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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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2『友達を作ろう』

 ――魔術大会当日の早朝。


 太陽もまだ完全に上り切っていない時刻。朝六時ごろの寒気は、コートを着込んでいても刺すような冷たさを与えてくる凄まじさだ。

 人ごみであればまだしもマシだったのかもしれないが、この時間帯では東京駅と言えども溢れかえるような人だかりとはいかない。

 人数が絞られているとはいえ、大所帯な魔術学園の生徒が一般客の迷惑にならないようにという、学園側の配慮だろう。


「――朝早いというのに、まったく眠そうではないな君は」


 集合場所に一足先にたどり着き、どうやって時間を潰そうかと思考を巡らせていた響に背後から声がかけられる。

 振り向き視界に入ったのは、眠気を隠そうともしない中性的な美貌だ。


「柳川先生。先生も来るんですか」


「もともと魔術大会には、各学園が養護教諭を連れて行くのが義務ということになっている。大人数で、しかも泊りがけになるんだ。何もおかしいことではないだろう」


 そう言う美里だが、目の下にはうっすらと隈がある。疲れた様子なのは先に抱いた印象そのままだし、少なからず不満があるようだ。


「先生なら、自分がいないところで怪我人が出ることの方が嫌そうですけど」


「君には私が不満そうに見えるのか。別に、不満がないわけではないが、それは睡眠不足によるものだけだ。引率として京都まで行くことに異はなにもない」


「睡眠不足、ですか」


 響は毎日早起きでランニングをしているので忘れがちだったが、現時刻は朝の六時台。集合場所までの移動時間を考えると、起床時刻は五時といったところだろうか。人によってはもっと早くに起きることもあり得る。

 事実、この場には響と美里を除いた東京魔術学園の関係者は、数えるほどしか見当たらない。目に入ったそれらの人物も、総じて眠気が顔に出ていたりと、コンディションはよくないようだ。


「でも、このくらいの時間じゃないともろもろ間に合わないんですよね? 向こうで練習とか、開会式とか、ミーティングとかするんでしょう?」


「……まったく、それくらいは学園でやっておいてほしいものだ」


 ――魔術大会はその規模から、魔術と縁もゆかりもない一般市民にも知れ渡る行事である。


 全国に五つある魔術学園――東京、京都、札幌、名古屋、福岡のすべてが参加するだけでなく、その日にちも五日間。出場生徒の現地入り日も足せば、一週間にも上る。

 テレビ中継されるのはもちろん、現役の魔術師や、魔術に関係する機関からはスカウトマンが派遣され、卒業後の人材を見極めるのにも一役買っているらしい。魔術大会後に学園を中退し、そのまま魔術師になったものも存在するというから驚きだ。


 そういったチャンスと同時に、醜態をさらしてしまえば隠匿も撤回も不可能な場として魔術大会は存在する。

 魔術大会の状況によっては、魔術という技術に対する世間の評価をも左右されかねない。


 それだけの大舞台ともなれば、学園側も手を抜いてはいられない。むしろ全力をつぎ込んでしかるべき行事である。

 慎重に、万全に、出来ることはすべてやる。そんな鬼気迫るような態度の学園に反して、美里は実に冷めたものだ。


「私は魔術や学園の評判がどうということに興味はない。シンプルに怪我人が嫌いなだけだ。大会の競技を見ろ。団体戦、個人戦、模擬魔獣戦。どれも怪我人が出かねない。むしろ出て当たり前という風情だ。心底気に食わない」


「でも魔術っていったらそういうものでしょう」


「使い方次第だよ。数年前までは射撃という競技もあったんだ。一〇年前の魔獣大災害を受けて、魔術学園のカリキュラムがより実践的になった影響で消えてしまったがね」


「それは初耳ですね」


 テレビで中継される魔術大会の様子は響も知るところだ。

 だが、これまで見てきた中でそんな競技があった記憶はないが――。


「あれ、じゃあ先生って歳いくつ……」


「まだ二〇代だ。それ以上聞いたら春花に掛け合って君への講義をなくしてもらうぞ」


「…………」


 出る杭は打たれる。響は口をつぐみ、ひたすら頷くことにした。

 それはそうと、今の美里の発言を信用するのであれば、魔女という形容がこれ以上ないほど似合うあの紋章術講師――長津田春花も、まだ二〇代ということになるのだが。世の中とは、分からないものである。


「ともあれ、そういうわけだ。怪我だけはしないようにと、忠告しておこう」


「善処します」


 序列戦が終わったあとは、攻撃的な隼人も学園を去ったこともあり保健室の利用回数は激減した。

 しかし、ゼロになったわけではない。

 加減が上手くなったとはいえ、響と奏との間には凄まじい力の差がある。それで怪我をしないわけがない。


 ましてや、魔術大会という大舞台。通常の訓練でさえその体たらくな響が無茶をすれば、それは大変なことになるだろう。そう懸念しての忠告だったように思う。


 そしてそれは至極的を射ているのだ。


 奏の夢。教師になりたいという思いは、奏の父――現魔獣対策局局長の反対に遭い、目指す上での条件を突きつけられた。


 ――最低成績の生徒を指導し、序列戦で二〇位以内、もしくは魔術大会でベスト4に進出させよ。


 傍目にも無茶な条件だ。

 己の不実と青さと慢心で、手をかけた前者の条件を満たせなかった身としては、なんとしてでも後者の条件を完遂しなければならない。

 それが贖罪であり、恩を返す手段であり、責任なのだから。


 だから多少の無茶は喜んで背負うし、美里の忠告を守れないこともあるだろう。


 そんな思いの詰まった「善処します」だったが、さすがに美里を誤魔化すには足りないようだ。

 不満げに目が細められ、鋭い眼光が響を射抜く。なんとかポーカーフェイスを繕ってみると、やがて養護教諭は諦めたように嘆息した。


「君に怪我をするなと言っても、守るはずがなかったか。その被虐趣味は、私には理解できない」


「違いますよ。そんな特殊な嗜好してません」


「別に個人の趣味にまで口を出さないが、そういうことはもう少し自分のうちに隠す方が賢明だと言っておこう」


「違いますってば」


 不名誉な性癖を捏造する教師に、響は単身抗議。

 しかし向こうは受け取るつもりもなく、すげなく受け流すと周囲を指差す。


「そろそろ集合時間だ。クラスごとに固まっておきたまえ。友人が二人ほどできたと、君の師に聞いたぞ」


「……報告されてるんですか。ていうかその友達、別のクラスなんですけど」


 最近の響の周囲は温かみに溢れているように感じられるが、依然として"落ちこぼれ"としての評判はそのままだ。

 しかも、「学園の代表である魔術大会の参加権を、"落ちこぼれ"が持つのは我慢ならない」といった風潮も、随所では見られる。


 端的に言って嫉妬なわけだが、結果として学園での過ごしやすさはそこまで変わっていない。


「知らん。そろそろクラスの中でも友人を作ってみればいいだろう」


 素気無く話を切り上げて、美里は身を翻すと徐々に集まってきた教師たちの元へと去っていく。

 残された響は一人。


「それが出来たら苦労しないんだけどなぁ」


 と、ひとりごちた。



 * * *



 集合場所で点呼を済ませ、軽い注意事項が説明されると、本日の移動手段である新幹線のホームに向かう。


 響としては、瑠璃や陽介といった、この二カ月で慣れ親しんだ面子の近くに座りたかったのだが、クラスごとに座るようにというお達しのせいでそうもいかない。

 席の上にある荷物置き場に手荷物を入れ、指定された窓際の席に腰かける。一息つく暇もなく、隣に座ったのは見知った顔だ。とはいえ、見知っているだけで会話をしたことはない。


 クラスメイトの女子――名前は確か、里見穂香といったはずだ。

 穂香は釣り目がちな瞳をにらみつけるようにこちらへ向け、それから一切の興味を失ったかのように視線を逸らす。鞄から本を取り出すと、”落ちこぼれ”を一瞥もしないで読みふけりだした。


「…………」


 いつもの反応だ。

 「”落ちこぼれ”には不可侵」という不文律は、瑠璃や陽介という存在によって意識に上ることは減少したものの、その二人以外の間では頑なに、半ば不貞腐れたように根付いている。

 慣れたつもりになっていても、今のようなあからさまな拒絶は少々堪えるものがあった。

 もっとも、新幹線の席は縦に三列。穂香の向こう側にもう一人いるはずなのだが、そちらもそちらで反対側に座る生徒との会話に夢中でこちらに顔を向ける様子はない。


「…………」


 無視をされるならされるで別に構わない。響も、無理に会話を欲するような性格はしていないのだ。幸い、暇つぶしのツールには事欠かない。


 鞄から本を取り出し、しおりの刺してある場所から読み始めようとした瞬間、ふと、つい先ほどの美里との会話が思い起こされた。

 クラス内でも友達を作りなさいという発言だ。

 無茶なと思ったが、こと里見穂香に関して言えばそれで済まされない部分がある。


 魔術大会に向けて、序列三二位以内の生徒は何度か特別訓練を受けていた。その中に当然団体戦の訓練もあり、戦力の偏りを作らないようにという配慮のもと、四人一組のチームが作られた。

 メンバーは響の他には陽介、瑠璃といった、何らかの策略が働いているとしか思えない――序列的には何も間違っていないのだが――面子に合わせ、序列一五位の里見穂香も存在した。


 事前訓練はそれだけで、ほとんど顔合わせのみ。大した会話もなかったが、よく考えずとも団体戦においてコミュニケーションは必須である。

 響が勝たなければならないのは個人戦。しかし自分自身の夢――魔術師になるという目標を考えれば、大会において負けてもいい種目などない。


 そうと決まれば、多少の憂鬱も振り払って行動する程度の胆力を、響は序列戦で身に着けている。

 本から顔を上げない穂香に向き直り、なにか会話のとっかかりはないかと考えて、


「あ、あの、何読んでるの?」


 そもそも自分から女子に話しかける経験自体それほど積んでいなかったせいだろうか。本番には強いはずなのに、若干たどたどしく、いたって普通の質問をした。


 しかし、穂香に反応はない。響の声など聞こえていないかのようにページに目を落とすのみである。

 それが意図的にした無視なのか、本に集中するあまりに響の声が聞こえていないだけなのか測りかねた。


「あの、里見さん……?」


「話しかけないで」


 確認するために放った言葉は、間髪入れずに返された言葉にかき消される。

 まさかここまで直線的な物言いをされるとは思わず、響は目を丸くして絶句。沈黙するのをいいことに、穂香は顔を上げて響を睨みつけると、


「言っておくけど、アタシはあんたを認めてない。実力もない”落ちこぼれ”が魔術大会に出るなんて、冗談じゃない。――あんな卑怯な戦い方を、アタシは認めない」


「…………」


 それだけ、叩きつけるように言い放つと、穂香は再び本へと視線を落とした。対話の完全な拒絶。それもかなり一方的なものでありながら、響は何も言い返せない。


 なるほど、実力がないのはその通り。卑怯な戦い方と言われてしまえばそれまでだ。穂香の言は正論であると同時、典型的なもの魔術学園の生徒然としていた。


 瑠璃や陽介、奏といった面々が特殊なだけで、本来ならば響の決して正面からは戦わない戦術は、魔術師としては忌避されるモノだ。誰もかれもが魔術を使えるようになるわけではないと、その事実が無意識下でプライドとなっているのだ。

 それゆえ、こんな反応も仕方がないかなと考えてしまう程度には、響も大人になっていた。


 新幹線が動き出す。

 窓から見える景色が加速して、次々と流れて行った。東京が遠ざかる。


 響は隣に気付かれない程度に小さく嘆息し、それから口の中だけで呟いた。


「やっぱり、友達を作れとか無茶だ」

次は木曜更新です。

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