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下の下には俺(した)がいる  作者: サクラソウ
1章『落ちこぼれ魔術師の戦術』
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4『修行内容』

 ――地面から伝わる固い振動が、どこか遠くのことに感じる。


 世界から色が失われていく。心臓が痛いほどに脈打つ。肺は悲鳴を上げつつも、必死に空気を取り込もうと躍起になる。

 一歩が遠い。一歩が重い。一歩が遅い。

 一瞬が何時間にも感じられる。辛い。苦しい。痛い。いっそのことやめてしまいたい。

 それでも――。


 ネガティブな思考が次から次へと湧き出して、頭を埋め尽くしてなお響の足は止まらない。

 あと少し、ほんの少しだけ前へ。

 交互に踏み出す足には力が入らず、もうほとんど惰性で動かしている現状だ。

 そんな惰性を気力を振り絞って強引に続け、重く自分のものとは思えない体に鞭打った。


 アスファルトを蹴る。前進する力に身を任せ方向転換。転びそうになってたたらを踏みつつも、石畳の階段を駆け上がって、


「が――っはあっ! はあっ!」


 ゴール地点の公園にたどり着いた瞬間、響はその身を投げ出して転がり込んだ。手足からは完全に力を抜き、大の字で寝転がって、水から上がった魚のように口を開閉し酸素を求める。


 辛い、苦しい、痛い。だが、今日もまたやり遂げた。

 極大の疲労とともに、わずかな達成感が体に染み渡る。


 ――奏に弟子入りしてから一週間、響は毎朝早朝のランニングに精を出している。


 弟子入りした翌日、第一訓練場へと呼び出された響は、そこで今後の修行内容の説明を受けた。

 響に課せられた課題は三つ。そのうちの一つがこの『体力強化』だ。

 魔術師には特に重要視されていない能力。魔術に直接的に筋力が関係していないにもかかわらず、響がそれを鍛えている理由は、邪道を進むからということの他にもう一つ。



「――目標は、序列決定戦で二〇位以内よ」


 弟子入りの翌日、奏のその言葉を聞いた時、響は己の耳を疑い絶句した。

 少なくとも現時点では、響の実力は全校生徒を含めてもぶっちぎりの最下位。奏が提示した目標は、目指すにはあまりにも険しいものだった。一学年五〇〇人ほどの魔術学園でなくとも、尻込みして当然の高みだ。


「トーナメント形式だから……響くんが二〇位に入るのに戦うのは五、六回ってところね。最初はいいにしても、後が……」


「ちょ、ちょっと待ってください! 無理ですよそんなの! 序列二〇位? 俺はまだ、元素の生成すらままならないんですよ?」


 魔術においてもっとも初めに習う基礎とされている、五元素の生成。木、火、土、金、水からなるそのうちのどれも、響は満足にできたためしがない。

 それは奏も実際に見ているわけで、


「まあ、そうね。私が君を才能なしって判断したのも、実はそこが一番重要だったりするし」


 奏もそこは首肯。

 それに、尻込みする理由はそれだけではない。


「それに序列決定戦って九月ですよね? 夏休みを入れても三ヶ月しかないですよ!」


 すでに一歩どころか二歩も三歩も前を歩いている同級生相手に、並ぶだけでなく追い抜くと言っているのだ。とても三ヶ月で足りるとは思えなかった。

 そんな響の判断を聞いても、奏はビクともしない。


「うーん、難しいけど、無理じゃないわよ。王道ならともかく、君が進むのは邪道なんだし。いくら実力差があっても、戦術を建てればそれなりになると思う。それに少なくとも、魔術大会に出られる序列まできてもらわないと、私も困るの」


「魔術大会……!?」


「そう、知ってるでしょ?」


「……それは、もちろん」


 全国に五つある魔術学園が共同で開催する一大イベント。共同開催とは言いつつも、各学園の力関係が明確化され、なまじ大きい大会なだけに結果は全国へと放送される。魔獣対策局すら優秀な人材のマークのために関与してくるのだ。


「そんな大会に俺が出る……?」


「そう、だから二〇位。魔術大会に出るだけなら三〇位でもいいんだけど、あえてね。私としては一〇位以内を目指しても……。いえ、師弟で一位独占っていうのも憧れるわね」


「弟子が見劣りしすぎでしょう……。いや、そうじゃなくて」


 全国放送される程度には、魔術大会の世間からの注目度は高い。となれば下手な生徒を出すことができるわけもない。

 つまり序列決定戦は、いわば選抜戦だ。三〇位以内の生徒に、魔術大会出場資格が与えられる。そのほかにもいくつか進級などで配慮されたりするが。

 上位三〇人は、この魔術学園の中でもとりわけ優秀な生徒なのだ。そこを目標のラインにせず、二〇という数字を提示してきたのには違和感があるが、今はそれどころではない。


「その中に”落ちこぼれ”の俺が入るなんて……!」


「弟子はそうかもしれないけど、その師匠は序列一位よ?」


「っ…………」


 奏の言葉に、響は言葉を詰まらせた。

 そうなのだ。序列一位どころか歴代最強。”落ちこぼれ”の自分にはあまりにも不釣り合いな師が、響にはついている。


「ね? 心強いでしょ」


「…………」


 押し黙る響に、奏はともすれば冷たさすら感じさせる真剣な表情で、


「あなたを魔術師にすると言ったのは私よ。もちろん、魔術大会に出場できるように全力で育てる。だから、ついて来て?」


 ――響はそれに頷いたのだった。



「……よっと」


 回想を打ち切り、響は足を振って起き上がった。

 朝早いせいか、それともあまり広くない公園だからか、辺りに人はおらず、息も荒く倒れこんでいた響を奇異の視線で見つめるものはいなかった。それをありがたく感じながら、響はストレッチ。

 乱れていた呼吸は元に戻っている。ふらつく足から少しでも疲労を取ろうと、筋肉をほぐして全身を弛緩させていく。


「よし」


 とはいえ、これで終わりではない。もうひとっ走りするべく、響はもう一度階段を駆け下りた。



 * * *



 早朝のランニングの他に、新たに響の日課となったものがある。読書だ。


 通学中、休み時間、ちょっとした移動時間、挙句は昼食中に至るまで。過剰とも取れるその行動の原因は、当然のように師弟関係にある。

 響に課された課題の二つ目、『知識吸収』だ。



「――この本を、全部読んで」


 そう言う奏が指さしたのは山のように積まれた本。途中で紙袋が破れたらしく、訓練場まで両腕いっぱいに抱え、それでも足りずにキュルリンに数冊運ばせたという約三〇冊だ。

 だからか、疲労困憊といった様子の奏が課した新たな課題よりも先に、響は運び方に物申した。


「先輩なら、重力魔術を使ってもっと楽に運べたんじゃないですか?」


 そうでなくとも、まさか一日や二日で読める量ではない。わざわざまとめて運んでくる意味やいかに。という響の問いに、奏は数瞬だけ固まると、


「あ。……その手があったかぁ」


「キュルゥ……」


「気づいてなかったんですか……」


「……うん」


「キュル……」


 恨みがましく、疲れた瞳で自身の主を見つめるカーバンクル。しかし頭を抱えて唸る奏は気づかず、簡単なことにも思い至らなかった自分を呪っている様子だった。

 響が師とした少女は、思いのほか色々なところが抜けているのだなあと感じつつ、響は本の山をざっと見る。


 文庫本、ハードカバー、ペーパーバックと統一感は皆無。厚さもまちまちで、新品と中古が入り混じっていた。おそらく、本当に読んだ方がいいものだけを厳選して持ってきたのだろう。

 しかし、それはそれで納得がいかないものがいくつかある。


「あの、先輩。『ポーカーフェイスの心得』ってなんですか?」


「え? タイトルの通りだけど……。何か問題があった?」


「いや、必要なのかなって」


「必要よ」


 ――山の中には、どうしてここに積まれているのか解せないタイトルの本が多分に含まれていた。


 自信満々に頷く奏に、響は困り顔で「は、あ」とあいまいな返事を返す。本を運ぶ手段や量を清々しいほど失敗した人物に言われても、「本当に?」という気持ちになる。


 そして、その気持ちはラインナップを見ていくごとに強くなっていった。


「『これで完璧心理学』? これも……?」


「必要よ」


「『手品一〇〇選』はさすがに、紛れ込んだだけですよね?」


「ううん。ちゃんと私が選んだやつ。それは結構読みやすかったと思う」


「そう、ですか」


 別に読みやすさについては言及していないのだが。


 その後も、どうしてここにあるのか、いまいちはっきりしないが、奏曰く必要な本を確認。逆に、魔術に関連する書籍は、ついぞ発見できなかった。

 本当にこの人大丈夫だろうかと、響は一日前の付いて行く宣言を軽く後悔する。

 だがその後悔をする余裕も、次の瞬間には消え去っていた。


「ここにある本は、一カ月以内に読み切ってほしいと思ってる」


「一カ月!?」


 何でもない風に口にした奏に、響は目を丸くした。

 それは単純計算で、一日に一冊のペースが必要となる。文庫本はともかく、ハードカバーではかなり厳しい。響が本嫌いだったら、完全に心が折れているところだった。


 さらに気になるのは「ここにある本は」という一言。今後も増える余地があるというのだろうか。

 そんな未来を想像して青い顔をする響に、奏は苦笑いで返し、


「大丈夫。一応『知識吸収』の予定は今月だけだから。また読んだ方がいいと思った本があれば追加するけど、ひとまずはそれだけよ」


「そ、そうですか。それを聞いて安心しました」


「本当は余裕をもって二カ月とかでもいいんだけどね。できる限り早く読んで、得た知識を『実戦訓練』に取り入れたいから、早めにね?」


「なるほど……」


 思っていたよりも合理的に考えている奏に、先ほどの後悔をほんの少しだけ反省。色々と抜けているところはあるが、その熱意は間違いなく本物なのだろう。

 未だに――特に手品の本は――何のためにあるのか疑わしい本が多くあるが、これも考えあってのことなのだろうと無理やり納得。一日一冊のペースも、何とかしてみせよう。

 そう、響が前向きにとらえていると、


「あ、あと言い忘れてたけど、読み終わった本は内容についてテストするから。小テストみたいなものだけど。ちゃんと覚えられたかどうか確かめるためにね」


「……それってもし、覚えられてなかったらどうなるんですか?」


「読み直し?」


「…………」


 響の師匠は、抜けているだけでなくスパルタでもあるらしかった。



 ――そうした経緯を経て、響は今日も今日とて本をむさぼり読む。


 現時点では、きちんと一日一冊のペースを維持できていて、内容テストもすべてクリアしている。

 それはひとえに、響がありとあらゆる空き時間を読書に使うことができているためである。


 響がただ一人黙々と読書に励んでいても、話しかけてくる生徒はいない。奏や講師を除けば、だが。

 ”落ちこぼれ”の響は、”いないもの”として扱われる。

 もっとも、そこまで徹底されているわけではない。

 授業で二人一組を組むことはある。失敗をすれば嘲笑の色は見て取れるし、努力をしているだけでもあざ笑う声が聞こえてくることがある。


 不干渉を不文律として確立しておきながらも、直接かかわらない分には馬鹿にしてよい。そんな腐った空気感が出来上がっているのだ。


 そんな陰口にも、響はこの二カ月で慣れた。意図的に意識の外に置くこともできるだろう。ただ、不快なことには変わりない。

 そして聞くたびに、決まって自分の情けなさを感じるのだ。それが自分の無才によるのもである以上、響は甘んじて耐えるしかない。耐え難かったとしても。


 だから放課後、響はいち早く教室を後にすることにしている。


 帰り支度をし雑談に興じるクラスメイトたちを視界の端に映しながら、響は読書で固まった体をほぐすため、席を立ち上がり小さく伸びをする。 

 そんな挙動にも、クラスメイトは何の反応も返さない。返さないように、意識的に響の方を見ないようにしている。


 それはあまり気持ちのいいことではない。ないが。


「まあ、先輩のとこに早く行けるのはちょっとしたメリットだよなぁ」


 呟く声は、周りの喧騒にかき消された。

 課された課題の最後、『魔術訓練』。

 いくら強くなることが目的ではないとはいえ、魔術を扱えないのであれば魔術師にはなれない。だから最低限の魔術だけは扱えるようにならなければならない。


 そうした判断から追加されたものだが、これは弟子入りする前の響も毎日行っていたことだ。

 ただ今までと違うのは、奏が指導を買って出てくれることだろう。それによって、少しだが前に進む速度が速くなった気がする。元素の生成も完璧にできないことには変わりないが。

 

 いつもの待ち合わせ場所と化している第一訓練場に向かおうと、カバンを手に取る。足早に出口に向かう途中、何人かとすれ違いもするが、例の通り声をかけてくる者など――。


「おい菖蒲。もう帰んのかよ?」


 ――傲慢の色を含んだ声に、響は足を止めた。

明日も。今日と同じ時間に更新します。

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