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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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8『作戦会議』

「――我々、東京魔術学園は、昨年の魔術大会で惜しくも京都に敗れ総合二位という結果に終わった! 今年はその無念を晴らすべく、明日から始まる大会に各々全力で臨んでほしい!」


 京都ドームでの訓練が終わり、ミーティングに入った際に教師が述べた言葉である。

 気合の入ったこの言葉を始まりとし、ミーティングは始まった。


 内容はスケジュールの確認、競技別の対策が主だ。明日から五日間が魔術大会。競技は団体戦、個人戦、模擬魔獣戦の順番で行われる。前者二つを二日ずつ、後者を残り一日で、という日程になっている。


 その他にもいくつか重要な内容が取り上げられたが、響にとってもっとも大事だったのは個人戦における要注意人物の説明だ。

 残念ながら、個人情報が尊重される昨今、そう簡単に生徒の情報は手に入らない。二年以降ならともかく、一年はどうしても相手の情報が足りなくなりがちだ。

 その二年以降のものにしても、去年の段階で大会に出られなかった者については一年生のそれと得られる情報に大差はない。もっとも、響に関係のある部分ではないが。


 それでも、ドームでの訓練は出場する学園の生徒全員に与えられた権利だ。バスが出るギリギリまで居残り、その様子を観察すれば、最低限のものは得られたと思う。


 例えば、今日出くわした京都学園の生徒たちの中、なぜか目を引いた猿顔の人物のことなどだ。


 名前は永沢一。京都学園の一年で、序列一位の実力者だ。細かい能力までは分からなかったが、得意なものは火元素と見られる。陽介に及びはしないが、それでもかなりの威力だった。

 そうやって情報を集めたうえで、永沢が響の目を引いた理由は分からず終いだが。


「そういうわけだから、僕たちも対策を立てないといけないね。フォーメーションも考えないと」


 全体でのミーティングを終え、団体戦の対策を立てるために集まった、響を含んだ四人に向けて、一学年最高序列であるところの陽介は呼びかけた。

 場所は変わらずホテルのパーティールーム。設置されたテーブルにチームごとに分かれて座っている。

 決して狭くない大部屋は、作戦会議を行う声で喧騒が広がっていた。


 先に呼びかけた陽介の言葉を受けて、瑠璃はあくび交じりの緊張感のない態度。それからさも名案というように指を立て、


「ヨースケさんがごり押しでいいんじゃないですか?」


「僕の実力はそこまでではないよ。全国の猛者を四人同時に相手取るなんて、大それた真似はできない。それに仮にできたとして、それは団体戦と呼べるものにはならないだろう」


「大真面目に言い返さないでくださいよー」


 ド正論で返されて瑠璃は苦い顔。陽介は首をかしげて、まるで分かっていない様子だ。

 そんないつものやり取りは脇に置き、響は響で案を出す。


「ひとまず、相手の出方は全く分からないから、簡単なフォーメーションと、基本的な戦術だけ考えておこう」


 相手の情報、特に団体戦については著しく不足している。そんな状態で作戦を建てたとて、それが意味のないものになるであろうことは想像に難くない。それどころか事前に建てた作戦が足かせとなって適切な判断を欠くようでは本末転倒だ。


 響の論に陽介は頷くことで返答する。


「確かに、響の言う通りだ。そもそも僕に関して言えば、細かい作戦にのっとって動いた経験が少ないからね。方針だけを決めておくというのは、分かりやすくて助かるよ」


「細かい作戦なしでも大丈夫なんて、まんま強者の発言って感じしますね。ヨースケさんの特権みたいな」


「瑠璃、別に強者の特権というわけではないし、褒められたことでもない。細かな策を弄する努力を怠っただけとも取れるのだから。怠惰な振る舞いは、僕が自省していかなければならない大きな問題だとも」


「だから軽口とか冗談とかに真面目に返さないでくださいよ。ルリさん、どう反応すればいいのか分からないじゃないですか。ね、ヒビキさん」


「え、そこで俺に振るの」


 変化球も変化球。曲がりすぎてデッドボールになりそうな話の振りかたに、驚愕し目を丸くする響。対する瑠璃は悪戯が成功したことににやりと笑って満足気。


「いやー、やっぱりヒビキさんはヨースケさんと違ってからかい甲斐がありますね。面白いこと山のごとし谷のごとしです」


「あの、今、作戦会議……」


 からかわないでほしいという意図を込めての、響は恨めし気な視線を送る。だが、やはり瑠璃はどこ吹く風といった様子で、


「まあ、さすがに自重しますけど。大事な作戦会議の場ですもんねー」


「…………」


 珍しく、理解のある発言をして響と陽介の目をそろって丸くさせた。


「……なんですか。ルリさんが静かにしてるとそんなにおかしいですか」


「……すまないが、明日は雪になるのではないかと心配してしまった」


「素直さって時に人を傷つけると思うんですが!」


 陽介の飾らない発言に瑠璃は不満げ。確かに瑠璃の言う通りだが、響もちょっと思ってしまったのでツッコめない。

 曖昧な表情で、響はどうなのかと睨んでくる瑠璃を躱しつつ、話題は再び作戦会議へ。


「それで、今言った簡単なフォーメーションだけど、これも単純に前衛と後衛に分けようと思う。前衛を二人、後衛を二人って具合に」


「いいんじゃないですか? もちろん私は後衛ですよね。前衛とかルリさん的に絶対アウトです」


「そうだね。ていうか、小熊さんを前衛にしたら全部崩れる」


 響の様に走って相手の目をかく乱することもできず、かといって攻性魔術の威力は響に次ぐ勢いで最低ランクだ。前衛に出す意味などないし、出したところで格好の的になるだけだ。

 その響の判断は彼女にとってありがたかったはずだが、なぜかわざとらしく頬を膨らませて不満をあらわにしていた。


「どうしたの?」


「いえ、別に。ヨースケさんのことは名前を呼び捨てにしてるのに、ルリさんのことは相変わらず名字をさん付けさんだなぁと思って、友情の差を感じただけです。ルリたんって呼んでください」


「名前の呼び捨てよりも難易度上がってるよね」


 別に、瑠璃に対して感じる友情が陽介のそれと比して劣っているわけではない。瑠璃を名字で呼ぶのは、単に女子を名前で呼ぶことに対する忌避感によるものだ。


「でも学園最強さんのことは名前で呼んでるじゃないですか」


「いや、それは、なんていうか……」


 確かにその通りなのだが、あれは師の命令によるところを多大に含んでいた。奏が響を名前呼びにしたこともあって、不平等だという感覚もあったのだろう。


「だったら私も名前呼びでいいじゃないですか。ルリさん、最初からヒビキさんって呼んでますし」


「それはそうなんだけど……」


「なんですか、私の名前が呼べないっていうんですか」


「そんな酒みたいに言われても……」


 作戦会議をしていたはずなのに、なぜかだいぶ面倒なことになった。

 迫る瑠璃。たじろぐ響。どうしたものかと視線をさまよわせ、視界に陽介(救世主)をとらえた。


「瑠璃、響が困っている。その辺にしておいた方がいい」


「むぅ、面白かったんですけど」


「…………」


 つい先ほど自重すると宣言したことはどこへやら。反省の色がまったく見えない瑠璃は不満顔。からかわれる側の身にもなってほしいものだ。

 とりあえず、咳払いをして気持ちを切り替え、話題を再び作戦会議へ。


「えっと、どこまで話したっけ。……ああ、前衛と後衛の話だっけ」


「その話で合っているよ。響の中でどういう構想なのか気になるところだ」


「私が後衛ですよね。あと、ヨースケさんは前衛でしょう?」


 なるほど、圧倒的な魔術力を持つ陽介を前に配置するのは決して間違った采配ではない。だが一つ問題がある。


「陽介を前衛にすると、相手が何をしようとしてるのかが分からなくなる」


 陽介が扱う攻性魔術は圧倒的魔力量から生み出される炎の壁だ。広範囲殲滅型の、面で押すタイプの魔術。当然、それでは視界が遮られて、相手の出方が分からない。


「それに、相手だって陽介のことは対策してるはずだ。団体戦である以上、一撃必殺ってわけでもない」


「響の言う通りだ。確かに僕は、魔術の威力という点でそれなりの自負はあるが、全国でもトップレベルの猛者を相手にできるとは思えない」


 ついつい響や瑠璃の基準で考えてしまいがちだが、陽介以外の序列上位者とて、その魔術力は決して低くない。一人では無理でも、数人が協力すれば陽介の魔術も充分防ぐことができるだろう。


「それなら、ルリさんの幻影(phantom)でなんとかしますけど」


「それで誤魔化せるのは視覚だけだろ。あんなに質量があって、熱いのが近づいてきたら絶対にバレる」


「む、なんか今、使えない子扱いされた気が……」


 得意魔術が万能ではないと指摘されて、一足飛びに自分を否定されたと拗ねる瑠璃はスルー。


「だから、後衛は陽介と瑠璃。前衛は俺と里見さんって感じがいいと思う」


 二人を後衛に割く以上、残る穂香は必然的に前衛として配置しなければならない。魔術大会出場生徒としてはごく一般的なスペックの穂香だ。どこに置いたとしてもそれなりに馴染む。

 単純だが、後衛の厚さゆえに崩されにくく、響の戦闘スタイルは魔術師視点では相当珍しく映るはず。盤石だとまでは言うまいが、悪くはない陣形だろう。

 そう判断する響に、側方から懸念の声が上がる。


「だが響、それでは僕は何もできないのではないだろうか。範囲が広い僕の魔術では、前衛を巻き込んでしまう恐れがある」


「なにも、火魔術だけってわけじゃないでしょ? 陽介には木魔術もあるし、それに火魔術だって場合によっては充分使えると思う。使い方次第だよ」


「なるほど、それなら充分団体戦と呼べるものになるな……」


 考え込む仕草で、響の提示した陣形を考察する陽介。隣では、瑠璃も同じような仕草で思案しており、納得の表情がうかがえる。


「さすがに完璧な陣形ってわけじゃないから、反対意見も当然聞くけど……」


「――どうして”落ちこぼれ”が仕切ってるの」


 自分の意見だけをごり押ししていたことに気付き、意見を求める旨を伝えると、わずかな敵愾心を含んだ声が発せられ空気が凍った。

 その方を見れば、これまで一言も話さなかった穂香が不機嫌を取り繕わずに、響へとその悪感情を向けていた。


 突然のことに、言葉の意味が理解できなかったこともあって、他のチームメンバーは響を含めて呆然とする。


「どういう意味だい?」


 一番最初にその硬直から抜け出し、問い返したのは陽介だ。向けられた悪意に、一学年最強の少年は柔和な態度を崩さない。


「どうもこうも、おかしいんじゃないの? この中では最低序列で、運だけで勝ち上がってきたような”落ちこぼれ”に、大事な作戦会議を仕切らせるなんて」


「それは違うよ、里見さん。響は決して運がいいだけの人間ではない。努力を惜しまず、常に相手を研究し、戦いの中でも思考を止めなかった。だからこそ実力とは裏腹にここまで来ることができたんだ」


「だからなに? 努力は報われるなんて幼稚なこと言うの? それに、そいつがここにいるのが努力が報われた結果だとしても、最低序列なのは変わらない。仕切る資格なんてどこにもないわ」


「なくないよ。適材適所というものだ。僕は策を弄することには疎いし、なにより力押ししかできない思慮浅き者だ。瑠璃だって、決してそうしたことが得意ではない」


「それでも、あんたが仕切るべきでしょ?」


「その僕が、響を指名しているんだ」


「ヨースケさん、それはさすがに屁理屈がすぎますよ」


 諫めるように言い放つ陽介に瑠璃が苦言を呈する。

 穂香は終始棘のある言い方を変えない。”落ちこぼれ”に仕切られるのは気に食わないと、徹底抗戦の姿勢だ。

 それは陽介も同じ。友人を低く見られて、あっさりと引き下がる性分でないのはここ数カ月の間に理解していた。

 だから、止めるのであれば響しかいない。


「陽介、いいよ。俺が弱いのは確かなんだから。俺が仕切るのに納得がいかないのも、おかしいことじゃない」


「響、前にも言ったが、君の謙遜は自信のなさともいえるもので……」


「そのセリフそのまま返すって。とりあえず陽介がまとめるべきだっていう意見はもっともなんだ。俺じゃ序列が足りない」


「しかし……」


「頼むよ」


「…………」


 食い下がろうとする陽介を、響は強引に押しとどめる。沈黙すること数秒、陽介は嘆息して、


「分かった。微力ながら仕切らせてもらうよ」


 頷く陽介は普段通りの返答。あまり納得していないのは表情から見て取れる通りだが、今は仕方なしと割り切った。

 事実、陽介が仕切るべきだという穂香の意見は的を射ている。

 少なくとも、団体戦において何の実績もない”落ちこぼれ”の響が、序列最高位者を差し置いて前に立ったとて誰がついて行くだろうか。


 陽介や瑠璃のようなタイプは珍しく、本来ならば穂香のような生徒が普通なのだ。

 だから、無理を通してまで響がこの場を仕切る意味はない。意見が無条件に却下されるわけではないし、そもそも作戦会議の主導権を握ってしまっていたこと自体、意図せずにしてしまったことだ


「それじゃ、作戦……フォーメーションの確認だけど――」


 陽介が会議をまとめようと話し出す。

 そう、これが正しい形。誰からも文句の出ないやり方だ。

 穂香も、不機嫌な表情はそのままに、しかし語り手の方向を向いて会議に参加するあたり、納得したとみていいだろう。


 ――その後も作戦会議は進められ、ひとまずは響の提示した陣形を用いることに決まった。

次は火曜です。

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