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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
3章『落ちこぼれ魔術師の魔術大会』
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プロローグ『前日譚』

大変お待たせいたしました。待ってる人いないか。

ともあれ、三章開始です。

 ――太陽は西に傾き、今にもその体全てを地平線の彼方に隠してしまいそうだった。


 廊下に反射する二つの靴音はどこか虚しく、冷え込んだ冬を表しているようにも思える。

 魔獣対策局局内。暖房の効いた中にありながら、そんな感想が出てくるのは、抱いている鬱蒼とした感情が原因だろう。


「――にしても、何で俺たちなんスかね……」


 疑問を呈する――というよりも、単に不満を述べたような声が発せられる。

 短い髪を明るく脱色した青年だ。

 耳にはピアス。指にもシンプルな指輪をはめた様は、ブラックのシャツに白いスーツを着こなした出で立ちもあって、堅気の人間にはとても見えない。


 むしろ、その道に脚を踏み入れた典型的な若者としか思えないが、不思議なことに青年には、所かまわず周囲を威圧するような険は存在しなかった。

 反対に抱くのは気安い印象だ。青年の奇抜なファッションすら、それを助長しこそすれ、阻害はしない。


 日本で十指に入る魔術師である大魔術師。その称号を最年少で獲得した天才――(あざみ)壮馬(そうま)である。


「何でって、局長の話を聞いてなかったのかよ、オメーは……」


 答える声は呆れていて、その中に微量の疲れが感じ取れる。


 こちらは転じて、壮馬の派手派手しい装いとは正反対だ。

 身にまとっているのはくたびれたノータイのスーツ。指輪もピアスもしていなければ、スーツに何か特別な柄があるわけでもない。シンプルな黒一色で統一されている。


 そしてそれを着ているのが、これまた可もなく不可もないような容姿の中年男性。若干日頃の疲れが透けて見えることを差し置けば、雑踏の中であっさりと見失ってしまいそうな容姿である。


 にも拘らず、男性から受ける印象は恐ろしいほど洗練された空気と、同時に漂ってくる圧倒的強者の風格だった。

 一般人ですらその名を知らない者は数少ないだろう。生ける伝説とまで呼ばれた大魔術師――鬼灯(ほおずき)(すすむ)


 そんな、化け物と言って差し支えない実力の保持者。先輩であり、上司でもある鬼灯の言葉に、壮馬は不満げに眉を寄せる。


「いや、別に聞いてなかったわけじゃないスよ。むしろ俺にしてはちゃんと聞いてましたよ」


「そうか。女の話にしか興味のないお前にしては頑張ったんじゃねぇか」


「誤解を招く言い方ですからそれ。そこまで間違ってないですけど」


「間違ってろよ」


 その件で不祥事を起こしたことはない。だが、隙あらばナンパすることを考えているのが壮馬だ。鬼灯よりも年上の、それも男の話を聞いていられたのはまさに快挙と言える。

 ただ、壮馬本人にしてみれば意外でもなんでもないようで、


「いや、局長怖いじゃないスか。俺、あの人の話はいつも真面目に聞いてるんですって」


「そうかよ。別にオレはそう思わねぇけど。若い奴にはそう見えんのかね」


「年寄りみたいなセリフ言われても知らねーっスよ。鬼灯さん、まだ働き盛りじゃないですか」


「これ以上働いたら、オレはたぶん過労で死ぬ」


「そんなん俺もっスよ」


 基本、どんな魔獣に対しても単騎で対処できる。それが大魔術師と呼ばれるものたちの実力だ。

 もともと人手不足の魔獣対策局が、そんな使い勝手のいい駒を安易に遊ばせておくはずがない。


 そうやって軽口の応酬をするのはいつものこと。話が脱線するのは、ほとんど様式美と化していて、だから話題の戻し方もこなれたものだ。


「で、なんだったっけ? お前なんか言ってたろ」


「あーはい。何で俺たちが行くんだろうって話ですよ」


「だから話は聞かされてんだろ。それだけ脅威ってことだ。少なくとも、小隊一つを丸々侍らしておくよりゃいいし、そもそも小隊一つでどうにかなるもんでもねぇ」


「いや、そういうんじゃなくて、これって本来は警察とかの管轄なんじゃないかって」


「最初はそうだったんだが、この件は魔獣の属性もある。ならオレたちの管轄でもあるから調査と対処に参加できるって話だ。対策局としちゃぁ、蚊帳の外で話進められんのが嫌だったんだろうが、上の事情だからオレにもよく分かんねぇ」


「鬼灯さんの上って、あとはもう局長と副局長くらいのもんでしょうが」


「オレは根っからの現場人間だよ。時間が経って多少偉くなっちまった感はあるが」


 肩をすくめる鬼灯。慣れないデスクでの仕事が増えたせいで、この頃は体よりも心の疲労が問題になってきている。

 世の中の会社員の気持ちをこれでもかと味わい、抱いた感想は出来れば一生味わいたくはなかったという愚痴だ。

 さすがに部下の前では自重するが。


「まあそういうこった。分かったらきりきり働け」


「仕事したくないです」


「うるせぇ。そっちだけじゃなくて、スカウトの方も任されてんだ。タダで京都に行けるって思えば、多少は我慢できんだろ」


「基本ずっと仕事で観光なんてしてる暇ないじゃないスか! そもそもからして魔術大会のスカウトマンに大魔術師って人選がおかしいでしょ! それも二人も!」


「だから、それにはさっきも言った通り上の事情があんだっつの」


 魔術大会には、魔獣対策局やその他の魔術的機関から数名のスカウトマンが派遣される。

 これは即戦力を見つけるためであると同時、卒業後の人材の品定めの意味もあるのだ。率直に言ってかなり重要な仕事であるが、その責任の重さが壮馬の及び腰を加速させてしまっているようだった。


 上司の目の前で不満を垂れる壮馬だったが、良く回る舌をピタッと止めると虚空に視線をさまよわせ、


「あ、でも久々に会えると思えば、あながち苦痛でもない? かな」


「あん? ……あぁ、局長の娘か。手ぇ出すのはやめておけよ。局長に殺されるぞ」


「そんなにリアルじゃないのに怖いこと言わないでくださいよ! ぅわっ。なんか寒気してきた……」


 奏の父――現魔獣対策局長の逆鱗に触れたら。そう想像してしまった壮馬は、身を掻き抱くようにして腕をさすり、必死に暖を取ろうとする。

 しかし効果は薄かったようで、小さくぶるっと身を震わせた。


「何スか。鬼灯さん、気づかれないように魔術で気温下げてません?」


「してねぇよ。お前の中でのオレはどんなおっさんなんだ。お前、局長のこと恐怖しすぎだかんな」


 過剰に反応する壮馬に、鬼灯は嘆息で答える。


 すべて、大魔術師同士の会話かと耳を疑うような下らない内容。子供が聞けば理想が打ち砕かれそうな頭の悪いやり取りだ。

 だが、愚痴と不満と冗談を垂れ流す二人を目にする者はいない。


 だから、気づかれないで済んでいた。


 ――その声に、緊張の色が含まれていることを。

隔日更新でやっていくつもりです。


次回は日曜に投稿予定です。

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