4『大会前訓練』
昼食が済めばバスに乗り、会場――京都ドームへ向かう。
多目的ドームとして建設されたそこは、なるほど東京ドームと比すれば二回りほど小さいが、充分以上の広さがある。構造は身近な建造物でいうなら、第二訓練場が一番近い。
中央にフィールドを据え、それをぐるりと取り囲むように通路が設置されているのが大まかな構造だ。
緩くカーブした通路には東西南北の四箇所に出入り口がある。所々にベンチや談話スペースが存在し、ドームという感じがそこまで強くはなかった。
その通路の一階。観客席に続く二階通路とは違い、こちらは直接フィールド内に出られる連絡路が存在している。
そこから先はまだ見ていないので分からないが、事前情報によると天井のない野外ドームとなっているようだ。フィールドと観客席を分かつように展開された魔術結界が天井に代わるようにドームを覆っており、今回のように魔術的な目的にも使用できる。
さらに、結界はそれだけでなく、建物全体を補強するような形で幾重にも張り巡らされているということだった。
紋章術を半年近くも学んだ響は、何度も目を凝らしその技術力の高さに戦慄する。
維持のために用いられている魔力量もさることながら、これだけの結界が展開されつつも、互いに全く影響を与えていない神業だ。
集合場所。一階通路の連絡路付近で集まるクラスメイト達を尻目に一人瞠目していると、扉が開く音が聞こえ、数秒後に話し声と足音が聞こえてくる。
京都魔術学園。東京学園の一つ前に、現地での訓練に励んでいた学生たちである。
いずれも魔術大会への出場資格を手にした猛者たち。その魔術力は、全員が響よりもはるか上に位置する。
――戦うことになるかもしれない。
そんな思いを抱きながら、学年も知れぬ生徒たちを眺めていると、そのうちの一人がやけに目を引いた。
猿顔の男子だ。陽気な関西弁で周囲の生徒と話す様子は、まさしく普通の男子高校生然としている。
目を引くところなど何もない、一般と大きい違いなど見当たらない生徒のはずなのに、なぜか響にはその生徒の持つ空気感を感じた瞬間、自然とそちらに顔を向けていた。
「……?」
自分で自分の行動が分からず首をかしげる。どういうわけか思考しようとし、
「明日以降の敵、ということだね。なかなかどうして、実力者ぞろいということか。それも当たり前だが」
クラスごとに集合しているはずの中、なぜか隣にいた陽介に声をかけられて中断した。
「小熊さんなら分かるけど、どうしているの」
「そんな評価を獲得してしまう瑠璃も瑠璃だ。僕がここにいる理由だが、別に大したことではないよ。要注意人物のようなものがいたら教えてもらおうと思ってね」
「一目見ただけじゃ分からないから……」
いつも通りの過大評価に嘆息しつつ、目を引いた猿顔のことは口にしない。単に目を引いただけでは強者と断定できないし、それに、
「陽介はそんなの関係ないでしょ」
単純に魔術を行使しているだけで馬鹿にならない戦力だ。要注意人物とやらがいたとして、後れを取るようなことはないように思う。
対して、響はそういうわけにはいかない。通り過ぎる学生に、当然のことながら響よりも劣る能力の持ち主はいないはずなのだから。冗談抜きで、ここでも響は最弱だ。
「それをひっくり返すのが君だろう? 個人戦、楽しみにしてるよ」
「陽介と当たるのは相当後だよ。それに何回も模擬戦はしてる」
魔術大会前の訓練と同様に、奏の監督の元、響と陽介の模擬戦は数度繰り返されている。そのいずれでも響は勝利をおさめられていないのだが。
「でも、それはあくまで模擬戦だ。響が手を抜いていたとは決して言わないが、僕は、もっとしっかりとした、勝利を譲ることができない環境での戦いを君としてみたい」
「陽介って、そういう戦闘狂みたいなところあるよね」
「それは心外だ」
「いや、心外とか関係なく、本当に」
最初に会った時から、やけに響との戦いを楽しみにしていてくれている。実力を認められていると考えれば悪い気はしないのだが、ここまで力に差があるとそう何度も戦いたい相手ではない。
「できれば、当たりたくないけどね」
「悲しいことを言わないでほしい。それに当たるのはほぼ確実だろう」
「お互い勝ち進む前提ね……」
陽介と当たると考えると、魔術大会はまだ始まっていないにもかかわらず、響は早くも少しばかり気が重い。
教師たちの急かす声が聞こえ、急ぎ足でフィールド内に入場せざるを得なくなったのはそれからすぐの事だった。
――入ったのち、整列させられた東京学園の生徒たちは、いくつかの注意事項を拝聴。その後、学年別に訓練という運びになった。
五つの学園が訓練をするため、ドームを使える時間はかなり限られている。
やけにせかせかと指示を飛ばす教師たちの元、響もせわしなく動いた。
訓練するのは団体戦と個人戦。
学年ごと三カ所に散らばり、教師の監督下で技術的な訓練を行う。通常授業でも行う簡単な魔術に始まり、模擬戦での実践的な訓練。それらの反省会など、無駄なく多岐にわたった。
団体での戦闘も、ぎこちなさが残るものの、少しは動けるようになったというところか。個人戦とはまったく違った理論の団体戦は、練習したところで身に着けることが難しい。
むしろ、この短時間でよくここまで持ってこられたものだということだった。
それでも他の二学年と比べればまだお粗末なものだ。それは陽介とて例外ではない。
「まったく、力押ししかできないわが身が恨めしいよ」
「それでだいたい充分っていうのが怖いところですけどねー」
訓練中の、陽介と瑠璃の会話である。
事実、単騎戦力のみで見るのであれば陽介は全学園の一学年を合わせても最強だろう。その弊害として、むしろチームプレイが苦手になっているようだった。
訓練は進んだ。
技術演習ならともかく、実践ならば響も遅れは取らない。存分に自分の持ち味を生かし、細かな調整を加えるなど、有意義な時間を過ごすことができたと言えるだろう。
――そうして、全体での訓練が終わると、残った時間は生徒の自主訓練に当てられる。
響はいつも通り、奏に教えを受けることになっていたのだが。
「ちょっと休憩しましょうか」
合流した奏は、だいぶ汗をかいた響にそう言った。
一時間以上もぶっ続けで訓練していればそうもなる。響としても、いったん休憩を挟みたいというのが本音だった。
「正直助かりました。喉カラカラだったんですよね」
水分補給用の水筒は当然持参してきていたが、予想以上に走り回ったせいで底をついていた。それでも走らなければ戦えないのが響の辛いところで、それゆえ、汗となって出た分はきっちり補給しなければならない。
奏の判断に感謝しつつ、ドーム内の地図を頭に思い浮かべた響は、自分の懐事情を顧みて、
「確か、通路に自販機ありましたよね? ちょっと行って買ってきますね」
「確かにあったけど。わざわざ買わなくても、これ飲んでいいわよ?」
「あ、ありがとうござい、ます……?」
ひとっ走り行こうとした響を奏が呼び止めペットボトルを差し出す。師の用意の良さに感服しつつそれを受け取るが、その重さに違和感を感じて語尾が疑問系になった。
よく見ると、蓋には開けた形跡があり、中身が半分ほどにまで減っている。
「あ、あの、奏さん……。その、これってもしかして飲みかけ……」
「響くんだし、私は気にしないわよ?」
「俺が気にしますよ!?」
というか気にしないのであれば顔を赤らめないでほしい。こっちまで余計に恥ずかしくなってしまうではないか。
まさかの事態に響も顔が熱くなるのを感じ、思考が鈍る。焦ったあげく、どうすればいいのか分からず助けを求めようと奏の肩に乗るキュルリンに助け舟を要請した。
「キュルゥ」
「キュルリンうるさい」
「キュルッ!?」
仕方ないというように、からかう声を上げるキュルリンだったがバッサリ切り捨てられた。
珍しい光景に驚きの声を上げるキュルリン。
響も軽く唖然とするが、その結果逆に頭は冷静になった。
「あの、俺、やっぱり自販機に行ってきますよ」
「そう。嫌だった?」
「え、嫌っていうか、困るっていうか……」
別に嫌ではない。ただ、響の頭ではこういう時どうすればいいのか全く分からない。早い話、テンパる。
「とにかく、自販機行ってきます」
「うん、響くんがいいならいいけど……。せっかくだし私もついてくわね」
「なにがせっかくなんですか」
「……なんとなく? ほら、余分に買っておいても困らないし」
「それはそうですし、構わないんですけど。通路は寒いですよ?」
一応フィールドは屋外なのだが、張られた結界はどうやら特殊仕様のようだ。火魔術で暖められた空気が逃げ出す気配はなく、直射日光の恩恵もあってなかなか温かい。
それに対して、通路は省エネのためか微弱な暖房しかかかっていない。屋外のはずのフィールドよりも寒いのだが、奏に意に介した様子はなかった。
「はい、上着。これで寒くないでしょ?」
「俺の分まで!?」
どこからともなく、魔法のように取り出したのは二人分のパーカー。準備がよすぎるのか、それとも過保護というべきか測りかねつつ、寒いのが嫌なのは響も同じ。ありがたく受け取り袖を通した。
「キュル……」
使い魔の、飽きれた鳴き声が発せられた。
次は月曜です。




