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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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7『大魔術師たちの憂い』

「いやぁ、びっくりするほど可愛くなってたな……」


 奏と響と別れてから数分、どこか遠い目をした壮馬が呟いた。

 呆けた発言。先ほどのことをまったく反省していない物言いだが、その件に関して言えば鬼灯も同意だ。目にしたのはずいぶんと昔――それこそ一〇近く前。当時から可憐な容姿をしていたが、なるほど成長するとああなるのかという思いである。だが、


「俺の嫁さんの方が可愛いけどな」


「お、おう……。あんまし反応に困ること言わないでくださいよ」


 面を食らって答える壮馬は困り顔。確かに、突然おっさんに惚気られても若者はどうすればいいのか分からないだろう。適当に流せばいいものを、と思わなくはないが。


「つぅか、いくらお前好みになってたからって、手を出すのはやめといたほうがいいと思うぞ。局長に殺されたくなけりゃな」


「またそれですか。手は出しませんって。なんていうんスかね。可愛いのは可愛いんですけど、奏ちゃんのはアイドル的な感じで、手を出すとかそういう次元じゃないみたいな」


「なんだそりゃ。オレにゃよく分かんねぇよ」


 壮馬の場合、どんな女性にもとりあえず可愛いと言うので、言ってしまえばその言葉自体が信用できない。口が軽いのだ。


「言って直らねぇからこうなってんだろうけどよ。とりあえず別に知り合いと会っても話すなとは言わねぇけどな、相手の都合くらい考えて行動しろよ。迷惑はかけんな。オレの仕事を増やすな」


「分かってますよ。肝に銘じておきます。すみませんでした」


 本当に反省しているのかどうか怪しい謝罪が返ってきて、鬼灯は頭が痛くなる。明日以降の魔術大会は大丈夫だろうか。

 この壮馬が、大勢の女子高生を前にしてナンパを我慢できる画が想像できず、ただでさえ重かった気持ちが余計に重くなった。


「問題は、起こすなよ……」


「切実っスね」


 最後にもう一度念押しして、話は打ち切り。会話の内容を仕事に戻そうとし、切り出す前に壮馬が口を開いた。


「――にしても、鬼灯さんよく覚えてましたよね。俺なら絶対無理っス」


「なにがだよ?」


「奏ちゃんの弟子のことですよ。響くんだっけ。一〇年前でしょ? 顔だって相当変わってるはずなのに、割とあっさり思い出してたじゃないですか。やっぱり思い入れがあったんですか?」


「…………」


 無論、思い入れがないわけではない。大魔術師だろうと、単騎では敵うはずのない脅威度A+の魔獣があのキマイラだった。勝ちを拾えたことは今でも奇跡だと思っているし、その際、背後にかばっていた少年が健やかに育っていたと知れば、湧き上がる感情というものはあった。


 だがそれだけで、一〇年経って遭い見えた少年が、あの時の少年と結びつくかといえばそうでもない。事前情報なしに響と接触していれば、鬼灯とて気づきはしなかっただろう。

 ではなぜ気づいたのか、理由は単純だ。


「最近、大災害について調べる機会があったからな。その副産物だよ。あの時のはどうなったかなって調べてみて、魔術大会出場者名簿に行き当たった」


 軽い息抜きのつもりで手を出した調べものだ。偶然としか言えない事柄であり、そのおかげで鬼灯は、一人の少年の中の幻想を壊さずに済んだ。

 鬼灯の、面白げのない答えを聞き、壮馬は顔をしかめて「うへぇと」口に出した。出すな。


「なんだ、じゃああの子泣き損じゃないスか。なんだよ、俺もちょっと感動したのに」


「感動したのかよ」


 割と情に弱い壮馬の反応に、鬼灯はそのうち感動的な映画にでも連れて行って、大泣きさせてやろうと決めた。多忙すぎてそんな機会は来ないだろうが。


 ともあれ、話題がひと段落したところで、二人を多忙にさせている仕事の話に戻らなければ。


「で、だ。あちこち見て回ったわけだが、お前の所感はどんな感じだよ」


「可愛い子が多いスね」


「そうじゃねぇよ。仕事の話だ。なんか気づかなかったか?」


 とぼけた回答を一蹴し、鬼灯は問いを重ねる。嫌そうな顔をしていた壮馬は、大仰に嘆息して意識を切り替えるためにか、数度頬を張り、


「痛い……。気づいたことっていっても、そんなもん一つしかないでしょう。ていうか、京都に来た時からなんとなくこれはやばいなって思ってましたし」


 言ってから、壮馬は何もない中空を指差した。


「――大気中の魔力が濃すぎる」


 常人ならば――否、ある程度魔術に精通したものでさえ、勘づくことは至難だろう。奏も、違和感は感じていても明確に認識できているかは怪しいところだ。

 だが、仮にも大魔術師の称号を持つ壮馬には、鬼灯ほどではないにせよしっかりと知覚できていた。


 ――大気中に漂う魔力の異常な濃さを。


 もともと、京都や東京などの太い霊脈の流れる地は、年末にかけて各地から魔力が集まる傾向にある。

 それゆえ、通常よりも魔力が濃いというのは、この時期の京都で別段珍しいことでもないのだが、それにしても度が過ぎていた。


 ――そして当然、魔力が元で起こる魔獣災害にも影響は出ている。


「実際、資料とか見てもここ最近の魔獣の発生件数、相当ですからね」


「聞いた限りじゃ、大魔術師も派遣されてるってよ。俺らとは別に、純粋に魔獣対策に」


「へえ、誰スか」


「小車だと」


「うわ……。よりにもよって”串刺し姫”ですか。京都の局員、大変そうスね」


 顔も知らぬ魔術師たちに本気の同情を向ける壮馬。鬼灯まで苦い表情だ。


「でも、それで現場が回ってんだから文句は言えねぇだろ。んなことよりも仕事だ仕事」


 事前調査によって算出されたデータでは、魔力の大気中濃度が最も高くなるのが四日後。その日がもっとも魔獣の出現率が高くなると同時、出現する魔獣のレベルも跳ね上がることになる。

 もしそんなことが起これば、下手をすれば一〇年前の焼きまわしとなってしまうかもしれない。

 いや、それだけならいいのだが。


「何事もなく終わってくれりゃぁいいんだけどなぁ」


 まさか、そうもいくまいが。なにせ太い霊脈が集う京都においても、ひときわ巨大な管。その真上にあるのがこの京都ドームなのだから。

 そんな場で魔術の祭りなどを開けば、どうなるか分かったものではない。


「正気の沙汰じゃないですね」


「今回ばかりはお前に同意だよ」


 明日からの長い一週間を想像し、二人の大魔術師はそろって嘆息した。

次は日曜です。

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