないかな」


「あははーっ」


 ごくごく自然に「可愛らしい」だとか「魅力的だ」と口にする神経の図太さは、響にも見習えそうにない。そもそも響が言ったところで、顔面偏差値的に陽介とはまったく結果が違ってしまうだろう。

 この世の理不尽を思って嘆いていると、瑠璃は乾いた笑い。おおむね二人の認識に相違がないことが発覚してしまった。


「で、話は変わりますけど、ヒビキさん何を悩んでたんですか?」


「悩む?」


 気まぐれで話が変わるのはいつもの事。今回も瑠璃の問いは唐突だった。

 思えば、今話しかけられた際の言葉も、「どうして暗い顔をしているのか」といったものだった。そして、瑠璃に話しかけられる直前まで、自分が一体何を考えていたのかを思い出し、


「ああ、いや、明日の団体戦は大丈夫かなって」


「やっぱその事ですかー。ホノカさん、完全にアンチヒビキさんですもんねー」


 なるほどと頷きながら、瑠璃は響の懸念を言い当てた。


「ああ、もし連携に支障が出たらどうしようって思ってさ」


 その対処方法まで考えられればいいのだが。

 実際今までは想定外まで想定し策を弄してきた。だが今回は敵の情報量が少なく、おまけに初の団体戦だ。

 一人一人の行動を考えるだけでも一苦労なのに、それが四対四などに発展すればどうしようもない。というより、作戦を建てなかった理由の主要な部分はそこにある。


 それゆえの不安なのだ。しかし、瑠璃は響のそんな懸念を吹き飛ばす。


「でもそれって、単純に悪い方向にばっか考えてるだけでしょう?」


「え?」


「まだ起こってないし、起こるとも決まってないことじゃないですか。そんなことに悩んでても何も面白くないです。つまらないです」


「…………」


 なるほど、瑠璃の言うことには一理ある。捕らぬ狸のなんとやらではないが、似たようなものだと言えるだろう。だが、それは普通に考えた場合だ。


「俺の戦い方は、出来るだけ多くの可能性を考えないと、すぐ破たんする」


 響の真骨頂は、策を建て相手の行動を先読みすることで裏をかき、確実に攻撃を当てることにある。もしくは、トリッキーな挙動で相手の意識の死角を突くことに意義がある。

 だからこそ、予想外というものを極力排除しなければならないのだ。

 一度傲慢に、そして怠惰に堕ちた身としては、妥協していい点だとは思えなかった。


「だからって、ただ悩むだけじゃどうにもなりませんって。それに、ヒビキさんが一人で考える必要とかないですし。可愛くて賢いルリさんは、面白ければある程度は力貸しますよ? ヨースケさんなんて、友達の頼みとあらば、身を粉にして全力で働いてくれると思いますし」


「…………」


「これ、団体戦なんですから。いざというときは全員でなんとかしましょう。たまにはそういうのも面白くていいじゃないですか」


 確かに、そうだ。一人での戦闘しか経験していなかったから、まったく気づかなかった。

 ミスを独力で何とかしなければならないわけではない。一人のミスは、チームでカバーする。それが団体戦のはずだ。

 瑠璃の言う通り、響一人で考えなくてもいい。


 そう思ったとたん、心が軽くなったのが感じられた。頭にわだかまっていたしこりが取れた気分だ。


「小熊さん、ありがとう」


「それ、名前呼びだとさらにポイント高いんですけど試してみません?」


「その話題続いてたんだね……」


 作戦会議での名前呼び騒動を思い出して響は苦い顔。

 無言の圧力をかけてくる瑠璃から逃れるように身をよじり、しかし、まさか彼女から逃れられるはずもない。陽介(救世主)のいない今、響を守る者は一人としていない。


「…………」


「…………ぐ」


 さすがに根負けして響は嘆息。それからじっとこちらを見つめてくる瑠璃の瞳は見ないように意識しながら、


「――瑠璃、ありがとう」


「録音しました」


「なにしてんの!?」


 予想の斜め上の行動はいつものことながら、あまりの脈絡のなさに響は驚愕の声を上げる。

 それに対し瑠璃は満足そうな表情。面白いものが見れたと、鼻歌を歌い出しそうなレベルだった。


「そういうわけで、しばらく私のケータイの着信音は今の声になりました」


「やめてよ? 本当にやめてよ?」


 振りでもなんでもなく、ただ純粋に思いとどまらせようとする響の訴えは聞き入れられなかった。

次は木曜日です。

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