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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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5『再会』

「迷いそうですね……」


 フィールドから出て数分。想像以上に広いドーム内を目の当たりにし、響は呟いた。

 一応、ベンチや談話スペースなど、目印になりそうなものはあるものの、基本的に同じような風景が続く生でいまいち現在地が把握しづらいのだ。


「私も去年は迷ったなぁ。あとちょっと遅かったら、個人戦が不戦敗になっちゃってたもの」


「何してるんですか……」


「大丈夫よ。キュルリンがなんとかしてくれたから」


「キュルゥ……」


 しみじみと物思いに耽る奏とキュルリン。

 もっとしっかりしてくださいと思う反面、迷ってあたふたする奏を、呆れながらも導くキュルリンの画が容易く想像できてしまうあたり救いようがない。


「でも、去年の経験があるなら今年は大丈夫ですよね」


「そうね。私、もう迷わないんだから」


 自信満々なのが逆に安心できないのは何故だろうか。


 雑談をしながら歩を進めることさらに数分。ふと前方に求めていた立方体を発見した。それと同時に、自販機の前に、誰かがいるということにも。


 遠目にも個性的な装いをしているのが確認できる。 

 明るく脱色された茶髪。ブラックのシャツに白いスーツ、赤いネクタイと、どう見たところで堅気には見えない。端的に言って近寄りたくない類の輩だが――、


「ソーサン?」


 隣で発せられた声に、白いスーツがピクッと動いた。

 こちらに顔が向けられ――その顔が、思っていたよりも若い青年のもので、どこか飄々とした親しみやすさのあるものだと気付いた。


 隣の奏は振り返った青年の顔を確認し、それからパッと顔を輝かせる。


「やっぱりソーサンだっ」


 "ソーサン"とは、名前だろうか。"キュルリン"に通ずるところのある、いろいろと致命的なあだ名である。


 しかしソーサンと呼ばれた青年は一切気にするそぶりもなく、咄嗟に笑顔を顔に作ると片手を上げて、


「おー、久しぶりー。あー、えーっと……」


 頬を引きつらせながら、笑顔が固まる。それから一瞬思案して、


「え、奏ちゃん!? 奏ちゃんか! 一瞬分からなかったよ」


「みたいだけど、じゃあなんで返事したの」


「いや、美人さんに話しかけられたらそりゃね」


 ソーサンと呼ばれた青年は、装いとは裏腹に微塵の威圧感も放たず、瑠璃とはまた違った軽薄なノリで受け答えをする。それがまた妙な親しみやすさを醸し出しているのが不思議でならない。

 その装いも、見方を変えれば堅苦しいことが苦手なのだと、プラスの方面に解釈できてしまう。


 飄々と笑う青年に、奏は苦笑いを返し、


「ソーサン、相変わらずね」


「奏ちゃんはずいぶん変わったなぁ。いや、変わったっていうか成長したっていうか。前から可愛かったけど、磨きがかかってものすごい美人になったね」


「ありがとう。言いすぎだとは思うけどね」


「いやいや、本当に可愛いって」


 ナンパをするような口ぶりを、奏は苦笑いのまま受け流す。それから首を傾げ、


「それは置いといて、調子はどう?」


「おぉ、いいよ。すごくいい。むしろ今よくなった。美人さんを視界に入れたから」


「ソーサン、そればっかり……」


 苦笑いを通り越して、もはや呆れの段に踏み込んでいる奏。そんな態度にも、青年に対する友好的な感情が見て取れて、響はどんどん進む会話に置いてけぼりなことに気がついた。

 あまりに自然に、親し気に会話が始まったせいで呆然としていた。この青年と奏はいったいどういう関係なのだろうか。


 原因不明のかすかな反骨心を抱きながら、ソーサンと呼ばれた青年を見極めようと、まじまじと見つめる。その視線に気がついたのだろうか。青年は、ひたすら軽薄な口調で奏の容姿を褒めたたえるのを中断し、響の方に向き直った。


「それで、こっちのちょっと怖い目で睨んでくる彼は誰? 彼氏?」


「違うわよ。私の弟子」


「弟子……? あぁっ! 君が!」


 どういうわけか納得するソーサン。笑顔を浮かべて、初対面にもかかわらず心の距離はゼロで、いきなり馴れ馴れしく響の肩をバシバシ叩いてくる。


「話は奏ちゃんから聞いてるよ! すげーな君っ。奏ちゃんがよほど有能なのか、もしくは君が無茶苦茶すごい奴だったのかは知らないけど!」


「は、はい……?」


「あー、でも見た感じ、才気とか全然感じられないなぁ。やっぱり奏ちゃんが凄かったのか? まあ美人には無限の可能性があるってね」


「あ、あの、奏さん。この人は……?」


 完全に、響の預かり知らぬ次元で話が進行している予感があり、事ここに至って自分で推測するのはやめた響は助けを求める。事情を知っているであろう師に説明を要求。奏は変わらぬ苦笑いで頷いた。


「ソーサンは――本名は薊壮馬。それだけで、魔術学園の生徒なら分かるでしょ? 現在最年少の大魔術師よ」


「え」


 思考が止まった。

 軽薄に笑いながら響の肩に手を置く青年に反射的に目をやり、まじまじと見つめる。


「いや、男に見つめられるのはあんましいい気はしないわ。それに、大魔術師なんて言われちゃいるけど、ぶっちゃけ俺は下っ端だよ。奏ちゃんは俺になら勝てると思うしね」


 そう言って自虐する壮馬は、しかしどこかに確たる自信を持っていると、響の目から見てもそう感じられた。


 ――これが、この国最大の魔術師。その一角。


 響には、視界の中の青年がどのレベルの実力があるのか推し量れない。相手はあの奏すら凌ぐかもしれない怪物なのである。響程度”落ちこぼれ”の眼力で底を知ろうなど、おこがましいにもほどがある。


 そう、この軽薄な青年は、響が憧れてやまない目標そのものでもあるのだ。

 先に抱いたかすかな反骨心はどこかに消え去り、今は薊壮馬という一人の大魔術師に対する畏敬の念すら感じられる。響の中で、こうまで個人に対する印象が瞬時に変わったのは初だ。


 そんな初めて味わう感慨に戸惑いながら、ふと思い至った響は振り返り、


「……でも、どうして奏さんは薊大魔術師と知り合いなんですか?」


「前に言ったでしょ? お父さんが魔術の訓練を私に付けるために、家に優秀な魔術師を招いてたって。ソーサンは、私に魔術を教えてくれたことがあるの。五年前、だったかしら?」


「たぶんそんくらいでしょ。年が近い方がいいからって呼ばれたんだよ、確か。懐かしいなぁ。五年前なら俺もまだ学生だったし。学生なのに何で教えないといけないのかってさんざん愚痴垂れた記憶がある」


「私の顔見た瞬間、態度が変わったけどね」


 何故だろうか、まだ短い時間しか接していないにもかかわらず、その光景がありありと想像できた。


 そうして出会った二人は、壮馬の下心に似た感情もあってすぐに親しくなり、壮馬が魔術師になってからは会うことはなくなったものの、メールのやり取りだけは続けていたそうだ。


 なるほどと状況を把握し、納得がいく。と同時に新たな疑問も沸き起こった。

 響がそれを訪ねるよりも先に、師が口を開く。


「それでソーサン、どうしてここにいるの? 大魔術師は忙しいでしょ?」


 そう、単騎で凄まじいまでの戦闘能力を持つ大魔術師が、こんなところで油を売っている理由が分からない。京都ドームなど、明確な目的なくしては入ることなどしないだろう。


 問いに、壮馬は先ほどまでの軽薄な笑顔を内にしまい込み、代わりに苦々しい表情を作り出した。


「そうそう、そうだよ奏ちゃん! 本当、聞いてくれよ! 魔獣対策局は駄目だ! とんでもないブラック企業だ!」


 ――仮にも生徒のほとんどが魔術師を目指している魔術学園の学生に聞かせていい内容だったのだろうか。


 良かろうが悪かろうが、壮馬は師弟が止める間もなく話し始めた。


「そもそもさぁ、スカウトマンなんて仕事、下っ端とはいえ仮にも大魔術師に任せる仕事じゃないでしょ! そりゃ大事なのは分かってるけどさ、なにも俺がやることじゃないし! ついでにって任された仕事もハードだし。京都に来てるっていうのに観光の時間なんてないし!」


「「…………」」


 それは仕事なのだから仕方ないのではないだろうか。


「ていうか、泊まる旅館が結構ボロいし! 床が軋むんだよ? 魔術大会に学生の身分で来てた時の方がよっぽどいいとこ泊まれてたよ。社会人になってグレードダウンってどういうこと!? しかも同室なのはおっさんだしね! 女の子がよかった!」


「――おっさんで悪かったな、この野郎……」


「ぁ……」


 とめどなく溢れてくる仕事の愚痴を、苦笑いや微妙な表情で聞き流し、適当に相打ちを打つ二人。絶妙に困った響と奏を助けたのは、疲れの色が濃い男性の声だった。

 ノータイのブラックスーツの大きな特徴のない中年男性。雑踏に紛れれば簡単に見失ってしまいそうな容姿でありながら、醸し出される洗練された空気は、場に現れたとたんに背を正すような空気感がある。


 視界にその男を収めた瞬間、響は刹那、息をするのも忘れた。


 ――ああ、その姿は、一生忘れることがないだろう。


 あの日、あの時、あの場所で目にした後ろ姿に、響は強く憧れたのだから。


 大魔術師、鬼灯進――一〇年前の魔獣大災害。その元凶たるキマイラを単騎で討伐せしめた英雄が、そこにいた。

次は水曜です。

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