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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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6『感謝』

「鬼灯さん、いつからそこに……?」


「知らねぇよ。スカウトマンなんて仕事がどうたらってあたりからだ」


「えーっと、あれ、全部っスよね……?」


「知らねぇ」


 壮馬の気安く親しみやすい兄ちゃんという雰囲気が引っぺがされ、ほぼ上司におびえる部下そのものへ。

 顔を引きつらせる壮馬。その頭を軽く叩き、英雄はバツの悪そうな表情で、


「あー、嬢ちゃん久しぶり。それと迷惑かけて悪かったなぁ。この馬鹿には、知り合いでもグダグダ話すなって言い聞かせておくからよ」


「お久しぶりです。気にしなくても大丈夫ですよ。久しぶりに話せてよかったですから」


 文言から、二人が顔見知りだということが分かる。なにも、今さら不思議に思うことはない。壮馬と同じようなものだろうし、そもそも奏の父は魔術対策局のトップなのだから。


 そんな的外れの思考に脳が沈む。

 違う、そんなことではない。何かを言わなければ。命の恩人に、憧れの的に、何かを話しかけなければ。こんなチャンス、そうそうあることではないのだから。

 そんな思いとは裏腹に、響はなにも音を発せない。重圧でもなんでもない、単なる緊張で喉が固まる。


「そんじゃな。大事な訓練時間削って悪かった。嬢ちゃんにはそんなもん必要ねぇかもしれねぇけどな」


「私、そこまですごくありませんよ」


「謙遜すんな。嬢ちゃんなら、歴代最強にだってなれるだろうよ」


 悠長にしている間に、奏との短いやり取りを鬼灯は終えてしまう。

 軽口めいたセリフを残して、鬼灯は壮馬の首根っこを掴んだまま引きずるように背を向けた。

 バランスを崩しかけながらなんとか歩き出す壮馬は、気のいい笑顔を再び浮かべ、


「奏ちゃん、じゃあね。その弟子君も、頑張りな」


 あまり格好いいとは言えない体勢のまま、遠ざかる。


 焦る。

 どうしようと、思考が混乱する。

 遠ざかっていく。そうだ、ひとまず呼び止めなければ。


「――ま、待って!」


 想像していたよりもはるかに大きな声が出て自分で驚く。

 隣で奏が肩を跳ねさせ、壮馬が目を丸くする、鬼灯だけが、やけに落ち着いた動作で振り返り、自身を呼び止めた学生を見返した。


「あ……え、と……」


 再び思考が混乱する。呼び止めたはいいものの、肝心要であるはずの次に続く言葉を全く考えていなかった。気まずい沈黙が降り立ち、それが余計に響の思考を混乱させる。

 ぐるぐると思考が回転し、周りに何を言うべきかが書かれているかのように視線をさまよわせた。

 そうしておどおどとするさまは、さぞ奇妙に映ったことだろう。だが響は憧れの存在を前にしてそんな無様をさらしていると気づく余裕もない。


「――ボウズも、久しぶりだな。ずいぶんでかくなったじゃねぇか」


「ぇ……?」


 ――だから、放たれた言葉に一瞬思考が止まったのは幸いなことであった。


 混乱した頭が幾分落ち着き、呆然としつつもパニックではなくなっている。

 憧れの大魔術師が自分に向けて言葉を発した。遅れて把握したその事実に歓喜し、それから何を言われたのかを吟味、理解するにつけてさらに胸が熱くなる。


「俺を、覚えててくれたんですか……?」


「あー、まあ、一応な。簡単に忘れられる記憶じゃねぇよ」


「――――っ!」


 何故だか、目頭が熱くなる。声を詰まらせ、歯を食いしばり、こぼれてきそうな涙を何とか押しとどめようとし――失敗して頬を数本のラインがなぞった。


 それからは、変に考えることもなく、混乱することもなく言葉が溢れてきた。


「あの時は、助けてくれてありがとうございました……っ!」


 それは、ずっと言いたかった感謝の言葉だ。

 助けられていながら、響はあの日、大魔術師に何も言えなかった。何も言えず終いだった。


「……気にすんな、仕事だ」


「でも、ありがとう、ございました……っ」


 こんなところで突然泣き出して、いったい何だというのだろうか。格好悪い。意味不明だ。それで止められるほど、単純な涙でないのだから性質が悪い。

 静かな嗚咽を、この場にいる誰もが冷やかさない。響の事情を知っているのは鬼灯ただ一人のはずなのに、壮馬も奏も、何も言わずに見守ってくれていた。


 それがありがたくて、響は気の済むまで泣き続けた。


 色々とごちゃ混ぜになった感情を吐き出し続けた。



 * * *



「すみません、なんか泣き出しちゃって」


 遠ざかっていく二つの背中を見送りながら、響は隣に立つ奏に謝罪を述べる。


 ひとしきり涙を流した後、響は鬼灯と少ないながらも言葉を交わした。言葉を交わしたといっても、ほとんど響が喋っていただけだ。

 あの瞬間に響が救われたこと。それをきっかけとして、魔術師になろうと決めたこと。才能がないながらも折れずになんとかここまで来れたこと。――そして、努力を続けられたのは鬼灯の背中が脳裏に焼き付いて離れなかったからだということ。


 もっとも大魔術師は終始、自分はそこまで大した人間ではないという態度を崩さなかったが。


「憧れの人だったんでしょ? 仕方ないわよ」


 響の謝罪に、奏は肩をすくめることで答える。


「でも、訓練の時間が……」


「それはその通りだけどね、私には責められないかなぁ。私も、教師になろうって思わせてくれた人に会ったら、すごく話したくなっちゃうと思うもの」


「…………」


 そういえば、奏が教師を目指すことは知っていても、目指すことになった理由は聞いたことがなかった。響も、魔術師を目指す理由は語っていなかったとはいえ、語られないことに若干の不満を覚える。

 だが、その感情を問いとして言葉に出す前に奏が口を開いた。


「だけど、ちょっと嫉妬はしちゃうかも」


「……?」


「なんでもない」


 師の発言の意図が分からず、首をかしげる響。首を振って追及を拒まれればそれ以上問いを重ねることは出来ない。

 だから、代わりに出てくるのは魔術大会への想いだ。


「奏さん、俺、勝ちます」


 無論、最初から勝利にかける思いに偽りはなかった。必ず勝ち残ると決めていたし、それが奏のためでもあると強く意識していた。

 それでも、憧れの存在が近くにいるということの、なんと大きいことか。


 スカウトマンとしてやってきた鬼灯は、当然響の試合も見るのだろう。なら、無様をさらすことは許されない。恥じぬよう、全力で。


 弟子の想い。その熱く強い言葉を耳にし、奏はしばし目を丸くする。それから相好を崩し、柔らかい微笑を作ると、


「うん、頑張りましょうね」


 そう言った。

次は金曜日です。

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